ツッコミが追いつかない
アルルちゃんから聞かされた『他人から見た私と王子様』そして『私が帰った後の王子様』。あの無愛想王子様が落胆する姿を他人に見せるって、なかなか珍しいなとは思いますが同情はしませんよ。私は私の道を行くんですから。
一日の仕事を終えると、私はおばあちゃんより一足お先に店を出ました。
夕飯の買い物をしてから家に帰るんです。夕飯の支度も私の仕事。おばあちゃんは店じまいをしてから帰ってくる。そういう取り決めなんで。
結局今日は一度も姿を見なかったトロワが気になったので、買い物を済ませた帰りにお店に立ち寄ってみることにしました。
「こんにちは〜。すみません、トロワいますか?」
「おや、フォルカルキエ家のリヨンちゃんじゃないか。トロワに用事か?」
私が店の中に声をかけると、酒屋のおじさん——トロワのお父さんかな?——が出てきました。トロワじゃなくて残念だなと思う私がいるけど、ここは笑顔でご挨拶よ。
「用事ってほどの用事でもないんだけど……」
まあ、ただ顔が見たいってだけで。ストレートに言うのはなんか恥ずかしいしなぁ。
どう言ったらいいものかわからなくてもじもじしていると、
「ごめんよ〜。今日はもう家に帰っちまったんだよ」
おじさんはすまなさそうに言いました。
そういえば私、トロワの勤務時間を聞いたことなかったなぁ。
午前中は配達とかでいないというのは聞いていたけど、午後は店じまいまで手伝ってるんだと勝手に思い込んでました。いつも会うのは、私が薬屋で働いている昼から夕方までの間だったし。
トロワも先に帰って夕飯の支度とかしてるのかしら? でもそれは普通お母さんがやるか。……あれ? よく考えてみたら、私ってばトロワの家族構成とか、どこに住んでるのかも、全然知らないじゃない……。
まあこういうのはおいおい知っていけばいいかな。これから時間はいっぱいあるんだし。
「そうですか。じゃあ、また明日にでも顔出します」
「トロワには伝えておくよ」
トロワがいないことを聞いたので、私はおじさんに挨拶をして帰路につきました。
帰り道を鼻歌交じりで歩いていると、前方から騎士様がやってくるのが見えました。
「おっと。敵影発見」
あれは、町中を見回りしている治安維持の騎士様です。それでも騎士様は騎士様。まだ完全に逃げ切れたとは言い切れませんから、姿を見られないことに越したことはありません。
私は何食わぬ顔で路地裏に身を隠し、騎士様たちをやり過ごしました。
無防備に町をうろつくのはまだ危ないですね。もう少し危機感持って過ごさないと。
次の日。
「右よし、左よし。もう一度右よし。安全確認オッケー。敵影なし!」
家を出る時、十字路のところなど、ちゃんと騎士様の姿がないか確認しながらお店に向かいました。でもこれ、いつまで続くんでしょうか。一ヶ月? 一年? ——王子様が婚約発表するまで? ま、まあ、そこは適当に、ほとぼりが冷めるまでは用心するということで。
薬屋に出勤途中、いないとは思いつつも、念のためトロワのお店を覗いてみました。
「今日も配達かな〜?」
通りすがりにお店の中をチラ見していると、
「失礼。お嬢さん。少しお話をよろしいかな?」
トロワの店の先の角から突然騎士様が現れました。
「えっ?」
いきなり現れないでよびっくりしたびっくりしたびっくりした〜〜〜っ!! すごく驚いたので三回言いました。と、そんなことはどうでもよくて。
長身イケメンの騎士様は私の瞳と髪をじっと見ています。しまった。帽子でも被ってこればよかった! もしくは髪染めするとか。
じっと見てくる目力がハンパなくて、思わずジリジリ後退します。逃げたら怪しまれるけど、でも全力でこの場から逃げ出したい。
「わ、私が何か……?」
「あなたに似た女の人を探してるんですよ」
「私に似た人?」
表面上は穏やかに話しながら、それでも私は少しずつ騎士様から距離を取ろうと後ずさりしています。
「はい。ですから、一度お話が聞きたくてですね——」
「私は話なんてありません!」
踵を返して逃げようとふりかえった瞬間、
「我々と一緒に来てくださいますか?」
後ろにもいつの間にか騎士様いました。逃げるどころか騎士様の胸の中に飛び込んだ形になってるし。
なんだこの『署までご同行願えますか?』的なシチュエーションはっ!
って、前世のドラマとかでしか見たことないけど! 実際にそんな状況なったことないけど!
「何も話すことないしやってないのに、どうして一緒に行かないといけないんですか!」
「うわっ!?」
私が目の前にいる騎士様の胸ぐらを掴んで逆ギレすると、一瞬ひるんだ騎士様。
今だチャンス!
私はその隙にトロワのお店に飛び込みました。
「トロワ!」
「リヨン!」
私がお店の中に駆け込むと、中にはいつもののんびりした雰囲気のトロワがいました。うん、さっきまでの緊張感とは真逆だわ。
「私何も悪いことしてないのに騎士様に連れて行かれそうになってるの、助けて!」
「そうなの? 大丈夫、落ち着いて」
「うん」
いつも通りのうっとうしく目元を隠したもっさり黒髪、黒縁メガネ。なんかそれだけでも落ち着きます。
「僕が話を聞いてくるから、ちょっと待ってて」
「ありがとう」
トロワは私に椅子を勧めると、一人で店の外に出て行きました。
「一人で出て行ったけど、大丈夫かな」
外で騎士様と話をつけてきてくれたんでしょうか、すぐにトロワが一人で戻ってきました。やきもきする暇もなかったわ。
「騎士様、なんて?」
「ああ、大丈夫だよ。心配ない」
「? そう?」
トロワが私を安心させるように頭をポンポンと叩くから、すっかり大丈夫な気になってしまう不思議。トロワマジックかしら?
トロワが果物のジュースを出してくれたのでありがたく一口飲むと、その優しい甘さにさっきの緊張がほぐれていきました。そして緊張がほぐれるのと同時に、久しぶりにトロワに会えたことのうれしさがジワジワしみてきました。
大きく息を吐き出して肩の力を抜いていると、
「今までどこでどうしてたの? ずっと探してたんだよ?」
自分も飲み物の入ったコップを手にして隣に座ったトロワが、心配そうに私の顔を覗き込んできました。
舞踏会の前日から今日まで一週間以上経っています。こんなに長い時間会わなかったことは初めてですもんね。
「あ、うん、ちょっと怪我して寝込んでたの」
「え?」
「足をね、怪我しちゃってたの。そこから悪いものが入ったみたいで熱出して寝込んでたのもあるし、傷が治るのにもそれから三日ほどかかって」
無駄に心配させるのはよくないけど、もう治ったから話しても大丈夫でしょう。私はトロワに不在の理由を話しました。
「足の裏?」
「え? あ、うん」
あれ? なんで足の裏ってわかったのかしら? 私ってば、無意識に怪我してるところを見てたのかも。
なんとなく覚えた違和感だけど、きっと気のせいよね。
「でも、どこにいたの? お屋敷にはいなかったでしょ」
「うん」
どうして私がお屋敷にいなかったこと知ってるの? お義母様、お酒の配達頼んだのかしら?
「あの……子爵家は一週間ほど前に暇をもらったの。だからもうフォルカルキエ家のリヨンじゃなくなったのよ。昨日から正式に、おばあちゃんの薬屋で働かせてもらってるの」
「そうなんだ。じゃあ今はどこに住んでるの?」
「おばあちゃん家に部屋を借りてるわ」
「えっ……」
子爵家を出て独り立ちすることは誰にも内緒で話を進めてたから、トロワも、今初めて知って驚いているようです。
「内緒にしててごめんね?」
「………………」
仲良くしてたのに内緒ごとをしてたから気を悪くしたかと思って謝ったんだけど、トロワは真剣な顔して何かをつぶやいています。何を言ってるのかよく聞いてみると。
「ばあちゃんしかいないって言ってたのに……」
んんんん〜? どゆことかな〜?
「トロワ? おばあちゃんしかいないって?」
嫌な予感がバシバシする……。
「いや、ばあちゃん家にはばあちゃんしかいないって言ったでしょ」
……トロワがうちに来て『リヨンはいるか?』なんて確認したこと、なかったよね。
私がおばあちゃんちに転がり込んで一週間。その間うちに来たのは……。
「それは……誰に?」
心臓がドクンドクンしてきた。周りに聞こえそうなくらい。
聞きたくないけど聞かなくちゃいけないことのような気がして、恐る恐る口にしたら。
「人探しに来た騎士に」
さらっと、爆弾発言。
「なんで知ってるの!!」
うおおおおいトロワ!! なんであなたがうちにきた騎士様に言ったおばあちゃんの答えを知ってるの!?
私が驚きのあまり口をパクパクさせていると、
「だって、リヨンを探してたのは僕たちだから」
また涼しい顔で言うトロワ。
「は? 私を探してるって? 僕たちって?」
騎士様が探してるのが私って、なんでトロワが知ってるの?
や、ちょ、ちょっと待って。ツッコミどころが多すぎてどうしたらいいの!
手汗がやばいことになってきた。
「だってリヨン、いつも無防備だからさ」
「いやいや、ちょっと待て」
無防備とか、そんなんじゃなくてね。背中を冷たい汗が伝っていく。
「すぐ近くで守ってないと、何をしでかすか」
「いやいや、待ってってば。私そんなに危なっかしくない……って、そうじゃなくて!」
今度は足が震えてきた。立ってるのがやっと。
「だってリヨン、自分のかわいさを自覚してないよね。だからいつも男がホイホイ湧いてくる」
「人をGホイホイみたいに言わないで! てゆーか、聞いて」
ちぐはぐな会話を続けるトロワを止めました。
確認したいこと、いっぱいあるんだけど?
「ん? 何?」
「さっきから全然話がかみ合ってない! トロワ、わざと話をそらしてるの?」
「いや?」
とぼけるトロワ。まあいつも飄々としてるけど。
私は大きく息を吸って自分を落ち着かせました。……よし、大丈夫。
「いいえ、そうでしょ。ねえ、なんでトロワが——騎士様が私を探してるの? 私、騎士様に追われるようなこと、何もしてないわよ?」
自分から『子爵令嬢=私』ということは言っちゃダメ。私はさも関係なさそうな感じで聞いたんだけど。
「リヨンは、本当は子爵家の使用人じゃなくてお嬢様でしょ」
またさらっと言いましたね、トロワさん!
え? バレてた……の?
いやいや、落ち着け私。これはカマをかけられてるに違いないわ。
ここはしらを切り通さなくちゃ。
「え? 何を言ってるの? トロワだって知ってるでしょ、奥様に怒鳴られてた私を。あのお家、使用人の扱いが悪いのよね〜。ブラックよブラック。それに、お嬢様が台所仕事なんてしないわ。おかしなこと言うのね」
一瞬ひきつりかけた顔を気合いで戻し、きょとんとした顔を作りました。
そもそも、私がリヨンお嬢様だっていう証拠なんてないし!
『証拠がない』という事実が心に余裕をくれて、体の震えがようやく治ったというのに。
「僕が、リヨンを間違えるわけないでしょ」
そう言うと、トロワは静かに自分の黒髪に手をかけました。
「え?」
まるで帽子を脱ぐように、もっさりとした黒髪が取れました。
「うそ……」
黒髪の下から現れたのは、短くサッパリ整えられたサラサラの銀色の髪。
おまけに黒縁メガネを外したら——
「ショーレ!!」
「うん、そうだよ」
「あなた、ヅラだったの!?」
ツッコミどころはそこじゃない。




