夏休みの一つの話
たまには毛色の違う話を
ここは、とある県にある小さな街。
話題になることとは無縁の街。
周囲を山に囲まれ、交通の便も悪い。
街の特産品と呼べるようなものも特になく、名所と呼べる場所も特にない。
しいてあげれば、空気がうまい。
そして、緑にあふれている。
そんな寒村まっしぐらなこの街でおきたちょっとした話。
「なあ、今日も暇だなー。」
「そうだなー。やることないもんなー。夏休みって、来るまではそわそわするけど、いざ突入するとやることないもんだよなー。」
「タケシー、どっか遊び行くかー?」
「どっかって、どこだよ。公園でもいくのか?暑くて俺やだぞー。」
「そんならプールでも行く?」
「学校のか?ユウトは泳ぐの好きだよな。あーーーー。」
扇風機に声をぶつけるタケシ。
家にいても、なにも面白いことは転がっていない。
まだ小学生だということもあり、お金も持ち合わせていない。
いつも通りに、ユウトの家に遊びに行き、結局ぐだぐだして一日が終わるのだ。
「そうは言っても家にいても、だらだらして終わりだろ?」
「ファミコンでもやるかー?」
「タケシとやるとコントローラー投げるだろ。俺、あの後、母ちゃんにすげー怒られたんだぞ。」
「障子破れたんだっけ?」
「おかげでしばらくゲーム禁止だってよ。」
「何だよそれ。おまえの母ちゃん、心狭いなぁ。」
「俺もそう思うわ。あーーーー。」
タケシのやっているのを見て、ユウトもやりたくなったのか、扇風機に声をぶつける。
自分たちのしでかしたことを棚上げして、こっそり母親の批判をするのは、どこの子供も同じだろう。
「ユウト。そういや、宿題やったか?」
「またそれかよ。まだやってねーよ。」
「なんだ、まだか。」
「タケシには言われたくねーよ。お前だってまだだろ?」
「やべーよなー、もう夏休み半分切ったぞ。」
「何言ってやがる。まだ、半分もあるじゃねーか。」
「それで去年油断して宿題ギリギリになったの覚えてねーのか?」
「涼しい部屋だったらやってもいいけど、この部屋じゃ教科書開くのもやだよ。」
二人とも夏休みの宿題を終わらせていない。
いつもどおりギリギリになって苦しむのだ。
「なー、どうするー?」
「やっぱ、プール行こうぜ。暑くてたまんねーよ。」
「しょうがねーな。そしたら、俺一回帰って水着とってくるか。」
「あ、ちょっと待ってろよ。自転車の後ろ乗っけてってやるよ。」
「ナイスアイディア。じゃ、ちょっと待ってるわ。」
ユウトは箪笥をごそごそあさり、水着や着替えを取り出すと手近に置いてあった袋に突っ込む。
その間、タケシは扇風機に向かって声をぶつけ続けていた。
それを横目に見ながら、自転車の鍵を机の引き出しから取り出すと、準備が終わったようだ。
「それじゃ、行こーぜ。」
「あ、準備完了?」
「準備ったって、水着と着替え持ってくだけだろ。そんなかかんないよ。」
「そりゃ、そうだ。」
「それじゃ、母ちゃん学校のプール行ってくるー!」
「お邪魔しましたー!」
部屋を出て玄関に二人は向かい、奥の部屋にいるであろうユウトの母親に声をかける。
玄関を抜け、ユウトは家の裏手に駆けていき、タケシはそのまま玄関先で待つ。
自転車を押して玄関前まで来ると、跨がる。
ユウトの肩に手をおいて、自転車の後ろに乗っかるタケシ。
「そんじゃ、行こーぜ。」
「運賃百円な。」
「ばーか。そんなに持ってたら駄菓子屋行ってるっつーの!」
「アハハハハ・・・知ってた。」
「いいから行こーぜ。」
いつも通りの掛け合いをする二人を乗せて、自転車は畦道を進む。
舗装された道もあるのだが、遠回りになってしまうからだ。
ゴトゴト揺れる自転車の上に、バランスよく立ち乗りするタケシ。
遠くではケロケロと鳴く蛙の声が聴こえ、蝉はそこいら中でミンミン鳴いている。
今では、沢山の場所で無くなって久しい風景が、そこには広がっていた。
たいして長さの無い畦道を抜け、舗装された道路に戻る。
この道も、近年になってようやく舗装された。
過疎が進む街では、道路の舗装も後回しにされてしまうらしい。
大人達の努力など知らない二人は、どこ吹く風といった感じで、車の往来がほとんど無い道を駆け抜けていく。
この街のシンボルのような存在の石動神社の参道の前を通り、しばらく行くとタケシの家に着く。
「ちょっと待ってて。」
「おう、早くしろよ。」
「分かってるって!」
タケシは自転車から飛び降りると、家の中に駆け込む。
靴を投げ出すように脱ぎ散らかすと、水着の入った袋に着替えを適当につっこみ、脱ぎ散らかした靴を拾って履き直す。
「待たせた!」
「別に待ってねーよ。」
タケシが自転車の後ろに乗るのを確認すると、立ちこぎでこぎだし、グングン加速していく。
軽快なテンポで道を進む。
すでに汗だくの体になっていたため、加速することで受ける風が心地いい。
大空は高く、雲ひとつ無い青空が広がっている。
さんさんと太陽の光が大地に降り注ぎ、道の脇に広がる畑で栽培される野菜たちがキラキラと光っているように見えた。
用水路の側の道を曲がると、程なく学校の姿が見えてくる。
夏休みということもあってか、周囲にそれほど人の気配は無かった。
「よし、着いた。」
「でも、人全然居なくね?」
「おかしいな?こんな暑い日に、誰もプールに来てないのか?」
「んなこと無いだろ。とりあえず行ってみよーぜ。」
タケシが心配する声を出すが、ユウトがそれを制する。
わざわざここまで来て、何も無しじゃ堪らない。
タケシと同様に、ユウトにとっても、何も無しではやってられない。
プールの入り口まで来ると、入り口が固く閉められていた。
張り紙がされており、今日は閉鎖であると、来るものに告げていた。
いつもなら生徒の為に解放されているのに、今日に限って閉まっているのだ。
やりきれない気持ちが二人に沸き起こる。
「うっわ、最悪。」
「マジかよ!やってらんねー!」
「ハァ・・・帰ろーぜ。」
「あぁー、この暑いなか、また自転車こぐのかよー。」
どれだけ愚痴ったところで、プールが解放されることはない。
ならば、さっさと帰るに限る。
足取り重く、とぼとぼと自転車に向かい、二人を乗せて自転車は再び走り出す。
帰る道を、何か面白そうな事がないかと、キョロキョロしながら帰るが特に何もなかった。
気づけば、タケシの家に着いてしまう。
「結局、帰ってきちゃったけど、これからどうする?」
「どうするって言ったってな・・・神社でも行く?」
「何しに?」
「手水の水でも飲みに行こうぜ。冷たいから旨いだろ。」
「まぁ、いいかぁ。やることもないしなー。」
「んじゃ、着替え置いてくるわ。」
そう言って、着替えの入った袋を玄関先に投げ置いてタケシが戻ってくる。
二人は、石動神社へと向かった。
自転車を神社の参道の入り口付近に停めると、敷地内に入っていく。
木が生い茂る参道は、光が柔らかく日陰が多いため、周囲に比べていくらか涼しい。
時折吹き抜ける風が、二人の火照った体を優しく冷やしてくれる。
少し歩くと、階段が目に入る。
目的地の手水所は階段を登った先だ。
長めの階段を、やっとの事で登る。
登りきる頃には、日陰と風で多少冷めた体が再び熱を帯びる。
「あっちーなー。」
「そうだなー。」
「早く行こうぜ。」
「おう。」
手水所に駆け込むと、据えられている柄杓で、チョロチョロ流れ込んでいる水を直接掬い、飲んでいく。
とても冷たい水だ。
火照った体には、何よりの甘露に感じられたのであろう。
二人はしばらく無言で何杯も口にした。
「あー、生き返ったー。」
「本当だよなー。」
「もう少し涼しくなってくれるといいのになー。」
「でも、そうなったら学校始まっちゃうぞ。」
「それはやだなー。それならしばらく暑くてもいいや。」
「なんだそれ。」
二人は顔を見合わせて、カラカラ笑う。
学校が始まれば、こんな風にバカな事をすることが出来るのは、週末くらいになってしまう。
別に学校じたいはいいのだが、真っ昼間からくだらないことに興じる事は、二人にとって何よりの楽しみなのだから。
手水所付近に適当に腰を下ろす。
これから何をしようか決める為だ。
「これからどうする?」
「まだまだ、明るいもんなー。」
「うーん。」
タケシは唸りながら、ふと神社の方を見ると、奥に続く道を見つける。
あんな道があっただろうかと、首をかしげる。
その様子を見ていたユウトも、首をかしげた。
「どうした?」
「いや、神社の奥に道があるけど、あんなのあったっけ?」
「あ、ほんとだ。道がある。」
「暇だし、行ってみよーぜ。探検だ!」
「勝手に入っていいのかな?」
「なんだよ、びびってんのか?」
「そんなんじゃねーよ。わかった、行こーぜ。」
「そうこなくっちゃ。」
そうして、二人は神社の奥に入っていく。
参道よりも、より木が生い茂っているようだ。
道も、土を踏み固めただけの簡素なものだった。
そんな道を、後ろを振り返ることもなくドンドン進む。
少しずつ道が狭くなり、気付いた時には、道がなくなっていた。自分達が、どこにいるかわからなくなってしまった。
「ヤベー、ここどこだよ。」
「なんだよ、自信持って進んでたじゃないかよ!」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃんか!」
にらみ会う二人。
それぞれが不注意だったのだが、それを棚上げしていた。
わめきながら、暴言をぶつけ合う。
それでも状況が変わることもなく、いつしか疲れてその場に座り込む。
そんな二人の前に予期しない出来事が起こる。
「ホウホウ、人の子がおる。」
「ホウホウ、珍しい事も有るものだ。」
「ホウホウ、石動様の子だ。」
「ホウホウ、石動様の子だ。」
二人を見下ろす高さの枝に、フクロウが二羽止まっていた。
それらは、こちらを見ながら、歌うように喋った。
あり得ない状況に固まる二人。
なおも、二羽のフクロウは喋る。
「ホウホウ、石動様の元に案内するぞ。」
「ホウホウ、ついてくるといいのである。」
「ホウホウ、ついて来ないと困るのである。」
「ホウホウ、ついてくるといいのである。」
そして、こちらを見続ける。
右に動くと右に、左に動くと左に顔を動かし、二羽のフクロウは二人をそれぞれ捉え続ける。
「なぁ、どうする?」
「おっかないけど、ついてくしかないのかな?」
「まぁ、しょうがないよな。喋るフクロウなんて凄いじゃんか。試しに行ってみよーぜ。」
二人の決心を確認したようで、フクロウが木から空へと舞い上がる。
空中でくるりと輪を描くと、ゆっくり下りてきて、二人の肩にそれぞれ止まる。
「ホウホウ、まっすぐ進むのがいいのである。」
「ホウホウ、迷わず進めるのである。」
フクロウの言う通りにまっすぐ進んでいく。
先程道がなくなっていたはずだったのに、今では通り道が出来ていた。
まるで、木が道を隠していたかのようだ。
そんな道を進んでいくと、そこには大きな岩があった。
しめ縄の括られた大きな岩だった。
「ホウホウ、石動様はこの先だ。」
「ホウホウ、石動様は優しい神さま。」
「ホウホウ、失礼の無いように。」
「ホウホウ、失礼の無いように。」
そう繰り返すように話すと、肩からフクロウが飛びたつ。
そして、岩の上まで上がると、先程のように輪を描き、森の奥の方に飛んでいってしまう。
取り残された形になる二人。
仕方ないと前に歩を進め、岩のたもとまで移動する。
「よう来た、よう来た。」
と、岩の上から声が聞こえる。
でも、姿が見えない。
声の主はいったいどこにいるのか?
二人は辺りをうかがうが、姿がやはり見えない。
「おい、わかるか?」
「ううん、わかんない。」
「どこにいるんだろ?」
目を凝らして岩の上を探し続ける。
「ここじゃ、ここじゃ。」
ぴょこぴょこ跳ねる小さな影をユウトが見つけ、指をさしてタケシに教える。
しばらく分からなかったようだが、見つけた瞬間声をあげるタケシ。
そこにはとても小さい人?が立っていた。
「ようやく見つけたのう。それじゃ、そちらに行くかのう。」
エイヤっとばかりに、ジャンプして岩の上から飛び降りる影。
その影に向かってあわてて二人は手を差し出し、キャッチしようと試みる。
その影は見事にタケシの手の平の上に着地する。
「ホッホッ、二人は優しい子じゃ。」
タケシの手の平の上には、長い髭の生えたお爺さんが立っていた。
豆粒とまでは言わないが、相当に小さい。
「もしかして、石動様?」
「石動様ってスゲー小さいんだ!」
「ホッホッ。おんしらは、里の子じゃな。よく知っとるよ。」
「うぇ、僕たちの事知ってるの!」
「神さまって、スゲーなー!」
はしゃぐ二人と、それをタケシの手の平の上で笑顔で見ている石動様。
不思議な事が起きたことに二人は興奮ぎみだ。
神さまに会うことなんてあるとは思ってもいなかったし、まして、その神さまが自分達の事を知っていたのだ。
色々な事を質問する二人。
その全てに笑顔で答える石動様。
身長こそ違うが、まるで孫と話すお爺さんのようだった。
しかし、楽しい時間もやがて終わりがくる。
「さて、そろそろ二人は帰る時間かの?」
「えー、まだお話ししよーよ。」
「そうだ、そうだ!」
「これこれ、もういい時間じゃぞ。それに、本来この場所には人の子は入ってこれんのじゃ。」
そう言って、ジャンプすると岩の上に戻ってしまう。
そして、その体のどこから出るのか不思議なほどの大声をあげる。
しばらくすると、声を投げ掛けた方から風が吹き抜けてくる。
やがて、木々を薙ぎ倒さんばかりの勢いで走り込んできたのは、一匹の大きな猫だった。
いや、猫と言っていいのだろうか?
二人よりもはるかに大きいのだ。
その猫はこちらを見下ろし、ニャーゴと一鳴きする。
「なんだい、石動様。ご用かい?」
「おう、来たかの、山猫。二人を元の場所まで連れてっておやり。」
「別に構いやしないんだけど、ね。」
「分かっとるよ。その話はまた後でじゃ。」
「そういうことなら、二人とも早くあたしの上に乗りな。さっさとしないと無理くり乗せちまうよ。」
そう言いながら、地面に這う山猫。
無理くり乗せられるのはかなわないと、二人は素直に背中に跨がる。
「石動様!また来てもいい?」
「俺も来たい!」
「それはダメじゃ。ここは人の世界じゃないからの。ま、縁があればまた会うこともあるじゃろて。達者に暮らすのじゃ!」
「そいじゃ、行くよ!」
ろくに別れも告げれないまま、山猫は駆け出す。
木が横に倒れるようにして、山猫の進路を作っていく。
風よりも早く駆け抜け、気付けば二人は神社の手水所の前まで連れてこられていた。
辺りはすでに日が落ちかけてきており、もう夕方も終わりに近いことがわかる。
「さぁ、降りた降りた。」
山猫が急かすので急いで降りる二人。
「「ありがとうございました。」」
二人が声を合わせてお礼を告げると、山猫はニヤリと笑みを浮かべる。
「あんた達みたいな子供はあたしは好きだよ。そんじゃね。」
そう言って、さっと山の方に飛ぶように、走り去ってしまう。
その翌日、二人は再び石動様の元に向かおうと、神社の裏の道を探すが、影も形も見つけることは叶わなかった。
どうでしょうか?