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ジャンクション33  作者: 雨川水海
三本の牙

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三本の牙12

 通信妨害が発動したことを受けて発進した輸送車の屋根の上で、ギンカは前方を見すえる。

 誰も前方に現れなければ、輸送隊は安全だ。ギンカはそれを望む一方、仲間が敵の群れに囲まれないよう、前方への敵も望んでしまう。

 そのことに後ろめたさを覚えたのは、実際に敵が路上に現れ、輸送隊が危険にさらされてからだ。


 心のうちの不純物を、ギンカは細い呼気で追い出し、魔導手甲の付け心地を改めて確認する。

 ギンカの希望で、小さいもの、薄いもの、素手の状態に近いものを追及したのだが、それでもやはり違和感があって、眉をひそめさせた。


 本当は、腕に装着するタイプではなく、得意武器である剣をカウリングした武装、魔導剣が欲しかった。

 その方が、一振りの剣による戦いを練り上げてきたギンカの戦闘スタイルに合っている。

 だが、メーカーで見た魔導剣はどれも両刃で、ギンカの好みではなかったため、仕方なく剣は形の気に入ったカウリングなしのものを買い、魔導手甲で魔術を使用することになったのだ。


 とはいえ、魔導手甲〝茨の淑女ビューティー・ソーン〟の品質が悪いということではない。

 名前が女性的であることからもうかがえるように、デザインは洗練されており、非常に軽量だ。魔術適性が、身体強化と防御のみと限定されているが、近接戦闘に特化した使用者には打ってつけだ。

 そう説明したのがフィッシャーでなかったら、買わなかったかもしれないと、ギンカは少しだけ、目元を緩ませた。


 次の瞬間には、ただ鋭さだけとなった瞳で、ギンカは、腰から一振りの長剣を引き抜いた。


「そのまま走り抜けて下さい。目的地はすぐそこです」


 言葉に報いるように、前方の敵が射撃を行う。

 その威力の強弱を一瞬で見極め、ギンカは地面に向かって跳躍した。

 着地前に、魔導弾と正面から激突する。剣で振り払うこともできたが、あえて、防御魔術一つで受け止めてみせる。


 これは、リーダーであるフィッシャーが、頑健な前衛であるギンカに良くやらせる示威行動だ。

 圧倒的な能力差があると知らしめて、敵の戦意を奪う作戦である。


 軽く弾いたという演出なのだが、実際のところは、そう気楽なものではない。

 ギンカは、弾が当たる一点・一瞬に防御魔術を集中させる、〝収斂〟の技術を使って、より自分を強く見せている。

 これがなければ、今少し、敵は自分達の攻撃力に自信を持てただろう。


 圧倒された敵に駆け寄り、厄介な射撃能力を持っている敵を一振りの元に弾き飛ばす。

 続けざまにもう一人、ギンカは行けると思ったのだが、敵の反応が良く、防御されてしまう。それでも、十分な手傷を負わせて退かせると、輸送車が通過するに十分な空間を、路上に確保する。


 敵の戦闘能力を、予想よりやや高いものと判断しながら、ギンカは敵を見すえる。

 特に手強い空気をまとった青年が、ギンカの正面で槍を構える。

 それが、魔導槍であることを、ギンカは頭の片隅で羨んだ。自分の剣も、ああいう風に得意武器にカウリングされたものであればどれだけ気分が良い事か。


 暢気なことを考えながら、同時に眼前の青年の力量にも思いを巡らせる。

 構えのバランスの良さ、全身に漲る油断ならない躍動感、鋭く束ねられた殺気。

 そのどれもが、一朝一夕では身につけられない確かさで、一つの肉体に収まっている。相当な鍛練を積んだ、才能ある戦士だとギンカは判断する。

 ただ、惜しむらくは、力みが、構えのそこかしこに見える。精神的な動揺によるもの、とギンカの静かな目は看破する。


(仕方ないことです。リーダーの奇襲は、相手の心を粉砕する)


 当人が聞けば、奇襲とはそういうものだろう、と教科書通りの返事をするだろうが、その心という狙いどころが、目に見えないので苦労するのだ。

 フィッシャーとて、それを最初から上手くできたわけではない。だが、練習する機会にだけは、散々に恵まれた。


 ギンカが、フィッシャーをリーダーとして信頼する理由の一つはそれだ。彼は、失敗の上に恥をかきながら、それでも努力を続けて己を磨いてきた。

 その努力の結果を、ギンカは目の前にしている。

 恐らく、相当な手練れであろう槍使いの青年は、通過していく輸送車を前に、どんどん力みを強くしていく。

 その状態で動こうとすれば、ギンカの勝利は疑いない。


 その瞬間を待つだけで良いギンカに対し、とうとう青年が動こうとして――ギンカの後方に曲射魔導弾が落ちた。

 タイヤの破裂音、金属を擦り合わせて奏でられる悲鳴、重々しく地面を揺らして倒れる輸送車と、舞う土埃。


 それを、ギンカは全て、背中で聞いた。

 何も慌てることはない――自分自身に言い聞かせる。


 運転手は確かに心配だ。

 もう少しで全車が通過し、完璧な護衛を果たせるはずだった。ただし、作戦で想定された最悪の展開ではないし、想定外の最悪の展開でもない。

 こうなった場合、誰がどう動くか、リーダーは指示をしていた。


 ギンカの役目は、眼前の敵を、倒れた輸送車に近づけない事だ。

 動揺を腹の底で抑え込むギンカに、青年が槍を繰り出す。もし、倒れた輸送車を振り向いていたり、駆け寄ろうとしていたら、この穂先をかわすことはできなかっただろう。

 ギンカは、背筋を冷たいもので撫でられながら、槍を受け止める。二撃、三撃とさばくうちに、護衛車両のエンジン音が響いた。


 誰がそれを鳴らしたか、わかっているギンカと、わかっていない青年との差が、ここで生まれる。

 青年の視線が泳いだ瞬間を、ギンカは逃さない。

 鋭く踏み込んで振るわれる袈裟切りは、刀身に非殺傷出力の電撃をまとわせている。殺すつもりはないからこそ、思い切り振りぬいた。


「っ、舐めんなよ!」


 それを、青年は半身を退いてかわしたばかりか、ギンカが剣を引く前に横薙ぎを返してくる。

 ぞっとするほど冷たいものが、ギンカの心臓をよぎった。飛びのいたギンカの胸元で、制服が裂かれている。


「お見事です」

「それはこっちの台詞だっての。今のを避けるのかよ」


 改めて槍を構える青年に対し、ギンカは一歩後退った。

 フィッシャーが運転する装甲車は、すでに輸送車の横にあり、キャルが運転手を運んでいる。

 後は、ギンカが撤退すれば良いだけだ。敵である青年達にしろ、この状況では輸送車一台の収穫で良しとするしかないはずだ。


 であるならば、これ以上の流血は、ギンカの好むところではない。

 ただ、素直に相手への賛辞を贈る。


「良い勝負でした」


 だが――


「勝手に終わりにするなよ。まだ、こっちはやれるんだぜ」


 青年は、それで良しとは言わなかった。さらなる流血を望むかのように、犬歯を剥いて槍に力をこめる。

 その姿が、ギンカの心底の何かを刺激した。かつて、自分の父は、この青年のような意思に流されて戦ったのではないか。


 ともすれば、少女自身を焼きかねない猛火に達する恐れもある種火は、しかし、仲間の呼ぶ声によって抑え込まれた。

 アクセルが踏みこまれ、高まるエンジンの回転音に、ギンカは唇を引き結ぶ。

 そう、いま大事なことは、仲間と共に、護衛の役目を果たすことだ。


 心を細く束ねた瞬間、青年の槍が、音を置き去りにする速度で撃ち出された。だが、その初動は、力んだ青年の全身から読み取っている。

 ギンカは低く身を伏せ、青年の渾身の一突きを回避する。

 あとはただ、全力で装甲車へと、仲間の元へと帰るだけだ。


 走る背に、過去からの何かが手を伸ばしてくる気がした。

 それは恐ろしくもあり、逃げてはいけないもののような気もする。

 追いつかれるかもしれない。ギンカは唇を噛んで、装甲車の窓に手を伸ばす。

 その手を、笑顔で掴んでくれる仲間がいた。


「おっかえり~! さっすがだよね、カッコ良かったよ!」


 キャルが、ギンカを引っ張り上げながら笑う。


「怪我はない、ようだな。こっちも平気だ。運転手さんも、脳震盪と打撲はあるようだが、シートベルトをしてたから大したことないみたいだ」


 装甲がない分、速度が出やすい車を走らせながら、フィッシャーも片手をギンカに差し出す。

 二人に掴まえられて、ギンカは背中に絡みつこうとする何かを振り払う。


「ありがとう。二人も、無事で良かった」


 掴んだ手をほどき、それから、三人はその手を打ち合わせた。

 33番チームの、勝どきだった。

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