83.まずは面談
■ 氷結酒 ■
氷麦の蒸留酒
土地によって多少名前が異なるが、元々地元ではそう特別なものではない為、特に名前は付けられていない。
氷麦と言う辺境の寒冷地域でしか育てていない品種の麦に氷樹と言う氷宝樹の影響下でしか生えない木の樽で作られている事から本当に局地的にしか造られていない為、幻のまたは伝説のと言われることもしばしばである。
///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
【鉱国】の兵舎は床が土だった。
【帝国】は木の家が多く、玄関には階段があって床が少し高く作られていたのだが【鉱国】は外も中も上も下も土だ。
土と言っても床はそのまま土だが、壁はレンガ素材が多い。洞窟から出れば木も鬱蒼と生えてた筈だが、よっぽど土が好きなのだろうか。
【兵舎】の受付にいるのはやっぱりドワーフだった。
よく、ゲームや物語では見分けがつかないなんていうが、髭の編み方や目つき髪型、色なんかで分かるようになっている。
似ている人物こそいるのだろうが、ちゃんと見分けがつくようで助かった。
ちなみに街行く人は【ヒュム】も見かける。ドワーフだけの国って訳では無さそうだ。
「こんにちは、宝樹の件で偉い人に会わせていただきたいんですが? 一応【帝国】からは一報入っているかと思います。確認していただけますかね?」
「ほぉう、いきなり現れて宝樹の件とは上からの連絡は本当だったのか。ここで一番偉いのは『商業長』だな。確認するのは一向に構わないが、お主はこの都のこと少しは分かっているのか?」
「いえ、全然分かりません。世界を巡って宝樹を確認して来いってのが自分の任務です。ただ、鍛冶が有名な国だとは聞いていたので、特殊な金属やなんかは見てみたいですね」
「そうか、全然分かりませんか。まあ、下手に知ったかぶりするよりはいいだろう。少し説明してやる。
ここは『サンハッカー』だ。この都では主に輸出入品の管理や売買を行ってるのだが、要は外界との窓口だ。
当然外交と言う意味では重要な都だが、お主の必要としている特殊な金属や宝樹なんかはもっとずっと奥だ。国民か、この国に所属の意を示す者か、でなければ一定の許可を得たものでなければ、この国の中枢には行くことは適わない。
そして、その内の許可を得たものに当たるのがお主と言うわけだ。
つまりお主がしなければならないことは商業【組合】に行って『商業長』に会って、さらに奥に行く許可を貰う事だ」
「なるほど、理解しました。ところで【鉱国】に来たらコレだけは見ておけとか、買っておけとかお奨めはありますか?」
「ここは商店じゃなく【兵舎】なんだがな。おススメってな。まあいい、まずは金属製品が筆頭だろうな。武器、防具、アクセサリーと諸々素材も種類も揃っている。
後は陶器のような焼き物や石の細工や彫刻も得意だし、所謂魔物素材を使用して装備品に特殊な効果や身体能力の補助効果をのせる<付加術>や精神力と引き換えに特殊な効果を引き出す文様を武器や防具に彫る<象印術>なんかも有名だ。
まあ<象印術>は彫るのにも使用するのにもスキルが必要だから、職人用の戦闘術とも言える。
逆に<付加術>で武器を強化してもらうだけならその武器と効果は誰でも扱えるな。
後は酒だな。蒸留酒をどこの都でも街でも作っているし、場所によって味わいが違うから飲み歩きも良いだろう」
「武器の修復をお願い出来るところってありますかね?」
「それならどこでもあるから適当に入って聞いてみるといい」
と【兵舎】の受付のドワーフが教えてくれたので、まずは商業【組合】へと向かうことにする。とりあえず偉い人に会っておけばこれからどうすればいいか教えてもらえるだろう
「こんにちは! 宝樹の件で偉い人にお会いしたいんですけど、商業長はいらっしゃいますか?」
と聞いてみるが、珍しく女性のドワーフが受付にいる。年齢は自分より上で貫禄もあるが、人当たりの良さそうなおばさんで良かった。そして流石、商業【組合】、おっさんじゃない。
「あらあら、こんにちは。【兵舎】の方からは連絡受けているわよ。【帝国】から任務で来られたってね。すぐに呼んでくるから、こっちの応接室で待っててちょうだいな」
と奥の部屋に通される。調度品はどれもコレも中々凝ったものばかりだ。価値のわからぬ自分にもドワーフ国の技術力をアピールしようって言う、商業【組合】の気持ちが伝わってくる。
下心と言うよりは、はっきりとした物産のアピールのようなので、気持ちの悪い物ではない。まあ、上品と言うわけでもないが。嫌いじゃない。
特に天然石をあしらったアクセサリーは現実では占いグッズみたいな扱いを受けることもあるが、装飾品として完成されている様を見ると一つ自分も欲しくなるものだ。
もちろん自分はパワーストーンも信じている口だ。仕事中は着けられないのが残念だが。
道中拾った天然石も加工してもらえたりするのだろうか?
応接室に並んでいる物を眺めているとそこそこの老年のドワーフが部屋に入ってきた。
この人も温厚そうで目に小さな老眼鏡をかけている。そして大きな鼻の頭がちょっと赤い。
「やあやあ、お客人お待たせしてしまったね。ここより奥への立ち入り許可はちゃんと出ているから安心してもらって良いよ。ただしあくまでもゲストとしてだから、面倒でもこのネックレスを装着することが条件になるがね、少々面倒で申し訳ないが頼みますよ」
と言って、首から提げるカード……はっきり言ってしまえば社員証のような物を手渡されたので首から提げる。
「コレで奥まで入ってしまって良いわけですね」
「ええ、間違いないです。ただし宝樹の事となるとそれこそ国家間の重要案件ですので、すぐにとは行きません。もし宜しければ、武器の修理をしたいとの事、また特殊金属に興味があるとの事ですので、少々奥の街を巡ってはいかがでしょう?
それぞれの拠点となる場所に顔を出していただければ、宝樹への面会許可が出次第、連絡入れさせていただきますよ」
「国を巡るのは楽しそうですが、表向きの都はここなんですよね?後は国内の方向けの地域な訳ですから、変に自分がうろついても悪いでしょうし、まだ回らなければならない国がありますので、宝樹の一番近くの町に滞在させていただきたいのですが、いかがでしょう?」
「なるほど、仕事熱心なお方ですね。今回のような案件に選ばれるはずです。
ところで、修理したい物はどれですか? 見たところ装備されているどれもコレも限界が近いようですが?」
「嗚呼、このダガーなんです。
他のものは革や甲殻の製品が多いので、魔物を倒して新たなものに変えていくしか無いかと思っているのですが、このダガーだけは討伐特典の上に効果が自分にとっては使いやすいものなので壊れてしまうと困るのですよ」と言ってプギオを差し出すと
「さようでしたか、ではちょっと拝見させていただきます」とプギオを手に取り眺める。商業長と呼ばれるだけあって鑑定が得意なのだろうか
「どこからどう見ても限界ですね。どうあがいても修理は不可能でしょう。ただし、運がよければ効果を他の武器に移すことは可能でしょうな」
「本当ですか?それは助かります。どちらで依頼すればいいですかね?」
「ふむ、【帝国】を代表するお客人ですから中途半端な者を紹介するわけにも行きませぬ。『パーンビヘール』への道を教えます。そちらで『鍛冶長』にお会いください。紹介状も書きますのでそちらをお持ちくだされば、ご用件は済ませられるかと」
「そうですか!ありがとうございます。正直なところ修理に出しても、もう駄目そうだったので半ば諦めていたのですが、光明が見えました。地下国家にも関わらず」
「はっはっは、率直で良いですな。ドワーフからは嫌われる性格ではないでしょう。鍛冶長は少々気難しいところも有りますが、まず酒を見せれば話は聞いてくれるでしょう。お土産に買っていかれますか?」
「自前の物があるのですが、良くないですかね?」と言って一樽アイテムバッグから取り出す。
「こっこっこれは!!この透明な樽!氷麦の独特の香り!一口!一口だけで良い!飲ませてくれ!」
と温厚そうな好々爺だったはずの商業長が急に興奮しだす。血圧とか大丈夫だろうか?
「じゃあ、グラスを……」
物凄いすばやさで、グラスが二つ用意される。どこかで聞いていたのか受付のおばさんも部屋に現れる。
まあ、用意されたのでそれぞれのグラスに氷麦の蒸留酒を注ぐと二人とも一気に煽る。
「ほ、本物だ。まさかこんなタイミングで幻の『氷結酒』に会えるとは。この独特の甘い香り、顔を近づけただけで感じる冷気、アルコールで焼きつく喉を一瞬にして冷やす格別の喉越し、鼻から漏れ出す快い余韻。そしてそれらが、あっという間に過ぎ去ってしまうキレの良さ。うまい! うますぎる! もう一杯!」
と言ってまたグラスを差し出してきたので注ぐ。当然二人分だ。
「隣国の辺境でしか生産されていない筈の伝説の名酒をいただけるとは何とありがたいことだ。我らドワーフは何があろうとも酒の恩だけは忘れない。困った事があればなんでも相談してくると良い」
さっきまで如何にもな好々爺だった商業長は今では目を爛々と輝かせ、敏腕商人の顔になっている。
まあ、そこまで喜んでもらえるならと思い
「じゃあ、瓶ありますか?」と訊ねると
疾風の如き勢いでおばさんが一升瓶を二つ持ってきたので、いっぱいにして渡すと二人共まるで宝物のように抱えて、笑顔で送り出してくれる。
次の街への行き方は入ってきた方とは反対側の扉のところで衛兵から教えてもらえるようだ。
プギオを何とかできるといいな。さっきのお酒で鍛冶長にお願いできるだろうか?
H30.8.21
街と都の表現がごっちゃになっていたのでちょっと修正しました。
H30.9.4
<象印術>が<秘印術>になっていたので訂正です。
正しくは<象印術>