ひとの恋バナ……からの
おばあちゃんに子爵家から脱出した時用の家探しをお願いしたことだし、ほんとに少しずつ慎重に、いろんなものからのフェードアウトを進めていきましょう。バレないように気をつけて。
「そういやリヨンはいくつだっけ」
おばあちゃんが聞いてきました。
「十五よ」
「そうかい。じゃあまだ未成年だから後見人が必要だねぇ」
「大丈夫、引っ越すのは成人¬¬——十六になってからにするから」
「それなら大丈夫だね」
おばあちゃんが私の年齢を聞いてきたのは、都では、家を借りることができるのは成人してから、という決まりがあるからです。後見人とか、めんどくさい(どうせ子爵家の人にもらったら〜とか言われるし)ので、誕生日を過ぎてから契約するつもりでした。
十六の誕生日まで、半年もないですから。
子爵家の財産はお義母様たちにくれてやらぁって啖呵切りましたが(脳内で)、やっぱり元手って必要だと思いますので、当面の家賃や生活費はしっかりいただいていこうと思います。
どれだけ要るかなぁ……?
「家を借りるのって、やっぱり敷金礼金要るのかしら? これってこの世界でも常識? う〜ん、さすがに今までお嬢様生活してたからこの辺りはさっぱりわかんないや。でもやっぱりお金は必要よねぇ」
ぼんやりと先のことを考えていたら、脳内だだ漏れだったようです。
「え? リヨン、家を借りるの?」
「ほへ!? と、トロワ! いつの間に!」
いつの間にかおばあちゃんの店にきていたトロワが、いつの間にか私の横に座って首をかしげていました。びっくりした全然気付いてなかったわ。
「シキキンレイキンってなんのこと?」
そこからしか聞いてなかったんならよかったです。
「え、う〜んと、なんでもないの大きな独り言よ気にしないで!」
「そうなの?」
「そう」
「いや、てっきり子爵家の住み込みをやめて通いにするのかと思った……」
「そんなめんどくさいことしないわ」
反射的にトロワの言葉に被せるように否定しました。誰があんな家に通うもんですか! きっぱりと出て行くんです! ……というのはまだ誰にも内緒だけど。
家を出る段取りが全部済んでからカミングアウトするの。おっと、おばあちゃんにも家探ししてること、かた〜く口止めしておかなくちゃね。
トロワの口調からするに、やっぱりこの世界には敷金礼金なかったようですね。
先日はお客様の希望ばかりを聞いて失敗しましたから、お客様のご希望はできるだけ聞くけど、私の客観的な意見もちゃんと伝えようと反省しました。
「お客様のお顔立ちやお肌の状態を見てトータルにアドバイスできるように頑張らなきゃね」
「おや、リヨン。いい心がけだね」
「私はこれしかできないからね〜」
私は水と薬草を入れた瓶を振りながらおばあちゃんに答えました。今日も化粧水を改良すべく、いろいろ材料を混ぜ合わせているところなんですよ〜。
お水は森の奥に湧き出る綺麗なお水(飲んでも美味しいんですよ!)、薬草は私が苦労して採ってきた天然物。もちろん添加物はゼロ!
私ったら研究熱心! あ、誰もアゲてくれないんで自画自賛です。
お客さんのアポが入っていない時はお店でお化粧品の研究をやってます。使用人の仕事の合間だけど。
この世界のこの街で流行ってるお化粧(っていうか化粧品ていうかなんかいろいろ)はあまり種類がなく、個人個人の肌状態に合わせることができません。乾燥肌だっているしオイリー肌の人だっているのにね!
現代はよかったなぁ。肌色とか肌調子に合わせたお化粧品がいろいろ選べたし、ブランドもたくさんあったし。
やっぱり選ぶ自由、楽しみ、あった方がいいんです!
変なところで前世の記憶が湧いて出てきて、『みんな同じ肌じゃない、一人一人に合せたものを』なんて息巻いた私は、まずは肌状態に合わせた化粧品を調合しています。そのうち美白とかアンチエイジングとかも開発しちゃおっかな〜、なんて。なかなかやりがいあるってもんですよ。
せっかくなんだし前世の記憶も使ってやってかなくちゃ。
おばあちゃんから教えてもらってる薬草の知識と、前世の経験。これを上手くプラスしたら、この世界ではまだ新しい化粧品ができる……!(若干ずるい気はするけど)あらやだ、私のせいで未来が変わっちゃったりしたらどうしましょ。でもこっちは生活かかってるんだから知ったこっちゃないか。
「ふふ、ふふふふ……。私は美容のパイオニアになるっ!!」
「どうしたんだい? いきなり大きな声あげて」
「あ、ごめんなさい。なんでもないです」
突然決意表明した私にびっくりしたおばあちゃん。薬の調合の邪魔しちゃってすみません。
今日のお客様は直接知り合いではないけど、たまに市場で顔を見かける女の子でした。以前に来てくださったお客様の紹介です。
「……こんにちは。あの、あなたが『魔法使いのリヨンさん』だったんですね」
「いや、魔法使いではありませんから」
とりあえず恥ずかしいので訂正しておきます。
私と同じくらいの背丈なのに、人見知りなのか、上目遣いで見てくるおとなしい感じのお客様。声も小さいですねぇ。
決して元は悪くないんですけど、自信なさげにしている感じが地味さを増しています。もったいないなぁって思います。堂々としていればもっとかわいく見えるのに。
肌は乾燥気味かしら? 顔色も、ちょっとよくないですねえ。これはたっぷりと保湿して、明るめのチークで血色アップかしら……?
「あの……私、私にも魔法をかけてほしいなって思って……」
私がざっとお客様を観察していると、お客様の方から先に話しかけてきました。
「かわいくなるお手伝い、させていただきますね! それが私の魔法です」
にっこりと、安心させる感じで笑いかけると、お客様から不安そうな色は消え、期待に目が輝きました。これで少し肌色トーンアップです。てゆーか、自分で魔法って言っちゃってるし、私。
「ありがとう、リヨンさん!」
「リヨンでいいですよ。さ、座ってくださいな」
いつものように椅子をすすめ、テキパキと準備にとりかかります。
直接触れたお肌はやっぱり乾燥しているので、保湿成分がたっぷり入った化粧水で水分補給しましょう。
そして保湿クリームを塗るついでにマッサージ。これでさらに顔色が良くなるでしょう!
「しっとり、手触りが良くなってきましたよ」
「ほんとだ。肌が手に吸い付いてくるみたい……!」
自分の頬を触って確かめ、またニッコリ微笑むお客様。はい、またワントーン顔色アップです。ついでに笑顔の魅力も二割増し!
「お客様は十分魅力的ですよ。私が少しお手伝いするだけで、きっともっと輝けると思います」
「だといいんだけど……」
はにかみ微笑むお客様。お店に入ってきた時よりもかなりチャーミングになったと思います。
「大丈夫! 自信を持って」
それが一番の魔法なんですけどね!
おしゃべりを交えながらお化粧していると、リラックスしてきたのかだんだんと饒舌になり、
「私ね、肉屋のスダンのことが好きなんだぁ……」
なんかいきなりカミングアウトが始まりました。
おう!? スダンですか!
よく知ってる名前が出てきて一瞬ドキッとしましたが、あらまあ、意中の人はスダンですか。カラッと陽気で頼れるお兄ちゃん、しかもイケメンだからいいんじゃないでしょうか。おすすめ物件ですよ! しかもまだ絶賛彼女募集中だし。
「スダンね、とっても優しくて頼れるお兄ちゃんって感じでいいじゃないですか」
「え? スダンはいつもぶっきらぼうよ?」
「え?」
「え?」
「気前が良くて、さっぱりしてて、豪快に笑う」
「そんなスダン、あんまり見たことないけど」
なんか私の知ってるスダンと違う。
二人してコテンと首を傾げました。
私は別に男女差を気にしない方だから普通に話せて友達にもなれるけど、このお客様はおとなしいから、男の人の前では緊張しちゃってうまく話せないのかも。だからスダンともそんなに仲良くないのかも。
「そ、そう? スダンはきっとツンデレなんですよ! ああ見えてシャイだから」
「つんでれ?」
「あっ……ええーっと、ほら、アレですよアレ、かわいい子には意地悪したい、みたいな? 素直になれないみたいな?」
合ってる? まあそんな感じのニュアンスってことで。
私が慌ててフォローすると、
「そんな……」
ポッと頬を染めて照れるお客様。かわいいですねぇ。これはチーク入れなくもいい感じですよ!
そっかぁ、ツンデレって言葉はこの世界にまだないのか……って、それはどうでもよくて。スダンは、普段ぶっきらぼうなんだ(そんなの見たことないけど)。店番してるのに愛想良くないのはダメですねぇ。今度注意しとかなきゃ。
「かわいく変身して、スダンに思い切って話しかけてみようと思うの」
「うん、うん、いいですね」
〝告白〟しに行くのではなく〝話しかけに行く〟というところがいじらしいですね。腕によりをかけてかわいくしちゃいましょう! 勢い余って盛りすぎにならないように気をつけないとね。
「前にね、私がスダンのお店の前でスッ転んじゃって、持ってた買い物袋をひっくり返しちゃったの」
「それは大変でしたね」
「そしたらスダンがお店から出てきて私を助け起こした後、道に散らかしてしまった荷物を拾ってくれたの」
「スダン、優しいですもんね」
「私、どちらかというと暗くて男の子にもいつもいじめられがちだったから、男の人にそんな優しくしてもらったことなくて……。だから、気になっちゃって、お店の前を通るたびに見てたらだんだん好きになって」
「うん、うん」
照れて伏し目がちになりながらも、ぽつぽつと話してくれるお客様。恋バナしている女の子って、かわいいですね。ますます肌色がアップしてますよ〜。
なんてゆる〜く恋バナしながら、それでも私は手を休めずてきぱきメイク。
仕上げにほんのりピンクのチークをつけて、メイクは完成しました。
上目遣いでこちらを見ていたおとなしそうな女の子は消え、明るい顔色に健康そうな薔薇色の頬と唇、そして鏡に映った自分をキラキラした瞳で見ているかわいい女の子になりました。
今までとは違ったメイクと、おしゃべりによるリラックスと、ほんのちょっとの自信でずいぶん印象が変わりました!
「わぁ! すごい。やっぱりリヨンは魔法使いだわ」
「ありがとうございます」
魔法使いではないけど(何度も訂正します)、手放しで褒められたら悪い気はしません。額面通り受け取っておきます。
「このまま、スダンのところに行ってくるわ! ちょうどお昼の休憩をしてるところだろうから」
「行ってらっしゃい! 幸運を祈ってますよ」
お店を出ようとするお客様をお見送りするため扉に手をかけたら、向こうから勝手に開きました。いつの間に自動ドアになったし。……違くて。
「トロワ!」
のっそり入ってきたのはトロワでした。
「こんにちは。そろそろ終わりの時間かなって思って。今日のお客さんも、すごく素敵だね」
「あ、酒屋さんの……」
「うん? ……ああ、君か! いつもとすっかり違うから、すぐにわからなかったよ。ごめんね」
「こんにちは!」
トロワとお客様は既知だったらしく、二人してペコペコしながら挨拶しています。
「すっかり違うって……いつもと違って変ですか?」
「そうじゃなくて、いつも以上にすごくかわいくなってるからわからなかっただけだよ」
「ほんとですか?」
「うん、ほんと」
すこし自信なさげに眉を下げるお客様に、笑いかけるトロワ。
目元が前髪に隠れてわかりにくいですが、すっごく笑顔のなのはわかります。……むむ。
「かわいくなってます?」
「うん、めちゃくちゃかわいいよ」
一歩間違えればチャラいセリフが、トロワの口から出てくるなんて……。
そりゃさ、お客様がかわいくなるようお手伝いしたのは私だから、かわいいって言ってもらえたらうれしいんだけどさ。
お客様はトロワにも褒めてもらって、さらに上機嫌でお店を出て行きました。
「これで今日のお仕事は終わり?」
「…………」
「そろそろお屋敷に帰る?」
「…………」
トロワが話しかけてくるけど、なんかモヤモヤしたままの私はスルー。
「リヨン? お〜い」
だんまりを決め込んだ私の顔を覗き込んでくるトロワに、私も無視したままはできなくなって。
「……なんかね」
「うん」
「お客様を褒めてもらえるのはうれしいけど……」
「うん」
「なんか褒めすぎ!」
「ええ〜?!」
「確かにかわいかったよ! でも褒めすぎなの。でもかわいくできたのは事実だし、褒めてもらったのもうれしいし……って、ああもう、私、何言ってんだろ?」
ぐちゃぐちゃなままの気持ちを、ぐちゃぐちゃのままに口にしたら、何言ってるのかさっぱりわからん。
自分で言ってて恥ずかしい。
「もういいの、大丈夫、帰るね」
お店に来る前に買い物していたかごバッグを持ち、私は急いで帰ろうとしたんですけど。
「ねえ、……それって、もしかして、嫉妬?」
無邪気に首をかしげて聞いてくるトロワ。
ああもう! なんてどストレートに……っ!!




