めぐり逢ひて
62話目『パパの大冒険?』の後くらいです。
お父様も無事に帰って来て、トロワとの結婚式も終わり、なんとか落ち着いて来たある日のこと。
「あ、そうそう。これ、お土産」
「はい?」
お父様が取り出してきたのは、素朴な木箱。
「迷子になってる間にフルール王国で手に入れたものなんだけど、リヨンにぴったりだと思ってね」
フタを開けると中に入っていたのは、小さい青い石を整然と並べた髪飾りでした。
光を反射してキラキラ輝く青い石はとても綺麗です。
これ、ただのガラスじゃないよね? 宝石か何か、かな。
「あらかわいい。……散りばめられるのは宝石ですか?」
「うん。今あちらの国で大流行してるらしいんだけど、品質もめちゃくちゃ良くてね。え〜と、なんだったっけな……ああ、そうそう、『ヴィオラ・サファイア』とかいう名前らしい」
「へぇ〜、すごく綺麗」
小粒とはいえ輝きが違う。素人目に見てもこれはお高い奴ですね!
「これは……小さいけど、素晴らしい石ですね」
「だろう?」
横から覗いたトロワが感嘆の声をあげました。さすがは王子。見る目ある。
「これはどうやって手に入れたんですか?」
「それはね——」
* * *
ようやくたどり着いた、わが国と国交のある国。これでなんとか帰れる目処がたった、とはいえまだ最後まで帰り着いた訳ではない。
どうやって国まで帰ろうか……と考えながら町を歩いていると、ふと目についた小さな雑貨屋。
なんとなく気になって入ってみて、そこで目にしたのは、小さいけど質の良いサファイアを使った小物だった。
「これは本物かい?」
まあ多分本物だろうけど、かなり質が良さそうだ。
店の者に聞くと、
「それはこのピエドラ・モン・デュックの町の特産品で、丘の上の屋敷に住む『公爵様』が管理している宝石だよ。クズ石を私らにタダ同然で卸してくれるんだ」
と教えてくれた。
「この小ささでこの美しさなら、本体は想像を絶するね」
「ああ『ヴィオラ・サファイア』は別格だよ」
「『ヴィオラ・サファイア』?」
「最高級のサファイアの名前さ」
「ぜひ見たい!」
私の商人魂が疼いた。
どうしたらそのサファイアを見ることができるだろうか?
……と考えていたら、意外なところから突破口が開いた。
ここまで連れてきてくれた商隊の頭領が、その『公爵様』と知り合いということで、なんとか会わせてもらえることになった。
「船が難破して壮大な迷子になってるんだって? 大変だね」
「はい。なんとかこうして我が国の近くに行く商隊に便乗して帰路を急いでおります。ところで、このサファイアに関してなのですが」
「おお、なかなかの目利きだね。それに目をつけたか」
「はい。これはとても良い品でございます。もっと大きなものがあればとても高く売れるのではないでしょうか? 我が国でも商売させていただきたく……」
と、さっそく商談を始めようとしたら、
「そうだろうそうだろう。それな、『ヴィオラ・サファイア』と言ってな、今、我が領地のイチオシなのだよ!」
『公爵様』がめちゃくちゃ話に食いついて来た。むしろ食い気味に。
「そうでしたか。ではぜひとも——」
話を戻そうとしたのに『公爵様』は遮った。
「しかしだな、商売に関しては息子にお願いしてくれるかな」
「ご子息ですか?」
「そうだ。私は『公爵様』と呼ばれてるけど、隠居なの。リタイアしてるの。だから厳密には『前公爵』ね」
「そうでございますか」
「そう。息子に家督譲っちゃってるから、あっちが『公爵様』なわけよ」
「では、その公爵様はどちらに?」
「ロージアの本宅にいるよ。フルールの王都」
「王都でございますか」
行きたいけど、そこまでの足をどうししたらいいのかわからないんだよね〜。と、『前公爵様』のフランクさにつられてツルッと口が滑りそうになったけど、我慢。
すると、
「うちの国と貴国は確か友好国だったはず。陛下に手紙書くから、そこから貴国に送ってもらえばいいんじゃないか? ロージアまではうちの馬車で送っていこう」
なんて渡りに船。ありがたい。
「いいのですか?」
「構わんよ。私たちもロージアの孫に会いに行く口実になる」
「はあ……お孫様ですか……」
ということでロージアまで『前』公爵夫妻に連れて行ってもらえることになった。
この人たち、フルールではめっちゃくちゃ高貴な人物だったなんて、後から知って慄いた。だってあまりにフランクだから……。
ロージアではすごい立派な『公爵家』の屋敷に行き、なんかすごい若くて美形の公爵様と商談した。
「この『ヴィオラ・サファイア』を、ぜひ我が国へも持ち帰りたく存じます」
「そうか。とうとうヴィオラの美しさが外国にも浸透していくのか」
「?」
嬉しそうに言う公爵様だけど、ヴィオラって誰かの名前なのだろうか?
私が首を傾げていると、
「『ヴィオラ』は現公爵夫人のことでございます。奥様の瞳の色がこのサファイアと同じでございまして、旦那様が『ヴィオラ・サファイア』と名付けられたのでございます」
こっそり執事殿が教えてくれた。そうですか。
このサファイアにはもうワンランク上の『ヴィオラの瞳』というものもあるらしいのだが、それは希少ゆえにまだあまり数が少なく出回っていないらしい。
とりあえず『ヴィオラ・サファイア』の取り扱いについて商談は成立した。
ロージアでは帰国の手続きが終わるまで王宮に滞在させてもらい、数日ロージアの町を観光したあと、母国へと送ってもらったのだった。
* * *
「ピエドラもロージアも、すごく綺麗な町だったよ」
「そうなんですか」
「そうだ! 二人で旅行にでも行ってきたらどうだい?」
「え?」
「遠慮せずに行っておいで。行く価値はあると思うよ」
ニコニコと旅行してこいというお父様。フルールって、ちょっと遠いですよね。飛行機で一飛びならいいけど、馬車で揺られていくのって……。
私が旅程を考えてためらっているというのに、
「へぇ、フルールですか。いいですね。リヨン、新婚旅行に行きましょうか」
トロワは上機嫌でのっかてるし。
「いや、この国に新婚旅行って概念ないでしょ」
「いいのいいの、前例を作ればいいことだよ」
はぁ……行く気満々だな、これ。
書籍発売記念リクエストより。
めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな




