悲しみの後に
年月はゆるやか〜に過ぎていき、私も十三歳になりました。ちょっと中の人に追いついたかな。まあ、大人な話をしても怪しまれない歳にはなりました。いや〜、子供の演技するってなかなか大変だったんっすよ。(ぶっちゃけすぎ!)
しかし馴染めば馴染むほど、この世界って不思議だなぁって思っています。現在進行形で。
そもそも時代が逆行してない?
普通転生するなら、自分が生きていた世界よりも後の世界に生まれ変わるはずよね? なのにこの世界、なんか中世っぽい。中世ったって教科書でしか知らないけどね、服装とか生活とかが教科書や資料(漫画含む)で見た感じなの。
服装は、普段はくるぶし丈のワンピースを着ています。胸元が開いてたりパフスリーブだったりは個人の好みで、デザインは色々あります。いつもいつも舞踏会で着るような豪勢なドレスを着てるわけじゃありません。でもコルセットはあるんですよ。こう、ない胸をギュムぅぅぅっと寄せて上げ、なおかつたるんだウェストをギュムゥゥゥっと締め上げる例のアイテムです。まさか普段からあれを着用させられるとは思わなかったなぁ……。まあそれはなんぞごとの時にコルセットの締め付けで気を失わないための訓練だとか? 気を失うくらいに締め付けんなよ、と声を大にして言いたいけど、細っこい腰が魅力的だそうです。ほんとかなぁ??
私は幸い華奢なので、そこまでギュウギュウ締め付けられることはありませんが。元から細いウェストさ! 代わりに寄せて上げるものもありませんが何か?
「もういい加減、王子様もターゲットを絞ればいいのに」
相変わらず『王子様と楽しい時間を過ごそう☆』企画は続けられていて、貴族令嬢はことあるごとにお城に呼び出されています。
企画は続いていますが、呼ばれるお嬢様方の顔ぶれは少しずつ変わってきています。
例えば、クールブヴォア公爵様のお嬢様は年上すぎて(王子様よりも十も上!)お妃候補から外れた瞬間に婚約者が決まり、サクッと嫁に行かれました。そういう例が他にもいました。公爵令嬢のようにすぐに売れればいいですが、売れ残ったりしたら悲惨ですねぇ。社交界のお局様とかマジ勘弁してほしいわ。そういうのが存在するかどうかまだわかりませんが。
今の所ヴルールバンヌ侯爵様とメリニャック侯爵様のお嬢様が有力候補だということです。お妃なのか側室なのか、どっちなーんだい、って感じです。超他人事で見ています。
今日のイベントは『王子様の演奏を聴こう!』だそうで、私たちはいつものようにお城に集められています。一種の発表会ですよね。王子様は楽団と一緒にヴァイオリン弾いてらっしゃって、もちろん有力候補のお嬢様方は最前列を陣取ってます。
私がいつもの定位置——壁際で、王子とその取り巻きお嬢様の一団を眺めていると、
「最近ちょっと情勢が微妙だから、まだ絞りきれないんだよ」
私のポツリと漏らした言葉に隣でクスクスと笑うのはショーレ。
以前と違って少し伸ばした、でも短めに整えた金髪もキューティクルツヤツヤ、そして前よりさらに背が高くなって「モデルかっ!」とツッコミたくなるくらいにスタイルよしのイケメンになっています。高貴なサファイアのような青い瞳を細めて微笑む顔は相変わらず綺麗です。眼福です。でもいかんせん侍従という身分からか、お嬢様方のチェックは入っていなくて、私とこうして話していてもスルーされるばかりです。
それはいいとして、情勢って何?
「情勢って?」
「う〜ん、バランスというか? 今お妃をどっちかに決めちゃえば、そのどちらかの家が勢力増しちゃうでしょ? それが不味いワケ」
ショーレが簡単に説明してくれました。いつの世も政治の世界って難しいね! 私そういうの得意じゃないし、うちのような身分だとむしろ蚊帳の外だから関係ないからいいけど。
「ふうん。じゃあ、どっちもお妃様にしちゃえばいいじゃない」
政情が安定しないなら両方ともお妃にしちゃって、上手くバランスとりなよ。もう正直、早くお妃様決めちゃってこんなイベントやめちゃってください。
しょっちゅうお城に来るのは気を使うし、お嬢様方のドロドロした面を見るのもうんざりしてきてます。アノヒトたち、王子様の見てない所では足踏んだり突き飛ばしたり平気でやってますからね。私だって突き飛ばされた被害者その一ですからね!
私の色んな気持ちのこもった一言にショーレは苦笑しています。
「それは王子がウンと言わないんだよ」
「やっぱりアレ? 妃は一人に限る(キリッ)ってやつ?」
「そうそう!」
「王子様、意外と頑固だねぇ」
「まあねぇ」
嫁さん的にはその方が精神衛生上よろしいとは思いますけど、国としてはどうなんだろう?
まあ、こんなことを壁際でグダグダと話していても仕方ありませんが。
ちょっと頑張ってよ、王子様!
私は今日も無愛想な、ヴァイオリンを弾くシャルマン(笑)王子に念を送っておきました。おっと、シャルトル王子でしたね!
それからしばらく経ったころ、都を流行病が襲いました。原因不明の高熱が一週間以上続いて衰弱死してしまうという怖い病気です。
きっと前世ならば、最先端医療とかなんとかで早急に治療法を見つけたりできるのでしょうが、いかんせんココ中世。
病人が出たといえば医者というか薬草屋さんが出てきて薬投与。以上終わり。注射すらないんですよ!
お薬飲んで治る病気ならいいけど、さすがに手術が必要なレベルのものは治らんでしょ。くぅ……! 私が前世医者か看護師さんだったらなんとかでき……るもんじゃないですね。圧倒的に技術も機械もないし。
いやいや、そんなネガティブなこと言ってる場合じゃな〜い! とりあえずできることをやるしかないでしょう!
身の廻りの衛生面に気をつけましょう。マスクは必携ですよね。マスクってものがこの世界にまだないから、自分で作っちゃう。
栄養価の高いものを食べて体力つける。
あとそれから……、ってやれることを指折り数えていたら、なんと、お母様が、病に感染してしまいました。
元々体の弱かったお母様。そのお母様のために都に移り住んでのにですね、それが仇になったなんて、どんな皮肉でしょう。領地ではこの病が流行ってないから、あのまま領地にいれば罹らなかったのに、と思うと悔しくてなりません。というか、もっと早くに領地に撤収していればよかったんですよね。判断が甘かったです。しかしお母様はこの病が流行りだしてすぐに罹ってしまったので、撤収する暇がなかったんですけど。
お母様にもマスクをつけさせたのに! って、違うか。
とにかく、お父様と私で必死に看病しました。
薬も必要な分買って(お金はありますからね!)、玉子酒作って、おかゆ作って。え? 民間療法じゃないの? しかもそれ風邪の時でしょって? だってそれしか方法知らないんですもの、なんでもいいんです効けばいい! さすがに怪しい祈祷師が来た時には追い返しましたけど。
でもやっぱり医療技術が……。そこ! そこなんです!
お父様と私で頑張りましたがやっぱりダメで、お母様はあっけなく帰らぬ人となってしまいました。
「うう……お母様……」
お母様が愛でた庭の花や木や小鳥たちを見ながら私が感傷に浸っている横で、
「うぉぉぉぉぉん! クリシー! 僕を置いて行くなんてひどいじゃないか〜! 帰ってきておくれ〜〜〜!! 僕には君しかいないんだから!」
お父様がギャン泣き……いや、男泣きに泣き倒しています。クリシーというのは母の名前です。領地の仕事も手につかず毎日泣き暮らしています。
普段はナイスミドル、イケダンなお父様だったのに、お母様を亡くして以来キャラ崩壊中なんです。
それだけお母様のことを大事にしていたのはわかるんですが。
「…………」
思わずじとんとお父様を見てしまいます。
私も悲しいけど隣でそこまで嘆き悲しまれたらちょっと……。お父様を見ていると、溜まった涙がスーッと引いていくのを感じます。
私も力が抜けたようになりましたが、お父様と一緒に凹んでいては共倒れになります。それはだけは避けたい!
ここは精神年齢アラフォー(前世+今世)、頑張りどころです!
「お父様、お食事くらいしないと、お父様まで病に罹ってしまいますよ」
「食べたくない……」
「お母様が聞いたら悲しみますよ!」
「うう……クリシーのところに行きたい」
「私が困ります」
「そうだね、リヨンのためにもお父様は頑張らないといけないんだね」
「そうですよ! さ、今日も私が心を込めて作ったんだから、たくさん食べてね」
そう言って私が作った料理を勧めます。お嬢様だけど料理できます。なぜなら前世は一人暮らしだったから。自炊していたようなので、料理の仕方を覚えてました。キッチンの勝手は全然違うけど、そこは使用人たちに聞いてなんとかなりました。
お母様が亡くなってから「ご主人様が食事に手をつけない」と使用人が困っていたので、「私の手料理なら食べられるでしょ?」ということで作り出したのがきっかけです。
それから食事当番は私になってしまいましたが、別に嫌いじゃないからよしとします。
お父様もなんとかお仕事復帰し、悲しみも癒えたかなと思えるのに半年かかりました。
病の猛威もかなり落ち着いたのですが、王様たちは今回の流行病の件で対応に追われ、イベントなんかは全然行われていません。
だったら領地に帰ったらいいじゃないかと思ったのですが、お父様が「領地はお母様の思い出が多すぎて」
とかなんとか言って帰りたがらなかったので、私たちはまだ都にいます。流行病が絶好調の時も都にいましたが、防御策が功を奏したのか罹らずに済みました。前世の知識に感謝です。
相変わらず都と領地を行き来するお父様。忙しい方が何かと思い出さずに済んでいいんだとかなんとか言って若干ワーカホリック気味です。
その日はお父様が領地から都に帰ってくる日だったので、私は気合を入れてディナーを作って待っていました。
七日ぶりに会うので、お父様のお好きなものをたくさん作って今か今かと待っていると、表が騒がしくなりお父様が帰ってきたのがわかりました。
玄関まで出迎えに行くと、ちょうど勢いよくドアが開いたところで、
「ただいまリヨン! リヨンに話したいことがあるんだけど聞いてくれるかい?」
いつになく上機嫌で帰ってきたお父様が私にハグしながら言ってきました。
お父様がこんなにご機嫌なのって、お母様が亡くなって以来初めてじゃないですかね? そんなに何か嬉しいことでもあったんでしょうか?
「おかえりなさい、お父様! 話したいことって、何?」
大口の商談がまとまったとか? 領地で金鉱見つけたとか? 見当がつかないのでキョトンとしてお父様を見ていると、
「新しいお母様を見つけたんだよ!」
…………? え?
私、一瞬フリーズ。
でも私とは対照的に、満面の笑みのお父様。え、ちょ、新しいお母さん!? え、もう再婚する気とか? え? え?
「え?」
「え?」
お父様、あんなに身も世もないほど取り乱して嘆き悲しんでたじゃないですか! 君しかいないとか言ってたじゃないですか!
それが半年で言を翻すなんてぇ……。