26.白い狩人とおっさん
とうとう、女の子が出ます。ヒロインじゃありません、既婚者です。
『黒の森』
【帝国】でそう呼ばれる狩場がある。
このゲームでは、基本的に人の住める場所はある程度限定されている。
人より魔物や野生動物の住まう場所の方が圧倒的に多い。
黒の森もその一つ、到底人の住める環境ではないが、人の暮らしに欠かせない産物が多々存在する。
そんな、人の領域から外れた場所に採取に向かうのが【狩人】である。
今日もここ黒の森を狩場として自在に歩くニューターがいる。
現状の魔物のいるゾーンとしてはそれなりの高難度であるこの地域に一人でと言うのは珍しいことだが、彼女がここを狩場としていることはニューターの間ではすでに結構有名だ。
「今日は何が狩れるかなぁ~」
【帝国】は良い。何が良いって、人と狩場がかぶらないのが良い。
【王国】とかよく、横殴りやなんかで揉め事になるなんて掲示板で見たりするけど、何で【帝国】に来ないのか不思議でしょうがないの。
今、この黒の森はほぼ私の独占状態。狩り放題。別に私が何かしている訳じゃない。【帝国】が過疎なだけなの。
そりゃあ、食べるものと言えば、ジャガイモだし、「雪以外何か見るものあるのか?」とかきかれたら困るけど。
私のこの白いファーのケープや白いウシャンカは、ここのフィールドの魔物素材で出来ている。
正直可愛いと思ってる。
リアルで着るには、流石にちょっと年齢があれだけど、旦那様なら似合ってると言ってくれると思う。
そう、私は既婚者なの。乗馬の趣味で知り合った旦那様だったんだけど、完全な私の不注意で、怪我をしてしまった。
「じゃあ、怪我が治ったらまた一緒に乗馬に行こう、それまで僕も乗馬はやめるよ」
とか言っちゃう旦那様なの。
困ったところと言えば、誰にでも優しいところと、家に帰ってきてすぐに足を洗わないこと位、足さえ洗ってくれれば完璧な旦那様なんだけど。
私は、怪我で当分の入院、療養、リハビリ生活で、気が滅入っていたところに、このゲームの治験の話をいただいた。
そう、一応私もβプレイヤーの端くれで【帝国】唯一のクランのマスターをやってたりする。
【帝国】の一つの特徴と言えば、やっぱりクロスボウ、他の国は普通の弓なのに、【帝国】だけは、なぜかクロスボウなの。それも、弦?みたいな糸がついてないやつ。
クロスボウ好きの【狩人】が集まったクラン。なぜか皆「練習だ!」が口癖なの。
確かに練習は大事だし、雪の中で獲物を待ち続けるには、忍耐も必要。そういうのがなんか「良い」らしいの。
まあ、クランの皆と狩をするのも楽しいけど、私の優先購入権で、ゲームを手に入れた旦那様とも早く一緒にゲームしたい。
旦那様は、日頃仕事も忙しくてなかなか強くならないみたい、でも、がんばってくれてるのは間違いないし、私もいつでもフォローできるように強くなっておかなきゃ。
ふと、街道の方で気配がしたから<照準>でみると、兵隊さんと馬車が移動している。
このゲームが一般公開されてからかれこれ半年、あと2ヶ月もすれば、ゲームの中では、2年。
次のイベントのシーズンに向けて、馬車の通りが最近増えている気がする。
前の時は、四ヶ月目で、全ての国で特殊な魔物が大発生するイベントだったんだけど、討伐数や、一撃ダメージ数のランキングが出て、それに応じた賞品がもらえた。
魔物のドロップ品も新たな装備を作るのに有効なものだったし、誰もが楽しめたと思う。
魔物狩りということで、【狩人】有利のイベントだったけど、そもそもジョブごとの人口比では、【狩人】が多いので問題なかったみたい。
一応私は、遠距離攻撃部門で一番遠い間合いからの攻撃で一位を取ったことで、β組面目躍如といったところかしら?
今度のイベントは、何になるのか、掲示板でも度々話題になるくらい。生産系のイベントじゃないかとか、競馬じゃないかとか、やっぱりPVPをそろそろやりたいとか。
どれも、一定のジョブが有利すぎるけど、参加賞もおいしいのがこのゲームのいいところ、私も楽しみにしている。
と、なれば、あの輸送隊を狙っているボス、青いイエティは倒さないとね。
折角のイベントが邪魔されたら困るの。
あっ・・・まだ、かなり距離あるうちに警戒し始めた。優秀な隊長さんがいるのね?
見る限り一番地味そうな人が隊長さんみたいだけど、防御態勢をすでに取ってる。
普通の【兵士】支給の装備にしか見えないのに妙に雰囲気がある。
ここから、クロスボウで撃っても防がれそうなそんな気配。
いや、ありえない想像を頭から振り払って、もう一度、青いイエティを見る。
黒の森外縁部とは言え、普通の【兵士】さん達じゃ、きつい相手であることは間違いないだろう。
と、なればやることは一つ、愛用のへヴィーボウガン、かつてクランの仲間たちと狩った、白い羽の生えたライオンと戦って得た素材を使って作ってもらった相棒
クロスボウのアドヴァンテージである、多連装を捨て、一発ごとに装填しなくちゃならない代わりに、威力と距離を極限まで伸ばした私用カスタム
『モシナちゃん』を構える。名前は、クランの皆が考えてくれた中で一番可愛いものを選んだつもりだ。
青いイエティは、一直線に輸送隊に向かっている。その進路とスピードを合わせながら、
ヘッドショット一撃
どうやら、こちらにターゲットは移ったみたい。思わず興奮に口角が上がるのを感じる。
「さあ、狩りの時間だよ」