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王道を行って何が悪い!  作者: 地味に中二病
4/22

レクチャー

どうにか時間を見つけたので書きました。

 冒険家になろうと決めた次の日。


 ユウは再びあの赤い屋根の建物に来ていた。正確にはその裏にある建物に用がある。


「まさか王国支部の裏側にあったとは思わなかったな」


 地図でわかった赤い屋根の建物の正式名称『王国支部』というらしい。その裏にある建物。それこそ冒険家ギルドだった。地図で場所を確認した時は思わず「近っ!?」などと叫んだほどだった。


  表通りでは人混みの多さのせいで気づかなかったが、裏通りに入ると行き交う人のほとんどが何かしらの装備に身を包んでいた。どことなく殺気を感じるのもあながち間違いではないだろう。何せ命のやりとりをしているのだから。


「……いや、怖じ気づくなよ俺。冒険家になるなら行くしかないんだ」


 周りのプレッシャーに既に押し潰されそうなユウだったが、ここで帰っては男が廃ると覚悟を決め、意を決してギルドの門を開く。


「……ッ」


 ギルドに入った瞬間ユウに視線が集まる。さすが冒険家の眼力に思わず悲鳴をあげそうになったのをすんでのところで堪える。極力周りを見ずに前だけを見て歩くが不躾に集められる視線はなぜか一向に収まる気配がなかった。


 視線が集まるその答えとはユウの服装にあった。ユウはずっと元の世界から来たときの格好だったのだ。この世界にはない服は当然注目を浴びる。もちろん、こんな状況下でそれに気づけるはずがない。


「ようこそ、冒険家ギルドへ」


 プレッシャーもあって倍の距離に感じられた受付までの道。受付では女の人が笑顔で接客してくれた。おかげで少しだけ気が休まる。


「あの、新しく冒険家の登録をしたいんですけど」

「かしこまりました。登録ですね? それではこちらの紙にお名前と拇印をお願いします」


 そう言って差し出されたのは何も書かれていないただの紙。その紙に名前を書き、ペンと一緒に差し出された朱肉のような染料に親指を付けて名前の横に押す。


「はい。確かに確認いたしました。こちらが登録証の記録板となります。それはあなたの身分証や階級の確認の役割もあるので、無くさないようお願いします。それでは少々お待ち下さい」


 受付の人は奥へと入っていった。ユウは一人になった途端落ち着かなくなくなり、さっき渡された名刺サイズの記録板と呼ばれたものを見る。特別なものは何も感じないが、何か魔法でも掛けられてるのだろうかと考え、ひっくり返したりしながら眺めている。


「お待たせしました。準備が整いましたので、奥へとお入りください」


 そう言って出てきた女の人は受付の横のしきりを外しユウを招く。周りの視線から逃れるために、ユウは急いで奥へと入っていった。


 受付の人に案内され進んでいくと小部屋に通された。ユウが何をするのか疑問に思っていると、後からもう一人の女性が入って来た。


「すみませーん。遅れましたー」

「はぁ……。あなた、何度言えばわかるのかしら? 遅刻は絶対にしないようにと言ったはずよ」

「わかってますよぅ」

「あのー」


 一人だけ理解が追い付かないユウ。それに入ってきた女性に既視感があるような気がした。


「あぁ、申し訳ありません。こちら職員のサマリーといいます。今からあなたには新人冒険家のための指導を受けてもらいます」

「どうもサマリーです。軽く説明するだけだから気楽に……? 君、確か昨日王国支部に来た子だよね?」


 言われてからようやく思い出した。入ってきたのは、昨日王国支部で地図を買った受付の女性だった。昨日しか会っていないというのに向こうはユウの顔を覚えていたようだ。


「そうですけどサマリー、さんですかね? 何で冒険家ギルドに?」


 昨日の対応とはうってかわり、今はとてもフランクな口調だ。その違いに面食らう。


「その顔は、昨日と雰囲気全然違うとか思ってるでしょ」

「す、すみません」

「あはは、いいよ気にしてないから。そうだね、とりあえずこっちが素の私ってことで」

「は、はぁ」


 これが素の雰囲気らしいが、だとすればかなりのギャップだ。これに驚かない人はいないと言っていいほどだろう。


「ま、分かりやすく言えばこっちが本業。向こうが副業ってことよ。それはそうと、そろそろ始めていいかな?」

「あ、よろしくお願いします」

「それじゃサマリー。私は受付に戻るからよろしく頼んだわよ。頑張りなさいよ、新人」

「あ……ありがとうございます」


 部屋に残ったのはユウとサマリーの二人だった。これからどんなことがなされるのかユウはなんとなく緊張してしまっている。ユウの緊張がわかるのかサマリーはクスクスと笑いを溢した。


「それじゃ座って」

「は、はい」


 部屋の真ん中にある机に備え付けられた木製の椅子を勧められる。


「そんな堅くならなくて大丈夫だよ。ほんとに簡単な説明だけだからすぐ終わるって」


 それはありがたい話で、今日この後には物資の調達もしなければいけなかったからだ。


「それじゃ改めて自己紹介をするね。私はサマリー。これから君の担当だからよろしく!」

「担当、ですか? 俺は深守ふかもり ユウです。よろしくお願いします」

「フカモリ・ユウね。じゃあこれからはユウ君と呼びます!ユウ君も私のことはサマリーって呼んでね!」

「えーと。サマリー……さん」


  さすがにほぼ初対面の人を呼び捨てで呼ぶのは抵抗があった。もちろん都合良くナシャのことは忘れている。


「さんづけ、ね……ま、いっか。それじゃ本題に入るよ。まずはこの紙に目を通して」


 サマリーが一枚の紙をユウに手渡す。渡された紙を見てみると、一番上に『冒険家基本講座』とあった。それを上から順に読んでいく。


  冒険家としての心得、階級制について、マナーについてなど他にもいろいろと書かれていた。


「……一通り見れたかな?」

「はい。大丈夫です」


 しばらくして大体を読み終えるとサマリーが声を掛けてきた。


「よし、それじゃ書いてあることについて簡単にまとめるね」

「え?」


 読んだ意味がないのでは?


 ユウがそう思って戸惑いの声をあげる。


「ごめんごめん。君みたいに隅から隅まで読む人が今までいなかったんだよ。ほら、冒険家ってがさつな人が多いからさ。酷い人は文字が読めなかったりするんだよ。だからこっちで分かりやすく説明してるの」


  それは冒険家として務まるのだろうかユウは疑問に思ったが、事実、文字が読めずに冒険家をしている人は四割ほど存在している。


「それを早く言ってくださいよ」

「まぁまぁ。私的には君の印象が大幅に上がったよ? よかったね!」


 この人なんかめんどくさい。そう思うユウだった。昨日と今日でキャラが正反対すぎるのも、その要因だがテンションが凄まじい。


  ユウがじとーっ、とした視線をサマリーにぶつける。この人相手に緊張しても無駄と今更だが悟ったということだ。。


「よし、それじゃ説明するね」


 しかしサマリーはユウの視線をものともせず説明を始めた。


「まず、冒険家っていうのは名前の通り冒険することが仕事だよ。未開の地の探索だったり、魔物の討伐とか、他にもあるけど、大抵は魔物関係の危険な仕事が舞い込んでくるの。ここまではいい?」

「大丈夫です」


 ユウの想像していたものとほとんど変わらない。依頼をこなして報酬を受け取り、それで生計を立てていくというのは、何時何処でも同じということだ。


「冒険家、ていうのはいつも危険と隣り合わせなの。過去に無茶な仕事を選んで失敗する人が大勢いたのよ。だから今のギルドでは冒険家の階級を決めてるの」

「階級、ですか?」


  よく創作ものなどで見る階級制だが、そういう理由から考案されている。実際に階級制の導入によって、冒険家の依頼失敗の率は確実に減っている。


「それぞれ、無地、鉄、銅、銀、金、白金、の六階級に分かれてるわ」


  サマリーが指を折って数えていく。階級の分かれ方はユウが想像していたものと似ていた。金や白金レベルとなると限られた人数しか存在していない。どのくらいの価値かというと、国宝級の人物として扱われる、もしくはそれ以上ともいえる。


「わかったとは思うけど、無地が最低階級で、白金が最高階級よ。ユウ君は登録したばかりだから無地からね。さっきの記録板がその証」


 ポケットからさっき受け取った記録板を取り出す。それを目の前にかざしたりして見るも、先程同様に普通の板にしか見えなかった。


「その記録板には特別な魔法が掛けられていて、その魔法のおかげでどのくらい仕事をこなしたのかわかるようになってるの。そして階級が上がれば新しい記録板が渡されるよ」


 そう言ってサマリーはあらかじめ用意していたであろう銀色の記録板をユウに見せた。


「階級制なのはわかりましたけど、何をすれば階級が上がるんですか?」


 サマリーのわかりやすい説明で今のところ理解できているが、肝心なところをまだ聞いていなかった。ユウの質問に待ってましたと言わんばかりに胸を張ってサマリーは答えた。


「そうだね。それぞれの階級試験が定期的に開かれてるから、それに合格すれば階級があがるよ。でも試験に挑むには資格がいるの。無地だと……簡単な採集とかをこなしていけば資格が貰えると思うよ。規定値になったら職員が教えるから」

「わかりました」


 やはり無地では小さい仕事しかないが、当然と言えば当然だ。新人への配慮なのだろう。すぐに魔物討伐を選んで餌とならないように。そのための階級制だ。


「コツコツ頑張ることだよ。それじゃ次の説明だけど、規則とかについてかな。簡単にまとめて言えば、横取りせず、喧嘩せず、依頼を達成せよって感じ」

「ほんとに簡単に言いましたね」


 ユウの渡された紙にはこの内容が何倍にも盛られて事細やかに記されていた。普通に読めば数時間はかかるだろう文章量だ。


「こんな文章長すぎだよ。ギルドの威厳だ、とか知ったこっちゃないって」

「……もうなんだかぶっちゃけてるなぁ」

「堅苦しいよりマシでしょ?」


 こんな人でも仕事が務まるのか不思議に思うだろうが、事実務まっているから何も言えない。ユウもサマリーの雰囲気につられて、敬語が崩れかかっていた。


「あっと、そうそう一番大事なことを伝え忘れてた」

「なんです?」


 先程までのフランクな雰囲気だったサマリーが真剣そのものに変わった。その急な変化に戸惑ってしまうユウだが、これは真剣に聞かなければいけない話だと姿勢を直した。


「それはね……絶対生き残ること」

「…………」


 生き残る。命を大事に。それは昨日ユウがナシャからも言われた言葉だった。そして交わした約束でもある。


「やっぱりね、冒険家って仕事柄死ぬ人が大勢いるんだ。そりゃ未開の地に行ったり、魔物を相手してるからしょうがないと言えばしょうがないんだけどさ」


 語るサマリーの声は少し落ち込んでいた。それは冒険家ギルドに勤めている以上、人の死を多く見てきたからだ。亡くなった冒険家の登録情報は消さなければいけないのがギルドの決まり。つまり消えるイコール死んだということになる。サマリーも、何十、何百という情報を消してきた。それは死を見たのと同義だ。


「でも私はしょうがないなんかで済ませたくないの。少しでもいいから生きて欲しい。生き残って欲しい。冒険家の人って戦いのなかで死ぬなら本望だとか言うけど、そんなこと絶対にない。人間寿命で死ぬのが一番の幸せだと思うの」


 紡ぐ言葉からはサマリーの本当に真剣な想いが伝わってくる。それは聞く人の心に直接届く。ユウにも例外なく届いた。


「だから生き残ること。……なんか語っちゃったね。ごめんなさい」

「……いいと思います」

「へ?」


 サマリーの話を聞いて感じるものがあったユウ。それを伝えるためにたどたどしくも言葉を紡ぐ。


「サマリーさんの言葉、しっかり届きました。俺、どこか浮かれてたんだと思います」


 しっかり昨日で戒めたと思ったんだけど。心のなかでそう思う。命について話すナシャとサマリーが重なって見えた。


「サマリーさんの言ったことは絶対忘れないですから。大切なことを教えてもらえて嬉しかったです」


 両手を膝の上に置き、姿勢を正して頭を下げる。


「…………」


 顔を上げるとサマリーが驚きの表情で固まっていた。


「……あ。え、えっと……ごめんね? 私なんかの話をそこまでして聞いてくれて」


 頬を赤く染めてわたわたと焦るサマリー。冒険家には気性が荒い人も多く、今までこんなに真剣に話を聞いてもらえたことが少ないために、どういうリアクションをしていいかわからなかった。


「いえ、俺のなかでサマリーさんの評価が上がりましたよ。よかったですね」

「ちょっとそれ誰の真似なのかな?」

「さあ?」


 ナシャとサマリー。二人もの人から命を大事にと言われたユウ。そのことを忘れないようにしようと心に誓った。


  慌てていたサマリーも落ち着きを取り戻したようだ。


「もう。とりあえず説明はこのくらいだね。何か質問とはある?」

「それじゃ何個かいいですか?」

「いいよいいよ! どんどんきなさい!」


 せっかくの昨日に続いて話を聞ける機会が巡ってきたのだから、ユウはナシャにあまり聞けないような冒険家に関することについて質問しようと思った。


「あの、魔法とかってどう使うんですか?」


 まず、戦いに関することから聞いていく。それに魔法は『王道』的な冒険には欠かせない必須の条件。元の世界の人だったら誰しも使ってみたくなる。ユウも、もし使えるならぜひとも使いたいという考えだった。


「はいはい、魔法ね。そうだなぁ、魔法っていうのは体内の魔力を元に想像して、それを現象として具現化させることのことなんだ。魔導師向きかどうかは体内の魔力量によるね。自分にどれくらい魔力があるのかは自分で測ってみないとわからないかな」


 話の限りではユウにも可能性があるということだ。そのことを理解したユウはすぐにでも試したい気持ちでいっぱいだったが、まだ聞きたいことは残っているため、グッと我慢した。


「それじゃあ、冒険家の戦い方ってどんなのがありますか?」


 冒険家は複数いる。ということは、戦い方だって人の数あると考えて当然だ。ユウも自分なりの戦い方を決めなければならないのだが、参考までに他の人の戦い方を知っておきたかった。


「んー……例えばさっき言った魔導師でしょ? あとは接近戦くらい? あ、でも噂では魔法でも接近戦でもない特別な戦い方する人もいるってのは聞いたことあるね」


  参考にとは思ったものの、やはり聞いただけではパッとしない。こればかりはユウが自分の目で見て判断していく他なかった。


「そうですか。複数人で依頼を受けたりとかできますか?」

「できるけど利点と欠点があるからね? 複数人で組めばそれだけ危険が減るし、依頼達成率も上がるの。その代わりに報酬とかは分けになるね」


  話を聞く限りメリットしかないように思える。確かに報酬の分けを気にする人も少なくないだろうが、安全性を考慮するなら確実にパーティーを組んだ方がいいに決まっている。


それに、とサマリーの話は続いた。


「複数人で組んだからといってランクに関してボーナスがあるわけじゃないんだ。ランクを上げるならちゃんと個人の分をこなさないとギルドでは認めない決まりになってるから。あ、当然試験はその人個人でしか受けられない決まりだから、そこのとこ注意ね」


  つまりパーティーに寄生するだけの冒険家は弱いままで、当然試験なんて合格できないということだ。既にパーティーを組むことを考えていたユウにとって、考えさせられる内容だった。


「ささ! 他にはないのかな?」

「それじゃ最後に一つだけ。世界地図を見たら左の大陸だけ何も書かれてなかったんですけど」


 二分された大陸。左には何も書かれておらず、対して右にはこのラムド王国を始めた諸国が書かれていた。ユウにはそれがどうしても気になっていたのだ。


「……あー、それか。そこがほら、さっき言ってた未開の地の一つだよ」

「未開、って大陸丸々一つがですか?」

「うん。ギルドでも何度も人員を派遣してるんだけどね」


 ユウは悟った。ギルドが何度も人員を、派遣しているのに未だ地図には何も書かれていない。それが意味することとは、つまりそういうこと。


「気づいたみたいだね。たぶんそれで合ってるよ。人員を派遣しても情報がない。つまり、派遣したほとんどが死んでるの。まぁ、正確には消息不明ってことなんだけどね」

「…………」


 ユウは絶句した。大陸の調査なのだ。かなり前から調査に乗り込んでいるはず。ということは亡くなった人の数は計り知れない。


「あ、でも安心して。まだまだユウ君には関係ないと思う話だから。だからそれまでに力を付けてね。せめて自分の身を守れるくらいには」


 ユウとしてもその通りだった。今のままでは駄目だと。力をつけなければ有事の時に死ぬのは自分だと理解した。


「わかりました。頑張りますから」

「そっか。また何か聞きたいことがあったらここを尋ねてね。私が居ないときは無理だけど、それ以外だったらいくらでも手助けするよ!」

「期待しないで頼りにしてます」

「えぇ!?」


 席を立ち、帰り支度をする。


「それじゃ、今日は本当にありがとうございました」

「うむ、健闘を祈るよ! あと、敬語要らないよ?」

「いや、でも……」

「途中で敬語喋ってなかった時あったよね? あんな感じで大丈夫だから」


確かに途中で思わずサマリーにつられて素が漏れていた。ナシャに対しては本人が嫌がっているが、敬語を使ってしまうけれど、サマリーに対しては特に思うこともなかった。結果ユウは、サマリーには敬語なしで接することにした。


「わかった。よろしくサマリー」

「よし、頑張れよ若人!」


 清々しいまでの笑顔を浮かべてサムズアップしてくるサマリーに頭を下げ、部屋を後にする。奥から出てきたユウには、またギルドで談話している冒険家たちの視線が突き刺さったが、来たときと同様に目を合わせないようにギルドを後にした。


  異世界転移から三日。ユウの異世界での冒険家活動が始まった。


 ギルドを後にしてユウが向かった先は事前に国の地図で調べておいた冒険家専門の品を扱っている武具屋だ。


「いらっしゃい!」


 店に入ると威勢のいい声が飛んでくる。そしてユウの視界に見えるのはタンクトップのような服装で筋骨隆々の大男。客商売にピッタリな愛想のいい顔つきだ。


「あの……」

「おっと、皆まで言うな。あんた新人だろ? 大体どんなのがいいか言ってくれ。そしたらこっちで手頃なのを見繕ってやる」


 ユウが言い切る前にズバリ言い当てる店主。さすが昔からある老舗の武具屋の店主なだけあった。


「えーとそれじゃ、動きやすさを重視して、武器はとりあえず短剣でお願いします」

「あいよ。少し待ってな」


 そう言い残し、店の裏へと引っ込んでいった。


空いた時間で並べてある防具や武器を見回す。明らかに高価そうな何かの鉱石でできている鎧や、こんなもので守られるのか首を傾げそうになる皮の防具。柄に紋様がある長剣や武骨な石鎚。壁にずらっと並んでいる槍の数々。


たくさんある武器の中からなぜユウが短剣を選んだのか。それは他の扱い方にクセがあるような武器に比べて、短剣の方が比較的扱いやすそうだったからだ。事実、ここラムドの新人冒険家は最初に短剣を手にしていることが多い。そういった意味でも、ユウの判断は正しかった。


「すごい……これ全部が本物なんだ」


 その姿はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようにはしゃいでいる。その後ろから見繕ったもなを持って近づいてくる店主には気づけなかった。


「なんだ、今まで見たことなかったのか? 坊主は田舎育ちか」

「うわぁ!?」

実はこの店主は元冒険家である。だから、自然と音も気配も消して近付いてしまう癖があった。そんなことを知るはずもないユウにとっては、いきなり背後に現れたとあっては驚くしかできない。


「悪い悪い。ほら、持ってきたぞ」


 店主が持ってきた武具たちを乱雑に床に置く。商品の扱いがそんな雑なものでいいのか謎だが、何より店主がやっていることだから問題ないのだろう。


「やっぱり早えぇの重視だと皮の防具だな。鉄のやつでもかなり軽いのがあるが、珍しい鉱石使ってるから金が馬鹿高い」


 並べられた……ある意味投げ捨てられた防具を見る。さっと見回すと、気になるものがあった。


「おやじさん。この防具って」

「あぁその防具か。守るための皮の部分が少ないから新人には不人気だぞ?」


 ユウの目に留まった防具。それは体全体を覆う他の防具と違い、肘や膝、肩や胸といった要所だけに皮がある防具だった。明らかに他の防具より劣っているのだが、なぜかユウは目が離せなかった。その姿を店主が面白いものを見る目で見ている。


「……決めた。防具はこれにします」

「いいのか? 他にもあるんだぞ?」

「まぁ、なんとなくこれがいいんで」

「そうか。坊主がいいんならいいんだ」


 相変わらず店主の目は面白いものを見る目だったが、ユウはその目に気づいていない。


「そんじゃ次は武器だが、短剣つってたな……こっちだ」


 店主が別の武器が並べてあるところに行く。それにユウもついていく。


「ここだな。短剣だとこの辺りのが全部そうだ。奥の獲物の方が上等な分値も張る。そんで手前のが品質それなりの安物になってる」


 木製の棚に短剣がそれぞれ寝かせて置いてある。どれも光沢を放っていて、その鋭さを想像させる。


「うーん。……ん?」


 武器の知識なんてないユウには、どれも同じに見えるのだが、一本だけ気になるものがあった。


「これって……」


 ユウが手にした短剣は刃渡り三十センチ程の短剣だった。


「この長さ……サバイバルナイフと似てる」


 元の世界の時に行事で山登りのツアーに参加したことがあるユウ。そのときにナイフなどの簡単な使い方を教わった。そのときに使っていたのがサバイバルナイフだったけら見覚えがあったのだ。


「これなら……」


軽く振ってみると特に違和感は感じられないようだ。


「お、決まったか?」

「はい、これでお願いします」

「……なるほどな、あいよ」


 またもや店主の目が変わった。


「よし、会計だな防具と短剣併せて銀貨五枚だ」


 ユウは麻袋から金貨を一枚取り出して渡した。


「へぇ、坊主は金貨持ってんのか。なかなか見かけによらないもんだな」


 店主は金貨を受け取り、店の奥へと入る。すぐに戻ってきた店主の手には銀貨が握られていた。


「ほらよ、釣りの銀貨十五枚だ。それとこれ持っていけ」


そう言われてお釣りと一緒に手渡されたのは革製のベルトだった。


「これって?」

「ああ? 見りゃわかんだろうが。いちいち手に短剣持ってたんじゃ不便で敵わねぇだろ。そいつ腰に巻いて短剣挿しとくんだよ」


ユウの受け取ったベルトにはたしかに剣を挿しておくための造りがある。


「いま、でも自分が買ったのは短剣と防具だけで……」

「安心しろ。腰巻き分の金は取っちゃいねぇよ。坊主新人だろ?

なら、俺からの餞別だってことで受け取ってくれや」


とんでもなく気前のいい店主だ。そんなことを言われては受け取らないわけにはいかない。ユウはさっそくベルトを巻いて短剣を挿しこんだ。それだけで一端の冒険家になれた気分になる。


「ベルッじゃなくて、腰巻きありがとうございます」


腰を曲げてお礼を言うユウだが、店主は気にするなとばかりに手をヒラヒラと振った。


「別にいいんだよ。こっちも生活かかってるからどうしても商売になっちまうが、冒険家の手伝いすんのが本来の目的なんだからよ」


男気というか懐の深さを見せつけられ、軽い感動を覚えながらユウは店を後にした。もちろん出るときにはもう一度頭を下げるのを忘れない。そんなユウの後ろ姿を店主はしばらく見送っていた。


「大抵の新人は要心さからガッチガッチの全身鎧を選んでいくが、慣れてもないのにそんなの着てると動きが制限される。武器だってこだわりとかねぇなら間合いがでかい武器を選ぶ。……あの坊主、少しは見所があるのかもな」


  店主が一人呟く。


  ユウの選んだ要所のみを守る防具。それは他の新人の冒険家からは疎遠になりがちだが、実はもっとも新人が着るのに適している防具だった。


  武器もそうだ。ユウが手にしたものはかなり前から冒険家に愛用されている種類だった。意外にも熟練の冒険家が大抵短剣を有している。


  それを異様な格好をした一人の青年が見た限り勘で選んだのだ。そのことに店主はこれから化けるかもしれないユウを思って店の中に戻っていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 武具屋を出たユウは一度荷物を置くために宿屋へと戻ってきた。宿に着く頃にはとっくに太陽が図上を通り越していた。


「こんにちは、ユウさん!」

「こんにちは、ナシャちゃん」


 すっかり仲が良くなった二人。ユウにとってナシャは癒しのようなものだった。


「登録は終わったんですか?」

「うん。ついでに武具屋で装備も揃えてきたんだ。今は荷物を置きに戻ってきたところ。置いたらまた出掛けてくるよ」

「そうですか。でも、出掛けるのはいいですけど、分かってますよね?」


 ジト目でナシャがユウを睨む。ナシャの中で昨日のことは忘れられないらしい。


「大丈夫だって。今度はちゃんと夕食までに戻ってくるから」

「ならいいんです!」


 満足そうに頷く。もしこれで帰りが遅かったらと考えるとユウは身震いした。


「それじゃ荷物を置いてくるよ」

「はい、鍵をどうぞ」

「ありがとう」


 ナシャから鍵を受け取り、自室にあがる。


 一応金庫っぽい箱に短剣と防具を入れる。もし盗まれでもしたら一大事だからだ。金庫に入れた後は部屋に鍵をして、一階に降りる。


「それじゃ、ナシャちゃん。行ってくるね」

「あ、はい! 早く帰ってきてくださいね!」


 ここまで言われたら早く帰らないわけにはいかない。ユウはもし遅くなった時のナシャの反応を想像しながら図書館へ足を向けた。

(7月 7日 加筆修正いたしました)

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