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惰眠。からの……

 ゴトッ、ゴトッ、ゴトッ……。


 お義母様たちを乗せた馬車が門を出て行くのをしっかりと見届けました。


 ただいま午後三時半過ぎ。


 馬車がゆっくりペースでも舞踏会には余裕で間に合うでしょう。

「やっと行った……っ!!」

 舞踏会は夜通し行われるので、お義母様たちが帰ってくるのは早くても明日の午前中。

 それまで自由です! 一人ガッツポーズです。

 じわじわくる開放感。そして……疲労感。

 ここひと月あまりの疲れがどっと押し寄せてくる感じがします。


 でも今夜。今夜を乗り切らないと真の自由とは言えないけど、まずは目先のおひとり様を満喫したい……!


 まず何をする? おひとり様おやつタイム? それとも早いめディナー?

 ノンノン。


 まずはベッドにダイブですよ!!




 自分の部屋に急いで戻って有言実行といきますか。

 この時のために、今日の午前中にシーツ類を干しといてよかった〜! お日様の匂いサイコー! 清潔なシーツサイコー!

 満を持してベッドにダイブ……ああでも、せっかく気持ちのいいベッドなので、やっぱり湯浴みしてから寝るとします。もう本格的にお休みモードでいいじゃないですか。お義母様たちもいないし、レッツ惰眠!

 今日だけは特別に、以前使っていた部屋のバスルームを使って優雅にバスタイムです。使用人に成り下がってからはゆっくりお風呂タイムなんてなかったですもんね。いつも洗濯部屋でザバーっとタライでお湯をかぶるくらいでした。思えば豪快なお風呂事情だなぁ。

 

 サッパリスッキリしたところで清潔な寝巻きに着替えて屋根裏部屋に戻り、今度こそベッドにダイブしました。


 もう、泥のように眠るんだぁ……!


 お日様の匂いのする枕にほっぺをスリスリしていると、開けてある窓から外の音が聞こえてきました。

 そういえば、物語の中でサンドリヨンは、お城から流れてくる舞踏会の音楽を聴いて『私も舞踏会に行きたいわ』なんて思うんでしたっけ。


 ないない。


 外から聞こえてくるのは、酔っ払った男の人たちが騒ぐ声だけです。


「俺たちも招待しろっての!」

「「「「「そうだそうだ〜!!」」」」」

「女ばっかりずるいぞ!」

「王子、今頃ハーレムかよ!」


 わはははは〜! という笑い声が響きます。

 そう、今日、お城に招待されているのは〝女性〟だけ。独身女性はもちろんの事(老若問わず)、あわよくば〜な人妻もいたり(うちのお義母様か!)。男性は一切招待されていません。徹底してるね、王子様。

 だから、呼ばれなかった男の人たち集まって、そこらじゅうで飲み会やってるんです。お貴族様も、男の人だけ集まってホームパーティー的なことやってるみたいです。飲まなきゃやってられないですよね。うちの家、貴族の屋敷街にあるんだけど、ここまで飲み騒いでる声が聞こえてくるって、よっぽどです。まだ夕方にもなてないっていうのに元気ですねぇ。

 ちなみに『お城の音楽が〜』なんてロマンティックなもの、全然聞こえてきません。むしろうちとお城はけっこう距離あるから聞こえてこないって。

 やけ酒の酔っ払いの声なんて、この疲労困ぱいの私の前では子守唄と変わりなし。

 では遠慮なく。

 

 おやすみなさ〜い!




 疲れ切っていた私はあっという間に眠りの底に落ちていました。


 今日は誰にも邪魔されずにぐっすり眠れる……って思っていた数時間前の私に『どこか別の場所に逃げて。超逃げて!』と言ってやりたい。


『……リヨン。リヨン、起きて』


 誰かが私の体をゆすぶりました。

 耳に優しい女の人の声だけど、ちょ、マジやめて。すごく気持ちよく寝てるんだから。

「…………やだ。起きない」

 無意識にそう答えて、シーツを頭から引きかぶりました。


『いいえ、起きてちょうだい』


 また柔らかい声が聞こえて、頭からかぶっているシーツを剥がされます。ほんと、誰よ、勘弁してよ!


 …………んんん〜?


 確か私は今、一人でお留守番、してるはず。他に声が聞こえるはずがない。……あれあれぇ??

 寝ぼけた頭でぼんやり考えてたけど、私の他にこの家に人がいたらおかしいはず!


「うわぁぁぁ! 誰っ!?」


 泥棒か!? 不審者か!?


 私は一気に目が覚め、飛び起きました。


 飛び起きた私の横には、すごく綺麗な女の人が立っていました。正確に言うとベッドの横ですけど。


 ふわふわの銀の髪、菫色の瞳、ふんわり薔薇色の頬、プリッとした唇にはローズカラーのリップ。白いドレスを着、手には白い杖を持ったその人は、この薄暗い部屋の中にあって、自身が発光してるようでした。

 ——よし、これは夢だ。疲れすぎて変なもの見えちゃいましたよ。これはもうヤバい状態ですよね。早く寝て回復しなくちゃ。

 もう一度寝ようとシーツを引き寄せたら、

「ちょ、夢じゃないから! 現実現実! 起きなさいってば!!」

 お人形のように美しいその人が慌ててまた私を起こしました。お上品な人かと思いきや、口を開けば意外とフランクな普通のお姉さんですね。と、それはどうでもいいか。

 チッ。夢にしたかったのに。

「ええ〜、夢でしょ? てゆーかあなた、めっちゃ不審者ですし。不法侵入で騎士様に突き出しますよ?」

 じとんとお姉さんを睨みます。人の貴重な睡眠邪魔しないで。

「話が違う……」

 愕然とした顔で女の人が言いました。

「なんの話ですか」

「サンドリヨンは魔法使いの登場を心待ちにしてるんじゃなかったの!? 颯爽と現れた魔法使いをキラキラした目で見つめてくれるんじゃなかったの!?」

「ええっ、それ一体誰のこと!? 全然? むしろ来なくていいっていうか?」

「うそん!?」

 またびっくりする女の人。……って、あなた、魔法使いだったの!? まあ確かに、こんな登場の仕方されたら、魔法使いって言ってもらったほうがありがたいか。(じゃないとうちの家のセキュリティーがガバガバって話だから)

「あなた魔法使いなんですか? なんで『サンドリヨン』が『魔法使い』を待ってるって思ったんですか?」

 不審に思ったところを聞くと、


「だってそう言われて派遣されたんですもの! 『お城の舞踏会に行きたがっているお姫様(サンドリヨン)を迎えに行け、きっとお前を心待ちにしているはずだ』って——」


 派遣て。サンドリヨンの魔法使いが派遣だなんて、初耳です。てゆーか、誰がそんな命令したんですか。


 確か物語の中の魔法使いは、けなげなサンドリヨンを不憫に思った魔法使いが〝自発的に〟やってきたんじゃなかったでしょうか。あるいは亡くなった実の母親が魔法使いだったとかいう説も。

「……確実にそれは私じゃないと思いますから、他をあたってみてください」

 おやすみ〜! と、また私が寝る態勢に入ろうとしたのに、また女の人がシーツにすがりついて引き止めました。

「いやいやいやいや。国中の女の子はみ〜んなもうお城に集まってるのよ! 他にいないもの」

「家の奥に隠れてるかもしれませんよ? もしくは軟禁されてるのかも? じゃ、ということで——」

「いやいやいやいや! 絶対にあなたよ! 名前も住所も間違ってないもの」

「ココハドコ? ワタシハダレ? あれ〜? おかしいなぁ? 記憶喪失かしら?」

「待って。さっき私が『リヨン』って声かけたら反応してたわよね?」

 リヨンって誰? ってとぼけたんですけど、今度は向こうがじと目で私を見てきました。

「ソウデシタッケ?」

 すっとぼけは通用しなかったようです。


 どうしても話を聞こうとしない私に、魔法使いは呆れのため息をつきました。

「どうしてそうリヨンは頑なに私を拒否るのよ!」

「嫌な予感しかしないからです」

「話が違う……」

 疲れたように顔をしかめる魔法使い。あなた、一体、どんな〝話〟をされてここに来たんでしょうか?

「百歩譲ってあなたが魔法使いというのは信じますから、とにかく私を放っておいてください。私は舞踏会とか王子様に興味はありません。今は寝かせてください疲れてるんです」

 私は魔法使いに向かって本心を言いました。いやマジで、ここんところ休みなく働いてきたんで寝かせてくださいよ。じゃないとさすがに過労でダウンします。

 華やかな社交界でもなく、素敵な王子様(笑)でもなく、睡眠が欲しいんです。割と切実に。

 少しの間、じっと私の目を見ていた魔法使い、


「お城に行けば美味しいご馳走や珍しい外国の食べ物がたくさんあるわよ。それを食べたら疲れなんて吹っ飛んじゃうから!」


 作戦変更したのか、ニッコリ笑顔でそう言いました。食欲に訴えかける作戦ですか。残念ながら私、美味しいもの・珍しいものにさほど興味はないんですよね。


「ご馳走とか、別に興味ないですし。疲れを取るために寝たいです」

「美味しいお酒も果実水も、なんでもふんだんに用意してあるわよ〜」

「お酒も特別好きではないので大丈夫です。寝たいです」

「…………」


 私がどれにもつられないので魔法使いはがっくりうなだれました。

 しかしなかなかしぶとい魔法使いは、また何か思いついたのか、パッと顔を輝かせました。


「素敵なドレスが着られるわよ!」


 いい案はそれですか。素敵なドレスもなにも、着たことあるし、持ってるし。

「普段着で十分です。むしろ今この寝巻きサイコーですよ、寝かせてください」

 私がしれっと答えると、


「わぁぁぁぁん! どうしろっていうのよこの子は〜!!」


 魔法使い、とうとう泣き出してしまいました。

 どうしろって言われても、寝かせてくれと言ってるじゃないですか。

「だから、私のことは構わないで他をあたってくださいって言ってるじゃないですか」

「リヨンじゃなきゃダメなの! 国中の女の子全員連れて行かないと、私、王子から罰されるんだもの!」

「え〜〜〜」

 そうか、この魔法使いは王子(もしくはお城)から派遣されてきたのか。じゃあ、前にショーレが言ってた魔法使いってこの人のことかしら。

「……というか、なんで私がいないってわかったんですか?」

「そりゃあもちろん……おっと、これは内緒だわ。ええ〜と、そう、招待状の数よ! 招待状の数と参加している人数が違うの!」


 んんん〜? 今なんか怪しいこと言ったわよねこのオネイサン。


「〝もちろん〟なんですか? なにが〝もちろん〟なんですか?」

 じろっ。私は体を乗り出して詰めよって魔法使いを睨んだけど、

「もちろん子爵家のお嬢様だもの、ってことよ! 独身お嬢様名簿から外れるわけないじゃないってことよ。ねえお願い! 私を助けると思って舞踏会に行ってちょうだい!」

 今、明らかにごまかしたよね。つーか、『独身お嬢様名簿』ってなんですか。

「助けるったって……」

「国中の女の子全員連れて行かなきゃならないの〜」

「あれ? さっきあなた、割と私めがけてきた感じでしたよね?」

「んんん? ソンナコトナイヨ?」

「………………」


「お願いしますリヨン様〜! じゃないと私、王子にひどい目にあわされる……っ!!」


 お城付きの魔法使いの職はクビでしょ、家も取り上げられるでしょ、そしたら旦那や子供たちが路頭に迷ってしまうわ……。旦那の稼ぎだけじゃ、このご時世、やってられないもの……。


 ブツブツブツブツ……。どこか虚空を見つめて独り言を言う魔法使い。


 あの〜魔法使いさん? 脳内だだ漏れですよ?


 やっぱりお城付きの魔法使いですか。

 そして、魔法使いの言ってることを実行している王子の姿が容易に想像できてしまう。(とてもいい笑顔で)

 私のせいで一家路頭に迷うとか、良心がすごく痛む。

 

 どうしよう……。


 私の心が揺らいだのを機敏に察知したようで、

「ちょっとだけでいいの。『きましたよ〜』って感じでちょっと参加したら、さっさと帰ってくれていいから! じゃないと私——」

 くすん、と鼻をすすり目元を拭う魔法使い。目元がキラって光ったのは、涙のせいですよね?

 また泣き落としですか。チャンスは逃すもんかとすかさず畳み掛けてきましたね。


 頭ではわかってます。『行っちゃダメ』って、冷静にわかってます。

 でも、心が痛むんですよ。


 ほんの少しなら、大丈夫、だよね?


「……ほんとに、少しだけでいいの?」

「ほんと。顔を出すだけでいいから!」

「すぐに帰っていいの? 私、かなりお疲れだからさっさと寝ちゃいたいのよ」

「もちろんオッケー! すぐに帰ってgo to bed!」


 また顔色を明るくした魔法使いが調子よく返事しました。


「本当に少しだけよ?」

「わかったから! うふふふ、さあ支度しましょ!」


「……やっぱり嫌な予感しかしない」



 

 惰眠……からの、魔法使い登場。

 自分で自分をバカだとは思うけど、結局魔法使いにほだされた感じで、舞踏会に行くことになってしまいました。とほほ。

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