いやな予感
ヴィルールバンヌ侯爵家とメリニャック侯爵家に大挙して押し寄せた騎士様たち。両家は一体何をやらかしたのでしょうか?
とりあえずお義母様の指示に従って、私たちは息を潜めて屋敷でじっと時が過ぎるのを待ちました。
じっととは言ってももちろん私は言いつけられていたお義母様たちのお部屋掃除をしてましたよ。まったくあの人たち、寸暇を惜しんで私をこき使うんですから!
掃除の合間に閉じたカーテンの隙間からそっと外の様子を伺っていたら、小一時間ほどで騎士様たちが引き上げていくのが見えました。
もちろん護送馬車も一緒に……。
あれには誰が乗ってるんでしょう?
嫌な予感しかしない。
両家ともに勢いのあるおうちです。こんな大々的に捕まるなんて、よっぽどの事をしでかしたんでしょう。
今をときめく侯爵家が、一瞬にしてお取り潰しの危機か!?
そうなると、王子様のお妃選びも白紙ですよねぇ……。
身内から罪人出したとあれば、候補から外れること間違いなしじゃないですか!
これだけ大きな騒ぎにしちゃったからには、王様たちから何か公式な説明がなければモヤモヤするってもんですよ。
ようやく汚部屋……げふげふ、お部屋掃除を終えたのでお義母様たちに報告しようと居間に向かいました。さっさと報告してさっさと晩御飯の支度をしないとまたうるさいし。
文句のつけようないくらいにピッカピカのテッカテカに磨き上げたんだからね、と私が鼻息荒く居間に向かっていると、御者兼庭師兼なんとなく門衛もやってくれてる使用人が玄関から顔を出しました。
「あの〜、お嬢様。お城からの使いの方がやってきているのですが」
「お城からのおつかい? うちに一体何の御用かしら」
まさか、お義母様たちもさっきの一件に関与してたとか——? なんてことが一瞬脳裏をよぎりました。
「緊急招集のお手紙をお持ちになったようでございます」
「招集の? ちなみに、使者様はお一人でこられたの?」
「はい」
使用人が頷きました。
招集の手紙ですか。
もし罪人(容疑者も)の招集なら、手紙だけでなく連行役の騎士様が同行してくるので、どうやらお義母様たちの逮捕ではないようですね。ちょっと安堵。だってさすがに罪人の家族とか、すごく嫌だもん!
とにかくお城に招集、ですか。これまた急な。
あ、でも、急に招集ってことはきっと、さっきの件を説明するつもりってことじゃないですかね?
「お通ししてもよろしいでしょうか」
「ええ、お通しして。私はお義母様たちに知らせてくるわ」
「かしこまりました」
そうして私と使用人はそれぞれの方向へと別れました。
「お義母様、お城からの使者の方がお見えでございます」
居間の扉をノックしながら、私は中にいるお義母様に用件を伝えました。
「お城から?」
怪訝な顔になるお義母様。まあそりゃそうですよね、何たって急ですから。そしてさっきの今ですから。
「はい。何やら緊急招集のお手紙を持ってこられたそうです」
「緊急招集ですって!?」
使者の用件を聞いてお義母様が素っ頓狂な声をあげました。
「わ、私たち、何もしてないわよ?」
「そうよそうよ。さっきも騎士様に言ったけど、ヴィルールバンヌ家やメリニャック家とは何の関わりもなかったんだからね!」
取り乱すお義姉様たち。
いやいや、知ってますから。むしろ相手にもされてませんでしたから。
……なんてツッコミは心の中だけで。
勝手に取り乱してるけど、やっぱりお義母様たち、私に隠れてやましいことでもしてたんですか? なんて、また疑ってみたり。
そもそも小物感あふれるお義母様たちだから、そんな大それたことはできないと思うけど。
とにかく使者様はお一人ですしね。(逮捕されるとかではない)
とにかく。
「玄関までお出迎えを」
「そ、そうね。お待たせできないからね、今行くわ」
お義母様は重い腰をあげました。
使者様は「お城からの案内でございます。不参加は許されませんので、ご準備をお願いいたします」とだけ言ってお義母様に手紙を渡すと、あっさり帰って行きました。
「何が書いてあるの?」
「早く見せてよお母様!」
玄関の扉が閉まり、使者様が帰ったのを確認するや否や、リールとニームがお義母様をせっつきました。
「待ちなさい、今から開けるから」
綺麗に王家の紋章が刻まれている封蝋を乱暴にはがし、お義母様は中からカードを取り出しました。
『三日後の夕刻6時に城へ来られたし。欠席は王家への反抗とみなす』
何これめっちゃ威圧的!! 平たく言えば『休んだら捕まえるからな、絶対来いよ』ってことですからね。
こんな招待状(もはや脅迫状)見たことありません!
お母様の手元を覗き込むリール、ニーム、私、そしてお義母様、全員の背筋がゾゾっと凍りました。
「み、三日後ね。すぐに用意しなくちゃ」
「ドレスはどうする?」
「ええ〜?! ダイエット間に合わないわ!」
「「馬鹿ニーム! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」」
お義母様たちが慌てています。
急なお呼び出し、しかも超威圧的。これは地味に、殊勝にいかないとダメですよ。
「おそらく先ほどの件と関係があるのではないでしょうか?」
この場で一番冷静なのは私。とにかくみんなを落ち着かせようと声をかけました。
「そ、そうね。きっとそうでしょう」
動揺しているからか、私の言葉に素直に同意するお義母様。
「ですので、派手なドレスは控えて、シックな装いでまいりましょう」
「わかったわ。サンドリヨン、あんたも一緒に行くんだよ。ちゃんと用意しなさい」
「わかりました」
『うちは潔白です!』を証明するためにも家族全員で参加しなくちゃです。
いつもならお城に行くのは気が重いのですが、今回は事の真相が知りたいので絶対参加、張り切って参加します! 最悪、王様が真相を語らなくてもショーレに聞けば教えてくれそうだしね。
そして三日後。
各自クローゼットの中から一番地味なドレスを引っ張り出してきて、お化粧も控えめにしてお城へ向かいました。
お城に続く一本道は、お貴族様たちの馬車で大渋滞です。
「これは本当に国中から貴族を集めたんだね」
お義母様が窓から外を見て言いました。
「そおねぇ」
「さっさと動かないかしら? 遅刻しちゃう」
念のため早めに出発してきたのですが、この調子ではギリ間に合うかどうかって感じに牛歩です。
「あ〜もう、動かなさすぎてイライラするわ!」
「歩いたほうが早いんじゃない?」
「リール、ニーム! 歩くなんてはしたないからやめなさい!」
「もう馬車に乗ってるのに飽きちゃったわ」
こらえ性のないお義姉様たちがブーブー言ってるのは黙ってスルーです。
私たちなんて都に住んでるからましな方ですよ。国境近くに住んでる方なんて、とっても大変な思いをしてお城に向かってるはずなんですから! なぜなら『三日後』というのがミソ。都から一番遠いところに住んでるお貴族様が昼夜問わず急いで、そして都に着くであろう距離が『三日』なんです。絶妙に考えられてる招集だなぁなんて感心してみたり。
なんとか時間ぎりぎりに到着した私たちを待っていたのは、とにかく人・人・人!
いつもパーティーが開かれる大広間と、それだけでは場所が足りないので、庭に面する扉を全開放して場所確保しています。ほんとに国内すべての貴族が集まってるようです。
お城に来るのはだいたい華やかなパーティーの時ばかりなので、今日の、どことなくソワソワとした、静かなようで落ち着きのない雰囲気は、なんとなく馴染めません。張り切ってきたものの、やっぱりさっさと帰りたい。
「嫌な雰囲気ね」
「みんな暗い、地味な服装だし。まるでお葬式みたい」
こそこそと耳打ちし合うお義姉様たちの言葉に、私も全面的に賛成です。
そうこうしていると『国王陛下のおなり!』という声が響き、重々しく扉が開いて王様と、続いて王子様が姿を現しました。
いよいよ状況説明してくれるんですね!
大広間の中は上級の貴族様たちがいて、私たちのような下級貴族はお庭で謁見です。結構遠いですが、王様も王子様も険しい顔をしているのがわかります。
「今日集まってもらったのは、先日のヴィルールバンヌ侯爵家とメリニャック侯爵家の件について話すためである」
しん、と静まった中、王様の声が響きました。かなり離れてるのにはっきり聞こえるなんて、大広間の音響がいいのか、はたまた拡声器的な魔法が使われてるのか……? 庭園の端にいる人にも聞こえている感じなので、これは後者でしょうね。どうでもいいけど。
そしてやっぱり今日の招集の目的は説明会でしたね。
王様の言葉に、この場にいる人たちがざわついています。
「……コホン」
少し間を置いて王様が咳払いをすると、みんなハッとなって静かになりました。
「まずメリニャック侯爵は、自身が財務大臣であるのを利用して、国家の金を横領していた。それだけでなく、この件を調査していたシャルトル王子を暗殺しようとする企みも発覚している」
お王様の言葉にまたしてもざわつく場内。
横領発覚からの口止め暗殺のコンボ! あ〜、もう助かる余地なしじゃないですか……。
暗殺計画のターゲットにされたにもかかわらず、いつも通り無表情でしれっと王様の横に立つ王子様。いい仕事しただけなのに命狙われるって、大変ですね。王子様のことあまり好きじゃないけど、今日だけは同情します。
ざわざわと落ち着く様子のない場内に、
「静まれ」
と一言だけ王様が言うと、途端に静かになりました。
次のお話ですね! みんな黙って聞きましょう!
「次にヴィルールバンヌ侯爵であるが、こちらは外交の妨害をしていたことが判明した。我が国と外国との国交を妨害し、その上で自分たちが我が国の代表のような顔をして交易していた。外国から武器を輸入し、国家転覆を狙っていたことも判明している」
こっちは反逆罪ですか!
『国家転覆』とかいう不穏なワードにどよめく場内。
気付かなかったら近いうちにクーデターが起こってたってことですよね。危ない危ない。
私が市場で『お化粧が〜』とか『材料合わせて商品開発!』とかお気楽なこと言ってる間にも、アングラなところでは国家転覆計画が練られてたんですね。
考えるだけでもゾッとしていると、
「ま、無断外交だけでなく、王子の縁談の邪魔もしてたんだけどね」
「びっくりした!」
いきなり横から声がしたかと思ったら、いつの間にかショーレが横に立っていて、したり顔でうんうん頷いてるし! あ〜、びっくりした。
「ショーレ、今日はお仕事いいの?」
「うん、今日は仕事じゃなくて公爵家の一員として参加」
「なるほど」
そうでした。忘れがちだけどショーレはモントルイユ公爵家のおぼっちゃま、名門貴族様でした。
でも、どっちにしろ横で補足してくれるのはありがたい。
「王子様の縁談の邪魔って何?」
「ほら、前に言ってたでしょ。他国の王女との縁談がうまくいかないって」
そういえば聞きましたね。
道が不通でお見合い相手の王女様がこの国にこれなくなった〜とか、出したはずの手紙が届いてない〜とか。
「あ〜」
「あれ全部ヴィルールバンヌ侯爵の仕業だったってこと」
「うっそ!?」
ヴィルールバンヌ侯爵は軍関係を握ってたんでしたね。
「娘をお妃にしたいから縁談邪魔したり、軍部握ってるから勘違いしちゃって王様になろうって武器を集めたりしたってこと?」
「そゆこと」
悪いやつだよヴィルールバンヌ侯爵!
私たちが周りに聞こえなくらいの声でひそひそ話している間も、両家の罪状を知って動揺が収まらないお貴族様たち。
王様、この場をどう回収するんだろ?
なんてお気楽に考えていたら、
「なお、関与していた者は全て捕らえる。逃げられると思うな」
そう言って王様がさっと合図を出すと、いろんなところに隠れていた騎士様たちが一斉に姿を現しました。
なんと、今日の招集は罠だったのか〜!
「危ないから逃げるよ」
「えっ?」
ショーレに手を引かれ、安全な壁際に退避しました。
阿鼻叫喚な大広間、庭園を、無関係な人々と一緒に呆然と見守ります。
まさかとは思うけどお義母様たち捕まってませんよね?
さっと探してみたら、少し離れたところで三人固まってガタガタ震えていました。
もともと捕まえる予定だった人たちは近くに固められていたのでしょう、騎士様たちは迷うことなくテキパキと処理しているようです。
「ヴィルールバンヌ侯爵様は軍部を握ってたのよね? じゃあこの騎士様たちは?」
「陛下や殿下直属の部隊だよ。精鋭中の精鋭。あとは、侯爵に荷担しなかった陛下派の騎士たち」
「そうなんだ〜」
軍部全体でクーデターじゃなくてよかった。
結構有力なお貴族様たちが捕まえられていきました。
よくヴィルールバンヌ嬢やメリニャック嬢の取り巻きにいた人たちの親ごさんです。
そして騒ぎは一段落し、まわりに退避していた人たちが三々五々大広間に集まってきました。でも場の空気は緊張したままです。
このまま今日はお開きでしょうか? いやな空気のままだけど。
みんなして壇上にいる王様を固唾をのんで見守っていると、
「メリニャック家、ヴィルールバンヌ家ともに取り潰すことになる。共謀した者については追って沙汰を出すことにする」
厳かに声が響きました。
お家取潰しですか。どちらも重罪ですもんね。仕方ない。
一族同胞、これからどうするんでしょうねぇ。若いお嬢様もいるというのに。
……うん?
ということは、お妃候補も白紙ってこと!?
三日前の、いやな予感、的中したぁぁぁぁぁ!!
絶望感を味わいながら呆然と壇上を見ると、なぜか王子様がこちらを見ていました。
しかも、絶対、今、目が合った!!
いやいや、気のせいだと自分に言い聞かせて目を逸らせた時。
「僕からも話がある。今回の一件で僕の妃選びは白紙に戻った。そこで、妃候補を広くこの国から探すことにした。貴族だけでなく庶民でも、妃に相応しいと思う娘がいればそれに決める」
王子様の声が大広間、庭園に響きました。
またしてもどよめく場内。
まて王子。そんなこと今発表するような雰囲気じゃないでしょ!! 空気読め!




