お義母様の野望
いわゆる『フラグがポキ☆』ってやつだった?
私の「勘違いするから他の子に褒め褒め上げ上げセリフ言うなよ」という言葉に苦笑いしたショーレです。
ショーレはイケメンな上に公爵家のおぼっちゃまで、王子様の側近です。そんな好物件が子爵ごときの娘とどうこうなんてありえません。ショーレと私は友達、Not恋人!
「ほんっっっとに、そんなチャラ……もとい、軽々しく女性を褒めちゃダメよ」
しっかり釘を刺しておきましょう。
「そうきたか……。さすがリヨン。王子の虜にならない唯一のお嬢様だ」
人にダイ○ンの掃除機みたいなコピーつけてんじゃねーよ! ……違くて。
さっきの微妙な顔から一転、ブハっと吹き出したショーレはお腹を抱え、そのままおかしそうにくっくっと声を潜めて笑っています。失礼な。あんな無愛想な王子様と、それに付随する面倒なあれこれに興味がないだけだっつーの。
着替えを終えて会場に戻ってからはいつもの定位置、壁際でショーレとおしゃべりして過ごしました。さすがにショーレが一緒だからか、再びお嬢様たちに絡まれることなく無事に最後まで乗り切ることができました。
「このドレスどうしよう? 洗って返すのも失礼だから、新しいものを献上した方がいいわよね」
「いや、気にしなくていいよ。王女はドレスが汚れた経緯を聞いて怒ってて、そのドレスでよければあげるって言ってたから。汚されたリヨンのドレスは綺麗にして家に届けさせるから安心して」
帰る時になって、今着ている王女様のドレスをどうしようかとショーレに相談したら、さらっとそんな返事が返ってきました。ええ……。もう、何から何までお世話になります!
「ありがとう。王女様にもひとこと言っておいたほうが……」
「あ〜、うん。ここはやめておいたほうがいいんじゃないかな。またこれで何かあったら王女が心を痛めるし」
「そっか。じゃあショーレからよ〜くお礼を言っておいてね」
本来なら王女様に直接お礼を言わないといけないところだけど、また私なんぞが近寄ったらお貴族様がたに睨まれちゃいますからね。ショーレも王女様も、そこを考えてくれて……! どこぞの王子様とはえらい違いです。これから王女様のお部屋に足を向けて眠れないわ。
ドレスが変わったことをお父様たちにどう説明しようかとあれこれ考えていたのですが、
「ドレスを汚して困っていたら、優しい方が貸してくださったの」
「そうだったのか。優しい方がいてよかったね」
と、あっさり流れていきました。もちろん、その『優しい方』が王女様とは言いませんでしたよ。そんなこと聞いたらお父様、腰を抜かしそうですから。
数日後、家にこっそりと先日のドレスが返ってきました。赤葡萄系の飲み物だったので結構濃いシミになってったんですが、シミは綺麗に落ちていました。すごいなぁ、お城のクリーニング担当さんはいい仕事してますねぇ。
お借りした王女様のドレスは大事にクローゼットの中にしまい込みました。また後日お返しすることになった時のためにね。
華やかなお城のパーティーの後は、また日常に戻ります。
お城でしょっちゅうパーティーがあるとは言いましたが、さすがに毎日あるわけではありません。貴族の私的なパーティーは毎日どこかしらで行われていたりしますが、それに全部参加しているわけでもないですしね。うちは基本的には質素なのです。
お父様は相変わらずワーカホリック気味で、バリバリ仕事していてあまり家に帰ってきません。
「ヴァンヌたちにいいものを着せ、いいものを食べさせたいからね! 行ってくるよ」
「まあ! あなたったら!」
いつもイチャイチャしてから仕事に出かけていくお父様。一度出かけたら一週間くらいは帰ってこないからラブラブしたいのはわかるけど、お義母様をこれ以上ブロイラーにするのはどうかと思いますよ。
愛は盲目、ラブイズブラインドとはよく言ったものだ。
リールとニームは、相変わらず片付かない部屋でものにまみれて暮らしています。まさに汚部屋。汚嬢様。
ああはなるまいと横目で見ながら、私はせっせと自分の部屋は片付け断捨離に邁進します。おかげで私の部屋はいつでもピッカピカ。
「ほらほら、リール、ニーム! ちっとはリヨンを見習いなさい!」
お義母様は形ばかり義姉たちに注意しますが、肝心のあなたの部屋も……。お父様が帰ってくるたびに自分たちの部屋を片付けてるの、私、知ってますからね!
私たち家族のためにヘロヘロになるまで働いてくださるお父様。
「ただいま〜。帰ったよ」
と言って家に帰ってくるのは週に一日か二日。それもみんなが寝静まった夜更けに帰ってくるのがほとんどです。
「お帰りなさい、お父様!」
「ヴァンヌたちは? もう寝たのかい?」
「はい」
「そうか。今日も遅くなっちゃったからねぇ」
出て行く時はあんなにラブラブなのに帰ってくる時は冷たいもので、お義母様はお父様の帰りなんて待たず、さっさと寝てしまいます。
だからお父様を出迎えるのはいつも私一人です。たま〜にお義母様が頑張って起きていようとするのですが、ものすごく舟を漕ぐので「もう寝ていいですよ」と思わず言ってしまいます。面白すぎて腹筋崩壊しそうになるんですよ。
ということで、私だけが出迎えるのです。
「ちょっと小腹がすいたなぁ」
お父様から外套を受け取ると、きゅるる〜とお腹の音が聞こえました。む、無駄にかわいい音……。
「何か作りましょうか?」
「そうだね、頼んだ」
まだお父様は私の手料理がお好きなようで、タイミングが合えばこうして何か作って欲しいといいます。
夜更けなのでがっつりしたものより軽いものの方がいいですよね。前世のように卵かけご飯とかあればいいんですが、生ものはちょっと……な世界なのでオススメできません。刺身なんてもってのほか! 下手すると食中毒で死んじゃいます。食べ物はきちんと火を通しましょう。
ということであっさりとしたコンソメベースのリゾットにしました。
ハフハフ、と美味しそうに食べてくれるお父様。前世の記憶(料理)も捨てたもんじゃないですね。
ダイニングでお父様が夜食を食べているのに付き合っていると、
「あら、お帰りになってたんですね」
と言って珍しくお義母様が起きてきました。
「ただいま、ヴァンヌ。少し前に帰ってきたところだよ。小腹がすいたんで夜食を食べていたところだ」
「ああ! だからいい匂いがしてきたのね。おかげで目が覚めちゃったわ」
そこか! 話し声とか気配じゃなくて、夜食の匂いにつられて起きてきたのか〜!!
「お義母様も召し上がりますか?」
「いただこうかしら」
お義母様がお父様のお皿をガン見していたので私が聞くと、キランと目を輝かせたお義母様。こんな時間に夜食とかまた太るって、普通の女の人なら断るんだけど……。
私はさっと台所に行くと、お義母様の分をよそってきました。いちおう美容のことを考えて、小盛りにしておきましたよ。
「あら、美味しい。料理人はもう帰ったはずよね? これは誰が作ったの?」
「美味しいだろう? それはリヨンが作ってくれたんだよ」
「リヨンが? まあ! あなたすごいのね」
お父様の説明に驚くお義母様。まあ普通のお嬢様は料理しないですからね。
「料理人に教わったので……」
うちの料理人に教わったのはキッチンの使い方であって、料理の仕方は前世の記憶ですけどね。頭おかしいと思われるのもアレなんで、その辺はうやむやに返事しておきます。
一人暮らしの家事炊事が結婚後に役立つのはわかるけど、まさか来世(多分)で使えるなんて思ってもみなかったですよ梨世さん。
そしてまた数日後には仕事に出るお父様です。
「あら、今回のお荷物、多くないですか?」
いつもなら領地の屋敷に滞在するので荷物が少ないのですが、今日に限っては鞄やトランクがいくつも馬車に運び込まれているのです。
「今回は領地じゃなくて別の国に営業してくるんだ。遠いとこだから、帰ってくるのに一月以上はかかるだろう」
「まあ! そんなに?」
お父様は基本、領地経営をしているのですが、たまに領地の特産品を持ってよその土地や国に営業に出ることもあります。
今回もそのような営業に出るらしく、家を長く留守にするということを私たちに言いました。
「しかも今回はいつものように馬じゃなくて、なんと船に乗って行くんだよ! その国は全てが黄金でできていて、素晴らしい国なんだそうだ。この営業がうまくいったらもっと豊かになれるぞ」
お父様が目を輝かせながら言ってますが。
なにそのジパング、エルドラド。
お父様、それ、騙されてませんか——? ちょっと、いやかなり心配になってきました。
「そんな国、本当にあるんですか?」
さすがにそんな国を聞いたことないですからね。
私には前世の記憶もありますし(世界史も勉強したよ!)、いたって冷静に聞き返したのですが、
「ま〜あ素敵! それはお仕事頑張ってくださいませ!」
「お義父様、お土産を楽しみにしておりますわ!」
「私も〜!」
お義母様とリール、ニームは大はしゃぎしています。いや、まだ仕事がうまくいったわけじゃないし、その黄金郷(仮)が実在するのかどうかも怪しいですからね!
「ヒイヅル皇国というところなんだよ。いつもより長く留守をするけど、よろしく頼むね」
お父様はそう言って出かけて行きました。
お父様が仕事に出てから一週間が経ちました。
お父様が留守の間、お義母様、リールとニームと私がなにをやっているかというと——。
「今日は○○伯爵家のパーティー、明日は△△侯爵家のパーティー、それから明後日は××伯爵家のお茶会に呼ばれてますからね、ああ忙しい——」
パーティー三昧です。あ、ちなみに私は嫌々ですよ?
お父様がいる時は週に一回程度だった社交を、ほぼ毎日のペースで参加しています。お父様という精神的ストッパー不在の今、お義母様たちはフリーダムに遊びまくっているのです。
「そんなにパーティーに出て、どうするんですか?」
さすがに遊びすぎだと思ってお義母様に聞いたら、
「そりゃあもちろん出会いを探してるのよ。せっかく貴族の仲間入りしたんだし。リールやニーム、そしてリヨンにいい人を見つけたいの。ウフフ」
という答えが返ってきました。確かに『豪商の娘』より『子爵家のご令嬢』の方が格上ですもんね。
「縁談だと家格とか財産とか色々釣り合いとらなくちゃだけど、恋愛結婚だと愛さえあればいいじゃない? パーティーでやんごとなきおうちの息子さんに気に入られて玉の輿……」
うっとりとどこかを見ながら自分の妄想に酔いしれるお義母様。わぁ……ロマンチストですね。
まあ確かにうちは子爵家ですから伯爵家との縁談が一番無難ですが、もっと上の方——侯爵家や公爵家になんて嫁入りしたら、後が大変だと思うんですけど。
「例えば、身分を隠して貴族のパーティーにきていた王子様と恋に落ちるとか? ……ああ、なんて素敵なんでしょう!」
お義母様〜、妄想から戻ってきて〜!! しかも貴族じゃなくて王子様狙ってた〜!!