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――ひらりと、ページをめくる音が部屋に響く。
「玲先輩! 貸出きたのでやっといてくれませんか〜?」
扉から顔だけちょこっと出して、後輩ちゃんが喋る。直ぐに顔を引っ込めてポニーテールがその後を追う。
「はーい」
裏の控え室から表へ出てカウンターで貸出の手続きを行う。
「はい。それでは来週の火曜日までに返却お願いしますね」
本の裏表紙を開き日付のスタンプをしっかりと打刻する。
僕は図書委員だ。本が好きで入っただけのよくあるパターンね。
「ありがとうございますっ。手が離せなくて」
後輩ちゃんがこちらにやってくる。
「気にしなくていいよ。仕事だからね」
「それならこっちもやります? 手が臭くなっちゃいますけど。嗅ぎます?」
「嗅がない。変態じゃないんだから」
「舐めるまでなら平気なんですけど」
「汚れた手を舐めさせようとするなよ……」
後輩ちゃんのやっている仕事は新聞を会社ごとに纏めてバックナンバーを付けて保存するやつ。新聞独特の臭いが手に付くし黒くなるからちょっと嫌な気分になる。
作業に戻った後輩ちゃんを見届けて裏に戻りノートパソコンを起動する。図書委員と言っても特別そんなに毎日忙しいわけじゃないので貸出くらいの仕事しかない。
そんなわけでノートパソコンのソフトを起動して文字を打つ。
ここに来ての日課。 毎日ネットにあげる小説を書いている。完全に私用です。
「終わった終わった〜」
「お疲れ」
「今日もいつも通りパソコンで何かしてますねー」
「やることないしね」
後輩ちゃんは何をしてるか知らない。ちょっと恥ずかしくて言えないし。
「暇なら寂しくパソコンなんてしてないで私と話しませんか!」
「いいけど……」
「やった! 今日の本の紹介の集まりなんですけど、楽しみにしててくださいね?」
「今回はまともなのにしたの?」
「前回だってまともですよ! 今回は恋愛小説ですっ」
「世界の鉱石みたいなの誰が紹介されて誰が読む」
「面白いのにもったいない」
文学少女の後輩ちゃん的には評価が高いみたいだね。
「今回は恋愛ですか」
「そーです! なんか半年くらい前に出たやつ。大ファンなんですよ!」
「後輩ちゃんがそこまで推すのは珍しいね」
「サインが欲しい」
「そこまで? じゃあその人の本は全部読んだの?」
「いやーその本しか出してないんですよね。早く次の出ないですかね」
半年前ならもう次の本が出てもいい時期だとは思う。最低限売れてる前提になるけど。
「そろそろ出るんじゃ? 半年も経つなら」
「だといいですねー。玲先輩も読んでみてくだいね。凄いから! 泣けちゃうよっ」
恋愛小説で泣けるってことは、悲愛なのかな。参考になりそうだから読んで見るのもいいな。後輩ちゃんのプレゼン次第で。
「読ませたくなるようなプレゼンだったら読むよ」
「任せてください! 今回は帯とかあらすじをパクるから安心」
「紹介する人としてどうなのそれは」
「私の語彙じゃ表現できませぬ……」
「なら紹介しないって方向にはならないの」
「ならない! これはみんなに読んで欲しいもん」
「半年前に出たのに今頃紹介するのね」
「読む本が腐るほど溜まっていまして……」
目を泳がせて言い訳をする。
「大ファンって……。もしかして似非」
「違いますよ! だいたい初めて出す本を最初から運良く読むなんてなかなかですよ」
「本屋行って新刊コーナーを見て、いいなって思って買ってすぐに読めば……」
「そういう本がお家に溜まっておりまする」
「それはもう自分の責任」
「うぅ〜。とにかく好きだから許して?」
上目遣いでそう頼み込んでくる後輩ちゃん。
別に許しを乞う必要はないと思うけど……。
「好きならプレゼンで頑張って」
「任せてくださいっ。絶対玲先輩も読みたくなるからね」
「楽しみにしてるよ」
「もうそろそろ用意しないと。行ってきますね!」
「頑張って」
準備に向かった後輩ちゃんを眺め暫く考える。
今書いてる奴のオチをどう纏めようか悩んでるところだしインプットがてら、読んでみるのもありかな。後輩ちゃんのプレゼンの内容が酷すぎなければ。
前回のプレゼンは完璧だった。完璧すぎてみんな何言ってるか理解できなかったけど……。鉱石の構造式とかを口頭で言われたりしても誰もわからないでしょ?
理科の先生だけが感動して借りて行ってたけども。
「今度は恋愛小説か。本当に雑食だね」
ノートパソコンを操作して新たなタスクを開いて打ち込んでいく。
こっちはさっきとのはちがう原稿。同時に書いてるとたまにこんがらがる。
「玲先輩! 始めますよ〜」
ドアからひょこりと、顔を覗かせそれだけ伝えるとすぐに戻っていってしまう。
「今行きますよーっと」
ノートパソコンを持って先ほどのカウンターに座る。
前では後輩ちゃんと紹介コーナーを聴きに来た生徒や先生たち。
そして後輩ちゃんは意外と学校で有名人で紹介する本はだいたい外れないので割と集まりが良い。
後は後輩ちゃんが可愛いのでそれを見に来てる男子達。そんなに見たいなら図書委員なってくれれば毎日見れるし、なんなら会話もできるぞ。
「こんにちは。今日もたくさん来てくれてありがとうございますー。今日はちゃんとした小説だから安心してね」
前回の意外と根に持ってる?
後輩ちゃんのプレゼンを聴きながらキーボードを叩く。今日はどうやら2冊紹介するみたい。1冊目は純文学だった。直木賞とか出てそうな作品。割と面白そうだけど周りの反応は渋めだ。
今時の高校生にはちょっと受けは悪そう。
「よかったら読んで見て。図書にもあるので借りてってねー。次は本命! 私が大好きな本です。恋愛小説ですけど……」
恋愛小説と聞いて女子生徒が少し興味ありげな反応を示す。
「半年前に出た本なんですけど。タイトルが『ほおずきの結晶』です。ハッピーエンドのお話じゃ……」
打ち込んでいた手が止まる。今なんて?
呆然としている間にも紹介は続く。簡単なあらすじにヒロインの可愛さのアピール。学生なら共感できると豪語している。
「イラストも可愛いから是非読んで見てね。ちなみに図書にはありませんので今日帰りに買ってください!」
紹介が終わると生徒達が本について友達と話しながら後にする。本屋に行こうかなんて声も聞こえた。
なんて事してくれたんだ。後輩ちゃん……。
「あれ? どうしました玲先輩?」
カウンターで頭を抱えて俯く姿を発見して顔を覗き込んで心配してくれる。
「いや……。後輩ちゃん、あの本面白い?」
「私は好きですよ。凄いヒロインに引き込まれるというか。描写とかも凄いし」
「そっか」
「玲先輩も読んて見てくださいよっ! ほら私のお古でよければ貸してあげます」
手に持っていた本を差し出してくる。
それを受け取り表紙を確認して聞き間違いじゃないと悟る。
「ちゃんと次会うまでに読んで来てくださいよ? 感想聞かせてくださいね」
何も知らない後輩ちゃんは純粋な笑顔をこちらに向ける。
「わかったよ……。借りるね」
「ティッシュ用意しておいたほうがいいですよ! っても男の子だし常備してますよね」
にやにや笑いながら指で輪っかを作る。
「普通にセクハラしてくんな」
「今度官能小説貸してあげましょうか?」
「先輩をおちょくって楽しいか」
「玲先輩なんか辛気臭くさい顔してたからつい」
「そんな顔してた? まぁ、今日はこの後ちょっと用事があるから帰るよ。後は頼んだよ」
「デートですか? 今度私ともしてくださいよ」
「違うってーの」
後輩ちゃんのおでこを指で弾いてあしらう。
「痛いですよー。なにするんですか可愛い女の子に」
「自分で可愛いって言う女の子は信じないことにしてるんだよね」
荷物を鞄にしまって上着を羽織る。
「あー酷いこと言いますね。自薦じゃ不満です? スタイルもいいのに」
にやにやしてちょっかいをかけてくる。どんだけ自分に自信があるんだ。
「それじゃお願いね。おつかれさま」
「流さないでください! ちゃんと読んで来てくださいよ〜」
元気な後輩ちゃんを置いて学校を後にし買い物を済ませて家に帰る。
部屋に移動して制服のままベッドに飛び込んだ。
「遂に後輩ちゃんの魔の手が来たか……」
鞄から渡された本を取り出して眺める。
内容はヒロインの女の子が幼馴染の男の子と田舎の学校で恋愛する定番の恋愛小説。結末は女の子が学校の屋上から飛び降りてしまう。
後輩ちゃんの言っていた通り悲愛。
「後輩ちゃんから借りなくても何十回も読んでるんだよね」
本を開くことなく本棚に閉まう。
その本棚には同じ本がいくつも置いてあった。
『ほおずきの結晶 著:tear.』