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ジャンクション33  作者: 雨川水海
三本の牙

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三本の牙6

 大森林の中を、ファルムリヒは六分から七分の力で駆け抜ける。

 木の根が張り出し、雨のぬかるみや岩が隠れた足場を熟知しているように飛び回り、木の枝や背の高い草をすり抜けるように前に進む。

 大森林で生まれ育ち、鍛練を重ねたフォクスモージェンの戦士の疾走だ。


 これが未熟者となると、ぬかるみに足を取られ、岩で足首を痛め、木の根につまずいて転びそうになる。

 慌てて足元に注意を向けると、顔を木の枝に強打して豪快にすっころぶ。


 例えば、ちょうど悲鳴をあげてひっくり返った、アダリアのような状態だ。


「おっ、ぐぉ! あ、ちょ……いっ、ひぶ!」


 鼻っ面を強打して鼻血に溺れながら、倒れた拍子に後頭部と背中まで打ったので、痛みの三連コンボで言葉も上手く喋れないらしい。

 五十メートルは先を走っていたファルムリヒは、新米の悲鳴に大笑いしながら、軽い足取りで歩み寄る。


「足元を目で見て確認してるとそうなる。目は常に前を見て……そうだな、十歩ぐらい先までどう足を置くか決めておくんだ」

「ほ、ほんにゃ、むひゃな……」


 恥ずかしそうに鼻血を抑えながら、アダリアが弱々しく首を振る。


「そんな難しくないぞ、慣れればできる。お前なら大丈夫だろ」


 ファルムリヒの励ましを、アダリアは疑い半分、期待半分で受け止めた。

 疑い半分なのは、アダリアが気持ち悪いくらい汗だくなのに、ファルムリヒが涼しげに額を拭っているからだ。

 同じ生物なのか疑いたくなる体力差だった。


「けど、ファル――じゃなくて、リーダー。体力作りばっかりじゃなくて、もっと槍の使い方とか教えてくれてもさぁ」

「あーん? なに生意気なこと言ってんだ、このヒヨコめ」


 槍の石突が、背伸びをしたい年頃の少年戦士を小突く。


「あだ! だ、だけど、いざ戦いの時にこんなに走り回ることないんじゃないかって、あだだだ! ごめんなさい!」


 連続で小突いて黙らせたファルムリヒは、溜息をついて槍を肩に担ぐ。


「馬鹿。戦力は、こっちが圧倒的に不利なんだ。基本的に俺達は奇襲して、すぐに撤収が鉄則だ。そんな時に足が遅い奴がいてみろ。奇襲も撤収も危なくなるだろうが」

「うー、それは、そうかもしんないけどぉ」


 上目使いにアダリアが、槍の動きをうかがう。

 どうやらお仕置きが来ないらしい、と確認してから、思い切って口にする。


「もっと思い切って攻めるとか、やっても良いんじゃないかな」

「思い切ってねぇ、どうやってだよ」


 ファルムリヒの口調は、機嫌を損ねていた。そういった無駄な積極論を熱心に説く人物が、幹部会にいるためだ。


「例えばさ、思い切って百人くらいで、どこかの倉庫を襲うとかさ。食料とか、武器と引き換えにできる物とか、一杯手に入るだろ」

「そうだな。サラテックのでかい倉庫を襲えば、かなり良い額になるだろうな」


 肯定的な返事に、アダリアは大きな作戦を期待した眼差しを向ける。


「で、そんな大きな損害を出してはいけないと、武装隊が目を血走らせて駆けつけてくるわけだ。こっちが百人も連れて行ったら、向こうも事前に察知するだろうから、すぐに集まるのが二百くらい。追っ付けその倍は集まるだろうな」

「そこはほら、向こうがちゃんと集まる前に、そこを突破すれば……それこそ、奇襲と撤収ってことで」

「倉庫から荷物を運び出すためには大きな車両がいるから、どうやったって行く道で目立つだろ。それに荷物を運ぶのに時間と人手がかかる。百人のうち半分を荷運びに使うとして、残り五十人で、すぐに集まってくる武装隊を防げると思うか? でかい車両で逃げるから、帰りもやっぱり目立つしな」


 そこまで言われると、反論もなく黙り込んだアダリアに、ファルムリヒは石突を落とした。


「い~~ッ!」

「ちょっと考えればわかるだろ。実戦に出て来ないようなオッサンの言うことをまともに受けるな。命をかけて戦うのは、お前なんだぞ」

「別に、ニルビナさんの話を聞いたからじゃ……」


 唇を尖らせて否定する言葉を、ファルムリヒは信じることができなかった。

 特に年若い戦士の一部が、定期的に過激派が開く集会に参加していることを、真剣に危惧しているからだ。

 ファルムリヒが聞いたところでは、ニルビナ辺りが、リーダーを助けるためには過激なことをしなければ、という論法で、ファルムリヒの人望を使って若い戦士を焚きつけているらしい。

 それは、ファルムリヒの望みから最も遠い事だと言うのに。


「それと、敵を甘く見るな。奇襲だって、毎回上手く行ってるわけじゃない。聞いてるだろ、ついこの間も、たった三人の護衛にやられたんだ」

「ああ、その話……」


 アダリアは、ファルムリヒが負けた、と言われる戦いを示され、へそを曲げた顔をした。


「どういうわけか、こっちの奇襲を完璧に読まれたんだ。そりゃ、何度か襲撃に使った地点だが、そんなの他に十何カ所もある。何をどう察知したんだがわからないが、わからないからこそ、警戒しなきゃな。倉庫への襲撃は、危なすぎる」

「でも、一台輸送車を奪ってきたじゃん。兄さんだって、完敗したわけじゃないだろ」

「それは……」


 完敗したんだがな、とファルムリヒは苦笑して、石突をアダリアの額に落とす。


「リーダーと呼べって言ったろ」

「うぅ、ごめんなさい」


 ファルムリヒは苦笑して、アダリアの手を取って立たせる。


「ほら、十分休んだだろ。そろそろ行くぞ。良いな、十歩先を見て走るんだからな」

「だから難しいってばぁ!」

「馬鹿。これくらい、例の三人組の護衛もできるぞ。特に一角の娘な。あれとは真っ向勝負したくないなぁ」


 一角の少女を幻視して、ファルムリヒは苦笑を浮かべた。


 一点ではなく、全体を自然と捉える視線の置き方と、動静を惑わす歩法。

 見事な白兵戦の技量は、何度思い出しても感心する。それは、ファルムリヒ自身が、優れた戦士だからこそ、余計に感心するのだった。


 歩法はファルムリヒと全く違うが、視線の置き方は共通するところがある。

 例えば、十歩先を見て走るということは、一点ではなく全体を捉えようと視線を置くことに繋がる。

 一角の少女なら、ファルムリヒと同じ速度でこの大森林を走り抜けることもできると、確信があった。

 そんなことを説明すると、アダリアは顔を真っ赤にした。


「俺だってすぐにそれくらいできるようになる!」

 その後、アジトに帰るまでに三度、アダリアは鼻血を流した。



****



 ファルムリヒのテントで、後頭部と顔面を濡れたタオルで冷やしながら、アダリアは大の字に倒れている。

 全てを予測していたルーヴェンが用意していたのだが、その用意の良さと、腫れた顔を見て彼女が小さく笑ったことが、少年の繊細な自尊心を粉々にしてしまった。

 ルーヴェンはそんな男心に全く気づかず、さらに水割りを作ってあげていて、ファルムリヒは憐憫に満ちた表情でアダリアの肩をそっと叩いてやった。

 これも男の成長に必要なことだ、と心の中でメッセージを送るが、アダリアには多分届いていない。

 ルーヴェンがいなくなったら、水割りではなく、果実酒を振る舞ってやろう、とファルムリヒは決めた。


 そこで、テントの外が騒がしくなった。

 甲高い子供の声が、樹鈴の合図もなく、ファルムリヒのテントに飛び込んでくる。


「ファルお兄ちゃん、大変!」


 その声に、アダリアが跳ね起きる。


「セシリ!? お前、一人で来たらダメだって言ってあるだろ!」


 頭ごなしに叱る口調になったアダリアに、セシリは幼い顔を真っ赤にする。


「一人じゃないもん! カリルと一緒だもん!」

「いや、そうじゃなくて! チビだけで来たらダメって話だ!」

「だって大変だもん!」


 涙ぐんで睨み返すセシリの背後、双子の姉の背に隠れて、カリルが恐る恐る顔を覗かせる。

 その顔に、明らかな殴打の痕があり、アダリアは口にしかけた言葉全てが怒りで燃え散らかった。


「カリル、貴方」


 ルーヴェンの声も震えていて、それ以上出て来ない。


「何があった」


 一番、大事なことを口にしたのは、ファルムリヒだった。

 その声は、千年級の大樹のような重量がある。


 カリルは、言いづらそうに眼を泳がせる。

 何があったのかは、皆わかっている。サラテックの市民か、武装隊のパトロールに殴られたのだ。フォクスモージェンの子供だから、という理由で。


 だが、カリルが、震える声で最初に口にしたのは、予想を裏切った。


「守って、もらったんだよ」


 それを、セシリとカリル以外が理解するためには、続きの言葉が必要だったが、カリルは涙を目に溜めて、それ以上話せそうにない。

 セシリが、薄ら涙を滲ませながら、代わりに口にした。


「ぶそー隊の人が、おじさんにひどいことしてたから、セシリとカリルが、止めようとしたの。そしたら、ぶそー隊の人が、怒って……カリルが、セシリを守ってくれて」


 そこで、セシリの方が限界だった。

 武装隊から振るわれた暴力は、さぞ怖かったのだろう。ルーヴェンが駆け寄って、セシリをきつく抱きしめる。


「大丈夫、もう大丈夫よ。ここなら武装隊も、絶対に来ないから」


 背を撫でてあやすと、セシリは余計に泣き出す。

 弟もつられて泣き出すだろうと思ったルーヴェンは、優しい顔をカリルにも向ける。


 しかし、カリルは、ぎゅっと唇を噛んで、泣き声をもらす寸前で、耐えていた。

 じっと、じっと、耐えていた。

 やがて、震える唇を開いて、もう一度、最初の言葉を繰り返す。


「守って、もらったの」

「お前が守った、じゃないのか」


 ファルムリヒが、勇気を振り絞っているカリルに、視線を合わせて尋ねる。

 答えは、何度も頷くことで示された。


「誰が守ってくれたんだ」

「……あの、人達」

「どのメンバーだ。シェル達か、ミッダ達かな」


 カリルは首を強く横に振る。

 他のエクスフォクスのメンバーの名を挙げようとして、またしても、テントが樹鈴なしで開かれた。


「聞いたか、ファルムリヒ!」


 ニルビナが、真っ赤な顔で怒鳴ったことで、カリルの口は堅く閉ざされてしまう。

 ニルビナに続き、ブロイラの他、過激派の幹部達が五人、入り込んできて、ファルムリヒの眉をひそめさせた。


「そっちの用件が、街で武装隊の連中がこの子達を襲ったことなら今聞いている。後にしてくれ、まだ脅えてるんだ」

「襲われたのはその子達だけではない! その場には他に四人もいたのだ!」

「それは問題だが、今この子達を落ち着かせることよりも大事なことなのか」

「そうは言わん! だが、他に傷ついた者もいるのだ! リーダーとして他の意見を聞く必要もあるだろう!」


 ファルムリヒは、熱量が存在すればニルビナが焼死するほどの視線で睨みつけ、大声を黙らせた。

 だが、ニルビナの発言を否定することはできなかった。


「ルーヴェン、カリルを頼めるか」

「ええ、わかったけど……」

「すまん」


 ファルムリヒは立ち上がり、過激派を押しのけてテントから出て行く。


「外で話す。文句ないだろうな」


 ささくれた者が全て出て行き、アダリアも双子を見て、少しためらったが、出て行った。

 光さえなくなったように静かになったテントの中、カリルが、やっと口を開く。


「ぶそー隊の人が、守ってくれた」

「襲った、人が?」

「違うの。あの、三人」


 ルーヴェンは、胸を刺されたように呼吸を止めた。

 あの三人。それは、輸送車を護衛していた三人に違いないと直感した。

 あの三人が、武装隊から、フォクスモージェンを守ったのだ。


 武装隊が、武装隊から守るなど、普通であれば、疑うべきことだ。

 だが、あの三人ならば、とルーヴェンは思ってしまった。


 それは、セシリとカリルが、ご飯を貰ったと言っていたこともある。

 それ以上に、コールドマンが渡した人事簿が、その直感を後押ししていた。


 三人の中で、一番目立った一角の娘。

 彼女は、フォクスモージェンと同じ立場で戦った、勇猛な一族の子供だ。


 彼女は、きっと今の自分達と同じ思いをしたに違いない。それでもなお、武装隊の制服を着ている。

 そして、彼女の仲間は、そんな彼女と共にいるのだ。


 あの三人は、そういう三人なのだと、ルーヴェンは直感してしまった。

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