600.ぶん殴る……やりすぎの隊長
降り積もる雪がまとわりつき、足を重くする雪中行軍。
それでも【帝国】出身者の足取りは迷いが無い。
将軍ソタロー及び宰相に率いられた【兵士】達の足取りは軽い。
狙うはカトラビ街の奪還。大軍を率いれる程の広さも無く攻め込める道は川沿いのみの攻めづらい土地の攻略に妙に余裕な宰相と慎重なソタロー将軍。
川沿いを歩き、更に都のある大河側には森が広がる狭い道のり。
それでも戦闘にならねば兵達にも余裕があり、こそこそとおしゃべりに慎ましやかな華が咲く。
「なぁ、実際どうなんだろ。飯は質素だし白竜様の後ろ盾があるとか、おかしくない?」
「やめろよ~、本当にもうやめとけよ~。聞かれたら、どうするんだよ~。まあ小さな声ならいいか。白竜様復活はマジらしいぜ。だから俺もこっちに賭けてんじゃん?俺は<聞き耳>スキルを頼りに今迄何とかやってきたからな~」
「え?<聞き耳>って耳が良くなるやつ?」
「まあ、それもあるけど、俺はアビリティに噂話が聞こえてくるやつをつけてるからさ。色々聞こえるのよ!まあでもその噂話の真偽を付けるのは俺のココだがな!」
そう言って自分の頭を指差す【兵士】に更に質問を投げかける何の特徴も無い【兵士】。
「え?じゃあ初代皇帝って……」
「おいおい、やめろよ~。俺だって立場も有るし、スキルで手に入れた情報だぜ?そんな喋れねぇよ~」
「じゃあ、これ実家から送ってもらったやつだけど……」
木の実と思われる野菜や果物を渡す。特徴が無さ過ぎて一瞬で顔を忘れてしまいそうな【兵士】。
「え?いいのかよ?このご時勢食うもん他人に渡すなんてお前いいやつだな?一個だけ言っておこう。いいやつから死ぬぞ?気をつけろよ?」
「まぁ、実家は向こう陣営に付いたから、食料とか送ってくれるんだよね」
「ああ、あの隊長将軍?が向こうに付いたんだろ?それで食えるようになったとか。やっぱりあれか?実家農家とか?」
「そう!それ!うちみたいな只の農家じゃ、両方の陣営に別れてこっそり協力しなきゃ皆飢えちゃうから」
「だよな~。しんどいよな~。俺なんかは独り者だし、自分にしか責任は無いけど、家族持ちは辛いよな。でもまぁ、こんないい物貰ったんだなんでも聞けよ。俺だって知り合った奴に死んで欲しくないからさ」
「ありがとう助かるよ。言いたくは無いけど、この状況って白竜様が原因じゃん?どうする気なのかな?って」
「流石にそれは分かんねぇよ!相手は世界を守る一柱だぞ?でもよ……ココだけの話……」
更に【帝国】では全く見慣れない果物を渡す特徴の無い【兵士】。
「ココだけの話?」
「おほ!どうやら白竜様が次の一戦に参加するらしいぜ?」
「え?どうやって?」
「そりゃ分からん!戦いの時に空高くから降り立つのか、はたまた行軍に紛れてるのか……」
「いや紛れるって、そんな小さいの?白竜様」
「そんな事は無いだろうが、身を隠してるか、姿を偽ってるんじゃないか?」
「へ~なるほどね~」
如何にも世慣れした【兵士】となんの特徴も無い如何にもな農家上がりの普通すぎるほど普通な【兵士】のひそひそ話が盛り上がる所で、
「しっ!なんか宰相と将軍が話すみたいだぞ?」
「うむ、予定通りの行程だ。【兵士】達も選りすぐりだけあって、雪道を物ともしない。このままいけば、カトラビ街の制圧は問題無さそうだな」
「あの地は守りやすい土地ですし、相手も油断している可能性はありますが、それでもそんなに上手く行くものですか?」
「そうだな。しかし白竜様のような超越的な存在ともなると地形を変えることも可能なのだ」
「そうですか。確かにあの地は周囲の崖が攻めづらくしているだけですから、地形が変わるのなら……」
「だってよー!なんか白竜様が地形変えるってよー!勝ったな!良かったじゃん!家族に楽させてやれよ!」
「へ~どうするのか分からないけど、白竜様は現れるんだ。へ~……」
「え?どうしたんだ?」
その時丁度カトラビ街を囲む山が見え、行軍が止まる。
そして、森側の道端に寄せられる【兵士】達。
ふと気が付いた時には大きな影が差し掛かっていたが、元々日の出る事の少ない【帝国】では皆気が付くのに少々の時間がかかった。
しかし、その影の正体に気が付くと一様に口をぽかんと開けたまま、それを見上げ動きが止まってしまう。
いつからそこにいたのか川上に浮かぶ巨大な白いドラゴンが、虚空に一吠えし、口に強大なエネルギーを溜め込む。
一瞬であらゆる物を破壊しつくす膨大なエネルギーが、不思議とやわらかく優しい光を発し、臨界まで圧縮されていく。
「お……おい!すげぇな。白竜様をこの目で見れるなんて、凄いな……え?お前何やってるんだ?」
世慣れしていそうな【兵士】ですら驚くのは仕方が無い。
何の特徴も無かった筈の【兵士】の腕から長い筒が伸びて、白竜に照準を合わせている。
白竜が臨界を迎えたエネルギーを口から吐き出そうと、首を一振りした所に、
【兵士】の右腕の筒から目を焼くほど強力な光が発せられ、白竜の顎にぶつかり、
そのまま仰向けに倒れた白竜が川を飛び越え、対岸の地面に激突するのと同時に、姿が消えた。
「え?おい……」
何の特徴も無い【兵士】が手鏡を取り出し、自分の姿をうつすと一瞬で装備が変更され、まるで【森国】の【隠密】の様な姿に変化。
そのまま雪の上を滑るように走り、一瞬で森の木の上に登り、枝に立ち宣言。
「白竜は自分を怒らせた。復讐したければ追って来い!」
そのまま森中に姿を消す黒い人物を追うのか、はたまたカトラビ街侵攻を進めるのか、
宰相の指示をもらう為一斉に視線を向ける【兵士】達に、ソタローが、
「今から追っても追いつける相手じゃない。退こう!白竜様を連れ帰る事が優先だ」
宰相派の正義の根源が倒れる姿を見て衝撃を受けた【兵士】達に戦う力は無い。
退却しかないだろう。宰相派に更なる暗雲が立ち込める。