598.悪辣上等!完全にハメ殺し
黒の防壁前に布陣する宰相派の軍勢。
明らかに主力と分かる多人数の攻め手に対し、一声も上げぬ黒の防壁側。
余程覚悟を決めているのか、もぬけの殻なのか、
一度送り出した偵察は一向に帰ってくる様子が無い。
帰ってこないと言う事は敵がいると言う事だろう。しかし全くヒトの気配が無いのはどういうことだろうか?
しかし、黒の防壁までの道がやたらと念入りに妨害工作を施されていた為、時間を費やしすぎて、食料も限界。
攻めるなら攻める、退くなら退く、決断を迫られているタイミングで、偵察がやっと帰ってきた。
「遅かったな、中の様子は?」
「申し訳ございません。中はもぬけの殻です」
「じゃあ、何故すぐに戻らなかった?」
「それが、何故か大量の食事が用意され、まるで我らを迎えるような状態で放棄されていたので、罠かも知れぬと思いまして」
「なんと……面倒な事だ!相手はあの悪辣、性悪、悪党の虐殺隊長。どんな罠があるか分からんな」
「はい、そう思いまして、念入りに調べたのですが、特に罠など無く。一部に掘り返された後があったので、まさかと思い掘り返したのですが、掘っても掘っても何も出ず……」
「そうか、それはご苦労だったな。しかし、兵達をすぐに入れる訳にも行かぬぞ」
「何故です?」
「その食事に毒でも入っていたらどうするのだ。今兵達は腹を空かせている。到底我慢できるものではないぞ」
「調べた限りでは無さそうでしたが、私の目を欺くほどの<隠蔽>使いが敵にいないとも限りません。結局は食べてみるしか……」
「遅効性の毒ということも考えられるからな。しかし決断せねばならぬか」
「では、私が食べてみましょうか?」
「いや、大量の食事と言ったな?」
「はい!かなりの量です。しかもまだ温かったですね」
「おい、それはおかしいだろう?温かい食事を作ってどうやって抜け出したんだ?我らがいると言うのに……」
「それは分かりませんが、掘った穴はかなりの深さまで達しましたけど、何も無かったですよ」
「うむ、まあそれは置いておくしかないか。とりあえずは進むか退くか、そして罠かも知れぬ飯を食うか」
「やはり、私が毒見を!」
「いや、大量の食事全てに毒を仕込むとなれば、相当量の毒物が必要になるし、何より匂いなど不自然なものに仕上がるだろう。ここは覚悟を決めて全員で食おう」
「全員ですか?!!」
「ああ、もし一部の者が毒にあたったとしても、全員が倒れるわけではなかろう。だから食べる物を分ける」
「なるほど、スープ班やパン班等に分けて、全滅だけは避けると……」
「毒かも知れぬから、絶対食いたくない者は食わずにいても良い。はっきりと毒が入っているかもしれない事を全軍に通達した上での食事とする……他の罠は無かったのだよな?」
「はい!特に例の爆発物フェニックスフレアボムについては、徹底的に調べました」
「うむ、かの爆発物は多量の火精の力を使うからな。検知は可能だ。遠く雪山に仕込まれるなど無ければな」
「この地は平地ですし、黒の森もありますれば、雪崩で沈むこともありません」
「よし!全軍!砦内に侵入する!敵の姿は確認されなかったが、罠の可能性は多分にある全員警戒を厳にして、進入せよ!さらに中に食事が用意されているとの事だ。これも毒の可能性がある。しかし毒と分かっていても食わねばならぬ我軍の現状は皆把握していると思う。指示に従って食うように、食いたくない者は申し出よ!」
こうして、宰相派は黒の防壁内に侵入、本当に拍子抜けするほど何も無い。
ただ大部屋に食事が用意されているのみ、皆涎をたらして今にも食いつかんばかりだが、毒かも知れぬと言う一抹の不安だけが、理性を保たせている。
「さて、どれに毒が入っているか現状分かっていない。もしかしたらどれにも入っていないかもしれない。何を食うかそれぞれに決めよ。すぐに口に入れるなよ?後で何に毒が入っていたか分からぬからな」
数瞬迷った末、最初の一人が一歩踏み出したところで、それぞれに食事に駆け寄る。
トマトベースのスープ。見たことのない果物。名も知らぬ魚の煮物。炒め物に揚げ物と、それぞれ手に取り、合図を待つ。
書記を得意とする者が、それぞれ何を手に取ったか記録した所で、
「よし!食おう!敵の食料で腹を満たし、攻め込む英気に変えてやろう。運悪く毒を食らった者は……必ず敵をとる!」
そして、一斉に食べ始める兵達、日に日に少なくなる食料に不安を隠しきれなかった者達の腹が満たされ、中には涙を浮かべる者も……。
しかし、待っても待っても、誰も不調を訴える事がない。
もしかして、毒など入ってなかったのでは?元皇帝派の慈悲だったのか?等とひそひそ話が始まった所で、状況は一変する。
突然の地響き、からの不吉な浮遊感……、地面に押し付けられるような異様な重圧。
重圧から解放され、フラフラと立ち上がった者から、砦の門を目指すがどうにも開かない。
やむを得ず、屋上から外に出て外の様子を覗こうと思ったが、それも叶わなかった。
屋上の回りは絶壁。
ただ空から雪だけ降ってくる。状況を飲み込むのに時間がかかったが、どうやら砦ごと沈められたらしいとだけ理解し、絶望。
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沈んだ砦から少し離れた場所。
「本当に良かったのか?ポー」
「はい、当面抜け出せなくても食べていけるだけの食事は残してきたわけだし」
「そうだな。大人しくしていて貰うしかないな。カーチもお疲れ様だな」
「いいよ!誰も傷つけずに解決するにはコレしかなかったんでしょ?」
この仕掛けはたったの3人による物。うち二人は生産職。一人は元商人、最近人形遣いになったばかりのまだまだ戦闘は未熟な少女。