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卒業式。
式が終わるのを自分の教室で待つ。
今日で玲先輩とも最後。そう考えるとどうもやるせない気持ちが心の中を侵食していく。
最後までいつもの調子で元気に無邪気に、笑顔で送り出さないと。絶対泣かないんです。決めたから。
式の終わりは12時。なのに9時には登校して、1人。誰もいない教室であれこれ考えている。
「告白してみるかぁ。どうせ駄目元だし」
そんなこと呟くと12時を告げる最後のチャイムが鳴り響いた。
「さて、と。行かないとね」
荷物を持って教室を抜け、廊下に出て階段を下る。
靴を取り替え、同じように卒業生達を出迎えにきた在校生や家族の人達の中に潜り込む。
最後の簡単なホームルームを終え、ちらほらと卒業生達が集まってみんなと最後の時間を過ごしていく。
「玲先輩居ないな。見落としてるのかな?」
ちらちらと辺りを見回すがそれらしい人影はなく、不安に駆られる。
まさか本当に帰っちゃったの?
「図書行ってみようかな……」
何故だかそこに玲先輩がいるような気がして。
玄関からまっすぐ図書へ向かう。もし居たら説教だ。帰ってはいないけど寄るなら一言言ってくれないと。
図書を覗くと奥の控え室にいる玲先輩が目に映った。
「あ、いた」
何してるのかな? 卒業式にまでパソコン?
ゆっくりと玲先輩から目線を外さずに扉へ向かう。
玲先輩は立ったまま机を手でなぞりながら静かに手元を見つめている。思い出に浸っているのだろうか。どこか懐かしいような目をしている。
あんな表情もするんだ。一緒に過ごした2年間は長い様でとても短いものだ、こんな些細な先輩の変化ですら新しい。
暫く眺めて玲先輩を目に焼き付けてから話しかける。
「玲先輩って思い出に浸るようなキャラでしたっけ?」
手に持った荷物と花を体の後ろに隠しながら横から顔を覗き込む。
「どうだろね。ただここに来たら何故か懐かしくなってね」
「私との思い出がですかぁ?」
「違うって言いたいところだけど、ここの思い出の殆どは後輩ちゃんだよ。良い悪いはともかく」
「玲先輩の記憶に残ってるなんて嬉しいですね。普段そっけないから」
「そんなことなかったと思うけどね」
今までは、つい先日までは『そんなことない』だったのにもう『そんなことなかった』になっている。
そんな些細な点で悲しくなってしまう。
「玲先輩」
「ん?」
「卒業おめでとうございます」
そう言って後ろに隠していた花を玲先輩に差し出す。
「ありがとう。花まで用意してもらって」
花を受け取って愛おしそうに眺める玲先輩。
そんな顔もするんだ。まだまだ知らない玲先輩がたくさんいる。
「てことでボタンくださいよ。ボタン!」
自分の第2ボタンを手で無理やりちぎって玲先輩に渡す。
「雑だなぁ」
「これしかありませんもん」
ハサミとかカッターとかそんなものは用意してないし。
「しょうがないか。はいこれ。こんなの何に使うかわからないけど」
結局同じようにボタンを取って交換する。
「雰囲気ですよ。雰囲気。それと玲先輩これもあげます。卒業祝いです」
ヌイグルミと栞が入った小さな紙袋を手渡す。
私の匂いたっぷりですよ! 普通に一日抱いて寝ただけだけどね。
「わざわざこんなものまで?」
「玲先輩への私の愛情ですからね。そりゃ用意しますよ」
「またそんなこと言って。今日くらいは素でいいんじゃないの」
「これが私の本心ですからね。玲先輩があしらって2年経つだけですよ」
ちゃんと告白したことなかったし、私のキャラ的にふざけてるような見えるのも仕方ないけどね。
だからついでに言っちゃおう。どうせ最後なんだし。
「玲先輩。私はずっと最初から玲先輩のこと好きでしたよ! これで伝わりましたか?」
昔からずっとずっと玲先輩のことが好きで毎日ここで過ごす時間が愛おしくてたまらなかった。
玲先輩はどう思ってたのか気になるけどね。
もうあの感覚は味わえない。玲先輩のいないこの場所で玲先輩を想うだけの未来。
そう考えると出さないと決めていた涙がひと雫溢れる。
「なんで後輩ちゃんが泣いてるのさ」
「なんででしょうね?勝手に……」
一度溢れたものは止まらない。制服の袖で涙を拭う。
「後輩ちゃん。覚えてる? 昔、後輩ちゃんが大好きな作家の新刊の発売で買いに付き合さ合わされて、帰りに一緒にカフェでケーキ食べた時のこと」
もちろん覚えてる。読書後の私とのギャップがばれた日だ。あれもありだと言ってくれた。
「あの時の勝負、次の新刊がいつかってやつ。結局出なかったから後輩ちゃんの負け」
そーいえばそんな約束してたなぁ。負けたらなんだっけ。なんでも言うこと聞くだったっけ?
「と言ってもまだ3月の頭だけどね。そこは大目に見て」
それはちょっと玲先輩ずるくない? まだ可能性あるじゃん。
「ってまぁそれだけ。本題はここからなんだけど。後輩ちゃんに卒業しちゃう先輩からのプレゼントあげるよ。」
机に乗せられた紙袋を手に取り、玲先輩がこちらに差し出してくる。
それを受け取ると結構な重さにびっくりした。何が入っているんだろうか? この重さなら本とか金属かな?
「ありがとうございます……」
「後輩ちゃんが1番欲しがってたものだよ。勝負は勝ったけどあまりにも不公平だったからお詫びね」
そう言って私の頭を数回撫でる。
んっ、先輩今日は優しい。最後だから?
「今日は優しいですね……」
「まぁ、これで最後だからね。先輩の代わりはそれで補って。もう帰るから」
待って! まだ話したいことがたくさん。答えも聞いてない……。
「……せん、ぱい! 返事はっ」
言いたいことは他にもあっただろうに、出てきたのはそれだけだった。
玲先輩は静かに振り返って、初めに見せた懐かしむような眼差しでこちらを見つめる。
「後輩ちゃんのこと嫌いじゃないよ。それ大事にしてね?」
それだけを口にしてそのまま出て行ってしまった。
手に残る玲先輩から貰った紙袋の重みだけが、私にのしかかった。




