フラグがポキっ
王子様の誕生日パーティーに出席するのはこれでもう七回目になりますね。そろそろベテランの域になってきました。
これ以外にもなんだかんだとパーティーに呼ばれては参上しているので、私の中のシャルトル王子像はもう固まっています。お義姉様たちには『クールで素敵で凛とした方』と説明しましたが、あれかなりマイルドに表現しています。実際は無愛想な『シャルマン王子(笑)』のままですが何か?
そういえば、初対面の時にせっかく渡したプレゼントをポイッと投げられましたが、あの時以降、そういう扱いはされなくなりました。さすがにアレはないと怒られたのでしょうか。だとしたらザマミロですね。
今回も王子様にプレゼントを手渡すために長蛇の列に並びます。
「なにこれ、王子様に会うのに行列するとかありえなくない?」
「ちょっと! 王子様が見えないじゃないの!」
王子様に群がるお嬢様という垣根に阻まれて、肝心の王子様が見えません。一目そのお姿を見ようと、その場で飛んだり跳ねたりするお義姉様たち。行事初参加のお義姉様たちは最後尾に並びながらブーたれていますが、これは毎度のことなので仕方ないことなんです。
「お姉様、お姉様。あまり目立つとよろしくないですよ」
いちおう小声でお義姉様たちをたしなめておきます。ほら、周りから冷たい視線飛んできてますよ!
「え? どうしてよ? 早く王子様を見たいだけじゃない」
しかしお姉様方は私の言葉に耳を貸さず、まだ背伸びしたりジャンプしたりしています。地味にしてても弾き飛ばされたりするんですからね、目立ったら何されるか……ガクブル。巻き込まれ事故は困りますので、私はしれっと他人のふりしてよっと……。
そしてやっぱり、目立った行為を見逃さないのが取り巻きのお嬢様方。
「何をおっしゃっているのかしら、この人たちは」
「ジタバタといやあぁねぇ、下品な方々。あなたのドレスの埃が舞うからおやめになって?」
「こんなのをシャルトル様に近づけてもよろしいのかしら? ちょっと侍従を呼びましょう、つまみ出してしまいなさい」
「「うっ……」」
周りのお嬢様方の冷たい視線ととげとげしい言葉の槍にぶっさされて、お義姉様たちはおとなしくなりました。お義姉様たち、出る杭は打たれるんです目立っちゃダメですよ言ったじゃないですか。
私は勝手知ったる王宮行事。そしてさらにいうと私は枯れ木も山の賑わい、サクラなのです。人数調整要員なんですから、とにかく目立たなくおとなしく粛々と自分の役割を果たすべく実行していました。
ようやく私の番が来たのでプレゼントを手渡しながらご挨拶します。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。そなたは……フォルカルキエ子爵令嬢か?」
「覚えていただけて、ありがたき幸せにございます」
「うむ」
珍しく、というか初めて王子様と会話しました! 会話というか、声をかけられただけですが。
いつもならご挨拶が終わったら速攻輪の外にはじき出されるのが、今日に限って!
参加七回目にして初めて会話しましたよ、しかもいつの間にか名前(というか顔?)覚えられてたし! そして手渡したプレゼントは、側近くにいる侍従様が受け取って丁寧にしまわれたし!
いろいろびっくりしました。
無愛想はいつも通りでしたが、まさか声かけられるとは思ってもみなかったので唖然としていたら、「ほら、ボーッとしないで次が詰まってるのよ!」と小さなヤジが聞こえたかと思うと、ようやく(?)いつも通り輪の外にはじき出されました。王子様が声をかけている間は手を出しちゃダメとか、そういう暗黙のルールでもあるのでしょうか?
「ふう、おどろいた〜」
とりあえず王子様にプレゼントを手渡すというメインイベントも終えたし、取り巻き集団から脱出できたしで一息つきました。後はどうしましょう? お義姉様たちと一緒にいるのか、いつも通り壁際でパーティーを観察するのか。
何をしようかと決めかねていると、
「ちょっと、あなた」
ずいっと数人のお嬢様が私の前に立ちはだかりました。どこのお嬢様か知りませんが、みなさん私を睨んでいます。
「シャルトル様に声をかけていただいたからって、いい気にならないでくださいませね」
「えっ?」
その中の一人が口を開きましたが、それなんてお約束なセリフ! あまりにベタなセリフが飛び出してきたので、思わず吹き出しそうになりましたよ! こんなセリフ、本気で言う人いたんだぁ……。漫画とか、フィクションの世界のセリフだと思ってましたよリアルで聴けてドキドキしてます。
ニヤニヤを抑えて不安げな顔をするのに苦労していると、別のお嬢様が。
「そうよ。あなたくらいの身分でお妃様に選ばれるわけないし」
気が早いですねあなた! ちょっと声かけられただけでお妃様候補とか、ないない! どうやったらそんなに突飛な想像できるんですか。だめだ、吹き出しちゃう。
吹き出すのをこらえすぎて肩が震えてしまいました。
「あら、泣いてらっしゃるの? まあ、面白くない。とにかく、シャルトル様にはヴィルールバンヌ侯爵令嬢様がお似合いということを覚えておいてくださいませね!」
ドヤ顔でそう宣言する三人目のお嬢様。泣いてないし。
あらうっかりさんですね! ツルッとこの茶番の黒幕を言っちゃいましたよ。はは〜ん、そうですか。ヴィルールバンヌ侯爵令嬢が私を潰しにかかったのですか。
ヴィルールバンヌ侯爵令嬢こそ最有力のお后候補じゃないですかやだぁ。こんな子爵の娘ごときがライバルになるわけないでしょ!
ちらりと王子様のすぐ側にいるはずのヴィルールバンヌ侯爵令嬢を見ると目が合いました。ちゃんとこっちを見てたのですね。
王子様にお声をかけてもらっただけで、こうして有力貴族のお嬢様に睨まれるなんて貴族社会怖いところ! 頼まれてもお妃なんかになりたくありませんよ!
「そんな……、わたくしは、けしてそんなつもりはございませんのに……。王子様には近付きませんので、お許しくださいませ」
あんな無愛想で感じの悪い王子様、こっちから近付くつもりなんて毛頭ありませんけどね! 本音は心にしまって、私はアメジストの瞳を潤ませながら謝っておきました。潤んだのは笑いをこらえすぎたからなんですが、ちょうどよかったです。
「うっ……。そ、そうなさるのが無難ですわ」
「そうね、二度目はなくてよ」
私を泣かせてしまったと勘違いしたお嬢様たちが一瞬ひるんだようです。そして私に戦う意思がないと見ると、捨て台詞を吐いて踵を返したのですが、
「あら、失礼!」
振り返りがてら手にしていた飲み物を私のドレスに引っ掛けていきやがりました。
お〜い! ちょっとこのドレスどうしてくれるのよ!!
久しぶりのパーティーなのに、ついてないですね。
私は目立たぬよう、こっそりひっそりパーティー盛況要員に徹していたはずなのに。王子様が気まぐれに話しかけるからっ!
ドレスも汚れてしまったし……、今日は壁の花一択ですね。
「リヨン! ドレスが汚れてるじゃない! 何かあったの?」
私が適当な場所を探してうろうろしていると、ショーレが慌てて走ってくるのが見えました。
「ああこれね、さっき人にぶつかった拍子に飲み物がこぼれちゃったの。私ったらドジよね」
「ふうん?」
私は適当にごまかしたのですが、ショーレの青い瞳がすっと眇められキラーンと光ったのはきっと気のせいですよね?
「だから今日も壁際で大人しくしてるわ」
そしていつも通り、ショーレとおしゃべりして過ごすんだろうなぁと思っていたのですが、
「う〜ん。ちょっと待って」
ショーレは少し考えるそぶりをしてからそう言うと私の腕を掴み、どこかに引っ張って行こうとしました。
「え? ちょっと、ショーレ? どこ行くの?」
ズンズン歩くショーレの早さに合わせて早足になります。
「その汚れはさすがに目立つから、着替えるんだよ」
「だって私、着替えなんて持ってきてないわよ?」
やんごとなきお嬢様ならば着替えの一つや二つ持ってきているでしょうが、うちはそんなことしてません。
替えのドレスなんてどこにもないのにどうするのかと尋ねたら、
「大丈夫。王女のドレスがあるよ」
振り返りざまニコッと笑ったショーレ。うぉぉぉい! この人何言ってんの!!
王女様というのはシャルトル王子の妹で、確か私よりも一つ年上だったはず。
私とショーレの足音だけが響く誰もいない廊下。ショーレは王女様のクローゼットに向かってたのか!
「無理無理無理無理! 王女様のドレスなんて、恐れ多すぎて借りれないよ! なんとか隠してごまかすからもういいって」
その場で踏ん張りショーレを止めました。
急に私が立ち止まったからショーレはちょっと体勢を崩しましたが、私がテコでも動かないのを見て取ると、
「いいからいいから」
「きゃー!」
そう言って私を抱き上げてしまいました。くそう! 強硬手段にでたな!
「ほんと、王女様のドレスなんて着れないわ」
「王女はちゃんと話のわかる人だから。ほら暴れないで」
「誰が話を通すのよ!」
「僕だよ。侍従だけどこれでもいちおう王女とはいとこ同士だからね」
「…………」
そうだった。私ってばすっかりタメ口きいてるけど、ショーレってモントルイユ公爵家のおぼっちゃまだった。ショーレのお父様のモントルイユ公爵様と今の国王様は兄弟だから、王子様や王女様といとこになるんですよ。ショーレが気さくだからうっかり忘れがちだけど、実はものすごい高貴なお方だったんだよ……。
私がショーレのお家のことを思い出して絶句しているうちに、どこか上品でかわいらしいお部屋に連れて行かれてしまいました。
「なるべく今日のドレスと似た色を。僕は部屋の外で待ってるから」
「かしこまりました」
そして部屋に待機していた侍女さんにテキパキと指示してから部屋を出て行きました。
ええっ!? 王女様の部屋に置いてきぼりかいっ! いや、着替えるんだから出て行ってもらわないと困るんだけど……。
どうすればいいのかわからず呆然と立ち尽くしていると、侍女さんが私を見てにっこり笑って、
「姫様と似た様なスタイルですからぴったりだと思いますわ。少しお待ちくださいね」
別の侍女さんがドレスを選んでいる間に、するすると汚れたドレスを脱がせてくれました。
「こちらでいかがでしょう? お嬢様によくお似合いだと思いますわ」
そう言って持ってきてくれたのは、淡い紫のドレスでした。
着てきたドレスより少し淡い色合いで、シフォンがふわふわとしてますがあまりデコデコしていない、どちらかというとシンプルなデザインで私好みです。王女様、好み似てるのかな。
また侍女さんたちに手伝ってもらい手早く着替えて、外で待機しているショーレのところに急ぎました。
「わぁ! よく似合ってる! 王女には話してきたから安心して」
私の姿を見たショーレが絶賛してくれましたが,ワタシ的にはこの短時間の間に王女様に話を通してきているあなたに絶句ですよ。どんだけ仕事早いの。
「……ありがとう」
「どういたしまして。リヨンは目立つんだから、気をつけないといけないよ」
「え?」
うそん。私目立たない様にすっごく気を遣ってたのよ? それがなんで目立つの!?
ショーレの言葉にきょとんとしていると、
「リヨンは自分の魅力がわかってない様だね。小さい頃からそうだったけど、透き通る様な白い肌に薔薇色の頬と唇。ふんわりとした金の髪はキラキラと輝く天然のティアラのよう。何よりそのアメジストの瞳で微笑まれたらどんな男でも堕ちるんだよ? 証拠と言っちゃなんだけど、前に不審な男に連れ去られたことあったでしょ? あれもリヨンに惹かれたからだよ。あんなに幼くても魅了しちゃうんだから大人になった日には……はあ。ため息が出るよ」
すらすらと出てきたのはすごい恥ずかしい賛辞の数々。これだけ聞いてると私、すごい美少女だよね。
かなりフィルターかかってません? ショーレ様?
「そんなことないわ。私よりも綺麗で素敵な人の方がたくさんいるわ」
「わかってないなぁ。リヨンは飾らなくても綺麗ってことだよ」
いつもパーティーに招待されているお嬢様たちの方がよっぽど綺麗なのに。
「う〜ん、褒めてくれてありがとう」
とりあえず社交辞令は受け取っておきますよ! あんまりこんなことばっかり言ってたら、ショーレ、チャラ男になっちゃいますから気をつけてください。
「でも、こういうこと誰彼となしに言っちゃダメだよ? 勘違いされるからね。私だからいいものの」
ただでさえショーレはイケメンなんですから! こんなこと言われたら勘違いする女子続出です。
「え?」
「え?」
ショーレが驚くから私も驚いちゃったじゃないですか。どこに驚きポイントあった?
あ、まさか。
これがいわゆる『フラグがぽきっとね☆』ってやつ……?