589.【古都】防衛戦と言う名の蹂躙
大河に浮かぶ大小様々の船。ほとんどは輸送船だが、一隻様子の違う船が【帝国】の旗艦。
通常この大河で争いごとをする事自体稀であり、軍艦と言うものはほぼ飾りの意味しかない。
それでも大軍を率いる上で目立つ指揮所という物は必要になってくる。
【帝都】を始とする軍事拠点で集められた兵達が船から吐き出され、整列させられていく。
目標は【古都】、三軍に分けられ東西と南の三方向から囲い込み攻め込む手筈を整えた宰相側【将官】達は余裕の笑みだ。
圧倒的大兵力で囲い込み、元最高権力者を引きづり降ろす。歴史の転換点、弑逆的愉悦と言うものもあるのだろうか。シンプルな手柄欲しさとは違ういやらしい欲を覗かせる笑み。
そこにやたらと響き渡る少女の声、北側が丘になっている地形の【古都】周辺に反響する。
『宰相を僭称し、白竜様を騙し、民を路頭に迷わせる悪党に付き従う欲に塗れた豚どもよ!退け!田舎に帰り静かに暮らせ!今ならまだ命はあるぞ』
少女の声でいきなり豚と呼ばれる事に困惑する将兵。それが【古都】からの勧告であると理解し、更に挑発であると理解するまで少々の時間がかかってしまう。
「いやいや、元皇帝はついに兵にも見放され、ついに付き従うのは少女のみとなったか、これは手柄は期待出来んな」
「ふむ、油断させようと言う心積もりかも知れぬが、ここまで来たらただの時間稼ぎに過ぎぬな」
「おい!お嬢さん!怪我をしたくなかったら家に篭っていろ!」
『ええっと……これなんて読むんだっけ?ああそうか!そもそも白竜様復活と言うのが真実かどうかも分からぬ内に騙まし討ち!卑怯千万!やっている事はただの賊徒と変わらない!本当に復活したと言うならば、謁見させよ!古の盟約に従い、皇帝の座を引き渡し、軍を率いる身となろう』
「白竜様に楯突く事の方が余程失礼だろう」
「謁見させよとは言ったものだな。確かに盟約に従えば謁見し位を譲るのが筋だ」
「なら尚の事、会わせる事は出来ぬだろう。元皇帝とは反りが合わなかった我らなのだ」
そして、軍を動かし始め包囲攻城を始めようとする宰相勢力に、
『昨日まで同国民として肩を並べてきたものを殺すには忍びない。一度退いて宰相に謁見の旨を伝えよ。さもなければ、こちらも容赦なき鉄槌を下す事になる』
「フフ……焦っているぞ」
「何を今更言ってるのだ。蹂躙し、なんなら宰相殿の前に引きづり出してやろう」
「進軍開始!目標は【古都】陥落!元皇帝を捕らえるぞ!」
『ええ、どうしよう?ああ!ここ読むの?分かった!警告はしたぞ。それでも攻めてきたのは貴様らだ。【帝国】を包み隠す無慈悲な白に抱かれて死ね!どういうこと?』
その時【古都】北側から鈍い爆発音が数発続いて聞こえる。
その鈍い音が耳の奥から消える間もなく。全身に悪寒が走る地響き、本能から来る悪寒が全身を震えさせ、動く事を拒む。
全力で逃げたいのに逃げられない。心が完全に恐怖で押しつぶされると同時に東西の将兵達は丘から滑り落ちてきた雪に轢き潰され姿を失った。
『わー!何これ!何これ!え?雪崩?見た事ない。へ~』
残る将兵は南側大河から船を降りてすぐに対陣をした者達。しかし雪崩の引き起こした惨事と恐怖に未だ体が竦み動けない
『分かったら引け!貴様ら如きが楯突いていい相手ではないと知ったであろう?自らの道を断ったのだ。後は余生を静かに暮らす事だけ考えよ』
「ふざけるな!お前達もいつまで怯えている!【古都】を盾にすれば、雪崩の影響は無い!残存戦力でも【古都】の将兵よりもずっと数が多い!力づくで攻め滅ぼすぞ!そもそもあんな奇策に頼っているのが戦う力を失っている証拠だぞ!」
少しづつ目に生気を取り戻す将兵達が整列し直し、士気を少しづつ回復していく。
船に残した予備兵力も吐き出し、戦列を完全に整える。流石に【帝国】将兵だけあって戦列を組む事にかけては流れるような動きであり、
それは農兵を使っているのにも関わらずだ。ここに【帝国】の軍国主義的な教育の高さが伺える。
東西兵の中にも奇跡的に雪崩に見舞われなかった者がいるため、部隊を再編。
「ふむ【帝国】最強戦術『三方不敗』を雪崩で破った所までは認めてやるが、これまでだな」
門を硬く閉ざし、高い壁が守る【古都】を攻めるのに時間はかけられない。
宰相派最有力将ソタロー将軍は消極策を唱えるようになった。この国もう一人の将軍が帰ってきたからだ。
元々内乱を起こした事で、民を飢えさせた事については内部でも批判があった。それについて正面から文句をつけに来た将軍はかつて邪神の化身を倒した正真正銘の化け物。
それでも一人ではどうにもならない兵力差をつければ勝てると踏んでの【古都】攻めだ。
栄達をしたくとも前政権では日陰者だった者達にとっては千載一遇のチャンス。乗るしかない戦い。
雪崩で仲間を削られたくらいで諦められるか?いや無理だろう。賽は投げられたのだ。
【古都】城壁を破るべく、再び兵を進軍させる。