487.追放
いっこうに死なない。というか衝撃も熱も来ない。
『大丈夫?』
「あっ世界樹様」
『うん、君はうちの子の気配がするね』
世界樹の子?ああ、宝樹か!
「宝樹様達にはお世話になってます」
『うーん・・・そうか!熱ければ冷たくすればいいのか!』
その声と同時に一瞬にして周囲が真っ白になる。空気中の水分が一気に氷結し、煌く。
そして、クッソ寒い!耐寒耐冷持ってて、冷気耐性もある自分がここまで寒いって、どんな寒さだよ。
あっという間に溶岩が冷え、赤い川の主も凍り付き、割れて光の粒子に変わった。
自分の 紅氷華 みたいな状態だったのだろう。流石世界樹、レギオン相手にモノともしない。
『じゃあ、うちの子達とこれからも仲良くしてあげてね』
「はい、そうします」
震える声で、それだけ言うのがやっと。体を温める為にちょっと動く事にする。
皆どこに避難したのか分からないので丘縁を歩いていると、建造物がある。
近づいて確認し、周囲を見ると壁からの距離でここが祈りの祭壇だと分かる。何の影響か世界樹の根は何処かにいっちゃったようだ。
「なるほどね、祈りの祭壇ってコレだったのか」
すると、外の状況が変わったのが分かったのか、離れた所から喧騒が聞こえる。
自分の方に近づいてくるみたいなので、建造物の前に立って待っていると。武器屋のおじさんが話しかけてくる。
「何とかなったみたいだな」
「まあ、世界樹の力でね。自分は見てただけだよ。それでどうするの?」
「流石に今回の事は重大すぎるからな。追放が妥当じゃないかってのが、今の流れだな」
「怪我人とかは出てないんでしょ?」
「あの赤い川のせいで、かなりあっちもこっちも被害を受けてるからな」
「まあ、そりゃそうだろうけど、その分働かせれば?」
すると、イタチの声が聞こえる。
「だから追放でいいって言ってるだろう!俺達は東に行くんだから!」
「世界樹の根は燃えてないよ」
「え?」
丘縁から見る限り、表面は焦げてそうだが、燃えてるようには見えない。世界樹の生命力ならすぐ回復しそう。
「木は燃えるって言ってたじゃないか!」
「多分、ここに来る途中の細い根とか普通の木は燃えたんじゃない?でも世界樹は流石にちょっとやそっとじゃ無理だよ」
がっくり、意気消沈してるイタチ、疲れきってる黒蜘蛛族長、
「仕方ないよ!やっちゃった事は!追放されても三人力を合わせれば何とかなるって!」
空元気で二人を励ます白蜘蛛族長。
「ま、余所者の自分が言えることじゃないけど、追放でいいんじゃない?」
じっと自分を見る三人。
「そうだね。どうやって南の魔物を採るのか教えてよ!」
「いや、そうじゃなくて、この建造物何か分かる?」
なんか皆やっと気が付いたのか、ざわつき始める。
「祈りの祭壇!聞いてた通りの形だ!追放される前に見れてよかった・・・」
「いや、そうじゃなくて、コレは西の方ではポータルって呼ばれてて、遠距離を移動する手段になってるの」
「は???」
「ちょっと触ってみたら使えるみたいだし、触れて都の名前を言えば飛べるよ」
「何言ってるのかわかんない」
「いや、だからコレを使えば西の壁の向こうに行けるっての」
「えええええ!!!!」
「外が平和になったら道が開かれるってこういう事だったんだね~」
なんか、凄い騒がしい。
皆が落ち着くまでに自分の方の考え事をまとめて置くか。
多分今回のクエストはこの地域と元々の西側地域を開通させる事だったんだろう。
そして自分が来た事でスタート、時限式のNPC三人暴走前に自分が何とかしなきゃいけなかったんだろうな。
・北に行った昔の黒蜘蛛族長の足跡を追う。
・南の赤い川の主を釣り出して、自分と白蜘蛛族長で脱出
・南の赤い川の主をエルフ達と倒して脱出
・最初に会った陰の同種と契約しなおして自分だけ脱出?・・・陰精の【巫士】さんが過去に消えたエルフの話とか知ってたし、そっち方向の足跡を追うのかな?
・闘技大会でムシャマッシュを倒して、正攻法で祈りの祭壇の根を除去
ぱっと思い付くだけでも、色々方法はあったが、全部中途半端にしちゃった自分が悪かったな今回は。
皆が、落ち着いてきた所でさくっと仕切っちゃう。
「と、言う事で追放を兼ねてさ、新天地で皆が暮らせるように先発隊として頑張ってもらうってのはどうよ」
なんか、また皆で相談し始めるので、その辺の決断は任せる。
自分は三人が向かう先について考えよう・・・。
「それでは三人は追放と決まったのですが、どこに向かうのがいいと思いますか?」
陰精の【巫士】さんが声をかけてくるが、もう決まったの?早くない?
「えっとね、三人一緒とばらばらとどっちがいいのかな?」
「残念ながら西の事を知っているのはあなただけですので、お任せします」
任されちゃったよ・・・。
「じゃあ、黒蜘蛛族長は【馬国】がいいんじゃない?向こうのケンタウロスの族長と気が合うよ。羊も飼ってるしさ。イタチは【鉱国】かな鉱石とか掘るのに慣れてるはずだし、食いっぱぐれは無いし色々作ってるから面白いと思うよ。白蜘蛛族長は【森国】かな?糸使うのうまいし、織物とか出来る?」
「織物なら得意だよ!布とか服とか作るの好き!」
「じゃあ【森国】なら絹糸の特産地だし働くには困らないと思う。〔白蜘蛛の糸〕は【砂国】【海国】で売れそうだけど、逆に取り合いになると困るし」
「じゃあ、三人はその地域に向かうということで、宜しいですね」
すると三人とも素直にうなづいて祭壇に向かうので、
「ちょっと待った。手紙とお金渡しておくよ。今後この地域のヒト達が向かう時に困らないように地歩固めするんだから、資金は大事だからね。あと信用できるヒト紹介するからさ」
そうして、【鉱国】の各長達と【馬国】の族長と【森国】の頭領に手紙を書く。
「【鉱国】と【馬国】は誰かに聞けばすぐに分かる偉い人だから、頭領だけは特殊だからとにかく大きい声で『頭領!玄蕃から手紙だよ!』って叫べばすぐ誰か現れるから」
そうして、手紙とお金を金貨10万枚ほど渡しておく。コレで当面困ることは無いだろう。向こうでこの三人を騙すようなヒトはいないと思うが、その場合はイライラするを一瞬で越えるだろう。
その辺は分かってくれるヒト達を選んだつもりだ。
「ぞくちょう~がんばってね~」
「うん!皆ごめんねこっちの事は任せるからね」
「向こうでもがんばれよ。俺もすぐ行くと思うけど」
「ああ、先に行って、面白いものいっぱい見つけておく」
「族長・・・」
「ああ、羊達の事は頼む」
三人を送りだし、次は自分の事を決めなくちゃならない。
そうしない内に新たに行けるフィールドが増えたことが知れ渡るだろう。
自分としては現実時間で最低半年は潜伏したかったが、そうもいかなくなった。どうするか。
『ねぇ、正式に契約する?』
「え?どうしてこのタイミングで?」
『温かくて明るいもの見せてくれたから』
いつの間に?でもベストタイミングだ。陰と契約できれば大霊峰に登れるから、誰も来ないあの地で潜伏って選択肢もある。大昔エルフが住んでたんだから、自分にも出来る。筈!
「じゃあ、契約しよう!」
『うん、僕の名前は根住名前を呼んでくれればいつでも力を貸すからね』
ああ、言われてみればネズミの骨に見えなくも無いシルエットだったな。
「じゃあ、早速だけどここから逃げる為に壁を登ろうと思うんだけど」
『世界樹に会いに行くの?確かにこの高さなら僕と君の力で十分登れるとは思うけど』
「え?」
ああ、そうかここ崖なんだから一応東側の上もあるのか。
『でも、この上は水だから、息出来ないよ』
「泳ぐのは得意だから問題ないよ。空気玉もあるし、ねずみは水の中大丈夫?」
『僕は別に息しなくても大丈夫』
よし!何とかなる!上に何があるか分からないが、取り合えず大霊峰の頂上程度ならギリ暮らせる。
壁に向かって行くと、今まで関わってきたヒト達が、
「行くのか?」
「うん、西からもすぐヒトが来ると思うけど、くれぐれも気をつけてね」
「そうか、じゃあ餞別だ」
そう言って、お酒やらサツマイモやら石やら・・・この地で手に入る物を色々と渡される。
「いや、色々大変だろうにこんなに貰っちゃってもさ」
「何言ってるんだ。散々食料やら料理やら振舞ってもらって、何にも無しで行かせられないだろう」
「じゃあ、自分も自分で食べる分以外は置いて行くよ。くれぐれも食料で騙されないでね」
そう言って、とにかくありったけの食料を置いて、壁に向かい、
「根住」
一声掛ければ、身に黒い影を纏う。
そのまんま鼠の骨を全身に貼り付けた姿。アバラなんかは肋骨で守られているが、他はスカスカ。尻尾が生えてるのが何となく気に入った。
頭は頭蓋骨を被るような形になっているが、顔に装着してる鬼面には干渉しない様でよかった。
そのまま壁に触れればくっつく。
試しに登ってみれば、すぐに慣れた。なんなら、尻尾を壁にくっつけることで、足と尻尾で壁に垂直に立つ事すら出来る。怖いけど。
サクサクとつるつるで何の取っ掛かりも無い壁を登って行けばあっという間に天井。
思い切って首を突っ込めば、水。
そのまま水に入って行き、試しに壁から手を離してもちゃんと浮く。
『ここまで来れば大丈夫だね。どうする?』
「ぼぐぼぐぶべ?(どうするって?)」水の中なのでちゃんと声が出ない
『前にも言ったけど、僕は本当に弱いよ。契約解除して他の陰探した方が強くなれるよ』
「べぶにびーびゃん、びぼう(別にいいじゃん行こう)」
『そう?じゃあ、行こうか』
根住を腕輪に戻し、浮力に従って上へ上へと泳ぐ。新天地を目指して。
読者の皆様いつもお世話になっております。
一年最後の日なので、ちょっと駆け足気味になってしまいましたが、第4部完結させていただきました。
2021年急に思い立ち、毎日更新できたのは、ひとえに読者の皆様の応援があっての事です。ありがとうございます。
自分が思っている以上に暖かい目でいつも見守っていただき本当にありがたく思っております。
一応現状この隊長の物語は6部構成で考えている為、来年も引き続き執筆を続ける予定ですよろしくお願いします。
ただ、一点。少々疲労とネタ切れなのかスランプなのか、ちょっと苦しくなってきましたので、マイペース更新に戻る可能性がありますが、その点はご容赦ください。
2022年も皆様にとっていい年でありますように、
2021年本当にお世話になりました。来年もよろしくお願いします。