支度はため息とともに
『本当に少しだけよ?』
なんて。
少しといえども参加は参加。
自分でも言っちゃいけない一言だったなぁとは思っています。
しかし、私のせいで魔法使いの一家が路頭に迷うかもしれないのも放ってはおけない。
私には『(路頭に迷おうが王子からひどい仕打ちをされようが)知らんがな』と言えるような強心臓は持ち合わせていなかったようです。
言ってしまったものは仕方ない。招待状を受付に渡したら(そんな制度あったかな??)、そのままUターンしてきましょう。——って、あれ? 私、招待状なんて受け取ってなかったような??
「あの〜。私、招待状なんて持ってないですけど」
「心配しないで大丈夫よ! 顔パス……じゃなかった、あなたの家族が持ってるわ」
「一緒にいなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫! 名簿見ればわかるから」
「って、さっきから出てくるその名簿って、なんですか」
「さあ? ひ・み・つ」
パチって華麗なウィンクキメてるけど……胡散臭すぎる。
「じゃあ、早速お支度しちゃいましょうね〜」
「できるだけ地味な、目立たないドレスでお願いします」
「あらやだ、選べないわよ?」
「え? なぜ!?」
「だってもう用意してきちゃってるもの。よいしょ」
そう言って魔法使いが嬉々として引き寄せたのは、見るからに高級そうな白いベルベットのような質感の大きな箱。
「それ……なんですか?」
「んん〜? これ〜? これはあなたの今日の衣装よ」
「えっ!?」
今日の衣装って……?
確かサンドリヨンのドレスは、魔法使いが呪文を唱えて杖を振って、継ぎ接ぎだらけのオンボロドレスを豪華なものに変えるんじゃなかったっけ!? 私の記憶がおかしいの!?
予め持ってきてた箱から出すって……ファンタジー感ゼロだぁ。って、別にファンタジーを求めてるわけじゃないけど。
いちおう念のため確認しておきましょう。
「……魔法使いが私に魔法をかけて変身させるんじゃないでしょうか?」
「あら、私、そんな魔法使えないわよ〜」
蓋を開けて中からドレスを出しながらケロッと答える魔法使い。
そんな魔法使えないって、じゃあその手にある白い杖は飾りか!
「え? じゃあいったいあなたはここに何をしに来たのでしょうか?」
「あなたのお支度手伝うのと、お城に送り届けるのと?」
魔法使いは『う〜ん』と、人差し指を唇に当て考える仕草をしました。……それならわざわざ魔法使いをよこす必要ないんじゃないかと。
あまりの適当さに、私の体から力が抜けていくのを感じました。
「………………はぁ」
「さあさあ、リヨン。ほ〜ら素敵なドレスよ〜! 着替えましょうね〜」
そう言って魔法使いが私の体に当ててきたのは、かわいらしいパステルブルーのシルクタフタの見事なドレス。
四角い、肘置きみたいに横に張り出したラインのドレスが流行りの中で、プリンセスラインがシンプルで優雅で斬新に見えます。前からこっちの方がいいって思って、私はプリンセスライン派だったけど。
って、ドレスの素敵さを褒めてる場合じゃなくて!
「ちょ、待ってください! これ、とっても素敵だけど華やか過ぎます! 目立ちます! 色もデザインも!」
派手というのは語弊があるけど、とにかく地味じゃないんです。
「ええ〜? ものすごくリヨンに似合ってると思うけど?」
首をコテンとかしげ、不満そうに言う魔法使い。似合う似合わないの問題じゃなくてですね〜。
「私はぁ、もっと地味な……そうね、色はオリーブとかグレーとかで、フリルもタックもないAラインのシンプルなのが……」
「しっぶ!」
「うるさいですね! 渋くていいんです!」
食い気味にプッて噴き出さないでください! それくらい地味でいいんですから!
「でもこれしか持ってきてないもん」
「〝もん〟じゃないですよ。百歩譲ってデザインは変えられないなら我慢しますから、せめて色だけでも変えて欲しいです。魔法でちょちょいっと」
「いやだから、そういう魔法はできないですってば」
何ちょっと〝それ言い飽きた〟みたいな言い方してるのよこの人は。
ああもう、使えない魔法使いだわ。ほんと何しに来たんだか(二回目)。
「じゃあ、行くのやめます」
「ええ〜!? ここまできてそれはなしよぉ〜。後生ですから行ってください〜」
「じゃあ地味なドレスを……っていうか、もういっそ私の自前のドレスでいいんじゃないでしょうか」
「地味な色のドレスを持ってるの?」
「あ、持ってないや」
そうだ、手持ちのドレスなら……と提案したものの、自分のドレスはどれもお父様が仕立ててくれた素敵なものばかり。他には王女様(王子様の妹)から頂いたやつとか。ダメだ、どれも地味じゃない。
「でしょぉ? じゃあやっぱりこれを着ましょう! せっかくあなたのために用意したんだから〜」
さあさあ話はこれでおしまい、脱いで脱いで、と、魔法使いは私の服に手をかけました。
「自分で脱げます! 自分で着替えられますから、あなたは外で待っててください」
「恥ずかしがらなくても大丈夫よ〜。ほら、後ろのリボンは私がいないと結べないでしょ」
「ああもう……はぁ……」
この魔法使いと話してたら何回ため息つくことか。
もういっそ着替えと称して魔法使いを部屋から追い出した隙に逃げようかと思ったけど、出て行ってくれそうもないし……。はぁ。仕方ないので着替えましょうか。
私はしぶしぶドレスに着替えました。
「ふむ、よく似合ってるわぁ」
仁王立ちした魔法使いは、私のドレス姿を上から下まで眺めた後、満足そうに頷きました。
「これでいいでしょ。さっさとヘアメイクして行きましょう」
ニコニコしている魔法使いを置いて、私は一人で鏡の前に移動しました。
そこに映るのは、素敵なドレスを着てるけど疲れた顔の女の子。こんなに疲れが溜まってなければもう少し見れる顔してるのはずなのに。
さっき少し眠ったから顔色はましになってるけど、最近の忙しさで自分のお肌のお手入れを怠ってたから、メイクのり、よくないだろうなぁ。
自分の肌に手を当て、ため息をつきます。
う〜ん、これはファンデーションの厚塗りでごまかすか。……あ、そうだ! 今までの流行りのごってりメイクで別人になりすますっていうのはアリかも。ごてごてメイクのお嬢様なんて今さら相手にされないでしょうしね。
汚肌もごまかせるし一石二鳥!
って、いいこと思いついた私がウキウキしながら化粧品に手を伸ばしたら。
「メイクはちゃんとやってね。手抜きはなしよ」
「あ、はい」
魔法使いに釘を刺されました。チッ、考えバレてる。
もう一度鏡に向かい、自分の顔とにらめっこします。
普段、綺麗にお化粧したりするのは楽しいことであり、カタルシスすら感じたりするんですけど、どうして今日はこんなに気が重いのか……。
お化粧水をなじませ、乳液でお肌をマッサージ。
力を入れすぎず、優しくリンパに沿って老廃物を流しながら蘇ってくるのは、私のところに来てくださったお客様たちの顔。
舞踏会が開催されることが発表になってからのお客様たちは、私がメイクをしてあげるととてもうれしそうだったし、メイク後は、いつもと違った自分の顔を見て目を輝かせてたというのに、今の私は死んだ魚の眼……。なんという違いかしら。
特に可もなく不可もなく、いつものナチュラルメイクにしました。
幸い、思ってたほど肌荒れはしてなかったので薄化粧でも問題ありませんでした。お肌ピチピチ、やっぱり若いって素敵。
「あらかわいい。元がいいから薄化粧でも十分なのねぇ。……イヤミなくらい」
「魔法使いさんだって十分お若いし綺麗じゃないですか」
「私がどれだけ努力してると思ってるのよ!」
「あ、なんかすみません」
「もういいわ。さ、髪を結っちゃいましょう」
そう言ってブラシを手にした魔法使いは、手早く髪をといていきました。やっぱりここも魔法ではなくあくまでも手作業。
タイトにした前髪はサイドに流し、残りの髪はねじったり編み込んだりして、ゆるふわミディアムアップにされています。
どうしよう。ドレスから髪型まで、意図せずふつーにかわいい感じに仕上がっちゃいました……。
まあ、参加したよって感じで受付して(?)Uターンだから、別にいいか。
準備ができたことだし、さっさとお城に行きましょう。
「かぼちゃと、ねずみと、他に何が要るんでしたっけ?」
私は魔法使いに馬車の材料(!)を聞きました。
かぼちゃとネズミは覚えてたけど、他は忘れちゃったんですよ。かぼちゃは、確かキッチンにあったはず。ネズミはさすがにいない、と言いたい。むしろいてほしくない。
私が魔法使いの手間を省こうと、馬車の材料がどこにあったか考えてるというのに、
「え? かぼちゃとねずみ?」
意外そうな顔で私を見てくる魔法使いに、私がびっくりしました。
「ええ。だって魔法で馬車を出すのに必要でしょ?」
え? かぼちゃ要らないの?
じゃあどうやって馬車を出すの?
そういえばさっきこの人『変身(変化?)させる魔法は使えない』って言ってましたね。私のドレスの色ですら変えられないんだから、かぼちゃを馬車に変えることなんてできるわけないか。
じゃあどうやって馬車を用意するんだろうと思いながら魔法使いを見ていると、
「なんでそんなもの要るのよ。馬車なら外に待たせてあるわよ」
「まさかの手配済み!」
サラッと答えられてしまいました。
どこまでも『物語』を無視する魔法使いですね! すでに外で待機済みとか、私の知ってるのと違う。
「私がここに来るとき乗ってきた馬車に乗っていくのよ。かぼちゃ? そんなものどうするのか知らないけど要らないわ」
「ソウデスカ」
「じゃあ、行きましょうか」
「ハイ」
魔法使いは私の手をとると、エントランスに急ぎました。
「舞踏会はとっくに始まっちゃってるわ。急いでちょうだい!」
「かしこまりました」
私が馬車に乗り込む時、魔法使いが御者に向かって言いました。
時刻は午後七時。
舞踏会が始まってもう二時間も経っています。
夜通し行われる舞踏会、二時間なんて序の口というべきなのか、もうすでに二時間も過ぎてしまっているというべきなのか、それは心持ち次第だけど。
「遅刻とかすごい目立ちそう。どうしよう、どうにかこっそり入る方法ないかしら……?」
みんなが宴もたけなわのところに、王女様や公爵令嬢ならまだしも、たかが子爵の娘が大遅刻で入っていくなんて、考えただけでも恐ろしすぎる。
「あ、でも、受付けUターンだから関係ないか!」
これからの行動を思い出し、ぽん、と手を叩きました。
すると、
「あら、何を言ってるのかしらこの子は。まったく」
私を横目でチラッと見た魔法使いが呆れた声を出しました。
そう、今一緒に馬車に乗ってます。魔法使い。
エントランスで私が舞踏会に行くのを見送って、そこでバイバイだと思ってたのに、なんと魔法使いは一緒に乗り込んできました。何度も言うけど、サンドリヨンに出てきた魔法使いって、こんなんだったっけ? やっぱり私の知ってるやつと違う。
「ねえ、魔法使いってもっとトリッキーに現れたり消えたりするものじゃないの?」
「だ〜か〜らぁ、そういう魔法は使えないって、何度言えばわかるのよ」
「逆にどういう魔法が使えるのか聞きたいわ!」
「それは国家機密だから」
「ソーデスカ」
どうにも前世の記憶が邪魔して『魔法使い=万能』みたいな図式が頭から離れないから、この魔法使いのできなさ加減に肩透かし食らった感じが否めないわぁ。
今は鼻歌を歌いながら町の様子を窓越しに見ている魔法使い。ほんと、あなたは何ができるんでしょうか。
って、それよりも。
「……で、なぜあなたは私と一緒に馬車に乗ってるんでしょう?」
「え? もちろんあなたの護衛よ」
「護衛というよりか護送な気もするけど」
「どっちでもいいじゃない。私の役目はあなたを無事にお城まで送り届けることなのよ」
魔法使いはそう言いましたが、それって、途中で逃げないように監視ってことですよね?
逃げ道がどんどん塞がれていくのは気のせいかしら?