三重の絆1
世界は、異世界と衝突せずにはいられない。
これは避けることの出来ない、宿命である。
我々が住んでいるのは結節点であり、そこにはありとあらゆるものが行き交う。
ただし、危険なものが行き交うのではない。そこにあること自体が、危険なのである。
彼女の額には、角があった。
珍しいことではない。
この世界は、五十年に一度の割合で大規模な異世界衝突を起こすため、全く別な生物史を辿った生態系が混在する。
試しに、この世界の生物図鑑を開いてみれば、驚異的というより狂気的な様相を呈しており、生物学ほど役に立たない学問はないとさえ言われる。
角があるくらい、尻尾があるくらい、眼が多いあるいは少ないくらいならば、ヒトと呼ばれるこの世界で、彼女の角は個性にはなりえない。
しかし、彼女の白い一角は人の目を引いた。
人の目は見る。
鼻筋の通った、美しいと言って差し支えのない顔立ちを、見る。
物静かに感情を抑えた表情で化粧した彼女に、しかし見惚れているわけではない。
人目の多くは、嫌悪感の刃を視線にこめている。
連合保安局、武装隊訓練校の入校式は、彼女のために浮ついた空気のまま、校長の訓示に差し掛かっている。
「我等が世界――異世界と交わるがゆえに、いつしか我々は世界をそう呼ぶことにした。奇しくも、ジャンクションに軍事的な意味があることも、必然であろう。
異世界との交わりは、残念ながら時に衝突を生む。史上、多くの流血があったことは、諸君も知っての通りである。望んだ流血であるはずもない。この悲劇を無くすために作り出されたのが、統合政府なのだ。
突然交わってしまった異世界同士が、対等に力を合わせるために統合する組織だ。その統合の最前線で働くのが、連合保安局。そして我々、武装隊なのだ」
校長の話は、何ら新鮮味のあるものではなかった。
武装隊の訓練生、一年後には命のやり取りの現場に赴かんとする彼等彼女等は、政府機関が製作したプロパガンダを熟読している。
まして、連合保安局と同じ資金源を持つ、とある養育施設に二年間籍を置いた一角の少女には、耳慣れた情報でしかない。
「武装隊。そう我々は武力を保持している。だが、決して暴力ではない! これは鎮護の力である。起きてしまった衝突から、ありとあらゆる人々を守るための力である。そして、人々という意味に垣根を作ってはならない!」
政府が保有する〝力〟の説明を始めた校長に、彼女は、深い色合いの黒の瞳を向ける。
無表情の美貌に、さらに冷えた印象を与える目は、何かを言いたげに黙り込んでいる。
「我が武装隊は、この世界、日々異世界と交わらざるを得ないこの世界において、統合政府の盾である。統合政府の盾であるということは、政府を支持し、参加する人々の盾である。
同時に、政府に反対し、衝突する人々の盾でもあらねばらない。何故なら、統合政府は、反対者の打倒と服従ではなく、和解と統合を望んでいるからだ。
困難であることは言うまでもない。いや、言葉では表現しきれない過酷さに満ち満ちている!」
政府に否定的なマスコミから情報を得ている訓練生は、口元を苦笑いの形にした。連合保安局、特に武装隊は、常に人員不足に悩まされているという報道は、事実である。
一角の少女は、自分の立場からもそれを知っている。彼女が二年間暮らした養育施設は、エスカレーター式に連合保安局に所属する条件で、入居者を養っている。
「だからこそ、若い諸君に期待する。これより、誇り高き盾となる諸君には、連合保安局のモットーである、協調・勇気・友愛の三訓の意味をしっかりと胸に刻んで貰いたい」
協調と、友愛。
今の彼女に向けられる、訓練生の粘ついた視線からは、とても想像ができないモットーであった。
校長の訓示が終わる。彼女――ヤマガミ・ギンカは、瞼を伏せた。何もかもを、その瞼の裏に封じ込めたような表情だった。
あるいは、罠に捕らえられた鳥は、近づいてくる足音を聞いて同じ表情をするのかもしれない。
****
入校式が終わると、すぐに武装隊訓練生の研修が始まる。
教官長が怒鳴り慣れた大声で、先着順になっていた入校式の席順をチーム番号ごとに並び替えるように指示を飛ばす。
「訓練生! 適性検査の結果通知を出せッ、忘れた馬鹿者はいないだろうな! そこに番号が判子されている。その番号の下三桁の席に移動ッ、一分以内!」
猛獣の吠え声もかくやという迫力に、訓練生は背筋を痺れさせて飛び上がる。
今回の武装隊第三訓練校の訓練生は131人、全員が一分以内に移動するのは不可能だと誰もがわかった。
結果として起こる喧騒は、教官陣がさらに恐ろしい怒鳴り声を張り上げる材料になる。
唐突な大声と理不尽な命令は、人の頭の中を真っ白な状態にして個性を一時消し去り、集団行動を仕込む下地を作る。
とはいえ、百を超える集団ともなれば、妙な慣れを持っている人間は必ずいる。
「165番、ここですね」
慌てた訓練生がぶつかりったり、転んだりしている中、背筋を伸ばしたまま、制服も乱れさせずに、ヤマガミ・ギンカは自分の番号席に辿り着いた。
最後尾の端に位置するらしい、と他の訓練生の流れを見て推測し、喧騒を放って椅子に腰を落ち着ける。
尻が椅子に触れたと同時に、隣の机に手が乗った。
その手に続いて、小柄な体がふわりと机の上を飛ぶ。
「おりょ?」
上下逆さまになった少女の顔が、ギンカと見つめあってそんな声を出した。
机を支点に、側転するように164番の椅子に足から着地した少女は、びっくりした顔でギンカの角を見たが、椅子に座りなおしながら、人懐っこい笑みに切り替える。
「ごっめんごめん、まさかお隣さんが先に着いてるとは思わなくてさ。行儀悪くてごめんねぇ」
ウィンクして謝罪する鳶色の瞳は、あまり詫びるつもりはなさそうだ。
いえ、と返したギンカの台詞を聞いているのかいないのか、小柄な少女は、少し乱れた亜麻色のショートヘアに手櫛を入れる。
「あ~、やっぱ跳ねてる! もう、せっかく早起きして髪をセットしてきたのにぃ……ぼく、癖っ毛でさぁ、跳ねちゃうんだよね」
唇を尖らせた表情は、ギンカより二つ三つ年下に見える。
制服が着崩してあるから、余計にそう見えるのかもしれない。きっちり着こなしているギンカとは対照的で、ついギンカはじっと見つめてしまう。
髪を不満げに弄っていた少女は、隣からの視線に気づくと、くるくる表情を変えて笑う。
「わお、そんな見られちゃ照れちゃうなぁ」
「それは、失礼しました」
ギンカは礼儀正しく頭を下げる。ただ謝るだけでは気まずいと思い、一言付け足す。
「身軽、なのですね」
「んふふ、すごいでしょ? ぼくの自慢なんだ」
褒められて、臆面もなく少女は胸を張る。仕草の一つ一つが小気味良くて、どこか愛嬌があったので、また、ギンカは少女を見つめてしまった。
(可愛い。小鳥さんみたい)
無言で見つめるギンカに、少女は見つめ返して何度か目を瞬かせる。
どうやらギンカから言葉が来ないとわかると、少女から話し出す。
「う~ん、やっぱり一分以内に全員の移動が終わるのは難しいみたいだね。まあ、やっぱり一分は無理だよねー?」
ギンカに対して、嫌悪を表さない鳶色の眼差しが、笑っている。
そのことに、心地良さと不安を感じながら、ギンカは静かに頷いて同意を示した。
「うん、難しい」
「みんながぼくくらい身軽だったら出来たかもだけど。あ、ぼくより速い人もいたね。うーん、ちょっと悔しい」
「私より、あなたの方が動きが速いです」
「ほんと? だと嬉しいなぁ、この足には自信があってねぇ」
さっきアクロバットをして着席したせいだろう、少し乱れた制服のスカートを少女が叩く。
その隣の163番席に、目つきの悪い少年が駆け込んで腰を落とした。
「ぶはっ、あっぶね! ぎりぎり? ぎりぎりだよな」
少年は、教官の動きを確かめるために壇上に視線を送り、まだ隣を見ていない。
小柄な少女は、小さく舌を出し、慌ててスカートの裾を直した。ギンカは、心の中で、可愛い、と呟いた。
幸運が転がっていたことを全く知らず、少年は隣の少女二人に片手を上げて挨拶する。
「あ、騒がしくてすまん。慌てちまってな」
「おぉ、意外」
小柄な少女が、目をぱちくりさせて感想を垂れ流す。
目つきの悪い少年が、いきなりの言葉に首を傾げた。
「何が意外なんだよ」
「見た目より挨拶が爽やかだったから、意外だーって、ね?」
満面の笑みで、少女はギンカに同意を求める。唐突すぎてギンカは答えられないが、心のどこかで、その感想に納得した。
してしまった。
口にしなくても伝わる空気というものがある。
少年は恨めしそうに、印象のよろしくない目つきで二人を睨む。
「お前、初対面の相手に向かって――って」
少年の文句が、ギンカの額の角を見て止まる。
まずい、と少年の顔に正直に意志が表れ、黙っているのがもっとまずい、と上書きされる。
「あー、いや――」
その先の台詞は言えなかった。教官長が、一分の経過を知らせる怒鳴り声を上げたのだ。
「なんてノロマどもだ! こんなグズを一年で鍛えるなど今から頭が痛い! 貴様等への扱きは特別なものとするから、覚悟しておけ! さっさと席に着かんか!」
もう雑談など出来る空気ではなく、少年は新品の服を汚してしまったような、苦い顔をする。
ギンカは、瞼を伏せて、その少年の表情に思った事を封じ込んだ。
「ようやく席についたか! それぞれ隣を確認しろ! 隣接した者同士が、四人一組のチームになる! チームの区切れは、必ず席が一つ空いているから間抜けでもわかるな! なお、適性検査の下四桁目と五桁目がチーム番号だ。01から33までだ、わかったな!」
ギンカはそちらにしか人がいないため、少女の方を見る。少女は、両隣に視線を振る。少年は、少女二人の方を見て、162番の、誰もいない席を見る。
三人で確認しても、三人しかいない。
161番からは、訓練生がきちんと四人に区切られて座っている。
「透明人間さんとか、いるのかな?」
小柄な少女が、何かを諦めた顔に笑みを浮かべて呟く。
「あー、まあ、確かめねえとな。念のためな、念のため」
少女二人が頷き、少年が、三人を代表して手を上げる。
「早々に質問とは良い度胸だ! 33番、言ってみろ!」
「教官は――」
「殿をつけんか馬鹿者――ッ!」
個人に集約して放たれた怒声に、少年は思わず後退る。
一瞬、声が出なくなったことに脂汗をかきながら、腹に力をこめて言った。
「教官殿は! 四人一組と仰ったと思いますが! 33番チーム、三名しか見当たりません!」
「校長殿のお話の何を聞いていた! 訓練生は総勢131名だ! 四で割ってみろ!」
「あー……つまり! 32余り3が、俺達33番ということですか!」
「わかったのならただちに座れ! よそのチームの時間まで奪うな!」
尻を叩きつける勢いで、少年は着席する。
チームメイトの二人を見て、だってよ、と唇の動きだけで伝える。
ギンカは軽く頭を下げて、小柄な少女は軽く肩にタッチして、汗を浮かべた少年に礼を述べた。
教官長の怒声が、全体に向けたものに切り替わる。
「なお、チーム構成については、適性検査をもとに、公正に判断した結果だ! 以後、チーム分けについての不満は一切受け付けん! わかったな!」
公正、という教官長の言葉をギンカは一切信じず、ただ瞼を伏せて受け入れた。
「では、チーム内で自己紹介・適性確認をしろ! その後、チームリーダーを選出! 時間は十分だ!」
33番チームは、反応が遅れるかに見えた。
ギンカは瞼を伏せていたし、少年は面白くなさそうに頭をかいていた。
公正といわれても納得できるはずもない。
チームで動く訓練校生活で、どうしようもない数的不利が最初から課せられているのだ。
新生活に抱いていた淡い希望とかすかな不安は、根こそぎ投げやりな気分に塗り替えられている。
「んじゃ、ぼくから行くねー!」
そこに、底抜けに明るい声が、他のチームの声を掻き消すボリュームで叩き込まれる。
「ぼくはキャルツェ、キャルツェ・レッドハルトね! キャルって呼んでねー!」
右に、左に顔を向け、キャルは可愛らしくウィンクする。
「よろしく、ね!」
チームメイトの二人は、ウィンクの視線に頬をつままれたような衝撃を受け、数秒行動ができなかった。
その理由を、ギンカが無意識に口にした。
「可愛い」
言ってしまってから、ギンカは自分の口を押さえる。恥ずかしいことを口走ったと思ったためだが、言われたキャルの方は、はしゃいだ笑いを漏らす。
「あ、ほんと? えへへ、嬉しいなぁ」
一人からそんな評価を受けたキャルは、少年の方にも期待した笑みを向ける。
悪戯っぽい眼は、褒めて褒めてと言っている。
「あ、あー……ま、なんだ」
少年は、照れた顔に恥ずかしさを浮かべて、曖昧に笑う。
「お、俺はフィッシャー・ブルードロップだ」
「あ、逃げたー、ひどーい」
「うるせえ! えー、年は、八月で18になる。生まれは――」
少年、フィッシャーは、ギンカの角を思い出し、頭をかく。
「ま、それはどうでも良いやな。とにかくまあ、よろしくな」
やや歯切れが悪くなったが、キャルが手を叩いて盛り上げる。
自然と、残る一人に視線が集まった。
いや、視線が集まったのは、その額、角だ。
その理由を、痛いほど理解しながら、ギンカは瞼を伏せて頭を下げた。
「ヤマガミ・ギンカ。よろしくお願いします」
感情が顔に出やすいフィッシャーは、何かを確かめたいという衝動に唇を震わせる。
笑顔で手を叩くキャルは、何かを想像するように鳶色の瞳を一瞬だけ横にそらす。
額に白い一角――それは、七年前に反乱を起こし、連合保安局武装隊に鎮圧された部族の、シンボルとして知られている。
「ん、まあ、なんだな」
フィッシャーは、自分の、恐らくは間違っていない推測を流す言葉を探して、キャルに視線を送る。
「そう、リーダーを決めないと! 時間ないもんね、ジャンケンとかで決めちゃう?」
「ああ? 待て待て、リーダーをジャンケンで決めるのはヤバすぎる。つか、リーダーの前に適性を見せ合うのが先だろ」
「おぉ、なるほど、そういえばそうだね。ギンカさんもそいでオッケー?」
ギンカは、こくんと頷いて賛同する。
声を出さないところにやりづらさを感じながら、フィッシャーは自分の適性判定用紙を二人に差し出す。
「じゃあ、これ俺のな。見て面白いもんでもないんだが」
「えー、そんなことないよ。こういうの、人の見るのってわくわくするー」
「私のです」
キャルとギンカも、それぞれの用紙を差し出す。
差し出してから、誰が誰のを取れば良いのかわからないことに気づき、まごついてしまう。
時計回りに回し読みな、とフィッシャーが呆れながら決定し、ようやく全員が眼を通す。
「おう」
「わあ」
「あ」
各人、回し読み一人目のリアクションである。
「公正な審査?」
「これすごい! ……のかな?」
「……うん」
回し読み二人目のリアクションでこうなった。
三人は、それぞれ戻ってきた自分のものを、改めて差し出して頭を突き合わせる。
「ギンカさん凄いね! 近接適性ぶっちぎり!」
「キャルツェさんも、近接型」
少女二人は、唯一近接型ではない少年を見て、何も言わない。
フィッシャーは、それだけで十分傷ついた表情で溜息をつく。
「あ、バランス型って、良いと思うよ?」
「器用な人は、羨ましいです」
「優しさが逆に痛いってこともあるんだぞ」
適性は、大まかに三つの基本的項目にまとめられている。近接戦闘型、射撃型、後方支援型である。
この適性は、そのままチーム内でのポジションとなるのだが、三人一組の33番チームは、二人が近接戦闘型の判定であり、残る一人は、地ならししたように万遍ない数値――ただし、高くはない。可もなく不可もなく、努力すればまあ伸びるんじゃないかと判定書に励ましを言われていた。
「つまり、俺等は能力適性結果が尖りすぎて、あぶれた者同士で公正に選ばれたってわけだ」
「フィッシャーさんは尖ってないけどね」
優しさの衣を剥ぎ取った台詞に、フィッシャーは先刻自分が口にした言葉を後悔した。
「あや? あ、ごめんごめん、優しい方が痛いって言ったから」
「厳しさが痛くないって言った覚えはねえよ……。ま、ともあれ、ポジションを考えるまでもないな。うちは前衛が二人、俺がまあ、何とか射撃と支援を覚えるしかないわな、こりゃ。どの適性を伸ばせば良いかわかりやすい形にしてくれたもんだな、ったく、教官の仕事放棄じゃねえのか、これ」
目つきの悪い顔で、フィッシャーは恨めしそうに用紙を睨みつける。
三人一組になった不運を、自分の能力値に見ているらしい。ギンカは、音もなく首を振った。
問題は能力にあるのではない。自分の一角にあるのだと、瞼を伏せてギンカは謝罪した。
自分の能力と向き合っていたフィッシャーは、そんな仕草に気づかず、判定書を叩いて恨みを晴らす。
「まあ、しょうがない。で、リーダーを決めなきゃな」
「あ、それならフィッシャーさんが良いと思うな」
間髪いれず、キャルが手を上げて断言した。
「いや、そういうわけにも。一番強い奴が良いんじゃないか? 判定だとヤマガミが――」
「私も、フィッシャーさんが良いです」
言いかけた台詞を、フィッシャーはパクパクと唇を動かして空転させる。その隙に、キャルがはしゃいだ声で畳み掛ける。
「あ、ギンカさんもそう思う? 今の会話も、リードしてたのフィッシャーさんだし」
「はい、私よりは、適任です」
「いや、こんな平均的な……言いたかないが、没個性な能力値をリーダーにすえたってしょうがないだろ」
フィッシャーは、自分の評価に嫌そうに顔を歪める。適性判定は、事実上少年に、特化した才能というものを認めてはいない。
そんな少年の痛みを、キャルは明るい声で追い出しにかかる。
「そんなことないってば、リーダーの資質はまた別だよ! それにほら、年上なんだし、女の子はリードされたいよ? リーダーやってよー」
「あ、待て待て。俺は年上なのか? お前等いくつだよ」
統合政府社会での一般的な就職年齢は、今年で18歳になるというフィッシャーの年齢である。
見た目、確かに幼いキャルは、16歳、ときっぱり言った。
「正確には、もうちょっとで、ってつくけど」
「ぎりぎりじゃねえか」
連合保安局の――一般的な企業でも――就職下限年齢を聞かされ、フィッシャーは驚いた顔に気まずさを混ぜる。
18歳というのは、一等教育を終えた年齢を指す。
それに満たない年で、万年人手不足の連合保安局に就くということは、養育施設の出身ないし更生施設の出身である場合が多い。
フィッシャーは、その表情で、自身が人並みの幸福を満喫してきた中流階級の生まれだと示した。
「私は、今年で17歳になります」
控え目に手を上げて教えるギンカに、キャルはやっぱり、と笑う。
「ほら、男の子なんだから、女の子をリードしてくれなきゃね」
「俺は男女平等を尊ぶ主義なんだが」
「じゃあ、年上なんだから、年下を導いてくれなきゃ! 年下の女の子は、頼もしい男の子が好きなんだぞ?」
えぐりこむように可愛らしい上目遣いで見つめられ、フィッシャーは顔をそらした。
「そういうの、やめろ。男が絶対勝てねえから」
事実上の降伏宣言に、キャルは悪戯っぽくウィンクして、ギンカにVサインを向けた。
やっぱり可愛い、とギンカはキャルを見つめて頷く。
拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
今作は、毎週一回、月曜日12時更新予定です。
今作の詳しい投稿方針については、2020/1/1の活動報告に掲載してあります。