ぶろろぉぐ
時は平安、平安京。
古来、呪いと呪いは同じものだった。
人に幸福や吉事を願う事を“まじない”。人に不運や凶事を願う事を“のろい”としていた。
即ち、人に何か願う事を“呪い”と書いたのだ。そこにどんな願いがあれども、その人は相手を強く思い願った。
それがどんな吉事だろうとも、それがどんな凶事だろうとも…
勿論、凶事を願う“呪い”に対して対抗策が無かったわけではない。
“呪い”をかけることができるのなら解くこともできる。
プラスがあればマイナスもある。一があれば0もある。生があれば死もある。全ての理は表裏一体。
×××××
「姫様…お身体の方は?」
「苦しゅうないわ…今日はまだキテないから」
そう言って白毛の混じった老人の使用人に黒髪の少女は答えた。
少女の着物の裾から覗く白く細い手足。しかしよく見ると左手にまるで鎖の様な痣が巻きつくかのように出来ていた。
「しかし、痣は昨日よりも色濃く…何より長くなっておりますが…?」
「まだ痛くないし、まだ死なないわよ」
そう言って少女は儚げに微笑んだ。
×××××
とある茶屋にて。
「太助!まーたお前奥さんにやられたのか?」
「ああ、あんの鬼婆本気で土鍋でドツきやがって…頭が割れるかと思ったぞ?」
「あっはっはっは!生きてるからいいじゃねぇか!」
そう笑い合う三十ほどの男性が二人いる。
と、太助と呼ばれた男の肩を掴む病的に白い手。
「おわぁ⁉︎」
「ぐぇ⁉︎」
太助が驚いて振り向くとその肘が何かにクリーンヒットする。
下を見ると顎を抑えながら悶える黒い着流しに黒髪、血のように赤い襷で目隠しした男が居た。
その肌は死人のように白かった。
「い、いたいですよぉ…」
「だ、誰でいお前⁉︎」
「あ、どーも。ワタクシ解呪師の百々眼と申しますー」
「お、おお?」
百々眼と名乗るその男はヘラヘラと笑いながら立ち上がる。
「で、解呪師とやらが何の用で?」
「いやー…太一さんに憑いている呪いを取り払いに参りました」
「…はい?」
ぽかんとする太一とその友人。それを無視しながら百々眼は太一の肩辺りに手を伸ばして何かを抓む。
それは…
『え⁉︎ちょっ⁉︎何でぇぇぇ⁉︎』
小さな少女が居た。よく見るとその手には鉈を、その額には一本の角が。
「「……ぬわぁぁぁ⁉︎鬼ぃぃぃ⁉︎」」
「はいー」
『ちょっと!離しなさいよぉぉ‼︎』
ジタバタする小鬼。それを百々眼は腰のカバンに入っている透明な容器に入れると締まった。
「い、今のは?」
「呪いですよ」
「呪いぃ?」
「はい、呪いによく似てましたけど、あれはれっきとした呪いでしたよ?」
途端に顔が青くなる太一。
「な、何の?」
「はい、浮気防止の呪いだったんでしょうけど、思いが強すぎて呪いになってましたね…証拠に、鉈を持ってましたよね?」
そう言うと更に顔が青くなる太一。
「だ、誰からか分かる?」
「はい、よっと!」
再び容器を取り出すとその小鬼を抓む。
『コラー!離せー!私はこいつに憑かなきゃならんのだー‼︎ウガォー‼︎』
「えっと…」
『ひゃっ⁉︎何で剥く⁉︎』
「刻印は…」
そう言いながら器用に小鬼を剥いていく百々眼。終いには小鬼は褌一枚になって居た。涙目で睨む小鬼と顔を赤くしながら見る男二人を放っておきながら小鬼の内股を開いて…
『何で…こんな目にぃ…私はただの呪いなのにぃ…グスッグスッ…』
「あ、あんちゃん…そ、そんな破廉恥なことして分かるのかい?」
「はい、この内股の刻印見えますか?」
「な、何を…ん?」
よく見ると小鬼の内股に黒い刻印がある。その刻印には名前が刻まれていた。
その名前は…
「花…俺の女房⁉︎」
「まぁ、浮気防止の為に造った呪いですからね」
「ち、因みに効果は?」
そう恐々と聞く男に対して百々眼はざっくりと答えた。
「行為に及ばなくなる呪いですね」
「こ、行為って…まさか…」
「生殖行動のための男性としての機能ですね」
「うおおおお⁉︎」
「良かったですね、もし昨日とか浮気してたら…ね?」
にこりと笑う百々眼と裏腹に太一達は冷や汗全開だった。
「お、俺、女房に土下座してくるぅぅぅ‼︎」
「お、俺もぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」
「あれ?」
猛ダッシュで家のあるであろう方向へと走り去った二人を眺めながら、裸の小鬼を抓みながら首をかしげる百々眼。
『クソゥ…これじゃあきえちゃうじゃん』
「まぁ目的が消えるからね」
『残念だなぁ…』
そう言いながら足先から塵になる小鬼。それを風に流しながら佇む百々眼。
「本当、愚かしいよね?」
百々眼の呟きはその塵と風に吹かれてぼやけながら溶けるように消えた。