三本の牙23
MAGの動きは、常に迅速だ。
攻撃を開始する時は、点を制圧するのではなく、面で制圧する。
フィッシャーの情報を元に、基地内の不審人物を連行する際、ドレイク少佐は全員を一度に縛り上げた。
こうすることで、逃亡を図ろうとする者も逃さず、口裏合わせも許さず、相手を不安のどん底に陥れて従順にさせる。
もちろん、一度に大量に人員が引き抜かれては、通常業務に差し障る。
ベント大佐が抗議の声をあげたが、ドレイク少佐は一言で切り捨てた。
「犯罪者の疑いがある者に、武装隊の仕事は許されない」
ベント大佐は、重ねて抗議を行うと共に、保安局の上層部などにも問題行動と訴える手続きを始める。
ベント大佐は、その点においていくらかの勝算を見込んでいた。だが、全てにおいて迅速なMAGは、ぬかりなくその方面にも手を巡らせていた。
だから、取調担当になったMAG隊員は、取調対象とは真逆の、余裕極まりない態度で話を切り出した。
「そんじゃまあ、イルギス准尉、お話をしましょうかねえ」
イルギス准尉の態度は硬い。
普段から厳つい印象なのだが、困惑と緊張を、警戒と敵意で塗りつぶした今は、岩石のような印象すら受ける。
そんな相手に、MAG隊員は、獲物を爪にかけた猫のような表情をする。
「そんな怖い顔しなくても平気ですよ、准尉殿。どうせ助けなんか来ません。早いとこ白状しちまいましょうよ」
「何の事だかわからないな」
「まあまあ、そういうつれない返事は後で聞きます。とりあえずですね、俺等の持ってる権限について思い出してもらいましょ。MAGには結構、人事権に口出しする権利があるんですよ」
これは誇張された事実だった。
建前上、人事に関する決定権をMAGが持つことはない。だが、考課表に、MAGからの評価を書く権利は有しており、これはかなりの有効性を持っている。
「これについては、まあまあ、色々と反対意見があんのはご承知の通りです。権限がでかすぎるってね、そりゃあ俺もそう思います。でもね、これは中々なくせない事情があるんですよ。なんてったって、こういう取調の時にすっごい有効だから!」
MAG隊員は、机に叩きつけるように、イルギス准尉の顔写真つきの考課表を取り出す。
「んじゃまあ、そっちの言い分を聞きましょうか! 他にも同時進行中の取調二十三人分! 先着順に考課表に楽しいことが書かれる口先レースのスタートです!」
イルギス准尉は、石化した表情のまま内心で冷静に考えた。
一体、今日一日だけで、どれくらいの情報が引き出されることか。それは絶望的な結論に行きつく。
それを悟りつつ、イルギス准尉は、首を振った。
「何の事だかわからないな」
「っへえ! すごい、気合入ってますね! ん~、そんじゃあ、こっちから順番に話していきましょ!」
MAG隊員が、考課表を開く。すでに頭に叩き込んでいる内容を、わざとらしく目で追う。
「アーシェス・イルギス。32歳。階級は准尉。訓練校には18歳で入学。卒業成績は、中の上ってところですか。やや融通が利かないが、真面目で好感が持てる。うん、訓練生らしい初々しい評価ですね。その後、サラテックと同じような辺境都市に着任、ここで現在の上官、オディット・ベント当時少佐と出会っていますね」
MAG隊員は、一つ一つに肯定を求めてイルギスを見てきたが、全て無視した。
「ここの都市で七年の経験を積む。その間、防御魔術が特に伸びたんですねぇ。階級も、軍曹に昇格。地味ながらも防御に固く、チームの損失を出さないと評判で、信頼も厚い。順風満帆というか、堅実に評価を上げてきますねぇ」
「別に」
「ははあ、ご謙遜を。ところが、七年目、任地を変えるきっかけになる事件が起こりましたね」
イルギス准尉の表情に、初めて感情が現れた。腹立たしさだ。
「一度は捕えた抵抗組織のメンバーが、脱走。そして、そのメンバーが後日、自爆をしかけ、当時軍曹だった貴方のチームを壊滅させた。生存者は、防御に優れたイルギス軍曹一名ですか。その後、オディット・ベント少佐と同時期に、ここサラテック基地へ転任」
「それが、今回の取り調べに関係あるのか」
「関係あるかどうか、知っているのは准尉殿だけでしょう? それを教えて下さいって言ってるんですよ。私はまあ、悲惨な事件だなぁなんて思いますが」
MAG隊員は、詐欺師の親戚のような笑顔で、イルギス准尉の表情の変化を弄ぶ。
「不愉快ですか? そういう顔してますよ、さっきまで無表情でしたけど、今は溢れんばかりの毒っ気です。まあ、どんどんそういう嫌な感情を出して下さいねぇ」
行儀悪く頬杖をついて、MAG隊員は笑みの下から鋭利なものを覗かせた。
「あんたさ、訓練生をずいぶん可愛がってたみたいじゃん。俺さ、あの訓練生達のこと気に入ってんだよね。小生意気でクソ度胸があって恥ずかしいくらい熱血でさ。ああいうのが、将来俺等の同僚になってくれりゃあ良いなって思う。いや、同僚になんなくても、良い局員になってくれんだろうなって明るい気持ちになんだよね。つまりまあ、どういう事かっていうと、俺あんたのこと大嫌いだから、覚悟しろよ」
****
MAGが一斉に動き出したところで、フィッシャー達にも行動許可が下りた。
早速、三人は双子の手紙に書いてあった場所を尋ねる。それは、スラム街の色彩の一つをなしている、古ぼけたアパートだった。
MAGの強制捜査が横行した後のため、武装隊の制服姿がアパートに踏み込むと、即座に警戒の眼差しにさらされた。
この時、緊張しているのは三人も同じだ。敵対感情があふれかえったスラム街の真っただ中で、キャルとギンカは非武装なのだ。唯一、フィッシャーだけが通常の武装をしている。
手紙に書かれた住所に辿りついたキャルは、大きく心労を吐き出して、くたびれたドアをノックした。
中で、聞き覚えのある子供の声と、それを止めようとすると男女の声がする。フォクスモージェンにすれば、武装隊が来たとわかっていれば、当然の反応だ。
子供が、しきりに大丈夫だと連呼して、説得に苦労しながらドアを開く。
「やっぱり! お姉ちゃん達だ!」
「やっぱり! 久しぶりー!」
飛び出してきた双子を見て、キャルが満面の笑みで抱き留める。
「セシリ、カリル、久しぶりー! 元気そうで良かったよー!」
「キャルお姉ちゃんも元気そうで良かったー!」
「ギンカお姉ちゃんと、フィッシャーお兄ちゃんも!」
双子に微笑みかけてから、ギンカは、部屋の奥で逃げたものか追い出したものか迷っている夫婦らしき男女に一礼した。
「突然の訪問、失礼いたしました。連合保安局よりエクスフォクスとの交渉役を拝命した、武装隊訓練生ヤマガミ・ギンカと申します。セシリさんとカリルさんのお力添えを頂きたく、お邪魔いたしました」
物静かで丁寧な言葉遣いが、夫婦からひとまず、対話を拒絶するという選択肢をなくした。
「私と、こちらキャルツェ・レッドハルトは武装しておりません。ただ、奥のフィッシャー・ブルードロップのみ、自衛のために武装しております。道中も危険が予測されたため、彼の武装のみ、どうかご了承をお願いいたします」
夫婦の表情に、かすかな脅えと、理解の色が浮かんだ。
キャルとギンカは子供に近いが、フィッシャーだけが数歩離れているのだ。これは唯一武装しているためであり、危害を加えるつもりがないという意思表示だ。
夫の方が、慎重な態度で、ギンカに尋ねる。
「それでは、その、セシリとカリルの力添えとは……あの、一体なにを?」
「私は一介の交渉役です。交渉役の務めは、武力によらない混乱の解決ただ一つ。そのための話し合いの席をご用意頂きたく、お願いに参りました」
再び、ギンカは丁寧に頭を下げる。
キャルとじゃれていた双子が、笑顔にさらに歓喜の感情を塗り込める。
「キャルお姉ちゃん達、お話し合いするの!?」
「お話し合い、できるの!?」
「そうだよ。ボク達はお話し合いをとってもしたいの。でも、誰と話せば良いかわからなくって、セシリとカリルに助けて欲しいんだ」
セシリとカリルは、すぐに頷く。
今これから飛び出して行こうとする双子に慌てたのは、夫婦の方だ。
「お、お待ちください! 話し合うと言っても、それは、その、とても危険です!」
夫婦は、双子がエクスフォクスのリーダーに直接会いに行けることを知っている。
この武装隊の三人が、その場で双子を盾に、リーダー・ファルムリヒに襲い掛からないとは限らない。
「ご心配はごもっともです。私とキャルツェは非武装ですから、護衛とはいえ、フィッシャー一人では対処できない事態にもなりえましょう。確かに、私達が襲われる可能性もあります」
ギンカの静かな、しかし張りつめた声は、夫婦に息を飲ませた。
危険なのは、エクスフォクスのリーダーばかりではない。彼女等も、十分に対価を支払っている。
「武器を持っていないこと、またフィッシャーが彼自身の武器しか持っていないこと、ご確認なさって頂いても結構です。何でしたら、今この場で、エクスフォクスの武装した方を呼んで、その方々の立ち合いの下での話し合いにして頂いても構いません」
その覚悟の言葉に、夫婦は答える言葉を持たなかった。
誠実な態度である三人に対し、返すだけの誠実さや覚悟を、平穏を望む夫婦が持っているはずがない。
答えは、セシリとカリルが、簡単に出した。
「そんなの必要ないよ」
「必要ないよ!」
「セシリが連れて行く」
「カリルも連れて行く!」
「キャルお姉ちゃんも、ギンカお姉ちゃんも、フィッシャーお兄ちゃんも、セシリ達信じてるから」
「助けてくれた友達だから!」
ギンカが、微笑んで、感謝を告げる。
それに対して、双子は少しさびしげな、真面目な表情で答えた。
「良いの。セシリ達も、お姉ちゃんと考えていることが一緒だから。でも、セシリ達だけじゃ、どうしても出来なかった。だから、セシリ達も、お姉ちゃんに助けて欲しいの」
「もうこれ以上、戦いたくないの。もうこれ以上、誰かがいなくなっちゃうのは、嫌だから。だから、ギンカお姉ちゃん達のお仕事を、手助けするの」
二人の言葉に、ギンカは背筋を正す。
「大丈夫。二人が力を貸してくれたから、お仕事は上手くいきます」
武装隊訓練生、ヤマガミ・ギンカの仕事は、もちろん、平和の回復である。




