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ジャンクション33  作者: 雨川水海
三本の道

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39/74

三本の道1

 以上のように、武装組織エクスフォクスは、消滅した。


 その過程において、組織内部での不和と分離が発生したことは、事態解決の大きな転換点となった。

 特に、リーダー・ファルムリヒを筆頭とする過激派が、戦闘員に自爆攻撃の示唆を行ったこと、その果てに同士討ちまで生起させたことは、強く指摘すべき要点であろう。

 組織の在り方として誤っていることは間違いなく、このような行動に及んだ組織に対応する際の、教訓の体系化を提言する。


 また、それとは別に、命を捨てるほどの殺意、仲間同士で殺し合うほどの憎悪が、かの組織に芽吹いたことに注目したい。

 武装組織エクスフォクスが設立された目的は、異世界衝突によって発生した孤児の互助組織だったという。その起源とは似ても似つかぬこの顛末――と言うきべだろうか。


 そうは思われない。恐らく、この起源だからこそ、ここまで過激にならざるを得なかった。


 万人が非を唱えられない至純の目的、それを追求するために、ありとあらゆる手段が正当化された。

許されるはずのない自爆も、あってはならない同士討ちも。


 目的自体が、強すぎる炎だったと言えよう。その目的を強く、あまりに強く求めたがゆえに、リーダー・ファルムリヒは、この顛末を迎えた。

 彼は、まばゆい烈火を目の前にして、それを掴んでしまった。彼は、そうせずにはいられなかったのだろう。異世界衝突という悲劇が、彼に危険を無視させた。


 これは、この世界に生きる全ての者に起こりうる。

だから、ファルムリヒの烈火の自滅と、その火から身を避け、和睦したルーヴェンの沈着さを教訓とすべきだ。

 エクスフォクスの副リーダーでありながら、リーダーと袂を分かち、穏健派をまとめて和睦したルーヴェン。


 彼女を不誠実だと糾弾する声がある。和睦後の三ヶ月で、彼女が命を狙われたことは、一度や二度ではない。

 副リーダーとして、彼女は、ファルムリヒを支持し、作戦を助け、彼女の指揮の下で、亡くなった戦闘員も多い。

非難されるのは当然だ。聡明な彼女が、自身の変心に、苦悩と不安を考えなかったわけがない。


 それでも、ルーヴェンは柔軟に、和睦の道を選んだ。

 結果として、エクスフォクスの九割――そのほとんどが非戦闘員――の人々は、今とこれからを生きている。


 彼女の決断が、千九百名の命を救ったのだ。

 ファルムリヒを火に喩えるなら、ルーヴェンの柔軟さは水に思える。

 多くの命を救った彼女が、罵倒と蔑視にさらされる時、我々は彼女の決断の成果を、冷静に評価するべきだ。

 つまり、命を失うために戦う勇気と、命を救うために戦う勇気、果たしてどちらが賞賛に値するのかということを。



 報告用紙の隅の走り書き――

最後の私見を全て削除して、再提出をしろ。誰が広報用の記事を書けと言った。


少佐がこんなメモ書きを! 皆、これ訓練生に戻す前に回覧しようぜ。

あら悪趣味ね。訓練生の報告書をさらし者にするなんて。

とか言ってるお前も読んでますよね。ばっちり読んでますよね。

いやぁ、本当に熱い少年だねぇ。おじさん、感動しちゃうよ。

ちょっと面白いから、これ原文のまま広報部の知り合いに送ってみるぜ。

おいおい、それは流石にちょっと……面白すぎるだろ。

あ、じゃ、俺も送ってみようかな。訓練生向けの広報誌作ってる奴がいるし。




****



 少女が、バッターボックスに立った。


 肩には金属バット。中等部五年生の女子はグラウンドで、ソフトボールの授業中だ。

 少女が右手で黄金の髪をかきあげると、服従するように陽光がきらめく。美しい仕草に、クラスメイトの女子から、声援が上がる。


「ベアトリーチェさん、がんばってー」

「一発お願いしますぅ」

「ベアトリーチェ様! ファイトです!」


 期待と敬愛に満ちた黄色い声に、バッターボックスの少女は、華やかな笑みを形作って応えた。


「はい、任せて下さい。頑張りますね」


 上品な笑みで金属バッドを肩に担いでいる姿は、妙な迫力があるのだが、ベアトリーチェの名声と美貌は無視させた。

 頼もしい返事に、クラスメイトは歓声をあげる。味方ばかりではない、守備についている、別クラスの女子も感嘆の声を抑えられない。


 それほど、少女、ベアトリーチェは魅力的だった。

 お姫様という言葉から生まれてきたかのような上品な顔立ちに、それ自体王冠じみた黄金色の長髪、すらりと伸びた手足と、外見上に非の打ち所がない。


 内面も外見を裏切らない。

 例え下級生に対しても、決して横柄な言葉遣いをせず、請われれば時間を割いて話を聞く。ベアトリーチェと接点がある女子は、教師より先にこの頼れる女子生徒に相談に行くほどだ。

 成績も優秀で、教師からの信頼も厚い。

 学内で公式の役職には一切ついていないが、困った時はベアトリーチェに頭を下げるという暗黙のルールが、職員室に存在する。


「さて、よろしくお願いしますね」


 そんなほぼ完璧に神聖アイドル化された少女が、相手投手に微笑を投げる。

 相手の投手、緑の鱗に包まれた尻尾を生やしたスケイルズという種族の少女は、アイドルに頷きを返す。


「手加減はしねえよ」

「はい、望むところです」


 お姫様をイメージさせる柔らかい声が、挑発的な言葉を使う。スケイルズの少女が、唇の端を吊り上げる。

 肉にかじりつく捕食者のような笑みだと、ベアトリーチェは感想を抱く。それに違和感も。


 相手はすでにランナーを背負っている。一塁と三塁で、しかもワンアウトの状況だ。

 バッターからすれば余裕がある。しかし、ピッチャーは追い詰められたと感じるところではないか。


「さあ、勝負しようぜ、お嬢様」


 そのにやつきながらの宣言に、ベアトリーチェも唇をかすかに笑わせる。


(まさか、五年生になっても私を侮る人がいるなんてね)


 スケイルズは、種族の特徴として、身体能力が高い。それはこうした体育の授業の時に、大きなアドバンテージになるほどだ。

 一方、ベアトリーチェは、身体的に何の特長もないジェイズ、ジャンクション世界の生粋の住人だ。


 種族格差を考えれば、侮られる理由は充分にある。その上、お姫様じみた顔立ちと雰囲気、優等生のレッテルは、肉体派からは軟弱にも見えよう。

 ところが、ベアトリーチェは、成績優秀なのだ。あらゆる種族が混じった学校で、ありとあらゆる科目、全てでトップを争う。


 そのことを、中等部の五年目にして見誤る輩がいようとは。


 スケイルズの、しなやかで頑健な筋肉が唸る。タイミングを合わせ、ベアトリーチェが重心を一度後ろへ傾け、反動をつけて前に押し出す。

 体に勢いを作った。後はボールの軌道を見極め、場外に叩き出すのみ。


 勝算は充分だった。

 前のバッターとの攻防で、相手の投球は見切っている。あの程度のスピードと威力なら、ベアトリーチェにとって捉えるのは容易い。


「――――!」


 相手がボールを放す瞬間、ベアトリーチェは盛大な違和感に襲われた。

 腕のスウィングが、さっきまでとまるで違う。速い。そして強い。


 今までは手加減をしていた。

 そうとしか思えない一投に、ベアトリーチェはかすかに目を細め、何も問題なく軌道を見定める。


 ベアトリーチェほどの能力があれば、ボールが遅かろうが速かろうがどうとでもなる。

 それが、ストライクゾーンに入っていれば。


「――――ッ!?」


 スケイルズの豪腕から解き放たれたボールは、ストライクゾーンを大きく外れている。

 バッターの体に近いところを狙うインコース――どころではない。迫る白球は、ベアトリーチェを直撃する軌道、それも寸分違わず顔にぶつかる。


「くぅ……!」


 苦しげな声が絞り出される。

 美しい流れでバットを振りに行っていた足腰を、しゃにむに回避行動に切り替えた反動が、ねじれとなってそんな声を出させた。

 今しも地面を踏みしめようとしていた前足を、放り投げるように滑らせる。しっかりと地面を踏みしめていた軸足を、砕くように膝を折る。

 丁度、前足でバナナの皮でも踏んで滑ったように、ベアトリーチェは尻餅をついた。


 ぞっとするような風斬り音が、耳にだけ、触った。


 べしゃりと、みっともなく、尻餅をついた姿勢のまま、ベアトリーチェは俯いて動けない。

 周囲も、激突するかという瞬間に悲鳴を上げた後は、一声もない。

 重い沈黙の中、最初に動いたのは、スケイルズの少女だった。


「ごめん、大丈夫だったか。力が入りすぎてコントロールが狂ったみてえだ」


 ベアトリーチェの下に駆け寄り、頭をかきながら詫びる。


「いや、ほんとにごめん。すまん。次は気をつけるから、ほんと、すまん」


 失神したかのように力なく俯くベアトリーチェに、心配そうにスケイルズの少女は顔を寄せ、


「上手くかわしたな。次も運が続けば、良いけどなぁ」


 耳障りな、嘲弄を吐き出した。

 明らかに故意だ。

 投球を手加減してランナーを背負っていたのは、相手の打ち気を煽るため、そして相手に実力を見誤らせるため。言葉で挑発したのも、さらに力をこめさせるため。


 充分に力んだところに、全力のデッドボール。


 避けられたことに驚き、スケイルズの少女も、動きが止まってしまったが、彼女だけは想定していたことだ。

 男女問わずにもてはやされるアイドルのみっともない姿に、嫌がらせの成功を、スケイルズの少女は確信した。


「大丈夫か? 漏らしちゃったんなら、早く着替えないと――」


 嘲りを、黄金の髪の間から覗いたベアトリーチェの眼が止めた。


「――――」


 俯いていると思っていた。恐れているはずだった。

 だが、前髪に隠された宝石のような青い瞳は、加害者をして背筋を震わせるような、何かを潜めて敵を見上げていた。


 ぱっと、ベアトリーチェが顔を上げて、スケイルズの少女は思わず顔を仰け反らせる。

 学校のアイドルは、いつものお姫様のような笑みで、目を瞬かせた。


「ふう、びっくりしました! ごめんなさい。あまりにも驚いてしまって、ちょっと固まっていました」


 大丈夫です。大きな声で周囲にそう伝えると、ベアトリーチェは何事もなかったように立ち上がり、お尻についた砂を払う。

 そして、決して手放さなかったバットを肩に担いで、目の前の加害者に首を傾げてみせる。


「さあ、続きをやりましょう」


 顔の表面構造から言えば笑みのまま、アイドルは告げる。

 スケイルズの少女には、その綺麗な青い瞳が不気味に見えた。


 お姫様にしか見えない造詣の少女のうち、その目だけが、異質だと今さら気づく。

 その目元まで柔らかければ完璧だったろうが、不吉なことに、ベアトリーチェの目元は、輝くような美貌を持ってしても隠しきれないほど、鋭すぎた。


 改めてバッターボックスに立ったベアトリーチェは、バッターボックスの最後部、そして最外縁部に陣取った。

 最もデッドボールから遠い場所だ。傍目には、先程の出来事で脅えたようにも見える。


 その印象は、次第に彼女の笑みが引きつるようになったことで助長される。

 マウンドに戻ったスケイルズの少女も、楽観的な部分がそう判断する。先程、背筋を震わせた違和感は、何かの気のせいだ。あんな善人面した八方美人に、自分が脅えるわけがない。


 美しい笑みを引きつらせたベアトリーチェは、音を出さずに唇を動かす。


(あの野郎、あの野郎、あの野郎! よくもよくもよくも私に無様な真似をさせたわね!)


 実際に音に出していたら、彼女が築き上げてきた容姿端麗、品行方正という絶対的な評価は一瞬で崩壊しただろう。


(考えてみれば思い当たる節があるじゃない。スケイルズの身体能力の高さは知ってたはず、なのに大して力のない前の打者が打てていた。それに、投球前のあの台詞、あからさまな挑発じゃないのよ、もう!)


 どうして気づかなかったのか。気づいていれば、あんな、あんな尻餅などを――ぐぎぎ、とベアトリーチェは歯噛みする。

 アイドルの相貌の引きつりは、こうして生まれていた。


 元来、ベアトリーチェは――彼の兄が評するところ、かなり控え目な表現で――短気な性格だ。

 このままでは敵だらけになるということで、品良く化けた姿が、アイドル・ベアトリーチェなのだ。


(許さない。許さないわよ、あなた。無様な醜態をさらさせた上、狙いが顔! 女の顔! この私の、顔! 避け損なえば実の命も、女の命も失いかねないデッドボール見舞っておいて、ただで帰れると思ってないわよねぇ!)


 すでに歯止めは効かない。

 尻餅をついて俯いている間に、ベアトリーチェは、学校のアイドルモードから、デストロイモードに切り替わってしまっている。


 先程、彼女は、恐くて立ち上がれなかったのではない。化けの皮が剥がれたから、立ち上がらなかったのだ。

 ちなみに、あの場で立ち上がっていたら、手放さなかった金属バットが、赤く染まっていたかもしれない。

 何で、とはあえて言わないが。


 スケイルズの少女が、腕をしならせる。


(さあ、来なさい。今度はどうする? また当てる? 良いわよ、どこに来ても!)


 ベアトリーチェは、再度顔面を狙われることも想定していた。

 だが、ストライクゾーンから大きく離れたアイドルに対し、再度狙うことを、相手は躊躇したらしい。


 ボールは、先程の恐怖を再燃させるようなインコース高めの、剛速球。

 そのどうしようもない温さに、ベアトリーチェは左目だけを細め、唇を吊り上げる。


(甘い! 甘い甘い甘い!)


 この瞬間のベアトリーチェの表情を、はっきりと目撃できた人間がいたら、獰猛な野獣を想起したはずだ。


(死に、さら――)

「せっ!」


 剛速球に対し、ベアトリーチェはコンパクトに体を使う。踏み込みを小さく、肘をたたんで、腰に密着させるようにバットを振り抜く。


 ホームランを狙った一球目とはまるで違う。

 ボールをどこに飛ばすか、コントロールすることだけを考えた小さな一撃。

 卓抜した身体能力を持つベアトリーチェの狙いは違わず、バットの真芯で打ち据えられたボールは、真っ直ぐに打ち返された。


 ボールを、放った人物目掛けて。


「――――イッ!?」


 全力で投球した直後の少女に、可能な回避行動はない。

 投げた時より遥かに獰猛になって襲いかかるボールに、スケイルズの少女は首をすくめて瞼をぎゅっと閉じた。そうして、目の前の現実から逃げるしかなかった。

 痛みが、顔の右半分を襲った、ような気がした。


「みんな、回って回ってー!」


 楽しげなベアトリーチェの声と、それに和する声援。まだ聞いていられる、現世の音の数々。

 恐る恐るスケイルズの少女が自分の顔に手をやる。ボールが巻いた風に強かに叩かれただけの顔は、傷一つない。


 スケイルズの少女は、脂汗を全身で流しながら、がくりと膝を突く。

 打たれて失点したことに、ショックを受けたようにしか見えない仕草に、三塁ベースから、柔らかい声が送られる。


「今回は運が良かっただけだですよ。次はきっと、こうはなりませんから」


 スケイルズの少女は、反射的に声の主を振り向く。

 ホームランではなく、三塁打に甘んじたベアトリーチェが、上品に微笑んでいる。


「中々、狙い通りにはいきませんね。ね?」


 お前が狙っていたように、私も狙ってやったぞ。避けられもしない身で当たらなかったのは、本当に運が良かったな。

 だが、次はぶち当てる。


 スケイルズの少女には、学校のアイドルの慰めが、脅迫に翻訳されて聞こえた。

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[一言] また強烈なお姫様が現れましたね。 兄、ねえ。 はたして誰の妹か。
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