352.都に行かずに山
「ふむ、起きたようだな。早速だが礼をしたい。何か必要な物はあるか?」
「いや、別に近隣住民に被害が無かったんだからそれでいいんじゃない?」
「うむ、俺もそれが仕事だからな。別に構わない。では烏天狗殿、おたっしゃで」
そう言って、小次郎と先に進もうとすると、かなり慌てた様子で烏天狗が道を塞ぐ。
「そうはいかぬ。本来ならば我ら烏天狗が解決せねばならない所を代わりに牛鬼を始末してくれたのだ。相応の礼はするぞ!そちらはまだ居を置いている場所が分るから、そこに何がしか礼を届けさせるが、そちらの海外の者は何か必要な物は無いか?」
「え~・・・急にそんな事言われても」
「いや、面を探してたんじゃ無いか?あまり目立ちたくないからと」
「そういや、そうだった」
「そうか、そうか、それなら心当たりがあるぞ!手間で悪いが、クラマの山までお越しいただけるか?」
鞍馬山って、あれじゃん牛若丸が修行した所。
「いいじゃないか、途中に都もあるし、見る場所には事欠かないぞ?」
「人が多いところはあまり好きじゃないんだよ」
「ははっ、じゃあ、風光明媚な山道を行こうじゃないか」
そう話が決まると烏天狗は飛んで行ってしまった。
そして、自分達は山の方へと向きを替え、森の中の道を進み始める。
小次郎から都の噂話なんかを聞きつつ、のんびり旅行。
五条大橋では刀狩が現れるとか。
とはいえ、誰彼構わず襲ってくる訳じゃないらしい。
それなりの腕と相応の得物を持つ者に挑んで来きて、勝てばその得物を奪っていく。
弁慶じゃん!と思ったが、華奢で見目の整った太刀使いらしい。
牛若丸が、刀狩してるの?!
後は陰陽の話。
と言ってもゲーム内なので陽精術と陰精術な訳だが、
【森国】は陽精を奉る祭殿が多い分、陰精を奉る祭殿も多いらしい。
陰陽はバランスが取れてなければいけないらしく、陽が強ければその分陰も深くなるって発想なんだって。
陽精術は主に結界や防御、回復力の補助増進が得意。
陰精術は影と呼ばれる実態なき存在に、肉体を与えて使役する。テイムと召喚術のあいのこみたいな術らしい。
術と言えば、新術の確認だよな。
擒拿術 我樹丸 ・・・掴んでいる間、掴んだ部位にダメージを与え続ける。部位破壊まで進むと解除される。ダメージ量は握力と使用する精神力量による。
氷剣術 氷点 ・・・硬直している相手に対して氷剣術を使用すると凍結デバフが発生する。攻撃を食らうか一定時間経つまで行動不可の凍結状態を維持、凍結状態で受ける攻撃ダメージを倍加する。
道理で炸裂する矢のダメージがでかいと思った。自分の術の効果だったのか。
そんな世間話をしたり、自分の術の確認をしながら山道を進む。
風光明媚とは本当にその通りで、山の間、休憩所、橋から見える景色は絶景だ。
連なる山々、崖に斜めに生える草花、どうやってこんな場所で作ったんだかな?と言うような祠。
山道を抜ければ、大きな門。
神社なのか仏閣なのか微妙なデザインの社。
しかも、参拝客の姿は無く、代わりに剣の修行をする、烏面の人々。
うん、お寺さんてのは修行する所だし、いいと思う。
でも烏面で揃えてるのはどうなんだろう?
剣や槍や、棒か杖を使って修行している烏面達をよそに、一人の烏天狗がこちらに気づき近寄ってくる。
「どういった御用向きでしょう?」
「牛鬼討伐の件でこちらに来るように言われまして」
「そうでしたか、少々お待ちください」
待っている間、修行中のヒト達を観察しているが、熱心にそれぞれの得物を振っている。
なんかこっちに興味を持っているヒトが何人かいるが、やらないよ?
ちょっと待てば、烏天狗が戻ってきた。
「先日は世話になったな。面という事だったので、話はつけてあるぞ」
戻ってきたのではなく、この前の烏天狗だった。まだ見分けがつかないな~。
そして、社の外に出て近隣の家の一つに入って行く。
どうやら工房のようで、作業道具が並んでいる。
「先程見てもらって分ると思うが、ここで修行するものは皆面を付けている。それをこの工房で作っているのだ」
「なんで皆、面を付けてるんですか?」
「習慣だ」
なるほど、習慣的に面を付けて修行する事になっているから、面工房が近くにあるのか。
奥から一人のプレイヤーが出てきて、対応してくれる。眼鏡の人当たりの良さそうなお兄さんだ。
「こんにちは、お話は伺ってますが、希望とかはありますか?」
「戦闘に耐えられる物なら何でもいいんですけど」
「なるほど。何でも・・・ですね?」
「いや、変なのは困りますけど」
「ローブを脱いで戦闘用の装備を見せていただいても?」
「いや~、あまり姿を晒したくないので」
「大丈夫、大丈夫、いいからいいから・・・」
そう言って、奥の部屋に押し込まれローブを脱ぐと、全身を隈なくよく見られ、
「どうでしょう?」
「見えました!あなたに似合いの面を作らせていただきましょう!」
なんか、テンション高いけど大丈夫だろうか?人ってさ、こういうテンションの時やらかさない?
まあ、仕方ないか。
「じゃあ、お任せします」
「はい!ではまず材料ですね!まずはベースになる木材と、骨材か角なんなら牙もほしい所ですね」
え~、材料持込か~い。別にいいんだけどさ。先に言っておいてくれないと困っちゃうな。
なんかあったかな?
「角ならこの前の牛鬼の角と牙があるが?」
烏天狗が差し出してくるけど、でかいじゃん。自分の顔に合わないじゃん?
「いいですね~!素晴らしい!」
いいの?まあ、何に使うか分らないしな。木材・・・木材・・・。
「〔魔樹の枝〕位しかないけど」
「おおおお・・・おお!森奥でしかお目にかかれないという木の魔物の枝ですか!使っていいんですか?いいんですね?使います」
〔魔樹の枝〕を取り上げられて、そのまま奥に引き篭もってしまうお兄さん。
「まあ、面ができるまで数日かかるだろう。近隣の空き家を貸すからゆっくりするといい」
そう言われて、小次郎と数日住む事になる家を案内され、逗留する事になった。