531.東の者接触
祭りの準備もすっかり終わり、なんなら迎え撃つ準備すら出来たのだが、一向に現れない東の者に、
気持ちがだれてしまったエルフや逆に東の者にやはり重大な危機が訪れたのかと緊張が高まる刺青のお姉さん。
皆それぞれに反応し、気持ちがばらついてきた頃に緊張が走った。東の者が現れたと一報の後、一斉に世界樹を目指す。
東の海遠くから巨大な影が徐々に近づいてくる・・・犬?
完全にタレ耳の犬にしか見えんのだが?
「ああ・・・やっぱりおかしい・・・ケーちゃんがあんな凶悪な目をするなんて・・・」
いつの間にか隣にいた刺青のお姉さんの呟きに思わず、
「え?ケーちゃん?」
「ええ、我らはあのケートスのケーちゃんの中で普段は生活しているんです」
だーから生き物の中でどうやって暮らすのよ・・・。
海の上から出ているのは顔だけなので、全体像は分からないがタレ耳の犬がへっへと息を吐きながら泳いでくるようにしか見えない。
なんならどこが凶悪なのかもさっぱりである。
しかし巨大であることだけは確か、レギオンボスを遥かに越えるサイズ。ヒトが暮らせる大きさである事だけは確か。どうやって暮らしてるかは現状全く想像がつかない。
なんなら、背中に家か街でも背負ってるかもとも思ったがそんな希望は脆くも崩れる。なんなら家は水中って事になってしまう。
かなり距離をあけたまま、止まったケーちゃん。そして大きく口を開けたまま動かなくなり、その口から小船が一艘こちらに向かって走ってくる。
小船にはローブを着たヒトが一人、ここまでは攻撃意思の様なものは感じない。しかしケーちゃんが凶悪そうな目をしているなら警戒はしないと・・・やっぱりよく分かんない。
小船を世界樹様の挟まった土地に接岸し、頭まで黒いローブを被ったヒトがゆっくり船から降りて来た。
何か異常があればすぐにでも動こうと緊張感を高めて待っているが、現状誰も動き出す様子が無い。
船から箱を数個ひっぱり出し陸に並べた所で、エルフ達が動く。
今か!と思ったら箱を運んであげただけだった・・・紛らわしい!こっちは緊張してるってのに!
そこで、自分の隣にいた刺青のお姉さんが駆け出す。よく考えたらこのお姉さんは海に住んでるヒトとして不自然な所のない薄着だが、あのローブのヒトは・・・?
「司祭様!お久しぶりです!すみません飛び出してしまって!」
「う・・・ん?むん?」
あのローブのヒトは司祭様なのか、しかし妙に反応が悪いな?でもただ高齢とか口下手の可能性もあるしな。
「司祭様?」
「しょ、食料と、お、織物を交換する」
仲間なのか同胞なのか一族なのかは知らないが、飛び出した娘と久しぶりに会ってこの反応はアウトかな?
「司祭様・・・ボケが酷く・・・」
ボケか~ボケなら仕方ない・・・え?ボケたヒト一人で来させないよな?アウトだよね。
こっそり世界樹の剣を抜き、後ろ手に隠しながら近づく。
司祭様の両肩に手をあて、その後も声をかける刺青の女性の顔に向けて、
ローブの内から黒い何かが、飛び出してきたところを世界樹の剣で邪魔をする。
「ォォォォォオオ!!!」
雄たけびと言うには妙に低い地獄の洞穴から聞こえてくるような、ほら貝の音のような叫び。
そのままローブの裾からは触手のような足が何本も、袖からも一本づつ太い触手が生え、うねうねと近づいてくる。
すぐに刺青の女性は他のエルフに連れられ下がり、自分と司祭様らしき黒い触手が対峙。
触手部分は邪神の尖兵に見えるが、取り込まれた肉体がどういう状態か分からない、慎重に外側から削るしかなかろう。
片腕を振り回すように腕の太い触手を叩きつけてきたので、切断。
もし腕を切り落としてしまっても、それはもう事故だろう勘弁してくれ!
運よく一発目は触手部分のみを切り落とし、切り落とした部分は強い臭いを発して蒸発していく。匂いからして邪神の尖兵と断定してしまってもいいだろう。
安全な長さは分かったので、相手が動き始めるより早くもう片方の腕を切断。
少し身長が伸びるように足元の触手が伸びた所で、伸びた分だけ切断。
地面に体を固定していた部分を切り落とされ仰向けにひっくり返った司祭様型邪神の尖兵、ローブを剣先で引き上げて中の状態を確認する。
黒い半透明の粘液ともなんとも言えない不定形の邪神の尖兵が、人型を覆っている。
しかし、弱点の筈の核が見えない。
観察していると全身からトゲトゲと無数の細い触手が伸びてきたので、一歩引き、片っ端から細い触手を切り落としていく。そして邪神の尖兵のトゲトゲで、ずたずたになっていくローブ。
しかし、世界樹の剣を振っているとやっぱり調子がいい。体が思い通り以上に軽く早く動いてくれる。
徐々に体積を減らしていく邪神の尖兵が背中にも触手を生やして明らかにヒトの動きを捨てた動きで立ち上がる。
しかし、自分は丁度後ろを見たかったのでこれ幸いと回り込めば、腰の辺りに核を見つけ、斬って潰す。
びくっと全身の黒い粘液が波打ち、中身のヒトの体を残し、黒い粘液だけそのまま地面に溶けていく。
臭いを発しながら蒸発する間に、ケーちゃんから何重にも重なる雄たけびが鳴り響く。
「「「「「ォォォォォォォオオオオ!!!!」」」」」
心臓を鷲掴みにされるような叫びと同時にケーちゃんの口が閉じ、
ケーちゃんの背後に海面を打った様な大きな水柱が立ち、そしてその巨体が勢いをつけて向かって来た。