99.『マンダーリカー』
■ アルール ■
じゃがいもである。産地は【鉱国】皮の色が薄く、中身の色も薄い。
また、あまり大きくは育たない。
食用にされることは少なく【鉱国】で食べられるじゃがいもはカルトーシュのほうが多い。
ただ、酒に変えるには非常に相性がよく、収穫されたものの殆どが酒の原料となる。
【帝国】では白カルトーシュと呼ばれることもある。
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いつもの道を進み、いつもの橋に出る。そして気合一つ!
「うっし!行くぞ!」
すでに『石工長』に注意を受けてるし、ここからはスッと進んで、さっと任務を達成していく!
何より次はお酒の街だ。
気合を入れて臨まねば、あっという間に自堕落な飲み歩き生活に戻ってしまう。
それだけは避けねば!
橋に出てみると、雪が積もっている。
行く先の山を見ても真っ白だ。
まだ【鉱国】に来てからそれほどでもないのに、もう里心がついてしまったのだろうか
なんともいえぬ感情を抱きながらゴフッギュ、ゴフッギュと雪の積もった橋を歩き進めると
「何かこれ違うわ」
思わず独り言が出てしまう。
よくよく見渡すと【帝国】のようにどんよりと曇ってもいないし、雪が妙に重くてまとわりつくし、
何よりも少しは寒いのだろうが、身を切るような風ではない。
【帝国】の風は吹雪はもちろん、普通の日ですら一瞬吹いた風に地面の雪が舞い上がり、それが体に当たれば本当に切れたんじゃないかって錯覚する程、冷たさと痛みの感覚があいまいになる。
一瞬で里心なぞ霧消し、余裕の気分で橋を渡りきり、ひたすら街を目指す。
何しろ今回は酒の街、偉い人に会って先に進むのみである。
でも、やっぱり少し冷えるしちょっと位なら飲んでも良いかもしれない・・・・
いや!スッと進むぞ!
自分の忍耐力がきれる前にこの山を抜けるのだ。
町で泊まる度にあからさまな飲み屋だらけだ。
そして酔っ払いドワーフだらけだ。
「クソックソッ!俺はアル中じゃない!酒くらい我慢できる!」
小さな声で自分を叱咤しながら、町を抜けていく。
「アレ?でも無理に我慢するから飲みたくなっちゃうんだし、逆に少しくらい飲んだほうが・・・・いや!ダメだろう!」
もはや自分で自分に言い訳までしはじめてる。
この山に来てから明らかに自分がおかしい。毒電波でも出てるのだろうか。
思った以上に精神を削られながら、なんとか『マンダーリカー』に到着するものの、
見渡せば、如何にもお酒を飲むお店と主張するような店が雑多に並ぶ、
西洋ファンタジー風の世界に赤提灯はまずいだろう。
でも不思議と屋外のテーブルでドワーフがでっかい手羽先もどきを片手に酒を飲んでても違和感が全く無い。
むしろ、これがあるべき姿なんじゃないかと思うワイルド感。
ちらっと横目に見るも、串焼きは無さそうだ。
でっかい手羽先に見えたのは、どうやら鳥の丸焼きから引きちぎって食べてただけのもよう。
食べたければ自分で作れってことですかね。
それともどこかには存在するのだろうか?ねぎまとか
まあ、タレ皮と砂肝が個人的には好きなんだけど。
道行く酔っ払いドワーフに尋ねる事にする。
「ここの街で一番偉い人に会いたいんですけど、どちらにいますかね?」
「ゲップ、おっと悪いな、マスターならほらすぐそこの落ち着いた感じのBarにいるぜ」
と言って、立ち去ってしまう。
多分一番偉い人って、○○長のはずだから、マスターではないよな?
まあ、お酒を飲む人にとってはお酒を出してくれる人が一番偉いとかそういうやつか?
小料理屋の店長とか板前さんを大将って呼ぶみたいな。
しかし、その後何人に尋ねても「マスターならあそこの・・・・」ばかりである。
道行く酔っ払いに聞いた自分が間違いだった。
仕方が無いので例の落ち着いたBarのマスターに聞いてみることにする。
コレまでお酒は我慢してきたが、情報を得る為だ一杯位は仕方なかろう。
うん、仕方が無い。
が、実は自分はBar経験が非常に少ない。
ドレスコードとか、鎧O.K.だろうか?
せめて、冑だけははずして行きますか。
扉を開ければ、慎ましやかなベルの音がカランと一つ鳴る。
勝手に座るのも何なので、カウンター内のマスターと思しき人に視線を送れば、さり気無いしぐさで、カウンター席の一番奥を勧められたので、素直に従って少し高めのバースツールに腰掛ける。
「すみません、こういった雰囲気のお店は普段あまりなじみが無くて」
と一言不安を素直に言葉にすると
「当店では別段特別な作法などはございませんので、どうぞお寛ぎください。それよりも本日は飲みにいらしたので?」
その言葉で、冷静になる。
マスターは体の厚みからドワーフのようだが、何故か髭がストレートだ。他のドワーフはもじゃもじゃなのに。
何となく接客業風の人当たりの良い雰囲気にピシッとした姿勢。
しかも、身長が高い・・・・チラッとカウンター内を覗くと、カウンター内だけ床が高くなってる。
やっぱり、髭以外はドワーフか。
おっと何も答えずにまじまじと観察するなんてのは流石に失礼か
「すみません、実はこの街で一番偉い人を探してまして、道行く人は皆ここだって言うものですから、マスターに聞いてみようかと」
「その許可証をつけているのですから、そういうことだろうと思いました。私が『食糧長』です」
「あれ?みんなはマスターって呼んでましたが?」
「まあ、通り名のようなものですよ。長いことこの店は続けていますから単純に年齢的に私に管理職が回ってきたというだけのことで、別段店を閉める必要も無いですから、定休日は増えましたが」
「お酒の流通を管理している方だって聞いていたんですけど」
「元々この山は取れるものは特に無く、むしろ外の氷を使って食料保管をしている山なのですよ。その流れで、食料やお酒の流通を管理することになったとのことです。
そもそも、食料自給率が低く管理は一大事ですから
さらに、お酒の管理はもしも市場に流しすぎて不足したりすれば、この国のことです。
あらゆる機能が麻痺しかねません」
「は~なるほど」
「ところで、例の氷結酒を持ち込んでくださったのはあなたでらっしゃる?」
「はい、そうです。自分です」
「アレは全て国で買い上げさせていただく予定です。
中身もすばらしいのですが、あの透明な樽!明らかに樹で出来ているのにとても不思議です。
今後の酒造りの研究素材として必ず重宝することでしょう。
実はそこで相談なのですが、今まで流通していなかったあの素材も含めての値段となると予算を超えてしまいます。
一部物々交換でも宜しいでしょうか?」
「物々といいますと?」
「候補としてはこちら『アカーントウエィ』」
言うが早いか出てくる透明な多分お酒
「アカーント?」
「ウエィですね。我々は『命の水』と呼んでいます。この国の最高級火酒です」
「じゃあ、それで。ちなみにこの出していただいたのは妙に雰囲気があるんですけどストレートで飲むものですか?」
「いえ、水割りにしましょう。その方が香りが立ちますし、何より体に合わない無理な飲み方はお勧めできません。ちなみにお酒はいけるほうで?」
「強くは無いけど、好きですよ」
透明なグラスに水で割られた『命の水』を出されると花かハーブの様な甘い香りが、仄かに漂うも一口、口に入れると全く癖が無く、微かな苦味を感じる。
一瞬甘い香りのストレートの紅茶を飲んだ時のような騙された感があったが、その一瞬が過ぎた後は口当たりの良さから、今度はゴクゴクいきたくなるのを堪えるのに多少の忍耐力が必要だった。
「ああ、この香りの所為か・・・・」
「お酒好きの方がこの山に来られるとこのお酒の香りに誘われて、飲みたくなる気持ちを抑えられなくなると言いますね。まあ、慣れですが
それで、もしお気に召さないようであれば物々交換の品別の物もご用意できますが?」
「いや、コレでお願いします。お金と現物との割合はお任せします。まだ他の国も回らなきゃいけないので、このお酒なら捌ける気がするし、ダメなら自分で飲みます」
「ふふ、このお酒であれば、大抵の国で捌けますのでご安心を。
むしろ捌く前に飲み干さないようにお気をつけください」
「ところでこれは何を原料に?」
「詳しいことは申せませんが、主原料はアルール、それに香草を何種類かですね。アルールは【帝国】のカルトーシュの仲間です」
ジャガイモのお酒って訳か、透明ってことは樽熟成はしてないんだろうな。瓶詰めで買うとなるとアイテムバッグ大丈夫かな?
最高級って言ってるし、量はそこまでにはなら無いかね。なるようになるだろう。
そんな事を考えていると
「さて、無粋な話はコレまでとして、良いお酒にはこの国の逸話等お付けしていますが、何か興味あることはございますか?」
「なるほど、情報は酒場で集めるものだとそういうことですか」
「そこまでの物ではございませんが」
「ああ、じゃあ、橋を渡るたびに見えるあの尖った山はなんか不思議な見た目だなって思ってたのですけど」
「良いですね。まさにこの国の逸話の一つ、
遠い昔のことこの辺りは今のようにいくつかの山が連なっているわけではなく、全部で一つの山だったそうです」
「え?この国のあった場所全部ですか?」
「ええ、ある時悪食の大蛇が所構わず大暴れして食い荒らしたことで、山はどんどん削れ折角の地下資源も失われていったそうな。
ある時大蛇の所業に深い懸念を感じた神は蛇に一つの術をかけたそうな。
それは自分の尻尾がこの世で最もおいしそうに見えると言うもの」
「ほーつまりあの尖った山の周りでぐるぐる回ったと」
「ええ、ただ普通なら自分の尻尾に噛み付いて気がつくか、そのまま飲み込んで徐々に輪を縮めそうなものですが、あの山の範囲の内側には入れなかったため、ひたすらにぐるぐると回り続けたとか、
そして、回りながらも成長し、大きくなればなるほど輪は広がり重さで深くなっていったとか」
「それで、円柱ではなくて、尖った山の形になったと、そうすると山に何があるのかが今度は気になりますね」
「ふふ、あなたの目的地ですよ」
「え?あそこに行けばいいのに、国をぐるっと回ってるんですか?自分」
「あそこに行く道でトラブルが発生しているようですから、申し訳ないのですが」
「まあ、仕方ないですね、蛇ではないし何周もぐるぐる回るわけじゃないのなら」
「流石にそのようなことは無いかと、ちなみに蛇は時折現れるとか。その昔勇気有る者と呼ばれた方が、倒した記録がございますよ。
何でも、尻尾と頭の隙間に身を躍らせて口の中に入り、心臓を突いて倒したとか」
「へ~どんなスピードでぐるぐる回るのか分かりませんけど、蛇に飲まれるのは嫌ですね」
「ふふ、同感です」
「ところで、御代は?」
「物々交換用の試用品ですので、構いませんよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えます。今度は普通に飲みに来ます」
「またのお越しを。ただ当店では特別な作法は設けていませんが、武装は出来れば控えていただけると他のお客様も安心して飲めますので、よろしくお願いします」
「・・・・すみませんでした」
お酒を飲みたいのに耐えてるシーンは自分が一時期お酒を飲むと全身に蕁麻疹が出てしまう体質になったときの経験を基に書いてます。
今は普通に飲めます。