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ジャンクション33  作者: 雨川水海
三重の絆
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三重の絆2

 自己紹介とリーダー選出が終わると、早速、連合保安局武装隊員としての教養を身につけるべく、座学が始まった。


「言うまでもなく知っているだろうが、我々武装隊は、すべからく魔術の使用適性に優れた人間で構成されている。では、魔術とはなんぞや。わかる者」


 教官が、一番早く手を上げた訓練生を指名した。


「魔術とは、物理法則を無視して結果を出現させる超自然法則、つまり魔法を制御する術式体系です」

「よろしい。魔術とは、物理法則以外の法則、魔の法を理解し、操る方式を示す言葉である」


 黒板に魔術についての概略を板書されると、訓練生の書き写す音が続いた。


「では、なぜ魔術を武装隊で使用しているのか。無論、魔術とは便利な術ではある。魔術は身体能力を高め、遠くの敵を撃ち、敵の攻撃を弾くことができる。しかし、魔術隆盛以前の戦闘では、火薬を使った兵器が主流だった。大変使い勝手が良いものだったのだ、火薬兵器は。少なくとも、遠くの敵を叩くという点では、魔術にも勝る性能を持つ。9番チーム」


 手を上げた訓練生が急いで立ち上がる。


「この世界が、異世界と衝突するからです。異世界から来たものは、この世界とは異なる物理法則で守られていることがあります。それと戦うには、物理法則を超えた力が必要だからです」

「よろしい。こんな例がある。小さく細いものほど空気抵抗を受ける世界。火薬兵器が飛ばす小さな弾丸が、全く役に立たない。それ以前に、その世界の法則に縛られると、火薬が爆発せず、金属が脆い世界まであった。生物もそうだ。息を噴き出せば超低温になって吹き荒れる怪物、翼もなしで飛行する生物、奇奇怪怪な存在が異世界には当たり前に存在する。そんな連中と戦うのには、一々物理法則に付き合っていられない。どこでも、何に対しても、同じ効果を発揮する、そんな戦闘法が必要だった」


 それが魔術だった、と教官が黒板に示したところで、フィッシャーは隣の席の異変に気づいた。

 黒板の文章を書き写す音が聞こえないのだ。


 学生時代も同じことは味わっている。

 まさかと思いながら、フィッシャーが隣を見ると、亜麻色のショートヘアが、ゆっくりと前後に揺れている。居眠りだ。


(こ、この馬鹿!)


 もちろん減点対象だ、チーム全体の。

 慌てて、フィッシャーは肘でキャルの脇腹をつつく。

 くすぐったかったのか、小さく震えて頭の動きが止まる。だが、起きない。

 また、ゆっくりと頭が揺れ出したので、今度は肘をぐりっと押し込んでみる。


「うひぃ」


 変な声とともに眼が開いた。キャルは年頃にあるまじき音を漏らした唇を押さえ、何事かとフィッシャーを睨む。

 怒りたいのは自分だと、フィッシャーは黒板を指で示す。


 自分の記憶より進んだ黒板に、状況を理解したキャルは小さく舌を出してフィッシャーへの詫びとした。

 分かれば良いんだ、とフィッシャーが鼻を鳴らして、授業が進んでいく。


「では、一般的な魔術の戦闘利用についての話だが、すでに適性判定でわかっている通り、近接、射撃、支援の三種に分類される。今後、訓練生はそれぞれの適性に見合った魔術を選択し、磨いていくわけだが」


 恐ろしげな教官の声が、そんなに優しく聞こえるものか、五分としないうちに、隣で頭が上下しだす。

 フィッシャーは、溜息をついて、隣に肘を伸ばした。さっきの反省も踏まえて、初めから少し強めで突っ込み――予想外に柔らかい感触に触れる。


「……あれ?」


 反射的に視線を横にしたフィッシャーは、驚いて眼を開いているキャルと見詰め合った。

 肘は、脇腹、というには上の部分に押し当てられており、とても柔らかい。


 当たっている部分と、当たっている物。

 両者を確認したキャルは、驚いた顔を、じっとりと、可燃性の液体のような感情で覆う。

 どこからどう見ても、不機嫌の極みに入っていて、ちょっとした火花で爆破、炎上しそうであった。


「す、すまん」


 フィッシャーはひとまず謝る。それしかない。それでどうにかなる状況ではないのは、キャルの視線から明らかではあるが。


「へ・ん・た・い」

「そ、そういうつもりじゃ……ほんと悪ぃ」

「ふんっ」


 その後、キャルは居眠りすることはなかった。

 ただし、黒板をまともに見ることもなかった。


 フィッシャーは、自分だけが悪い訳ではないはずだと頭の中でぐるぐると言い訳をしながら、ノートの端にちょっとした感想を書きこんだ。


 大きい。意外に。



****



 座学のあと、運動場でのフィジカルトレーニングとなった。


 聞かされていない日程をこなすのは精神的な負担となるが、フィッシャーはそれどころではない精神的負担を受けている。

 決して自分の方を見ようとしない少女に、何度目とも知れない詫びを繰り返す。


「悪かったって! わざとじゃないんだから、許してくれよ」

「わざとじゃなかったら良いってものじゃないもん」


 ふくれっ面で顔をそらすキャルは、はたから見ると愛らしく、ギンカは二人のやり取りをじっと観察している。


「ああ、そういうつもりで言ったんじゃなくてな。とにかく悪かった。もうしないから……」

「ふーんだ!」

「あー、もう……ヤマガミー、お前からも何か言ってくれよ」


 キャルの可愛い仕草を、無表情に楽しんでいたギンカは、フィッシャーの言葉に首を傾げる。

 数秒後、ゆっくり首を振った。


「女性の胸を触るのは、良くないです」

「俺のフォローをしてくれねえかな! ちくしょう!」


 ここまで下手に出てもダメとなれば、フィッシャーとて大人しくはしていない。

 キャルに負けずに不貞腐れて、ある意味キャルより子供っぽく唇を尖らせる。


「良いよもう、知らねえ。そん代わりな、キャルツェこそ授業中に寝たりなんかするなよ。こっちまで減点されんだからな」

「う……。そ、それとこれとはさぁ」

「あーん、別問題? 別問題だっつーんですかー? いいよ、それでもー? で、別問題として言うけど、居眠りするなよ?」

「ひどっ、フィッシャーさんやっぱり性格悪い!」

「やっぱり? やっぱりって何だよ!」

「目つき悪くて恐いもん! やっぱり見た目どおりだよー!」

「あれ!? そっちの方がひどくねえか!?」


 どんどん音量を上げて罵りあう二人の間に、ギンカは静かに両手を広げて、割って入る。


「あの、二人とも、声が大きいです」

「おーう」「おりょ」


 ごめん、と騒がしい二人がトーンダウンしてギンカに謝る。


「でも、レッドハルトさんの言うこと、わかります」


 俺の顔のことかと、フィッシャーは少し泣きそうだ。

 ギンカは、それを否定して首を振る。


「そっちではなく、授業が眠くなることです」

「そっち? まさかヤマガミも眠かったのかよ」


 顔面の運命を呪わずに済み、ちょっと安心した顔で、フィッシャーは尋ねる。

 対して、頷くギンカは、瞼を伏せて表情を硬くした。


「はい、恥ずかしながら……。あまり、言葉がわからないものですから」


 フィッシャーは、意識しないようにしていた怪談話を思い出したように、顎の下に梅干を作った。

 キャルは、声のトーンをあげて、明るく飾った声を出す。


「あ、ギンカさんもなんだ。良かったー、ぼくもそうなんだよね。話し言葉は大丈夫なんだけど、書き言葉がダメダメでさぁ」

「私は、話し言葉もちょっと怪しいんです。日常会話は、大分できるのですが、まだ知らない単語が多くて」

「あ、わかるわかる! さっきみたいな戦いの話なんて、普段見たり聞いたりしないから、いきなり言われてもわっかんないよね!」


 頷きあう二人に、フィッシャーは何とか気持ちを持ち直して理解を示した。


「なるほどなぁ。そりゃ、訳のわからん話を座って聞いてるだけじゃ、眠たくもなるわな」

「そうそう、そういう問題なのです」


 フィッシャーは、助けを求めるように空を仰いだ。

 何か口を開けば、二人を傷つける言葉が出て来ることは、本人にも、二人にも伝わった。


 だから、キャルは話題を振った。


「あ、そういえばさ、ギンカさん」

「はい?」

「さっき言ってた、そっちの話、実際どう思った?」

「そっち……?」


 何の話かと首を傾げるギンカに、キャルは小悪魔の笑みを浮かべた。


「だから、フィッシャーさんの目つきが悪い話」

「それは…………」

「なんでそこで沈黙するんだよ! それほぼ目つき悪いって認めてるよな!」


 フィッシャーが手ひどい傷を負った顔で叫んだ。

 教官が全員を集めて、無制限の走りこみを命じても、表情が変わらなかったのは、33番チームだけであった。

 ただし一人は仏頂面だ。



****



 訓練生の寮室は、二人一部屋である。

 33番チーム女子二人組みは、走りこんで疲れた体で、それぞれのベッドに休息を求めた。


「ふぃ~、初日から長い距離を走らされたね~」


 二段ベッドの上、小さな体を大の字にしてキャルが気だるそうに声を漏らす。

 下のベッドに腰かけたギンカは、はい、と行儀良く応じる。二人の髪はまだ濡れていて、ついさっき入っていたお風呂の温度が残っていた。


「流石に、明日は筋肉痛かなぁ。ギンカさんはどう?」

「私もです。こんなに走ることは、早々ないです」

「あ、やっぱりきつかった? ギンカさん表情変わんないんだもん、ひょっとして余裕だったんじゃないかって思ったよ」


 ギンカからすると、汗を流していても終始笑顔だったキャルの体力の方に驚きを覚えたものだ。


「じゃ、明日に備えてもう寝ちゃうー?」

「では、明かりを消しますね」

「はーい」


 ギンカが立ち上がって明かりを消し、またベッドに座る。そして、寝転がる気配がない。


「……ギンカさん?」


 呼びかければ、やはり、はい、という行儀の良い返事。キャルは、ベッドの縁から上半身を乗り出し、Tシャツをまくらせながら下を覗き込む。

 ベッドに腰かけたままのギンカと、逆さまで眼があった。


「えーっと……こんばんは」

「こんばんは」


 夜の闇で浮かび上がる白い肌が、無表情とあいまって幻じみて見える。

 キャルは、背筋を走るものを感じながら、何でもない顔を夜の中で作る。


「ううん、別に何ってほどじゃないんだけど……寝てる気配がなかったものだから、どうしたのかなって」

「それは、ご心配をおかけします。でも大丈夫です」


 白い指が、夜に同化した黒髪を撫でてその理由を伝えた。


「まだ髪が濡れているので、もう少し乾いてからと思って」

「あ、なるほど。そっか、ぼくは短いから気にしてなかったよ」


 逆さまの顔が、くるりと回転するようにベッドの上に戻る。

 そのまま寝るのではなく、ベッドの縁に寄りかかって、キャルもまた座り込んだ。


「じゃあさ、ちょっとお話しようよ、お話」

「明日に、響くのでは……」

「平気平気。ぼく、元々夜型なんだよね。徹夜とか平気なんだ」


 底抜けに明るい笑顔で喋る少女は、無表情な少女の手を取るように、夜更かしに誘う。

 無表情な少女は、はい、と小さく応じた。


「んー、じゃあさ、フィッシャーさんについて、どう思う?」

「フィッシャーさん……大丈夫でしょうか」


 今日の走りこみで、チームで一番疲れ果てていたのは少年だった。

 それこそ、精も根も尽きた、骸骨のような顔で、チームメイトの少女二人を恨めしそうに見ていた。


「あはは、バッテバテだったもんね。言葉も出ないって感じだった」

「明日、大丈夫だと良いのですが」

「まあ、そこは男の子だし、きっと這ってでも来ると思うよ?」


 キャルは、脂汗をかきながらぎこちない足取りのフィッシャーを想像して、口元に手を当てる。

 ガチガチにプライドが高いというわけではないが、あれはあれで十分に男の子らしい見栄を持っているとキャルは判断していた。

 男一人、女二人のチームで、自然と前に出ようとするところが、まさにそれだ。


 今日の去り際、体力作り、と怨念じみた呟きが聞こえた辺り、かわいいな、と年下の少女は思っている。

 一方、ギンカは、そのあたりの機微を知らないらしい。


「這うくらいなら、肩を貸してあげた方が」


 そんな事をしたら、繊細な男心がすり潰されてしまうと、キャルは教えてあげた。


「そういうもの?」

「当然だよ。男の子には見栄があるんだから。口では男女平等って言っても、やっぱり女の子で、しかも年下の子には、助けられるよりも助けてあげたいって思うものだよ。特に、ギンカさんみたいな美人だとね」

「そんなこと……」


 闇に消えた語尾に、照れたギンカの表情を想像しながら、キャルは笑う。

 次のギンカの台詞は、そんな想像をよそに、静かなものだった。


「でも、チームですから、手助けは当然では」

「あー、うん、それはまあ、そうだね」


 チームという共同体として、全く考えが及んでいなかったキャルは、自分の中の何かに微苦笑した。


「うん、その通りだよ」


 今はまだ、チームと呼べる状況ではないなと思いながら、キャルは認めた。

 何より、自分がチームとして納得していないことも、認めたのだ。

 その原因は、誰のせいでもない。自分が持っている過去のせいだと自覚しながら、キャルは話題を変えて逃げた。


「でもさ、フィッシャーさんって、見た目と違って優しいよね」


 昼に、目つきが悪いと散々いじめたことを忘れたように言う。ただ、昼とは比べられないほどの真剣さを、明るい声のすぐ下に潜ませていた。

 同じ感想を抱いていたため、ギンカはその真剣さを察することができた。それでも、まだはっきりと、他人の胸の内に対して頷けない。


「そうかも、しれません」

「ぼくは結構、決めちゃってるかも。だって、何にも言わないもんね」


 反乱の記憶も新しい民族の一角に、採用年齢下限の入隊。

 誰がどう考えたって、訳ありに決まっている。


 万年人手不足の連合保安局は、特に人員損耗の激しい武装隊において、独自の強制入隊機関を持っている。

 それは、主に孤児で構成される児童養育施設と、主に若年犯罪者で構成される更生施設だ。

 どちらも、法律上強制力はないはずだが、一度施設に入ったら最後、そこで養育される費用を、連合保安局での労働で返還することになる。


 フィッシャーも、すぐに気づいたはずだ。

 キャルとギンカが、そうした施設の、しかも問題がある部類の人間だと。

 他にもそうした施設の出身者はいるはずなのに、三人一組という外れに選ばれたのだから、どれほど鈍くても察するに十分だ。


 一方、フィッシャーは完全にとばっちりだ。

 彼は、どこからどう見ても中流階級の出身で、恐らく過酷な状況を体験したことがないに違いない。

 そうでなければ、キャルやギンカに対して、打算もなしにあんな気遣いを見せるようには育たない。

 優しさという気分は、余裕余剰の中から生まれるものだ。


 他のチームに入っても問題ない背景を持ちながら、能力値が「面倒」と思われたために、三人組の一人にさせられた。

 そして、それを薄々察しながら、フィッシャーは何も言わない。


「でも、わかりません」


 結論を描きかけた自分の思考を、ギンカはせき止めた。

 似た思考をしていたキャルは、そっか、とだけ呟いた。


「そろそろ、ぼく寝るね。流石に眠いや」


 上のベッドで、シーツが擦れる音がする。


「お休み、ギンカさん」

「お休みなさい」


 静かになった夜のうち、やがて、ギンカもベッドに体を横たえる。


「でも、普通に、話してくれました」


 夜をそっと掻き混ぜた独り言を、ベッドの上の気配は受け取っていた。

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[一言] 科学の世界かと思いきや、魔法の世界! いや、欧米語なら魔法と手品は同じものだから…… きっとナノマシンによる手品なんだよ。
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