祭の後
「ふぅわぁぁぁぁ……よく寝た」
ものすごくよく寝ました。泥のように眠りました。
そして目がさめたら馴染みのないベッドでした。
「ん? ん? ここはどこ? 私はリヨン」
ガバッと起き上がって周りを見れば…………な〜んだ、ここはおばあちゃん家じゃないですか。おばあちゃん家の二階、私の部屋にと片付けたところじゃないですか。私ったら寝ぼけちゃって!
そして部屋の明るさに目がしょぼしょぼしています。
すすけた屋根裏の、汚れた明り取りの窓からさす薄暗い光と違って、ここは明るいお日さまが燦々と入ってきてますからね。
あれ? 私そんなに寝てないのかな?
おばあちゃん家に来たのが朝で、熱があるから薬飲んで寝ろと言われて寝たけど、あまり眠れなかったのかな??
熱は下がったのか、寒気もしないし心なしか体も軽い気がします。なぜか口の中が苦いけど。
足の怪我は? 疼痛はしてない、な。
ボーッとベッドに座ったまま、私が現状把握をしていると、
「おや、やっと目がさめたのかい」
そう言っておばあちゃんが部屋に入ってきました。手にはミルクの甘い香りがするお盆を持って。
「おばあちゃん! おはよう。って、まだお昼頃? 私、少ししか眠ってなかった? おばあちゃん、お店はいいの?」
私が矢継ぎ早に質問するとおばあちゃんはおかしそうに笑いました。
「何を言ってるんだい? 今は朝だよ。リヨンはまるっと三日も寝てたんだから」
「はぁ!? まるまる三日!? じゃあ今は、私がおばあちゃん家に来てから三日後の朝ってこと?」
「そういうこと」
「私そんなに寝てたのね……」
ちょっとだけ寝てたんじゃなかったんですね。てゆーかいくらお疲れだったからといっても三日って、寝すぎでしょ。
自分で軽くショックを受けていたら、
「足の怪我の熱もあったし、疲れもあったんじゃないか? 傷の消毒はこまめにしておいたから、もう悪いものは消えてるよ。でもまだ歩くと痛むだろうから、しばらくは安静だね」
おばあちゃんが私のおでこに手を当て、熱をみています。
「安静って……ベッドで?」
「そう、おとなしく寝てなさい」
「ええ〜。働かなきゃ、おばあちゃんとの約束が守れないじゃない」
ここのお家賃を払う代わりに家事労働するって約束。でないと家賃滞納になっちゃう。おばあちゃんに迷惑はかけられないわ。
「怪我人が何言ってるんだい。治ったらしっかり働いてもらうんだから、今はゆっくりするんだよ。無理に歩いて傷口開かせたいのか?」
「それはいや!」
「じゃあ安静にしておくんだよ?」
「はあい」
「ちなみに飲み薬も、スポイトで飲ませておいたから」
「だから口の中が苦いのか! ……でもありがとう」
「どういたしまして。怪我人はう〜んと甘えていいんだからね」
「ありがとう、おばあちゃん」
口調はぶっきらぼうだけど、おばあちゃんの優しさにほろりとします。こんなに甘やかされたのなんて、何年ぶりかしら。
「ほらほら、目がさめたんならお腹が減っただろう? パン粥を作ってきたから、温かいうちにお食べ」
おばあちゃんが運んできてくれた甘い香りの正体はパン粥だったようです。
ひと口食べるとじんわり広がる甘さと温かさ。じ〜んと沁みます。
三日も飲まず食わず(ん? 薬は飲んでたのか?)だったので、お腹はペコペコ。でも空腹にいきなり食べ物を入れたらお腹が痛くなるので、ゆっくり噛み締めて食べていると、
「そういやリヨンが来た日だっけ、うちにお城の騎士様が訪ねてきたんだけど」
おばあちゃんは何気なく話題にしたつもりだろうけど、私は心臓飛び出るかと思いました。危ない、パン粥を吹き出すところだった。
「き、騎士様が?」
バックンバックンする心臓をなだめながら、それでも何事もない感じでおばあちゃんに聞き返しました。
「そう。なんか人を探してるみたいでさ。『金髪で青い目をした女性を探してる』って言うから『あら、私のことかい?』って言ったら無言になったんだよ。失礼だよねぇ」
おばあちゃんはプリプリ怒っていますが、私はまた吹きそうになりました。
確かにおばあちゃんも金髪碧眼。色は微妙に違うけど、私と同じ系統です。
「ぶっ……ふふ……もう、おばあちゃんたら!」
「ひどいよねぇ、騎士様のやろう。ちょっとイケメンだからっていい気になってんじゃないかい?」
「イケメンはだめよね。イケメン滅びろ」
「おや、リヨンはイケメン嫌いなのかい?」
「嫌いよ。あまりいい思い出ないから」
前世といい、今生の王子様といい、ろくなやつに出会ってないもんで。
「そんなキパッと言わんでも」
おばあちゃんが大ウケしています。
「あ、でもね、うちのお父さんはイケメンだったけどすっごく優しくていい人だったよ。例外もあるってことで」
「そうかいそうかい、優しい人だったんだね」
「そう」
おばあちゃんは私の言い回しからお父さんのことを悟ったみたいで、私の頭をぽんぽんと、優しく叩いてくれました。言葉にしない優しさがまた沁みます。
お父さん……日々の忙しさに忙殺されてすっかり忘れてたけど。生きてるのかどうしてるのか、さっぱりわからないけど。会えなくても、どこかで生きていてくれるといいなぁって思います。
しばらくおばあちゃんと『男は顔じゃなくて心だよね〜』なんて話で盛り上がってしまいました。
「まあ、ここはババアの一人暮らしだよって言ったら帰って行ったけどね」
「そ、そうなんだ」
騎士様、やっぱり私を探してるんですね。でもなんで『フォルカルキエ家のリヨンを探してる』って言わなかったのかしら?
おばあちゃんも、ひょっとしたら何か気付いてるのかもしれません。
私が転がり込んできたその日に、私と同じような容姿をした女性を探してる騎士様が来るなんて、偶然にしちゃ出来過ぎですもんね。
何か言いたげな顔を時折見せるおばあちゃん。ごめんね、今はまだ話せないや。王子様も私のことを諦めて、生活が落ち着いたらちゃんと全部話すから、それまでもうちょっと待っててください。
私には腕のいい魔女さんが付いているので、三日もすれば怪我はすっかり良くなりました。寝たきりというのも退屈なんで、徐々に家の中を片付けたり、ご飯作るのを手伝ったりしてリハビリもバッチリです。そして、舞踏会から一週間も経ったからか、騎士様が私を探して家々を訪ねてくることもなくなりました。
「もう足も大丈夫だから、明日くらいからお仕事再開しようかなって思うんだけど、いいかな?」
夕飯の席で、私はおばあちゃんに切り出しました。
「そうだね。店に出るのは大丈夫だけど、まだしばらくは薬草摘みには行かせられないよ」
「今ある材料でなんとかするわ。ありがとう!」
「無理はしないように」
「は〜い」
あまり長くお仕事を休んでるとお客様に忘れられちゃいます。せっかく軌道に乗ってきたところなんだから、ここは無理しても頑張らなきゃ。
それに気になるのはお仕事のことだけじゃなくて。
舞踏会の前日以来ずっと会ってないトロワ。
あの日トロワに向かって『私が王子様に見初められてもいいわけ?』なんて言っちゃって、ビミョーな感じで別れたままです。
あの日の私、なんてこと口走ったんだろ。
トロワは私のこと、〝私が想うよう〟には思ってないんだろうな。思わせぶりな発言が多いんだよなぁ。それにいつも振り回されるのは私。
「意識してるのは私ばっかなんだよなぁ。ずるいなぁ」
でもあののんびりとした雰囲気とか、優しいところとか、やっぱり好きだなぁって思う。
「考えてたら会いたくなっちゃった」
明日、お店に行く前にトロワの酒屋さんを覗いていこうかしら。あ、でも、午前中は配達とかで店にいないんだっけ?
まあ、なんとかなるか。
「一週間ぶりの外! う〜ん、気持ちがいい!」
次の日、早速朝から元気にご出勤です。開店準備のあるおばあちゃんは先に行ってもらい、私は朝ごはんの片付けと部屋の掃除をささっと済ませてから出かけます。
これまでは午前中に屋敷の仕事を済ませて、昼からの数時間を薬局で過ごすという生活をしてきましたが、今日からはこれが私のお仕事。お義母様たちにこき使われる生活から解放されました! 祝・自由〜!
足裏の怪我もほぼ全快、足取り軽く薬局に向かいます。
途中にトロワの酒屋さんがあるので、チラッと覗いたところトロワはいない様子。何度かお店の前を行ったり来たりしてみたけどいないから、やっぱりもうお仕事に出てるみたいですね。また午後にでも覗いてみましょう。
一週間ぶり、なおかつ舞踏会フィーバーも収まってしまっているので今日は開店休業かなぁと思っていたら、ひょっこりとアルルちゃんが顔を出してくれました。
「リヨンちゃん! 久しぶりね。どうしてたの?」
「ちょっと足を怪我しちゃて、安静にしてたの」
「あらやだ大丈夫?」
「うん、もう大丈夫よ。だからまたお化粧品買いに来てね」
「もちろんよ! 舞踏会は終わったけど、私の王子様の前では綺麗でいたいもんね」
「私の王子様……ああ、彼氏さんか」
「えへへへへ〜」
テレテレと笑うアルルちゃん。そうそう、アルルちゃんには彼氏さんがいるんでした。私の恋の魔法で成就した(自分で言ってて恥ずかしい)。
「あれ? でもアルルちゃん、舞踏会に行ったよね?」
「うん、行ったよ。まあ物見遊山てところかしら?」
「……彼氏いるもんね」
「うん!」
そうか、こういう子もいるんですね。彼氏さんにはなんて言って舞踏会に行ったのかしら? 下手すると破局しかねないっていうのに。
「舞踏会ねぇ、とっても楽しかったよ〜。リヨンちゃんは行かなかったの?」
できれば舞踏会の話はスルーしたかったのになぁ。アルルちゃんが振ってくるものは仕方ない。
「う、うん、行かなかったの。舞踏会の日に足を怪我しちゃったから」
「ええ〜! かわいそうに!」
本気で私の怪我を心配するアルルちゃんには悪いけど、ちょっとだけ嘘をつかせてもらいました。足を怪我したのは舞踏会当日だから、嘘じゃないかな?
「私は別に、そんなに行きたいとは思ってなかったからいいの」
「え〜? リヨンちゃんったら変わってるのね! イケメンで有名な王子様を間近で見られるチャンスだし、美味しいものも食べられるし、綺麗なドレスも着られるしで、女の子にとったら夢のような一日だったのに」
舞踏会のことを思い出しているのか、うっとり夢見る顔になるアルルちゃん。まあ、普通の女の子なら憧れの場所でしょうけど。
「そんな、素敵なドレスなんて持ってないし……それにイケメンは嫌いなの」
「目の保養になるわよ」
「金持ちのイケメンはトラウマ級に嫌いなの」
「リヨンちゃん、目が据わってる!」
「あら、ごめんなさい!」
私には分相応な普通の男の人がいいんです!
「あの日ね、すっごく素敵なお姫様が現れたのよ〜」
それでもアルルちゃんはまだ舞踏会の話を引っ張るつもりのようです。
素敵なお姫様? 私が帰った後に現れたんでしょうか?
「へえ」
「めちゃ美人だし、踊る姿も優雅で美しくてね。王子様もどうやら一目惚れしたみたいだったわ。お姫様のことを離したくなくて、続けて三曲も一緒に踊ってたし」
「……え?」
ダンスを、三曲……?
「お姫様が疲れたと言えば、甲斐甲斐しく席にお連れになって飲み物や食べ物を持ってきたり」
王子様にミント水、持ってこさせました……。ぶどうも、あ〜んしてもらいました……。うん、嫌な汗が吹き出てきた。
「王子様が別のお嬢様たちに絡まれている間にそのお姫様はどこかに行っちゃったんだけど、それがわかった時の王子様の落胆ったらすごかったのよ」
王子様がリールとニームに絡まれてる隙に逃げたのは…………私です!!
アルルちゃんの言う『お姫様』は、どうやら私のことのようですね!
でもアルルちゃんは全然気付いていないようです。
「王子様はしばらく二人のお嬢様の相手をしていたんだけど、その二人をうまくあしらって、またあのお姫様を探していらっしゃったんだけど見つからなくて。途中で帰っちゃったのかな?」
「へ、へぇ〜。そんなお姫様もいたのね」
ええ、帰りましたとも! 一刻も早くお城から逃げ出したかったからね!
それが私だったとバレないように、私は適当に相槌を打ちました。
「まあ、他にも途中で『疲れた〜』って言って帰る子は何人もいたけどね」
「そうなんだ〜」
やっぱりね。警備の騎士様たちにも『疲れた』と言えば疑われずにやり過ごせたもん。
「お姫様が会場内にいないとわかってからの王子様、明らかにテンションだだ下がりしてたのよ。できる限りの人と踊るって告知されてたから踊ってたけど、明らかに顔が死んでたし」
「アルルちゃん、よく見てるね……」
「だって面白かったんですもの」
王子様、面白く観察されてましたよ!
そっか。テンションダウンしてたんですか。……って、私が気にすることじゃないけど。
「お姫様のこと、ずっと気にしてるみたいだったから、見つかるといいなぁ」
「……なぜ?」
「だって、とってもお似合いだったんですもん〜」
キラキラした瞳でそんなこと言わないで!
ぜんっぜんお似合いじゃないし、そもそも全力で逃げ切るつもりですからね!