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王道を行って何が悪い!  作者: 地味に中二病
8/22

魔法

 狼の亜人の最期を見届けた後、ユウは宿まで戻ってきていた。


「もう!朝食を持っていった時いらっしゃらなくてびっくりしたんですからね!」


 そして現在ナシャに叱られている最中である。


 ユウがこうしてナシャに叱られるのは二回目だった。前は調べものをしていて遅くなって心配させてしまった。そして今回も似たようなものだ。


「ほんとごめん!次から気をつけるから!」

「……前も似たようなこと言ってました」

「うっ……」


 返答に困る返しだった。全面的に非はユウにあるので自業自得なのだが。


 ジト目で睨むナシャは可愛いが、場所が場所なだけにユウは早くナシャの機嫌を取りたかった。さすがに宿の受付で叱るのは勘弁願いたい。


 一階にいる他の人達の視線がユウに突き刺さっていた。


「おのれナシャちゃんに何したんじゃ!」「闇討ち……決定だな」突き刺さる視線には少し殺意のある視線も混じっているようだ。


 そんな視線に晒されているユウは内心でその人達に何度も土下座していた。


「……ユウさん!」

「は、はい!」


 土下座に必死なっていたユウがナシャの大声に思わず跳び跳ねる。かなり恥ずかしかった。


「今日この後は空けておいてください。後、朝は無理でしたけど昼食は絶対食べてもらいます」

「え……いや、その」

「何か不都合でも?」


 すごくいい笑顔だった。


 笑顔すぎてユウが震える程に。


 とても午後は調べたいことがあるとは言えなくなってしまった。


「……わかりました」

「それはなによりです」


 では、と言ってナシャは仕事に戻っていった。


 ユウはとりあえず、ほかの客の視線から逃れるべく急いで部屋へ戻った。


 ユウが部屋へ戻っていく姿を確認した後、ユウに視線を突き刺していた内の一つの集団が声を潜めて話し出した。全員軽装だが、彼らはれっきとした冒険家だ。


「なぁ、あの男誰じゃん?」

「知らねぇよ。それよりあいつ……この宿のタブーを犯しやがるなんてな」

「そうじゃん。この宿に居て黙って飯を食わずにどこか行くなんて怖くてできやしねぇ。俺なら絶対にしねぇじゃん」

「ナシャちゃん、飯に関してはうるさいからな。まぁ、旨いんだけどよ」


 男達からするとナシャはある種の恐怖として見られていた。それもそうだろう。なにせナシャは話の通り、ご飯のこととなると人が変わったようにもなるのだ。


 本人は単に美味しいご飯を食べて元気になって欲しいことと、ご飯がこのナームルの宿の売りでもあるため、思い入れがあるのだ。


 だから、そのご飯を食べてもらえなかったら少し、ほんの少し、ほんとちょっぴりだけ熱くなってしまう。普段の丁寧な姿からは想像出来ないほど押しが強くなるのだ。ちなみに本人も少しは自覚がある。


「それにしてもよ、ナシャちゃんがあそこまで言ったことあったか?」

「いや、初めてじゃん?」

「なんだ二人とも。あの男とナシャちゃんをくっ付けたいのか?」


と、それまで黙っていた男が茶化すような口調で尋ねる。


「馬鹿言え。んなわけないじゃん」

「そうだそうだ。あの男見た感じ若かったし、歳が近くて話しやすいだけだろ」

「そう!それじゃん!」


 男達が盛大に笑う。声を潜めて話していたのはいつの間にか普通に話す音量になっていた。もちろん周りには普通に聞こえるわけで……。


「……ぅぅ」


 真っ赤な顔を両手で覆い隠しているナシャの姿があった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 部屋へと戻ったユウは、今朝の出来事と今さっきのことで疲れきってベッドに仰向けで寝ていた。


 ボーッとしながらも頭をよぎるのは今朝のことだった。


 聞こえた時は気が動転していたが、後から考えれば異世界なら有り得ないことでもないと思った。姿もほとんど人に近かったこともあった。


 だが、帰る途中に兵士に尋ねてみれば怪訝な顔をされた。終いにはユウの体調を気遣って来たほどだ。


 ということは異世界で人の姿に近かろうと、人が理解できる声は発声しないということになる。


「なんで声が聞こえたりしたんだろ……」


 そうなるといよいよわからなくなる。どうしてユウには狼の亜人の言葉が理解できたのか。


 もしかして異世界転生もどきのオプションなのだろうか。しかしそれだと本当にいらないオプションだった。


「冒険家の人なら知ってるかもしれないから聞きたかったのに」


 イルザやガザム達は国の兵士だ。当然知識の範囲も限られてくる。


 それに対してあの冒険家二人組。冒険家は旅をしたりするから、知識の範囲も自然と広がる。もしかすると兵士達が知らないだけで、ユウのように亜人の声が聞こえる人が居るのかもしれない。


 その辺りの話を聞く前に二人組は消えてしまったが。


 そこで図書館に行って何か情報が得られないか調べる予定だった。


 だが、ユウはナシャの凄みのある笑顔の前に予定を変更せざるをえなかった。


「いやー、あんな笑顔もあるんだな」


 いくらナシャでもできれば二度と拝みたくはない笑顔だった。


 全ては自業自得でもだ。


 だが気なる。


 異世界転生の特典なら絶対に要らないような能力だとしてもだ。


 ユウが宿から抜け出してでも声について調べに行くか迷っていると、ドアがノックされた。


「あー、もう来たのかナシャちゃん」

「失礼しますね、ユウさん」


 ユウの言う通り、ノックの主はナシャだった。


 ナシャは片手にお盆を持ち、お盆の上には昼食と思われる料理が載っていた。なぜか顔が赤かった。その理由をユウは当然知らない。


「はい、昼食です。しっかり食べてくださいね」


 顔は赤いが、何もないかのように机にお盆を置く。心なし……いや、確実に量が多かった。


「あの……量が……」

「しっかり食べてくださいね」


 二度言われた。


 間違いなく朝食の分が増やされている。そのことを笑顔で問題がないように振る舞うナシャ。


「……はい」


 そんなことをされれば頷くしかなかった。


 腹を括り、ユウが目の前の昼食(朝食分追加)に手をつけようとする。そこで、ナシャにジーッと見られていることに気づく。


「……?」


 ユウが不思議に思いナシャを見ていると、ナシャもユウに見られていることを不思議に思い見つめ返してくる。


「いや、ナシャちゃん?戻らなくていいの?」


 仕事とかいろいろ大丈夫なの、と付け加える。


「大丈夫です。ユウさんのために仕事は全部片づけてきましたから!」

「え?それって……」


 ユウさんのため、とは一体!?


「はい!昼食をしっかり食べてもらうためです!それと午後は魔法の練習もしますし」

「あー、そっち……」


 内心、肩を落とすユウ。人生そんなに甘くはない。この程度で春は訪れない。二次元じゃあるまいし。


「そうですよ!魔法の練習に精を出すためにも、全部食べてくださいね?」

「ああ、うん」


 勘違いした自分が恥ずかしく、やけ食いしようとするも圧倒的な量にそんな気もしなくなった。


 普通に食べることにする。


 ユウは食べながら前から疑問に思っていたことを質問した。


「そういえば、なんでナシャちゃんは食事のこととなると、その……人が変わるの?」


 ピタッ。


 ナシャが固まった。


「……ですか」


 ナシャが何かを呟いた。ユウは何を言ったのか気になり聞き返そうとすると……。


「やっぱりなんですね!」

「うわぁ!?」


 急に大声をあげたナシャに驚くのも無理はない。ユウは聞き返そうとしてナシャの方に耳を傾けていたのだから。


「ユウさんの目から見ても私ってそんなに変わってましたか!?」

「え?え?」


 ユウはまだ驚いた状態から復帰していない。それどころかナシャの今の態度にも現在進行形で驚いている。


「違うんですよ!たくさん食べて元気になってほしくて、料理が自慢で、それで少し空回りしてるかなー、とか思ってたんですけど!気を付けてもほんの少し、ほんの少しですよ?熱くなっちゃうというか、その……」

「……」


 ナシャの怒濤の語りにユウはとうとう開いた口が塞がらなくなっていた。ユウがそんな状態でもナシャは止まらない。ようやく状況にも馴染み始めたユウが、永遠と語りそうなナシャを止めた。


「ちょ、ナシャちゃん!」

「っ……すいません。取り乱しちゃいました」

「それは、まぁいいけど……」


 確かにナシャにとって食事のことで人が少し変わるのはネックだったが、普段通りであったならこんなにも取り乱すことはなかった。だが今は一階での会話が頭に残っていた。


 おかげでナシャはユウを意識しすぎてしまっていた。それで過剰な反応をしてしまったのだ。もちろんユウはそんなことは知らない。


「なんかごめんね。聞いちゃいけないことだったかな」

「いえ、そんなことは……あります、ね。その、恥ずかしくて」

「そっか、なら聞かないでおくよ。ほんとごめんね」

「大丈夫です。そんなことより、早く食べちゃってください。後には練習もあるんですから」


 ユウの目の前には依然として昼食(朝食追加分)がほとんど手付かずのままある。ナシャの言う通り、まずはこれを食べてしまわないことには魔法の練習ができない。


 かといって急いで食べれば撃沈するのは容易に想像できるので、いつも通り食べることにした。


 その間、恥ずかしそうにそっぽを向きながらもチラチラとユウの食べる姿を確認しているナシャだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「う……ごちそうさま」

「だ、大丈夫ですか?」


 さすがに量が多かった。普段通り食べたユウだったが、後半はフードファイターさながらの勢いで押し込んだ。結果、机に突っ伏し唸るユウの図ができた。

 これにはナシャも、少し量が多かったかなと反省している。


「ユウさん。魔法の練習は少し落ち着いてからにしましょう」

「うぅ……いや、すぐでいいよ」


 でもと渋るナシャに、大丈夫と言うユウ。机に突っ伏しているままの姿では説得力が皆無だった。


 結局ユウに押されてすぐに魔法の練習を始めることにしたが、ユウのことが心配なナシャは少しでもユウが苦しそうだったら迷わず休んでもらおうと心に決めた。


「わかりました。では始めます」

「よろしくお願いします」


 そう言ってのそっと体を起こす。ナシャの魔法の練習の形式は二つある。座学と練習の場合とひたすら練習だけの場合だ。頻度としてはひたすら練習のときが多い。今日は座学と練習の方だった。


「ユウさんは筋がいいので、後少し頑張れば普通に魔法を使えるようになるはずです。でもその後少しというのが何なのか……」


 ナシャの言うとおり、ユウの筋はいい。しかし、これまた言うとおり何かが足りないのだ。


「うーん……何だろう」

「それを考えてきました!」


 いや、考えてきてたのかよ!


 内心ツッコミを入れる。


「ユウさん、一度魔法を使ってみてください。できるだけ丁寧にお願いします」

「ん、了解」


 ユウは椅子から立ち、なるべく周りに物がない所へ移動した。ナシャに丁寧に、とお願いされたので一つ一つの行程をしっかり確認しながら魔法を使う。


 まずは集中。集中することで体内の魔力をしっかりと感じる。


 次に想像。これが魔法を使う上で一番大切な行程だ。魔法に固定された概念は存在しない。使う術者によってその形は大きく分かれるとはナシャ談。ようはその人のセンスだ。


 最期に調節。どれくらいの魔力を消費して撃つのか、どれくらいの威力で撃つのかなどをここで調節する。むやみやたらと高威力の魔法ばかりを使っていれば当然ガス欠になる。


 ユウが手を前にかざす。そこから手のひらサイズの水の球が出た。が、高水圧で圧縮されているという感じはせず、今にも床にバシャッといきそうな不安定な水の塊だった。


「うーん。使ってみたけど、何が分かったの?」

「ユウさん。その水の球を出すときにどんなことをイメージしましたか?」

「どんなって……」


 ユウがイメージしたのはそのまま水の球だった。


「普通に水の球だけど……」

「あー、やっぱりでしたね」

「へ?」


 ナシャが呟くが、一向に何が原因なのか分からないユウ。納得がいったように何度も頷くナシャがようやくユウに原因を教えた。


「ユウさんが魔法をうまく使えないのはなんでだろうって考えてましたけど、単純な話です。想像力が足りてないんですよ!」


 意外にも初歩的な部分だった。だが、初歩は初歩でも魔法の基盤となる重要なものだ。


「想像が足りないって……ちゃんと想像してるけど」

「水の球ですよね?でもそれだけじゃダメなんだと思います。今のユウさんの魔法だと日常生活で使えるギリギリだと思いますよ」


 それはユウも自覚していた。


「冒険家というのはよく分からないですけど、モンスターを相手にするにはもっと強くなくちゃいけませんか?」

「確かに……」

「原理はよく分からないですけど、初日ユウさんの魔力ってゼロだったじゃないですか。でもすごい勢いで段々と増えてるんですよね?ユウさんには魔法の才能があるんですよ!」


 ナシャの言う通りだった。ナシャに魔法を教えてもらえるようになった初日、まずは魔力量を調べたのだ。するとユウからは魔力が感じられなかったという結果になった。そのことを誤魔化すのにこれまた苦労した。


「想像……想像……」


 どうすれば足りない想像を補えるのか頭を悩ましていた。


 最初ユウは適当にイメージすれば簡単に使えるだろうと楽観視していた。それが今ではこの様だった。いくら魔力量がすごい速さで増えているのだとしても、とても魔法の才能があるとは思えなかった。


「うーん……ごめん、わかんないや」

「そうですか……すみません。私もこれ以上はわからなくて……」

「大丈夫。元は俺の問題だし。ちょっと外に出てくるね。すぐ戻るから」


 ここにいてもヒントはない。そう考えたユウは気分転換と何かひらめくかもしれないと外に出ることにした。


 外の天気は朝と同じ晴れ。鮮やかな青空がこの国の活気を物語っている。歩いていれば何かわかるかもと思いぶらぶら散策し始めた。それでも足が自然と冒険家支部の方へと向く。


 異世界に来たユウには今日が休日か平日かなんてわからない。それでも道行く人の数は多い。


 この辺りに商店街のように建物の中にある店は少ない。だが代わりに道には行商人が布を広げ商品を並べて店を開いている。よく見ると行商人だけではない。絵師と思わしき人や、占い師らしき人など様々な人が行商人に交じっている。


 ユウはふと足を止めた。ユウの視線の先には、大道芸を行っている男と女の二人組みがいた。


 火と水をそれぞれ使い、なかなか面白いのかユウの他にも足を止めて見ている人がいる。もっとも、ユウが足を止めているのは大道芸に見とれているからではない。


「……あの二人組、もしかして」


 ユウは大道芸をしている二人に見覚えがあった。というよりほんの数時間前に会っているはずだった。


 詳しく確かめたいユウは二人組に近づく。


「どうも~。お金ならここに置いてって……あれ?君は確か今朝の……」

「やっぱり」


 どうやら向こうもユウを覚えていたらしく、近づくと声を掛けてきた。


「どうしたんだ?」


 あの間延びした声の魔導師の女の横から、渋い声がした。声の主は、狼の亜人を圧倒していたフルプレートの男だった。今は顔を覆っていた兜を脱ぎ、髭が多い顔をさらしている。手には大道芸で使っていた火の球が浮いていた。


「この子は今朝の依頼のときあの場所にいた子だよ~」

「一般人か?」

「あ、いえ、冒険家です。駆け出しですけど」


 なるほどと納得する男。なんというか男には威厳というか貫禄があった。髭の効果かもしれない。


「それで~、君はどうしたのかな~?私達の芸を見に来た訳じゃなさそうだけど~」


 間延びした声の割にはかなり鋭い女だった。女の言う通り、二人を見たときにユウには聞きたいことがあった。それは……。


「お願いします。俺に魔法の基礎を教えて下さい!」


 バッと勢いよく頭を下げる。そのまま返事を待つが、いくら待っても返事は返ってこなかった。少し不安に思い顔をあげる。


「……ほう」

「……え?」


 見てみると男の方は面白そうに、女の方は驚いた顔をしていた。


「魔法じゃなくて魔法の基礎なの?」


 聞き返されてユウは気づいた。この世界では魔法が使えることが普通だったと。焦ったユウは、今まで通してきた設定を口にする。


「実は俺田舎から出てきたばかりで……そこには魔法とかなくて、今練習中なんですよ」

「ほう……そんな辺鄙へんぴな所があったとは……。いや、辺鄙などと言ってすまない」

「い、いえ、大丈夫です。この国に来て故郷がどれだけ遅れていたのか実感しましたから」


 どうやらユウの設定は通じたようだ。とりあえず一安心できた。


「そうか……。カム、お詫びも兼ねてこの青年に教えてはくれないか。直接魔法教えるなら考えてしまうが、基礎ならば構わないだろう?」

「お詫びって……私関係ないよね~?」

「駄目か?」

「いや、基礎なら全然いいよ~」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 髭面の男がユウを後押ししてくれた。女ーーカムの方も快諾してくれた。


「で~、何が聞きたいのかな~?」

「一つだけいいですか?」

「何かな~?」

「魔法を使うとき、何をイメージしてますか?」


 思わぬところで知るチャンスに巡り会えたユウ。今朝あれほどの魔法を撃っていたのだ。今のユウにこれほど助けになる人物は他にいない。


「そっか~、そこで躓いてるのか~」


 カムは妙に納得顔で頷く。


「それじゃ~、はい。君が水の球を出します。想像するものはなに~?」

「え、水の球ですけど」

「それじゃ~、火の球は~?」

「当然火の球ですけど」

「やっぱりか~」


 この質問に意味があるのか疑問に思うユウ。質問を終えたカムは何か分かったようだ。


「君は固定観念に囚われすぎてるね~」

「え?」


 固定観念に囚われているといっても、水は水、火は火を想像する以外ないだろう。だがカムは違うと言う。


「何も型にはまったことを想像しなくていいんだよ~。想像って自分がするものだから~、自分にあったのが一番」


 ようやくユウは納得した。何も火の球を出すから火の球を想像する必要はなかった。手のひらサイズの火の球を出すのに別に大きな火の球を想像したっていい。火を使うのに水を想像したっていい。それがその人にとって想像しやすいものなら。


 ユウは異世界に転生した。もちろん元の世界に魔法なんてあるわけなかった。だから魔法について想像がうまくいってなかったのだ。


「ちなみに私は~、水系魔法を使うときは海を思い浮かべてるよ~。その方がしっくりくるしね~」

「そうなんですか」

「あと、君は魔法を知らない新人だったよね~?もしかして詠唱とかしてない~?」

「してませんけど?」


 ユウの答えにカムはまたもや納得顔で頷いた。一体ユウは何度カムにこの表情をさせれば気がすむのか。


「想像しただけで魔法は使えないよ~。そんなの五大術師様達でも不可能なんだから~」


 ここでユウの知らない言葉が出た。一体五大術師とは……。


「あの、五大術師、様というのは?」

「あ~、うん。五大術師っていうのは~、この大陸の五大国、ガノ、ラクア、ミナルデ、タニア、ラムドの各国から一人ずつ選ばれた魔導師のことだよ~」


 つまりは世界で優秀な魔導師五人ということだ。まったくもってユウの世間知らずぶりは絶好調だった。仕方がないが。


「ありがとうございます。詠唱無しはそこまで難しいものなんですね……」

「そうだよ~。もしできたとしたら確実に五大術師の仲間入りだね~」


 話は逸れたが、貴重な情報を聞くことができた。


「それじゃ~、話を元に戻すよ~?だから皆、基本詠唱してるよ~。思い浮かべるだけじゃ足りない想像力を詠唱で補うの~」

「詠唱……それってどこで覚えるんですか?」

「ほら~、言ったばっかりだよ~。型にはまらず~、自分にあったものが一番だよ~」


 いざ魔法の詠唱を学ぼうと思うと、カムがそんなことを言ってきた。その言葉をユウが反芻していると、あることに気がついた。


「それって……詠唱は自分で?」

「そうだよ~」

「ええぇぇっ!?」


 平然と言ってのけたカムにユウは驚きの声をあげた。この世界の詠唱とは、自分で考えて唱えるもの。その事実にただただ震えていた。


 自分で考えた詠唱とか……完全に中二病だ、と。


 ユウが懸念しているのはそこだった。今さら何をと思うかもしれないが、そんなことして知人に見られたら恥ずかしすぎて死ねるまであった。


 ユウがここまで思い詰めるのも、過去に元の世界でのことがあったからだった。もし魔法などが使えたらと考えて、詠唱っぽいのを唱えている現場を、母親に目撃されたのだ。その事を一切触れてこない母親に恐怖した記憶が新しかった。


「いきなり詠唱っていってもわからないか~。じゃあ~」


 ユウの葛藤を、詠唱が何なのか理解できないと勘違いしたカムがいきなり詠唱を始めた。


『水よ 万物の元よ 全てを飲み込まんと荒れ狂え』


 カムが言葉を紡ぎ詠唱を終える。すると、ユウとカムの間に水が渦を巻きながら出現した。さすがに街中ということもあって威力は抑えてあったが、十分な迫力だった。


 ユウは先程までの葛藤を忘れその魔法に見入っていた。今のユウがこの魔法を使おうとした所で、失敗するのは明白だ。だからこそ憧れてしまう。こんな魔法も使えるのかと。


「ほい。詠唱ってこんなもんだよ~」


 カムはあくまで詠唱を教えたつもりだったが、ユウは魔法にばかり気を捕られていた。


「私も~、詠唱無しだと無理だね~。詠唱がなかったら魔法なんて使えないから~、詠唱って大事だよね~」


 ふと、ユウは気がついた。詠唱がなかったら魔法が使えない。ということは皆が詠唱しているということ。さらにここは異世界。元いた世界とは違う世界だ。なら何を恥ずかしがる必要があるのか。


「……よし!」

「ん~?」


 魔法に詠唱が必要ならやってやる。そもそも『王道』が好きだったではないか。『王道』を行くためにやってやる!とユウは決めた。


「教えてもらいありがとうございました!」

「お、いいよ~」

「何か分かったようだな」


 今まで空気だった髭面の男も話に参加してきた。この二人がいなかったら、ユウが魔法について知るのはまだ先だっただろう。


「はい。それじゃ俺は宿に戻って魔法の練習します」

「お~、熱心だね~」

「感心感心。最近の駆け出し冒険家はどこか物足りないからな」


 なんだかユウにとっての師匠のようになった二人。ユウは忘れないようにと、授業料と芸の見物料として金貨を一枚手渡した。


「これお礼です」

「え!?これって金貨!?」

「なに!?」

「ははは。それは授業料と見物料ということで」


 二人の稼ぎを見ると、鉄銭か銅貨しか貰えていない辺り、この大道芸での稼ぎとして金貨は初めてなのだろう。


「それじゃ失礼します」

「え?あ、うん!また縁があったら会おうね~」

「そうだな。縁があれば一緒に冒険に行くのもいいかもしれん」


 驚きに間延びした声を忘れていたカムも最後は普段通りに戻り、二人ともユウを歓迎してくれた。


 そうですねと頷いて見せてから、ユウは宿へと大急ぎで戻った。きっとナシャが驚くだろうなと思いながら。

またもや遅くなりすいません。展開が思い付かず時間がかかってしまいました。

感想・批判、誤字・脱字受け付けています。


(7月 15日 加筆修正しました)

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