269.ケンタウロス族長と
夜になり、師匠のゲルから出る。
夜といえどヒトはいるので、気配を消して周囲を警戒しながら辺りを見回せば、
静まったゲル集落が見張りの篝火で照らされ、暗さの割に恐怖も寂しさも感じず寧ろほっとする。
そんな思ったより明るい集落にも関わらず、星は綺麗に見えていて、本当にこういう所の作り込みはどうなってるんだか。
師匠も一緒に起きだし、師匠の案内のままにゲル集落の外れに向かう。
月明かりに照らされた平原に大きなケンタウロスの姿が一つ。
いや、族長なのに一人なんだ。ミノタウロスといいケンタウロスといい、族長ってのは本当に・・・。
「じゃあ、おいちゃんは戻るのね、後は二人でしっぽりやるのね」
そう言って、師匠は集落に戻る。
てっきり、立会人にでもなってくれるのかと思ったのに。
「ふむ、ケンタウロス族に伝わる玉が欲しいと言うのはお前か、久しぶりだな」
「お久しぶりです。なんかこんな時間にお手数お掛けして申し訳ございません」
「いや、この時間を指定したのは我だからな構わん。指名手配犯と公式に会うなど到底出来ないが、この玉を得る為の挑戦なら受けて立たねばならん」
「いや、その玉って挑戦で手に入れる物なんですか?ミノタウロスの族長も相撲で挑戦しましたけど」
「ふむ、正直な所この玉はただの玉だ。わざわざ欲する者がいるとは思わなかったのだが、先祖代々その様に言い伝えられている。欲する物がいた場合勝負しろとな」
「先祖は一体何でそんな言い伝えを残したんだか」
「ふむ、お前は知らんのか、この玉が何から出来ているのか。この玉は邪神の化身の核を12に分けて願いが一つだけ叶う玉として神より渡された物だそうだ」
え?いきなりそんな重要情報。どういう事コレ?邪神の核を集めると何か起きるの?
「ま、まあ何から出来てるかはいいとしてですね、なんで他人に譲る事を前提とした言い伝えが残されたんですかね」
「さあな?ただ、この玉を譲るには相応の実力を試さねばならぬそうだ。とは言え、こんな玉を欲する者などいないがゆえに、挑戦者なぞいなかったそうだがな。我の代で現れた以上挑戦は受けねばな」
「自分としてはありがたいですけど、こんな玉って、それ結構大事な物ですよね?」
「ふむ、まあ我らの在り方の物語としては、な」
そして、語られるのはケンタウロス族の話。
星空の下で、一際大きなケンタウロスから話される種族の話。
非常に好戦的かつ荒々しい種族のケンタウロス。
高原を暴れ廻り、敵もいない。
しかしそれ故にケンタウロス内でも上下関係を決める為の争いが絶えない。
その中で偶々生まれた一際大きなケンタウロス。
たちまち種族をまとめ、その頃勢力を伸ばしていた邪神の尖兵及び魔物達に対抗する。
しかし、徐々に勢いを増す邪神勢力に種族を超えた協力が必要と考えたそのケンタウロスは、
多種族と手を携え、得意の平原や高原を駆け回り、連戦に連戦を繰り返した。
最後に邪神の化身との戦いに勝った後、
再び種族がバラバラにならぬよう、種族を導くに相応しいケンタウロスが必ず生まれるように玉に願ったという話。
つまり、ケンタウロスの族長は代々体が大きく生まれるって事らしい。
寧ろ族長に相応しい者が必ず生まれ、その統率が乱れる事は無いんだとか。
そして、その族長として相応しい人徳と能力に優れたケンタウロスと勝負するのか自分は。
「さて、たまには話すのも悪くは無いが、そろそろ勝負と行こうか?」
「そうですね。何だかんだ夜半ですよ。お酒とか飲みながら話したかったですけど」
「酒も悪くは無いがな、勝負の前だ、やめておこう」
自然と緊張感が高まり、息を一つ吐く。
族長の武器は何を使うのか、ちょっとわくわくしながらも、緊張して様子を窺っていると。
「あそこに大きな木の陰が見えるのが分るか?」
と虚空を指差す族長。目を凝らせば山が一つ見える。多分その頂上を指差している。
「あそこなら、見失う事も無いだろう。あそこに先に着いた者が勝ちだ」
「ええっと・・・?かけっこ?」
「そうだな、勿論途中に魔物もいるだろうし、土地の起伏もあるだろう。どういったルートを通ってもいい。先にあそこに辿り着いた方が勝ちだ。分りやすいだろう」
「分りやすいですね。そして公平だし、本気出します」
「言わずもがなだな。足の速さで我に敵うとは思わないがな」
いや、そんな事無いでしょう?だって起伏の多いこの高原ですよ?
いや~ありだな~、ミノタウロスと相撲よりよっぽどありですよコレは!
道なき道を逃げ走る事にかけては自分ですよ???
なんか変な感じにテンション上がって来たぞ!
「あっちなみに【教国】は玉の件でこちらにはこなかったですかね?」
「来たぞ、だが勝負で勝てと言ったら上に相談すると言って帰ってしまったな。あのような腑抜けに譲る物など無いな」