0話 失われた記憶
「—強く、強く、生き抜くのよ。
あなたは、この世界を救える唯一の希望。
《新世の統率者》なんだから—」
少年の手を取り、白衣を纏った少女が言う。
少年は大粒の涙をこぼしながら、何かを叫んだ。
その瞳に映る少女が、爆炎に包まれる。
その手の中のかけがえのないものを失った少年は、その場にくずおれた。
白衣の少年が何かを呟き、空を見上げる。
その目が、建物の残骸の上—黒衣の少年を捉える。
食いしばられた歯の間から、言葉が漏れ出る。
「許、さない……」
その赤い双眸には、意志が宿っていた。
絶対的な権力を持った何かを壊そうという、強い意志が。
そうする事で、親しいものの死に報いようとする意志が。
しかし。
やがて、その痛ましい記憶も。
報復の強い意志も、消えてしまう。
消されてしまう。
そしてその事を、少年が悟る術は無かった—
黒衣に身を包んだ少年が、瓦礫の上から一組の少年少女を見下ろしていた。
「うああああああーッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
辺り一帯、半壊した研究所の敷地内に響き渡る叫び声を聞いても、少年の表情が変わる事は無かった。
「…あんな事、して良かったの…?」
感情を押し殺したように、隣の少女が尋ねる。
「ああ、これで良かったんだ。『種子』の成長には芽吹きが不可欠で、それには多少の刺激が無ければならない」
そう言う少年の声にもまた、一切の感情は無かった。
「許、さない……」
下方から憎悪に溢れた声が聞こえてくる。
それが耳に届いた瞬間、黒衣の少年はかすかに顔を歪めた。
しかし、まるでそれを隠すかの様に、黒衣の少年は背を向け、建物の中に消える。
残されたのは、少女ただ一人だけになった。
少年を見下ろす彼女の目は、どこか哀しげだった。
しばらく経ってから、彼女は背を向け、そこを後にする。
呟きを、一言だけ残して。
「生きて—
私の、大切な人。」
こうして、少年少女達は、すれ違う。
それぞれの想いを、その胸の内に抱えて。
白衣の少年は—復讐。
黒衣の少年は—自責。
やがて、白衣の少年は、立ち上がる。
黒衣の少年は、立ち止まる。
「……ッ!」
そして、二人の少年達は、それぞれの道へと歩み始めた。