610.白竜と会う
帝城の庭にはヒトっこ一人いない。
雪を被りつつも、存在感を薄れさせる事の無い彫像や篝火を焚く台。
ちょっと庭に出て草木をめでるなどと言うのはこの地には合わないのだろう。あくまで質実剛健。
庭木は季節に関係なく葉の茂る木々と人工物でバランスがとられ、ちゃんと手入れも掃除もされているようだ。
城内に入ればすぐに広いエントランスホールとでも言うのかな。
モノクロの石材が敷き詰められた硬質の空間ながら、外の吹きすさぶ雪風と対比すれば不思議と石の温かみも感じる。
しかし、雪を踏んだブーツでこんなつるつるの床を歩いたら転びそうだ……。
天井画はパステル調ながらも荘厳。適度に配された背の低い植木がアクセントになって、さらにはちょっとしたベンチも艶やかながらも暗い色調の木材。
しかし、受付のヒトすらいないので、勝手に探索するしかない。
個人的には好きな雰囲気の建物なので、壊す気はないよ。
取り敢えず、謁見の間は上かな?とエントランスから続く階段を登り、そのまま正面の扉を開けば、確かに謁見の間。
ここの床も美しく輝くように自然光を反射しているが、エントランスよりも温かみがあり、尚且つ凝った意匠。
壁も上辺だけじゃない、きちっと美しく彫り上げられながらも、謁見する者の気持ちをぶれさせる事のない様に配慮された、精緻な絵柄。
垂れ幕のように壁に下がる布も、全部広げてみてみたい欲求と同時に、纏められてるが故に空間との完璧なマッチングを演出されていて、とても心憎い。
しかし、この部屋にも白竜はいなかった。
一度エントランスに戻り、上ではなく、玄関から正面、両開きの扉を押し開いてみると、廊下。
両側からふんわりと光の入る、真っ直ぐ長い廊下を抜け、もう一度大きな両開きの大扉を開けば、
ただただ広いホール。
ダンスホールなのか、イベント会場なのか。天井は高く、ステンドグラスから光が入ってきている。
しかし、それまでとはまた違った空気感に何となく緊張感を高め、周囲の様子を伺う。
光が入ってきているとは言え、年がら年中薄暗い【帝国】の室内。
特に人工灯など無いが、ステンドグラスによって色づいた光が床に反射しそれも一つの絵画なのかな?と全体像を見回していると、
自分が入ってきたのとは反対側の扉からヒト影が一つ、ゆっくり悠然と近づいてくる。
白く透き通るような長髪に、同じように色を付け忘れたかのように白い肌。
しかし、薄暗い中でも不思議と輝くように印象的な紅い目の白皙の貴公子。
初代皇帝……白竜か。
何で分かるかって、顎に大きな絆創膏貼ってるから。
「そうか、戦を制したのはお前か。何かあるか?」
「破滅の光って、絆創膏で治るんですね」
「これか?」
そう言いながら、絆創膏をべりべりと剥がす白竜人間形態。
さらに傷口をもみもみと右手で撫でながら、
「うむ、治ったようだ。久しぶりの驚くという感情と痛いという感覚が、中々に愉快だったな」
え~一応自分が使える中でも最大火力なんだけど!なんならプレイヤー内でも有数じゃない?
しかし、まあ規格外だわ。やれるかな~。やるしかないか~。
「何でまた、内乱に力を貸したの?貴方が寝てる間に一度【帝国】は統一されて、その後長い間この国を維持してきたのに、貴方の所為でまた混乱だよ」
「ふむ、しかしその内乱を始めたのはヒトだ。争わずにはいられない程の溝があったのだろう。しかしこの雪の地はヒトには厳しい。協力しなければ生きれまい」
まあ、その通りとしか言いようがない。
一度は感情的に破滅の光ぶち込んだけど、こうなるとちゃんと話の通じる相手だし、やりにくいな。
「一応、自分が内乱の勝者って事にはなるけど、別に権力とかは求めてないし、なんなら民衆が困ってたからその分怒っただけだから」
「それでいい。一人でも多くのヒトを生かし、ヒトを強く育て上げられる者を我は望む」
「ところで、長い事眠りについてたって聞いたけど、やっぱり邪神の化身に?」
「そうだな。まだその頃のヒトが相手にするのには手に余る相手だったのでな……一部のヒトとは交流を失ってしまったが……」
ふーむ、ヒトが勝てない邪神の化身を白竜が倒したけど、ヒトが戦えなかったので負け扱いだった歴史があるのかな?
「ま!いっか!もしこの内乱の勝者に【帝国】の行く末を任せるのなら、皇帝に任せてよ。自分はやることやったし、もういいや」
「そうか、我はあくまでヒト繁栄の後見人。任せる事は吝かではないが、我が一撃を食らえ」
「な・ん・で?」
「やったろう?一発顎に食らわしたろう?じゃあやり返してもいい筈だ。もし生き残るなら、素直に言う事を聞こう。何でも言うがよい。コレは竜の試練」
試練って言うか、私怨じゃーーーん!
「いや~待って~。結局自分はさ!貴方がどうしたかった聞きたかっただけなの。上の意思がはっきりしないから内乱とか起きるんだからさ!」
「うむ、我が一撃を耐えたら、好きにしたら良い。この雪に埋もれた地を好きに導け」
うん、もう、やる気なのね。




