597.船を降りたら嵐の岬もただの人
「お~いやっぱりやめようぜボス!外海に出られる船だって隊長から貰ったもんだぜ、形式上は預かってるにしても、何も言わずに貸してくれてるんだからさ」
「そりゃ隊長には恩も義理も有るけどよ。宰相派に付いちまったもんは仕方ないだろうが!請けた仕事はきっちりこなす!それが信用ってもんだろう」
大河を行く数隻の船。大型の外洋船では流石に進むことの出来ない大河を汎用性のある中型船と小型船で登っていく。
【帝国】を雪に邪魔されることなくすばやく動きたければ、船を使うのが一番早いことは言うまでもない。
ちなみにポータルを使った場合、各個撃破されてしまうので、そんな事をする者はいない。
平時であれば、街中で戦うような事は出来ないが今は内乱中。街中での戦闘も解禁されている。
それでもプレイヤーが一般市民に攻撃するような事は流石に禁じられているが、非常にあいまいな線引きであり、うっかり攻撃しても市民が病院送りになって、当分復帰しなくなるだけ。
プレイヤーはただただNPCからの信頼を失うだけなので、攻撃する相手は良く見極めたほうが良い。
そして嵐の岬は何の障害も無く【古都】に辿り着く、予定だった。
向かいからやってくる河川用船団。明らかに戦力で嵐の岬を上回る大軍に緊張が走る。
「お前達はどこの者で、何の用がある?ここは大河だぞ?」
一際大きな河川用船の甲板から代表らしき者が声を掛けてくるが、明らかに無頼と分かる風体。
しかし、風体では嵐の岬もそう変わらない。【海国】には普通に海賊がいて海賊の街があり、海賊が自治している島もある。
今更驚くような見た目じゃないどころか、親近感すら湧いてしまう。
「挨拶が遅れてすまなかった。俺達は【海国】の嵐の岬の者だ。ちと【帝国】の内乱に関わっていてな。【古都】に行きたい」
「なるほどな。話の分かる奴の様だ。じゃあ水上の掟も分かるだろう?河と海は治める者はそれぞれ別だ。勝手に渡っていいものじゃねぇ」
「勿論そりゃそうだ。仮に【海国】の海を勝手にやりたい放題する奴らがいたら、逆に俺達が沈める立場になるわけだからな。して何が望みだ?」
「まあ、普段なら幾ばくかの金で話を付けるんだが、先だって懇意にしてる奴から大河を誰も通さないでくれと頼まれちまってな」
「それでも、金額次第なんだろ?」
「そりゃそいつも道理を弁えてるからな。【帝国】でも何隻も保有してない河川用大型戦闘艦を貰っちまってな。なんなら付属で小型船やら中型船やらと……なんとも気前のいい奴でな。いや逆に怖い。裏切ったら俺達何されるんだ?」
「何されるんだ?ってそんな他人を恐れるタマか?水上を生きる奴がそんな事でびびるとは思えねぇが」
「相手は世界中から指名手配をかけられてもマイペースだし、邪神の化身を倒す為に手段を選らばねぇ奴だし、俺らを皆殺しにするのにも、何の感情も持たないんじゃ……」
「隊長かよ!くそ!分かったこっちにはそんな立派な艦船と交換するだけの物はねぇ。ここで降りて、船は海に戻す。それでいいか?」
「ああ、それなら俺達の面子も立つ。悪いが平和なときに遊びに来てくれよ。あんたらとなら酒が飲めそうだ」
そして、戦闘に関わる者100人のみで船を降り隊を組んで雪道を行く事に、
操船に必要な最低限は船に乗って先に海に帰した。
ただの道なのに雪が降り積もって足が取られるだけで、遅々として進まない険しさ。
「なぁ……ボス!これじゃ当分【古都】に着けないんじゃないか?」
「ああ、隊長はよくこんな環境で輜重隊とかやってたな。そりゃ他にやる奴もいないし、出世も早くなるわけだ」
「こんな足場の悪い所をあの速さで走るんだから、化け物だな」
「そうは言っても、あんな化け物は隊長だけだろ。逆に言えば誰もが遅い空間なら敵を見つけてもすぐに対応できるじゃねぇか」
「なるほど!警戒をしっかりして、敵が見えたら慎重に陣を組めばいいだけか!」
しかし【帝国】を素早く進むのは何も隊長だけじゃない。
シェーベル。
【帝国】特有の騎乗動物であり、乗った場合上下運動が激しい為、乗りなれるのに非常に苦労すると言われる生き物。
平地では馬の方が速いといわれるが、山地や障害の多い場所では評価が逆転、圧倒的にシェーベルの方が早いとされる。
障害と言えば雪も同じ、なんなら馬では踏破出来ない道もシェーベルならあっさり抜けてしまう。
どうせ、ゆっくりしか進めないのだからと、のんびり構えていた嵐の岬に不穏な影が落ちる。
曇っていて元々そう明るくない国だが、ふと自分に暗い影がかかったと思った時には、
目の前に大きく反り上がった立派な角を持つ四足獣の姿。
そしてその上に乗る者のサーベルが嵐の岬のメンバーの一人の頭をかち割る。
隊列を組む間もなく、走り回り飛び回るシェーベルが一方的に嵐の岬のメンバーを狩っていく。
術を撃とうにも弓を射ようにも相手の機動力に翻弄され、中々クリーンヒットが出ない。
それでも諦めずに大剣を振り回し続け、敵を近づけない嵐の岬のボス、バルトに、
【帝国】騎兵隊の長と思われる者が、長い筒を向ける。
発射された氷弾がバルトに当たるが、まだ習熟してないのであろう。急所をはずす。
「カヴァリー!お前はソタローを裏切るのか!」
「いえ【帝国】所属として、どちらが民の為になるのか考えた結果ですよ」