61.渓谷氷水晶の洞窟
■ スライム ■
邪神の尖兵とも呼ばれる魔物
通常の魔物のように動物が変異したものではなく、どこからとも無く表れ、手近にあるものを吸収、分裂を繰り返し、その地域を瘴気で満たす性質を持つ。
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兵長の命令通り渓谷北側の絶壁を川上の方へ歩いていくと、確かに登れる場所があった。
急な斜面だが、ゆっくり歩いて登り、洞窟へと到達する。
中は、薄暗いが周りが見えないほどではない。
凍った土壁に不思議と外の光が反射して、ぼんやりと奥まで明るさが続いている。
ところどころ、不思議な水晶のようなものが露出している。
水晶と言っても、丸でも四角でもない、まるで木の根が這うように土の中を延びているようだ。
手袋を取って触れてみると冷たいとしか言いようが無い。むしろ土壁まで冷たい。
コレが凍土って言うやつなのか?
薄暗い中をとにかくゆっくりと進むと、時々作業道具のようなものが置かれている。
朽ちているような様子がないところから、日頃は人の出入りがあるんだろうと想像させる。
ある程度奥まで進み、暗くなってきたと思ったので、松明に火を灯す。
ふと火の揺らめきと思えた影が妙な弾力を持った動きをしていることに気が付く。
松明を近づけて確認すると小盾サイズのゼリーのような物が、フルフルと震えている。
これは、いくらなんでも自分でも分かる。『スライム』だろう。なんか核みたいなものもあるし。
妙に動きが鈍いが、このゲームではスライムってこんなものなのだろうか、
よくよく奥のほうを照らしてみると、奥に行くほど増えているようだ。
物は試しと剣で核をつついてみる。
あっという間に煙と共に溶け出し、腐った卵のような匂いを出して消滅する。
こいつが、瘴気の原因なのだろうか?はたまた瘴気を吸ってくれてる生き物だろうか?
後者はないな、なんとなく禍々しい感じがするもの
むしろ、壁や地面から露出する水晶の根のようなものを溶かしている。
そして溶かすほどに弱っているようだが、わざとやっているようにも見える。
とりあえず、手当たり次第にスライムを潰して回ることにする。
何のドロップもないしとにかく臭いが我慢だ。
潰せるだけ潰さないと先に進めない。
静寂の中でスライムが煙を発して消滅する音だけがこだまする。
単純作業に夢中になって、スライムを潰しながら奥まで進むと、突き当たりに大きなスライムが居座っている。
軽く自分の身長くらいはあるだろうか?
のそのそと近づいてくるので、警戒して様子を見ていると、突然
触手の様なものを伸ばしてきたので、剣で受け止める。
すると剣にまとわり付き、引いても押しても取り返せなくなる。
なんとか取り返そうと剣を振り回していると、触手が分裂し頭の方へ近づいてきたので、やむを得ず剣を手放し、距離をとる。
剣は、あえなく飲み込まれてしまう。
愛用していた魔鋼剣だったのに。
しかし、力ずくで取り返すことが無理なのは先刻承知の上、物は試しと
氷精術 アイスボルト
氷の矢を打ち出すが、多少効いたか?ってくらいだ。
破れかぶれで、精神力いっぱいまでぶち込んでみるが
氷精術 アイスボルト
氷精術 アイスボルト
氷精・・・・
てんで駄目だ。しかし遠距離技ってこれしか持ってないしな。
やむを得まい。一旦引き上げよう。任務は偵察だしな。
古都に戻り兵長に報告をすると
「スライム・・・・だと」
ごくりとつばを飲み込みながら兵長が続ける
「よく無事で戻ってきたな」
「いや、剣取られちゃってがっつりテンション下がってますけど」
「それで済んでよかったって言ってるんだ。スライムといえば邪神の尖兵だ。瘴気を生み出し、より邪悪な魔物を呼び寄せる」
「確かに、潰すたびに瘴気を発してたみたいだけどまずかったですかね?」
「いや、増えれば増えるほど厄介だ。潰せるだけつぶして正解だ。だが話を聞く限りヒュージスライムまで出たとなると事は厄介だな。コレは場合によっては対邪神兵装の携帯命令も必要か」
「そんなのあるんですか?初耳ですけど」
「所謂『宝剣』だな。まあ、ある程度選ばれた部隊の特殊な兵装ってことになるがな【帝都】に緊急の連絡を入れよう」
「しかし、スライムだけで随分大げさなことになるんですねぇ」
「そりゃあな、お前は【ニューター】だから瘴気もなんともないようだが、俺たちにとっては生活圏を脅かされる重大な問題だからな。もし、対邪神兵装許可が出た場合お前にも【帝都】に行ってもらうからな」
「なんでですか?報告ならちゃんと上げてるんだから、自分関係ないじゃないですか」
「先行部隊として出張ってもらう可能性があるってことだ。何度も言うとおり【ヒュム】じゃ瘴気の中を動けない。特殊なマスクか結界が必要になるがいずれも【教国】の秘儀だし金も素材も膨大に必要だからな。
ちゃんと対外的にも邪神の魔の手が伸びてきたことを発表して、対邪神の部隊を編成、出陣式を行い、大本営であり国の代表たる皇帝陛下よりお言葉を頂戴するって言う手順を踏まなければならない」
「緊急事態ならわざわざ出陣式とか出られないですよね、自分がヒュージスライムと戦うのは構わないですから【帝都】の方は、ルークに行かせてください」
「お前この前すっぽかしたもんな、あの時なら戦時と同様の扱いで鎧のままでも構わなかったけどな、今回は礼装調えていかないとな。
それにポータルが開通したんだ【帝都】まであっという間だろ?ルークにはお前のお目付け役として付いていかせるから安心しろ」
兵長が物凄い笑みで迫ってくる。
嗚呼、もう何を言っても駄目なんだと諦めて流れに身を任せることにする。
「サイズはちゃんとこちらで記録があるし、礼装ってのはきまりものだ。
【古都】にもちゃんと軍と契約を結んでいる専門の店があるから連絡を入れておいてやる。
金は腐るほどあるだろう?この前の祭りの賞金と賭け金でいくらになったと思ってる?」
「氷精の祭殿にいくらかは寄付してきましたよ。相変わらずすごいテンションだったけど」
「そうか?落ち着いたいい人だと思ってたけどなあ、そこの【巫士】のばあさんは」
「まあ、いずれにしても【帝都】の方がなんて言ってくるか次第なんですよね?絶対自分が行かなきゃならないわけじゃないんですよね?」
「そうだな」
いやらしい笑みで、兵長が答えるのだった。