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王道を行って何が悪い!  作者: 地味に中二病
7/22

世の形

「あー腹減った」


 翌日ユウはいつものように起きていた。いや、実際は空腹で普段より早い時間に起きてしまった。


「やっぱ昨日の夕食を食べてから寝るべきだったか」


 起きてそうそうにユウのお腹が鳴る。それも、昨日の夕食を食べそびれたからだ。


「腹減りすぎてヤバイけど朝食まで時間あるんだよな……それに朝練もあるし」


 結局ぐーぐー鳴るお腹を引きずって朝練へと向かう。無い物ねだりしていてもしょうがない。せめて名一杯動いて朝食をおいしくいただくしかない。


 いつものトレーニングウェアに着替える。そして汗を拭く布と水筒、鍵を持って下へ降りる。


 鍵を預け、宿の外に出ると、早朝特有のひんやりとした空気が肌に触れる。実は朝練を始めたユウにとって、この空気を吸うのが少し楽しみだったりする。


「なんか分かんないけど、人がいない朝の道ってワクワクするんだよな」


 見渡す限り誰もおらず、ユウの貸しきり状態だ。


 いつもユウがランニングするとき、この辺りは誰も通らない。商店街の方へと行くと朝の仕込みとやらで商人の人がいたりするくらいだ。とにかくここの朝は静かだ。


 ユウは謎の優越感に浸るのも程々に、宿の裏手にまわる。


 裏手にある広場のベンチに荷物を置いて軽く水筒の水で顔を洗う。完全に目を覚ましたところで柔軟を始める。まず上半身。次に下半身は重点的に伸ばす。


 健が切れたりしたら痛いんだろうな、とボンヤリ考える。


 十分に体をほぐしたらランニングだ。


「はぁ……タイマーがあったら分かりやすいのに」


 それはユウが二日目のトレーニングから思っていたことだった。


 魔法が進歩している世界は大抵科学が発達していないのが相場だ。電球は火や光で。掃除類は風や水で。車などの移動手段は転移魔法で代用できる。


 たとえその道具があっても、ランプや箒、馬車などの現代人からはすればちょっと古かったりする。まぁ、この世界にはほとんどないが。


 科学がなければ、時計がない。時計がないということは、細かい時間の概念がない。細かい時間の概念がなければ、タイマーなんて作ろうとは思わない訳だ。


 タイマーがあれば走りきるのにかかった時間を記録して、伸びているのか一目瞭然なのだが、生憎タイマーがない現状では、「前より走れるようになったんじゃね?」くらいしかわからない。


「やっぱ成長が目に見えてわかったらモチベーションも上がるってもんなのにな」


 門番の男も言っていた。自分の成長がわかった時ほど嬉しいものはないと。


 確かにユウも、なんとか門まで走れるようになった時は嬉しかった。


 しかし今は、そこから先が伸び悩んでいる。


 中々目に見える成長がないからだ。


 例えるのなら、暗闇で前に進んでいるのか後ろに進んでいるのか分からない状態だ。


 ほんとに合っているのか?


 不安が少しずつ出て、トレーニングに身が入らなくなってくる。


 それでも続けるしかない。ユウはこれしか知らないから。何より『王道』のために。


「だよな。結局やるしかないよな」


 ユウはネガティブ思考になっていた己を引き締める気持ちで頬をパンッ、と叩いた。


「よし! じゃあ今日もランニング行きますか」


 両足に力を込め、地面を蹴る。


 タッタッタッ、と軽快なリズムで無人の道を走る。


 その走りはとても数日前までストレッチすら知らなかった者のそれではない。素人から見ても、少し運動経験がありそうな人に見える。


 ユウは成長が目に見えないから不安だなどと言っていたが、そんなことを気にする必要はまったくなかった。


 なぜならたった数日でここまで走れるようになっているのだから。


 ユウの成長のスピードは明らかに他の人より早い。


 そしてユウにとって他の基準なんて分かるわけもなく、他の人が自分よりどれだけ苦労しているのか知らない。


「ハッ、ハッ、ハッ……」


 夢中で走っているうちに、もう宿から商店街の中間まできた。


 周りを見れば大抵の店が閉まっているが、いくつかの店では朝の仕込みをする姿も見える。おっちゃんの店はまだ仕込みに来ていないようだ。


 思えばユウは、毎朝ランニングをしてはいるものの、おっちゃんの姿を見た覚えがない。仕込みとかはどうしてるんだ?と疑問に思うも、関係ないかと忘れる。


「お! 精が出るじゃないか」

「あ、おはようございます」


 もうすぐ三分の一を走り終えるというところで、ユウは声を掛けられた。その人物は、この商店街で雑貨屋をしている四十代くらいの恰幅のいいおばちゃんだった。


 ユウがいつものようにランニングしていると、何やら身の丈の倍もありそうなナニかを運んでいたので、手伝ったことで知り合ったのだ。コミュ障だから通りすぎようだなんて考えてなかった。ユウが語るには。


 以来、こうやってたまに声を掛けてくれる。


「あんたも頑張ってるんだね」

「いえ、まだまだ足りないくらいですよ」

「はぁ……あんたはできた男だねぇ。他のやつらにも見習って欲しいもんだよ」


 すごいでしょ。俺、元引きこもりだったんですよ。


 とは言えない。


「あはは……それじゃまだ走りの途中なんで」

「あぁ、引き留めて悪かったね。何か欲しいものがあったらうちに来な。あんただったら安くするよ!」


 雑貨屋を後にする。去り際にしっかり宣伝する辺り、さすが商売人だった。


「もう少しで折り返しか」


 ユウの視界には既に門が大きく見えている。ユウのランニングコースはここの門が折り返し地点だ。


 門にはいつも門番が二人見張りについている。主に入国の検査や外敵の見張りが仕事だ。


 いつもだったら門番が暇そうに立っていたり、欠伸してたりと平和な光景なのだが、今日はどうやら様子がおかしかった。


 門番の数が異常だった。常に二人しかいないところが、今日はかなりの門番がいる。ざっと二十人以上だ。そしてその門番全員が武装していた。遠目に見ても使い込まれているのが分かる鎧、古いが大切に整備されている剣。まるで戦争に行く準備のように見える。


 一人の指揮官の男が周りの兵士に指示を出している。その指示に対し周りの兵士はあちこちを駆け回る。


 そんな光景に疑問を持ったユウはそのまま兵士達の方へ近づく。すると、そんなユウの行動を制止する声があった。


「おい、今は非常時だ。近づくのは止めとけ」


 声のした方を振り向くと、ユウにトレーニング方法を教えた門番の男がいた。


「あ、あなたは」

「ん?なんだ、にいちゃんじゃねぇか。こんなところでどうした?」


 門番の男の格好も門の周辺にいる兵士達と同じだった。


「いえ、走ってる途中でこの騒ぎを見つけたんで何事かなと」

「にいちゃん、口調はほんとに変わらねぇのな」


 門番の男にそう言われ苦笑いする。あれから頑張ってはいるのだが、いっこうに口調は変えられていなかった。


「それよりこの騒ぎは?」

「あぁ、この騒ぎね。あんまないんだがよ、亜人が出たんだよ」

「亜人?」


 亜人というとあれか? あの亜人なのか?


「そう、亜人だ。国に入られちゃ事だからな。今討伐の準備してんだ」

「えと、亜人ってオークとかゴブリンとかそんなのですか?」

「なんだにいちゃん。意外と詳しいじゃねぇか。やっぱどこでも危険なのかね、亜人って奴は」

「そうですか。亜人……亜人かぁ……」


 亜人と聞いてユウは少し興奮していた。脳裏に浮かぶのは豚のような顔をした人形のモンスターや、棍棒や弓を使う小人のようなモンスター。果てはエルフや魚人まで。


 この世界にモンスターがいるということは知っていたが、どんなモンスターがいるのかまでは分からなかった。出てくるモンスターがグロテスクだったらどうしようと怯えていたのはユウの誰にも言えない秘密だ。


 しかし、亜人とくれば安心できた。よくラノベやアニメなんかの題材として出てくるから、姿は想像しやすい。その姿に驚くことはない。


「ほら、にいちゃんも万が一があるかもしれねぇから帰りな」

「そういえば商店街の人たちはどうするんですか?」

「安心しろ。商店街の奴らにはさっき伝えてきた。あいつらはこの国じゃ宝同然だからな」


商業大国ラムドにとって、商人は宝と同等。民あってこその国、商いあってこそのラムドなのだ。


 亜人モンスターの出現と同時に商店街の人達へ連絡しに向かった。だから門番の男はユウの後ろから来たのだ。だが、その連絡を受けてなお避難しない商売人とはいったい。


「あ、あの!」


 ユウは亜人と聞いてからずっと言いたかった事がある。


「俺も一緒に連れていってください!」

「だめだ」

「な、なんでですか!」


 ユウの頼みは一蹴された。即答だった。


「あほ。お前みてぇなの連れていけるか。戦場だぞ」

「で、でも……」

「いいか、相手は亜人だ。亜人相手となりゃ俺たちは全身全霊でやらなきゃならねぇ。そこにお前を気に掛ける余裕なんてねぇんだよ」


 ユウはかなり驚いた。


 ここの兵士達全員でも油断できないということに。


 元の世界のラノベだったら一人でも勝てるような相手だというのに。実際の亜人はそんなものの設定よりも格上なのか。


「で、でも……」


 話を聞いて恐怖心が出てきてしまった。それでもユウは食い下がった。恐怖心よりも、好奇心が勝ったのだ。


「正直な、俺は時間稼ぎの仕事だと思ってる。今同僚が冒険家ギルドの方に依頼を出しに行ってる。俺たちはそこで依頼が受領されて冒険家が来るまで時間を稼ぐんだ」


 討伐なんて考えちゃいねぇ、と付け加えた。


「そんなの……おかしい」


 話を聞いてユウはおかしいと思った。


 亜人がいたということは、国が危機に晒されているんじゃないのか。なぜ依頼を出すという手間がいるのか。すぐに駆けつけないのは何故だと。


「国の危機にそんな……」

「おいおい、国の危機って大袈裟すぎるだろ。いいか、にいちゃん。冒険家だって義理人情でやってる訳じゃねぇ。れっきとした商売なんだ。だから何も間違っちゃいない」


 確かにそうだった。冒険家はちゃんとした仕事なのだ。そこは『王道』に憧れ、ちゃんと考えきれていなかったユウに非がある。


 しかし、理解はしても納得はできなかった。


「……なら、俺が行きます。訓練だって魔法の練習だってしました! だから……」

「駆け出しが! 現実見やがれ!」


 吠えた。そう思うほどの大声だった。あまりの大声に、門の周りで準備していた兵士達の視線が集まる。


 存外小心者のユウは男の大声で身がすくんだ。


「いいか、お前なんざ戦力にならねぇんだよ! 武器はどうした? 防具は? まさかその格好で戦うなんざ言わねぇよな?魔法だってお前まともにできてんのか?」

「お、おい……」


 何事かと見ていた兵士達だったが、何やら不穏な空気を察すると、一人が止めに来た。


 しかし門番の男は止まる気配はない。


「お前が冒険家登録したのは数日前だよな?体もロクに動かせねぇあほだったよな? そんなのがたった数日の訓練でいい気になるな! そういう口はな、でかい仕事こなせるようになってから言え!」


 ようやく終わった。門番の男は肩で息をしていた。


「おい、なんなのか知らねぇけどよ、ガザム言い過ぎだ!」

「知るか。俺は教えてやっただけだ」


 ユウは俯いたままだ。その肩は小刻みに震えている。決して泣いているわけではない。


悔しかったのだ。


ユウだって頑張ってきた。異世界で慣れないことをこなしてきた。頑張ってきたのだ。だが、それを今否定された。


 たしかに浮かれていた面もあるだろう。たった数日、常人よりは訓練の成果が出ているとはいえ、まだ実戦を経験したことがない素人だ。


 異世界転生なんて夢物語だったことを体験し、冒険家になり、魔法に触れ、トレーニングして……。それだけで『王道』の主役になったつもりでいた。


 実際は浮かれていた只のあほだった。


 冒険家になって仕事なんかまだしたことはない。


 武器を買ってまともに振ったこともない。


 魔法だって満足に使えていない。


 冒険家らしく旅もしていない。


 さらに言えば、この世界について知識が浅すぎる。


 挙げればきりがない。


 駆け出しは駆け出しらしくしていればいい。


 おそらく大半の駆け出し冒険家はその辺りをしっかりするのだろう。


 しかしユウは……。


「……なら」

「あ?」

「出過ぎたことを言ってました」

「おう。わかったなら早く帰れ」

「確かに自分は駆け出しです。浮かれていたあほです」

「…………」

「……お願いがあります。遠くから眺めるだけでいいです。俺を……連れていってください」


 ユウは人に言われてからだが、自分が浮かれていたことを自覚した。


 自覚した上でついていきたいと言っているのだ。


「……」


 そんなユウをガザムは黙って見つめた。


 ユウはガザムの目を見据えて動かない。


 やがて、ガザムが盛大な溜め息を吐いた。


「どうやらにいちゃんは真性のあほらしいな」

「…………」

「ついてくるならついてこい。死んでも知らねぇぞ。自分が安全と思える距離の倍は離れろ。今のお前が魔法一発でもくらえば逝っちまうぞ」

「……ありがとうございます」


 深く頭を下げる。


 ガザムはそんなユウを見て、ガシガシっと頭を掻くと事の成り行きを見守っていた兵士達の方へ行った。ユウは知らない。先程までのやり取りは、ガザムなりにユウを思っての言葉だったのだ。


「ガザム。なんだったんだよ」

「気にすんな。とりあえずあいつを俺達と一緒に連れていく」

「おい。大丈夫なのか?」

「ああ。駆け出しだが冒険家だ。命は自分で守るだろうよ」


 兵士達は何やらいろいろ話しているが、ユウがついてくることに異議はないようだった。


「おい、お前ら。そろそろ行くぞ」


 指示を出していた男が呼び掛ける。ガザムとユウのやり取りの間にあらかたの準備は終わっていた。


「そこの駆け出し冒険家!」

「は、はい!」


 ガザム達が何か話していたのを眺めていたユウは、いきなり自分が呼ばれるとは思っておらず、声が裏返りそうになる。


「俺はここの部隊長のイルザだ。ついてくるのはいいが、邪魔にはなるなよ」

「はい!」

「ほぅ……返事だけは一人前だな」


 そう言って部隊長のイルザという男は兵士達の前に立った。その風格はさすが部隊長を任されているだけのことはあった。


「いいか! 我らは皆この国を守る盾であり矛だ! 故に我らは国を第一に考えねばならん!」


 しかし、とイルザは続ける。


「盾と矛はそこにあってこそ意味がある! 戦場で倉庫に仕舞っている盾と矛の話をしたところで意味はない! 我らはこの身を捨ててでも国を守らなければならないのと同時に、この国を守るために己の身を生かさなければならぬ!」


 素人のユウからしても、場の空気が段々と高揚しているのがわかった。それほどに兵士達は士気を高めている。


「標的は亜人一匹のみ! さりとて油断はするな! 冒険家が来るまで我らが持ちこたえればいいのだ! 深追いはするな! 全員が無事で戻るぞ!」


 イルザの独白が終わった。それと同時に兵士達は各々拳を天に掲げ、雄叫びをあげる。遠くで商人達がイルザ達を見ていた。その表情は、またか、というものだった。


 イルザが用意されていた馬に乗って先陣をきり、亜人討伐の進行が始まった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ラムド王国

 ラド平原


 ここでは今、亜人モンスターとの戦いが行われていた。


 あれからユウを含めた兵士達は門を出て、誘い森近くの草原へと向かった。


 ラド平原はほとんど遮蔽物がないため、標的の亜人はすぐに発見した。


 その亜人とは。


「……オオカミ?」


 平原にポツンと佇むその亜人の外見はオオカミと酷似していた。


 頭には尖った耳。体毛が全体的に生えていて、色は灰色。引き締まった体で、目付きは鋭い。亜人というだけあって二足歩行だった。


 ユウからすればオークやゴブリンのようなものを想像していたのだが、これは予想外だった。


 オオカミの亜人は何かを探して歩き回っていたが、かなりの距離があるというのに、ユウ達の接近に気づいた。


 とそこで先頭のイルザが止まり、倣って兵士達も止まり出す。


「よし、作戦を伝える。相手は一匹だが、狼型だ。馬から降りては一方的に蹂躙されてしまう。そこで騎乗したまま狼型の回りを囲み、数人が入れ替わりつつ波状攻撃を仕掛ける。異論はないか?」


 兵士達は黙っている。


「……よし、では行くぞ!」


 ウオオォォォ!という叫び声と同時にイルザが切り込む。それに続く形で兵士達も向かう。その様子をユウは離れた場所から見ていた。


「……すごい」


 ユウの眼前では、狼の亜人を兵士達がぐるっと囲み、うち数人が円の中に入り、狼の亜人を相手している。少し打ち合えばすぐさま引き、次の数人が攻撃を仕掛ける。まさに完璧なチームワークだった。


 ユウが、これは冒険家が来なくてもいけるかもと思った瞬間、戦況は変わった。


 今まで、狼の亜人は防戦一方だった。しかし、突然動きが早くなったのだ。


 防戦から一転、激しい攻撃に出る。


 不意を突かれた兵士が狼の亜人の爪の攻撃をまともに受けてしまった。


 飛び散る鮮血。


 それは慣れないものが見れば吐くであろう量だった。


 ユウは元の世界でそういった類いのゲームに慣れていたのと、離れた場所にいたこともあって吐くようなことにはならなかった。


 しかし、呆然としていた。


 あまりにも呆気ないから。


 あれだけ攻めて、やられるときは一瞬だ。


 これが戦い。これが亜人。


 負傷した兵士はまだ息はあるらしく、仲間の一人が安全な位置へと運び応急手当を施す。


 しかし、空いた穴を狙ったかのように狼の亜人の攻めは苛烈になっていく。


「ウォォッッ《なんで》!!」

「え?」


 徐々に押され始めた兵士達を見て、自分にはどうすることもできないのかと歯噛みしていると、何者かの声がした。


 驚いて周りを見回すも誰もいない。


 気のせいかと思っていると、再び聞こえた。


「ウォォッッ《何をしたって言うんだ》!」

「な、なんだよ……」

「ウォォッッ《娘が待っているんだ》!」

「だ、誰だよ!」


 声はするも、周りには誰もいない。


 ユウ自身が気でも触れたのかと思い始めた。


「ウォォッッ《どけっ》!」

「いや、確かに聞こえる。でもどこから……」


 ユウは目を瞑った。


「ウォォッッ《人間め》!」


 じっと聞こえてくる声に耳を傾ける。


「ウォォッッ《貴様らはいつも》!」


 聞こえてくるのは男の声だ。声には悲痛な感情が表れていた。


「ウォォッッ《俺達から全てを奪う》!」


 ユウは一つの結論にたどり着いた。だけどそれは普通ならばあり得ないことだった。


 声の主、それは……。


「あの狼だっていうのか……?」


 今も兵士達と戦っている狼。声はその方向からしている。


 するとユウには狼の話していることが分かるということになる。


「いやいや、訳がわからねぇだろ」


 首を振って否定する。


 もし異世界転生の特典として動物会話なんてものを貰っていても嬉しくもなんともない。


 そんなもの貰うなら旅の資金とかくれよと思う。


「て、こんなこと考えてる場合じゃねぇ」


 慌てて意識を狼の亜人と兵士達の戦いへ戻す。


「ウォォッッ《邪魔だ》!」

「ウグッ……」


 兵士達はボロボロだった。全員傷を負っており、先頭続行不可能な者が約半分はいた。残った者はイルザとガザムを筆頭に奮闘してはいるが、息も絶え絶えだ。


「ウォォッッ《今なら》!」

「しまった! 抜けられた!」


 狼の亜人が一瞬の隙をついて包囲網を抜けた。そのまま森へ逃げようとする。


「でも、残念だね~」


 どこからともなくそんな気の抜けた返事がし、次いでバスケットボールくらいの大きさの火球が狼の亜人に迫る。


 異常な熱を感知して、振り向くこともなく狼の亜人はその場を飛び退く。


 火球が着弾と同時に爆発した。


 着地した狼の亜人の元へ何者かがすごいスピードで肉薄する。


 ガキッッ!!


 固いもの同士がぶつかる音がした。狼の亜人の爪と鎧を着込んだ男の直剣が鍔迫り合いをする。


 そこに今度は圧縮された水が飛来する。


 水は男の背中から迫り直撃すると思ったが、男は見向きもせずその場から飛び退き、水は狼の亜人に当たる。


 辺りに水が飛び散り、狼の亜人が吹き飛ばされた。


 すかさず男が追撃する。吹き飛ばされた態勢の狼の亜人は数撃受けながらも持ち前の身体能力を駆使して立て直す。そこからは男と獲物の打ち合いになった。


「な、なんだ……どうなってんだ?」


 いきなりの展開にいまいち状況が飲み込めずにいると、後ろから誰かが近づいてきた。


 バッと振り向くと、ローブを着込んだ青髪の女の姿があった。ボリュームのあるロングヘアのその髪はローブに収まりきらず、背中で風になびいていた。


「あんた誰だ?」

「ごめんごめん~、遅くなっちゃった~」


 なんだか気の抜ける声だ。そこでユウは冒険家に依頼を出していたことを思い出す。


「もしかして依頼を受けて……」

「そうだよ~。一応急いでは来たんだけどね~」


 あははと笑う女。ユウはなんだか不安になった。


「いいのか。戦ってるの相方だろ?」

「あ~、大丈夫だよ~。ほら~」


 女が狼の亜人と男が戦ってる方を指差す。見てみると、とんでもないことが起きていた。


「グルゥ……《ぐっ……》」


 あれだけ兵士達を押していた狼の亜人がボロボロになっていた。灰色の毛は血で赤黒く染まり、全身に何本も切り傷がある。


 対して男の方は傷一つ付いていない。


「そんな……兵士達が束になっても勝てなかった相手に」

「強いでしょ~、彼。私がいなくても~よかったんだけどね~。でも~……そろそろかな~」


 そう言って女は右手を狼の亜人へ向けてかざす。


『水よ 万物の元よ 束ね貫きて障害を滅せよ』


 女が言葉を紡ぐと、手のひらに拳一つ程の水が集まり、打ち出された。それは途中で細い一本の矢に形を変えて、まっすぐ狼の亜人の胸元に吸い込まれていく。


最初に火球を避けた身体能力を考慮すると、狼の亜人にとって充分に避けられるものだった。しかし、イルザ達の奮闘、鎧の男との打ち合い、さらにローブの女の魔法で消耗していたせいだろう。


「グルッ《な、に》!?」


 ドサッ。


「仕事完了~」


 また一瞬だった。兵士達の陣形を一瞬で瓦解させた狼の亜人が、今度はやって来た冒険家の魔法で胸を貫かれ呆気なく終わった。


呆然と立つだけだったユウは、かなりの距離があるというのに、死にゆく狼の亜人と目が合った。別にしっかりと見えている訳ではない。ただ、ユウの直感がそう感じたのだ。


「……グルゥ《すま、ない》」


 もう息をするのも辛いだろう。しかし、ユウの耳にはまだ狼の亜人の声が聞こえていた。そしてそれは遺言のようにも聞こえた。


「……グ《許して、くれ》」


 その遺言は誰に遺しているのかユウには分からない。しかし、生物には等しく家族がいるということだけは確かだ。


「……グ……ルゥ《愛しい、我が……》」


 それっきり声は聞こえなくなった。

なんとなく筆(指)がのりました。

誤字脱字・感想批判受け付けてます。


(7月 9日 加筆修正しました)

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