84.そしてまた、まっすぐには向かわない
■ フリースペース ■
露天スペースと呼ばれることも多い。
このゲームでは無秩序に道端で商売をすることは違反である。
しかし、大概の大きな街や都にはフリースペースが存在するので売りたい物があればそこで売ることが出来る。
もしくは、空き家や空き店舗を借りて商売をする事は可能である。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
【鉱国】の奥地に向かう為、入り口とは反対方向に向かう。
方向は大体勘だけど最悪壁沿いに歩いていればたどり着くだろう。完全に山の中の洞窟都市なのだから、まあ洞窟って言うには広々としてるし、明るいし、気温も【帝国】みたいに寒くないし、すごしやすそうだが。
湿気で蒸してないのが不思議だ。給排気装置でもあるのかね?ドワーフ技術的な。
「ちょっとそこのオニーさん」
そういえば、陶器なんかも作れるって言ってたけどそうなると窯が必要になるよな。奥の都市にいけば外に出ている部分もあるのだろうか?
全部洞窟ならそれはそれで面白いんだけど
「おーい、そこの地味な風体のオニーさん」
洞窟国家とか中々心くすぐられるよな。
そう言えば、場所によっていろんな蒸留酒が置かれているとも言ってたな。お土産用は自分で持ってるけど逆に自分用に買っておいて、楽しむのも有かもしれない。
よし!そうなれば酒を買おう!
立ち止まりお酒の買えそうな店が無いか見渡していると
「やっと止まった。さっきから呼んどるのに何でシカトするん?」
「ん?どちらさま?酒屋さん?」
「なんでや、何で酒屋がでてくるねん!」
酒屋を探していたら、見知らぬ女の子に声をかけられてしまった。そして怒られてしまった。こういう場合の対処が自分には全く出来ないので本当に困る。
……逃げるか?
「まあ、ええわ。そないな事よりオニーさん【鉱国】のプレイヤーには見えへんけど他所からの観光客やろ?やったらウチの店に色々と置いてるから見ていき。見てんところ装備品真っ赤っかやし、新調しに来たんやろ?」
なんかもうしゃべり方が怪しくてしょうがない。店とか言ってるし、アレだな。美人局だ。
「いや、間に合ってます。用があるんで自分、いや本当に緊急の用が」
冷静を装ってダッシュしようとした瞬間、腕を掴まれてしまう。何故こういう時に<疾走>や<跳躍>を着けていなかった。
「逃げんでもええやん! そんな壊れかけの装備で歩いてたら気になるやん? 店っちゅうてもそこのフリースペースの露天やけども、これでもうち【鉱国】内の生産系プレイヤーの間でも有名な【商人】なんよ」
どうやら、勘違いをしていたようだ。女の子が指差した方に出店のようなブースがあって、相方であろうお姉さんが手を振っている。そして、武器やら防具やらが並んでいるように見える。しかしまだ怪しい。試すか?
「ああ、そうなんだ。ところであちらのシュッとしたお姉さんは? 手を振ってるけど知り合い?」
「うちの相方で友達やねん。一緒にあちこち買い付けに回ったり、今日みたいに露天で売ってたりするねん」
もう、ほぼアウトだな。だがもうちょっとぶっこんでおくか。
「ところで自分は装備に関しては見てもらって分かるとおり金属系の防具は装備できないんだけど、何かこうプラスチックかなんかで出来てるのは置いてる?」
「なんでプラスチックやねん! 普通革とか布とか譲っても木製やろ? 中途半端なボケせんといて!」
あ~あ完全にアウトだコレ。やっぱり逃げるとしよう。今度はさっきより冷静に尚且つこの女の子の趣味に合うように。
「分かった。ただ用事があるのは本当だから、後で行けたら行くわ!」
「そうなん? じゃあ、後でな」
よし、なんとかうまくかわせた。小学校時代の友人よありがとう。本当の関西弁を教えてくれて。将棋がうまかった彼は今何をやっているのだろうか。
「あまり、からかわないであげて?」
ぐっ! さっきは露天の方にいたはずのお姉さんが声をかけてきた。こちらはすでに自分の意図を読んでいた様だ。
「なんやの?店を空けてまでこっち来て」
「あのね、貴女のエセ関西弁見抜いてからかわれてるのよ『行けたら行くわ』は大阪とかだとほぼ行かないって意味だからね。だから無理してそういうロールしないほうが良いって言ってるのに」
「そうなの? だけど皆はうまいって言ってくれるのに」
「まあ、クランには本当の関西人もいるしちゃんと勉強しようって気持ちは分かるからそう言ってくれるけど、知らない関西人から見たら怒られることもあるから止めときなさいって」
なんか話し込んでるし、今の内に退散しますかね。
そろそろと距離をとろうとすると腕をつかまれる。今度は両側から。
「と言うわけで、この子はゲーム内で関西弁の商人ロールをしていただけだから、悪気もないしまじめに勉強もしてるのよ。勘弁してあげてね」
「いや、別に自分関東生まれ関東育ちだし、特に嫌とかは無いんだけどね。なんか道端で急に怒られたから立ち去ろうと思っただけでね」
「それなら別にいいじゃん! ちょっとうちの店によってきなよ! いい物がお値打ち価格だよ!」
なんかもう関西弁やめたらしい。
しかし、さっきから用事があるって言ってるのに何で離してくれないんだ。自分はお酒を買いに行きたい!
「なんで、離さないのか疑問に思ってるみたいね?あなたアレでしょ?大量に物資を持ち込んだ輸送隊のメンバーでしょ? 一人だけプレイヤーが混じってたって噂になってるわ。
特に【商人】の中ではすでに有名よ。全身タイツの上に装甲を貼ってる。変身ヒーローのなり損ないみたいなプレイヤーが大荷物を一気に運ぶ手段を手に入れたんじゃないかって、そして自分たちを出し抜いて一攫千金を狙っているんじゃないかって」
嗚呼、そんな噂がいつの間に……うまいこと否定して逃げねば。軍狼の外套を着ておけばウエットスーツは隠せるはずだ。
「嘘ついても無駄だよ。マリーはそういうのすぐ分かるから」
そう言ってお姉さんの方を目で見やるので、自分もつられて見てしまうと確かに嘘を言ってもばれる気配しかない。よく女は男の嘘を見抜くって言うけど、この人は見抜くタイプだ。ヤヴァイ。
「分かった、観念して正直に話すので噂になっているのなら穏便に済むようにしてもらいたいね。出来る範囲でいいから。
一応自分が輸送隊長で間違いない。一攫千金とかは分からないが【鉱国】では食料生産に難があるって話で、【運び屋】の【営業所】で依頼を受けた。自分にもうまみがあるようにと自分で買い付けたものは一緒にここの【営業所】に下ろしたので、近い内に【商人】の【組合】で捌かれることになるはずだ。
まあ、食料品だし阿漕な事はしないだろうから、手堅い投資みたいなもんだ」
「そう、正直に話してくれるのね。でも、輸送隊長なんて初めて聞いたわ。【王国】の騎士達が5人程度のNPCを引き連れることが出来るって言う噂はあるけど、あなた100人は引き連れていたらしいわね。その辺も話してくれたら嬉しいわ」
「まあ、称号を手に入れてジョブに就くとそういうことも有るみたいですよ。自分も詳しいシステムは分からないです。一般公開からプレイしているけどずっと過疎の【帝国】で任務しかやってないからね。攻略情報だったら、他の人に聞いたらいいよ」
「嘘は言っていないみたいね。足を止めさせた上、勝手に質問を重ねて申し訳なかったわ。もしよければ本当にうちの店見ていかないかしら? サービスするわよ。置いてある物の品質も保証するし」
「そうだよ! 最初からそう言ってるじゃん、うちのクランは【鉱国】のプレイヤーから装備品を買い付けて売ってるの。オーダーメイド専門だったり、すでに有名で自分の店を持ってる職人は少ないからね。職人さんは作ることに専念して、売るのは私達みたいな分業をしてるの」
ほーなるほどねーそういうプレイもあるのか。正直商人って何売るんだろう?とか思ってたけど、そう言う事か。でも、自分はクラーヴンの武器があるしな。いらないかな。
「悪いけど、武器の方は作り直したばかりだから、問題ないよ。防具もさっき言った通り金属系は装備できないからね」
「ちなみにちょっとその武器見せてもらえないかしら?他の国の職人がどの程度作るのか知りたいの」
と言われたので素直に氷鋼剣を差し出す。
「うっこれは、マリー! これはすごいよ」
「分かってるわ、まさか特級なんて品質があるなんて、しかも優良までついてる。何で二つも品質の単語が並んでいるのかしら? どう見ても鉄よね? 何か別の金属も混ぜているみたいだけど……」
なんか、物凄くのめりこむように見ているが、返してもらうことにする。
「ちょちょっとどういうことなの? どこの名工の作品なのよ? プレイヤーメイドなのは間違い無さそうだけど」
「いや、普通に【帝国】の行きつけのお店で作ってもらっただけだし、サービス一般公開以来鉄ばっかり打ってる【鍛冶】屋だよ【古都】で『鉄のゴドレン』の店で働いてるから、そのうちに気が向いたら行ってみればいいんじゃない?」
「そうするわ、正直この品質じゃうちに置いてある物じゃ敵わないし、防具やアクセサリーなんかで欲しい物があったらまた訊ねてよ」
「ところでお酒売ってるところ知らない?」
「あっそう言えば話しかけたときそんな事言ってたよね! それなら、都の中央にまず行ってみて、東側にお酒飲むお店とお酒屋さんが並んでるよ。私は行ったこと無いけど、中央はポータルがあるからすぐ分かると思う」
「そうか、ありがとう。行ってみるわ」
そう言って一路酒屋を目指す。飲めるところがあれば一杯やってもいいかな。