貴族
「あっ…‼︎がっ…はぁっ…ゲポッ…」
ビチャビチャビチャ‼︎
生々しい音と共に畳と布団に赤黒い液体がぶちまけられる。
「はぁっ…はぁ…はぁ…」
『耐えるねぇ?うふふふ?』
少女の目の前には同じ黒髪の妙齢の女性が立っている。
『早く…早く早く早く早く早く早く‼︎死んで?』
「ゲホッ…誰が…」
『耐えるわよねぇ?でも、分かってるの?』
そう言うと女性はしゃがみこみ、少女と同じ目線になると話を続けた。
『私は確かに貴女を殺すための呪いだけど…もう貴女も私の親でもあるのよ?』
「…!」
『娘には優しくしてよ、母上?』
ケタケタと笑いながら少女に話し続ける呪い。
「で、でも貴女も此処までよ」
『?』
「解呪師を呼んだわ」
『!…そう』
女性は特に驚くわけでもなく少し眉を上げたのち又立ち上がった。
『今夜は此処までにしてあげる…でも』
そう言って言葉を切ると、濁流のような殺気をぶつけながら一言で言い切った。
『次で殺すわ』
「‼︎」
そう言うとスッと闇に解けるように女性が消えた。
消えたのを確認すると、少女は咳き込みながら外の月明かりを眺めた。一言、
「貴女も巻き添えにしてやる…」
と憎しみの篭った声と共に。
×××××
二日前。
百々眼は又フラフラと歩いていた。ふと顔を向けると小さな茶屋がある。
「僥倖僥倖ぅ…」
八月の真夏のど真ん中、百々眼も例に漏れず汗だくになりながら歩いていたのだ。
中に入ると、一人の老人が出てきた。
「ご注文は?」
「冷えた山水と串団子」
迷いなくメニューを答える。老人はそれを聞くと茶屋の奥に入る。
暫くすると老人は冷えた湯呑みに汲んだ山水と串団子を持ってきた。
「お代は?」
「いえいえ、旅人様や…儂はひとつ願い事がしたくての」
「願い事?」
「はいな…その願い事を叶えてくだされば茶代はタダでよろしくて」
急なその言葉に眉を顰めつつ串団子を忘れず頬張る。
モチモチと頬張りながら話を促す。
「願い事と言うのは私の娘を助けていただきたくて…」
「娘?」
「ちょっと付いてきてくださらぬか?」
「はぁ?」
怪訝な表情で老人について行く百々眼。と、後ろから袋を被せられ縛られる。
「連れて行け!早く!姫様が死んでしまうぞ⁉︎」
「ははっ!」
「御意に!」
そう言って百々眼を簀巻きにした老人達はそのまま林の裏へと消えた。
この時百々眼は思った。
願いってこういう危ないやつだったのかな…?…と。
数刻後、袋を取られた百々眼が着いたのは明らかに貴族のそれであろう屋敷だった。
「え?あれ?茶代は願い事を聞いたらタダじゃ?」
「すまんな」
百々眼の疑問に答えるように先程の老人が出てきた。但し、服装は礼装になっていて先刻まで着ていた平民の服などではない。
「お主が解呪師と言うのは聞いておる…その上で願う」
「何だ?」
未だ簀巻きのままだが、渋々と言った感じで応じる。
「この家の方…儂の主人の娘様が呪われているのじゃ」
「へぇ…?で?」
「お主を攫ったのは噂だと大ごとに巻き込まれそうになると逃げると言う風に聞いたからじゃ」
「そりゃ逃げるでしょ」
呆れ半分に答える。老人は怯むことなく話を継ぐ。
「それでは困るので攫わせて頂いた…この通り平に謝る」
「…どんな呪いだ?」
老人が下げた頭を上げて顔を引きらせた。何故なら先程までしっかりと縛り上げていた百々眼がその綱から逃れているからだ。
「ど、どうやって…?」
「さぁて…ね」
そう言うと胡座をかき、話をさらに促す。
「あ、あぁっと…それで、姫様を助けてくださった暁にはそちらが望むものを揃えるとの事でございます」
「ふぅん」
立ち上がると百々眼は歩き出した。館の中へと。
「か、解呪師殿⁉︎その目では迷子に…‼︎」
「あー…大丈夫大丈夫。取り敢えず見てくるだけだから」
そう言ってヘラヘラと笑いながら館の中へと百々眼は消えていった。
残された老人はさっきまで百々眼を縛り上げていた綱を見て固まった。
その綱は切られていた。その切り口はまるで…
「か、刀でも持っておったのか⁉︎」