286.悪役
深夜静まり返った倉庫地帯に人影が一つ。
宿直室から死角になる小さな倉庫の鍵をあっさりと開け中に侵入する。
その倉庫は行き先を間違って届いた荷物を一時的に保管するだけの場所。
ガランとしたスペースに箱が一個だけ、なんなら何も無い日も珍しくはない。
その人影は担いでいた袋を下ろし、一つだけの箱を開け始める。
そして、蓋が開いた瞬間。
「そこで、何をしている」
「・・・く」
誰何された人影は言葉を飲む。箱から手を離し、振り向く。そして問う。
「何者だ?警備兵では無さそうだが?」
「先に質問したのは自分だけど? まあ、いいか、本当に自分が誰か知りたいの?」
「そう、だな・・・」
一瞬余所見をし、気を逸らした瞬間に扉の方に向かって走りだす人影。
しかし、一瞬で捕まえ、仰向けにひっくり返し、眼球に触れるギリギリの位置にダガーの刃先を当てる。
「自分の正体が知りたいんだろ?」
丁度月明かりが倉庫内に差し込み、自分の顔を照らし出す。
「ひっ・・・人殺し!」
「そうか、自分の事知ってるんだ?じゃあ、さよならだね。自分はあんたの事興味ないし」
「待て!なんで私が殺されなければならない?」
「そりゃ、自分がここにいるのを知ってるからだよ。あんたが聞いて来たんじゃん『何者だ?』って」
「ひっ・・・やめてくれ、誰にも言わない!だから助けてくれ」
「そんなの信じられる訳ないじゃん」
「本当だ!神に誓う!私は【教国】の者だ!神を裏切る事を絶対にしない」
「夜間に倉庫に忍び込むのに?やっぱり信じられないな」
「これには訳があるんだ。頼む!絶対に悪いようにはしない。だから助けてくれ」
「ふーん、まあ、自分も好き好んで殺しをやった訳じゃないからね。だけど聞いてもらえる状況でも無くて八方塞なんだよね」
「そうか、それなら私も出来る範囲で協力する。だから助けてくれないか?」
「そうだな。じゃあ、条件は一つ。秘密を共有しよう。あんたは自分がここにいる事を知っている。あんたはなぜここにいたのかを自分に教える。そうすれば、お互い秘密を守れるよね?」
「いや・・・それは・・・」
「さよなら」
「密輸だ!秘密裏にどうしても必要な物資を集めてたんだ」
「それは悪いね。本当に神に誓えるの?」
「勿論だ!世のため人の為だ」
「ふーん、まあ、密輸は認めたわけだし、本当に自分の事誰にも言わないなら解放してあげるよ。名前は?」
そう言って、解放しダガーもしまう。
「第12機関のトマスだ。もし私が裏切ったならいつでも殺しに来るが良い。ところで随分話が分かるが本当に殺しをしたのか」
「したよ。でも事情があった。もし本当に協力してくれる気があるなら【帝国】東部教区長の聖石横領の件を調べてくれ、その件で嵌められて、教区長に襲われて返り討ちにした。そうでもなきゃニューターはヒュムを殺せない。それが神の作ったルールだ」
「そうか、私は本来研究職だし、そういった調べ事は得意ではないが、出来る範囲で協力すると約束した。必ず調べよう」
そう言って、箱の中身を持って出て行く。それは巨大な魔石だった。
「尾行は?」
「手練れを数人。だけど、しゃべらないって約束したのに尾行つけてどうするのさ?」
「なんにせよ誰だって上司には報告しない訳には行かないじゃん。あの魔石どうするのかも知りたいし」
「そうだな。さて、もう一仕事と行くか?」
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「火事だーー!!!!一時保管所が燃えてるぞ!!」
深夜の宿直室に叫び声が響く。
一人飛び起きた男が、宿直室の鍵棚から一つ鍵を持ち出し、一時保管所に走る。
そして、倉庫内が赤々と燃えている状態を覗き窓から確認して、呆然としている。
「開けて中を確認しないの?」
男が振り返り、聞き返してくる。
「え?誰だ?」
「あんたの横に張り紙があるよ」
倉庫の外に張ってある手配書を見て、自分の顔を確認する。
「・・・」
口をパクパクさせ、何も言わない。
「ねえ、何で中に入って確認しないの?」
「いや・・・いや・・・いや」
「その鍵が偽物だからだよね? 本物は中で燃えてる人が持ってるよ」
「・・・!!!!!」
何も言わずただ首を振ることしかできない男。
「神に叛く者よ。何故【教国】に仇をなそうした?」
「違う!違う!これは世の中の為だって言われた。それに密輸している中身もただの魔石だ!」
「そうか、中身を確認したんだな。だがただの魔石じゃないだろ?」
「そ、そりゃ、禁制の品の密輸とかだったら俺でも断ってる!たっ確かにでかい魔石だった。あのサイズじゃ値も張るとは思う。でも、世の為になる研究の為だって聞いた」
「誰に、き、い、た?」
「海方輸送隊長だ!主に【海国】【森国】の様な船で輸送する輸送隊の隊長だ。あの人が現地で荷物を積み込んでる!自分は睡眠薬入りの酒を飲ませて、鍵をすり替えているだけなんだ!助けてく・・・」
倉庫の屋根から飛び降りてきた。ニキータが気絶させる。
「脅かしすぎ」
「いいじゃん、これで大体分かったんだし」
「アンタの言うとおり密輸だったね。何で分かった?」
「荷抜きで目録と誤差が無いってのが、おかしい。もし目録に無いものを積んで、こっちで捌いても輸送賃しか浮かない。じゃあ、密輸だろ。でもどうやって狙った荷をピックアップしたかが分からなかった」
「一時保管所の事知らなかったの?」
「知ってはいたけど自分は使った事が無い。荷を積む時に自分の目で確認してるからね」
「何だかんだ、ちゃんと仕事はしてたんだね」
「それよりも、第10機関の彼は共犯じゃなくて良かったね」
「ああ、あんな風に眠りこけてるんじゃ、共犯じゃないんだろうね。後で絞るけど」
まあ、程ほどにね