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ドキドキの……

「これくらいでいい?」

「十分! ありがとう」


 崖の淵に腹ばいになりギリギリのところから手を伸ばして、崖の切り立った岩肌に生えている薬草を採ってくれているトロワ。

 何事も起きませんようにと祈りながら見守るしかできない私に、トロワが顔を向けてきました。気がつけばトロワの横には薬草がこんもり小山を成しています。

 量も十分だし、この心臓に悪い状況も早く終わらせたいのでトロワにオッケーを出しました。

「よっ、と」

 体の横に手をつくと、ひょいっと危なげなく立ち上がるトロワ。

 なんとか無事にミッション終了です。

「これで乾燥させる分は摘めたかな?」

「そうね、うん、オッケー」

 トロワが崖の淵から採ってくれた草を、私はせっせと袋に詰めていきました。そんな私の横では、トロワが服についた土や草を払っています。危険なことさせてほんとごめん!

 袋の口を縛って、タグをつければ〝薬草の採取〟はおしまいです。

 さあテキパキ次行ってみよ〜!


「最後に香り付けの花を摘んで終わり。え……と、確認するね」


 やっぱり香りって大事でしょう!

 きつすぎるのもよくないけど、いい香りだとそれだけでもテンション上がりません? そのうち香水にも手を出してみようかなぁ、なんて。それよりまずはお化粧品だ。

「探すよ。どんな花?」

「こんな花よ」

 トロワが探してくれるというので、おばあちゃんが描いてくれた花の絵を見せました。

 幾重にも重なったピンク色の花びらはゴージャスで、とってもフレッシュな香り。なのに、茎や葉はそれに似つかわしくないトゲトゲ。触るな危険。

 私がどんな匂いにしようか悩んでいたらおばあちゃんがいろいろ香りのサンプルを出してきてくれたので、その中から気に入ったものを選んだら、この花だったんです。綺麗な花にはトゲがある、を体現した花ですねぇ。

「オッケー。あっちの方だね」

 トロワが地図を見て実際の場所を確認しています。

「そうね、それっぽい花が見えてるわね」

 私はノートを確認しながら、歩き出したトロワの背についていきました。


 草をかきわけ、その花が咲いている方に移動しつつ、私はおばあちゃんのノートに書かれてある注意書きを読んでいました。

「え〜と、茎や葉派にはトゲがあるから注意すること、か。ふむふむ。香り付けに使うのは花びらの部分だけ、ね。でも花びらだけを摘むと劣化が早いから、茎ごと摘むこと、ね。了解」

 ノートを見ながらの移動なので遅れてしまったようで、


「リヨ〜ン、あったよ〜」


 トロワはもう花の咲いている場所に着いて手を振っています。

「オッケー。え〜と、花びらの部分が必要なんだけど、花だけ摘んだらすぐ枯れちゃうから、茎から摘んでくださ〜い。あ、茎と葉っぱにはトゲがあるから怪我しないように気をつけてね〜」

「了解!」

 そう言うとトロワは先に花を摘み始めました。

 私も早く追いついて作業しなくちゃ。


「わぁ。この花、すごくいい香りだよ! リヨンも匂ってごらんよ」

 

 早速摘んだ花を、トロワがうっとりとした顔で嗅いでいます。加工前のフレッシュな花の香りはまた違うんでしょうね。


 私も嗅いでみたい……と、足を速めた時でした。


 バタン! と、その場にトロワが倒れてしまいました!


「え? 何? どうしたの!?」

 急に何が起こったのかわからず、私はトロワの元に急ぎました。

 トロワは花畑の中で仰向けに倒れています。

「トロワ? トロワ!」

 必死に体にすがりついて揺さぶってみても返事がありません。


 ええ!? まさかトロワ、死んじゃった……の!?


「トロワ! トロワ! 返事して! ねえ、ねえってば!」

 知らず涙が溢れてきますがグイッとぬぐって揺さぶり続けましたが反応はありません。

 本当に死んじゃってない!? ……ここは落ち着いて、確かめなきゃ。

 恐る恐る胸に手を当てると……動いてる! よかった!

 ついでに口元に耳を寄せると、静かに呼吸しているのが確認できました。

「よかった生きてる……じゃなくて」

 今度は安堵の涙がダバーッと溢れてきました。

 息が苦しそうでもないので、突然の病気では……ない、よね?

 特に目立った外傷もないし、虫に刺されたとか噛まれたということでもなさそうです。気を失ってるだけかな。


 刺激を与え続けていたら目を覚ますかな?


「トロワ、ごめん!」


 こちょこちょこちょこちょ。……くすぐったけど、ダメか。

 むぎゅ〜。……ほっぺたをつねってみたけどダメ。

 ベシベシ! ……ほっぺたを強めに叩いてみたけどこれもダメ。

 ……ヤバい、刺激を与えすぎて頬が赤くなってきちゃった! 私は慌てて『痛いの痛いの飛んでけ〜』と頬をさすりました。あ、ちなみにこれもダメでしたけど。


「ええ……どうしよう……」

 途方に暮れて、私はその場に膝から崩れ落ちました。

 トロワったら、全然目を覚ます気配ないんだもん……。

 力が抜けた拍子に、下に落としてしまっていたノートに手が触れました。


 ノート……! そうだ、そういえば!


 おばあちゃんが出かける前に渡してくれた巾着。『困った時に開けなさい』って……!

 私は急いで荷馬車に戻り、籠バッグをあさって巾着を取り出しました。

「これで中身が火打ち石とかだったらどうしよう……使えねぇ」

 いやいやいやいや。自分で言っといてなんだけど、石とか入ってる感じはしないので大丈夫、だと思う。


 お願いだから使えるアイテム出てこい!


 私はそう念じながら巾着の紐を緩めました。

「なんだこれは?」

 中から出てきたのは、乾燥した葉っぱ。

 カッサカサのそれは、乾燥前に揉まれたのか、よじれて固まりになっていました。なんか中国茶みたい。

 つまみ出してにおったら、なんとも言えない薬草の香り……。

「うえっ。って、これなんだろう?」

 あの時……出発前、トロワが呼びに来たから、おばあちゃんの説明を最後まで聞かずにお店を飛び出しちゃったんだったわ。

 でもきっとノートに使い方が書いてあるはず。

 私は巾着を持って、またトロワのところに急ぎました。


 トロワの横に落としていたノートを拾い、急いでページをめくります。

『困った時巾着』の使用方法を探して。

 ちなみに、さっきの花のページには下の方に注意書きとして、


『この花は催眠作用があるので、むやみに生の花を嗅がないこと』


 とありました。加工後はこの作用が消えるらしいけど、生の濃い香りには要注意なんだそうです。

 ということは、トロワは眠ってるだけ?

 言われてみればスヤスヤと……これ、寝息か。

 それがわかったら、少しホッとしました。でも油断はできません。

 というのも、注意書きにはまだ続きがあって、『あまり長時間解毒せずに放っておくと、眠ったまま目覚められなくなる』って書いてあったんです!

 眠ったまま永眠とかシャレなんない!!

 おばあちゃん、そういう大事なことは最初に書いておいてくださいよぅ。もしくは赤字、太文字で! ……って、これ完全に逆ギレね。ごめん、おばあちゃん。

 私が注意書きまでちゃんと読んでおけばこんなことにならなかったのよ。

 重ね重ねトロワごめん!!


 なおも大急ぎでページを繰っていると、ようやく巾着の中身の説明ページを見つけることができました。

 曰く、巾着の中身は万能解毒剤で、噛み砕いて服用すべし。だそうです。

 おばあちゃん……初めからこういうこと(・・・・・・)になるって予想してたかのような袋の中身ですね!

 まあそれは後からおばあちゃんに聞くとして。

 ふ〜ん、なるほど、噛み砕いて飲めばいいのね。って、んんんん??

 

 ……噛み砕いて? 誰が?


「……トロワさんは寝てらっしゃる。私は起きてるけど、私が噛み砕いてこの薬を飲んだって意味がない。………うぉぉぉぉぉ!? ちょ、待って! どうしたらいいの!?」


 薬とノートを手に、私、パニックです!!




 とりあえずトロワの口に入れてみよう。

「トロワ、ごめん!」

 私は眠るトロワに詫びを入れつつ、その口をぐいっとこじ開けました。そして少し開いた隙間に薬をねじ込みます。

 そして様子を見ましたが。

「………………何も起こらんわな………………」

 当たり前ですね〜。だって寝てるんだもの、噛み砕くこともしなけりゃ飲み込むこともしませんわ。

 私が突っ込んだところには、依然として薬の姿が見えています。つまり、この作戦は失敗!

 意識ない人にどうやって飲ませろと……。


 途方にくれてる時間ももったいないから次! 作戦その二。

「石で砕いてから、水筒の水でふやかして飲ませる!」

 土台になる大きな石を探し、水筒の水で綺麗にしてから薬を乗せ、小石ですり潰す。

 それをまた水に入れて……って、

「どうやって飲ませるの!? 私のばかぁ」

 コップなかったわ。その場に跪き頭を垂れる私。

 さっき私がこじ開けたせいで軽く口を開けて眠るトロワ。むむ〜、何か流し込む道具さえあれば……。あ、そっか。葉っぱをコップ、もしくはスプーンの代わりにすれば上手くいくかも。

 私は周りにたくさん生えてる葉っぱに手をのばしかけたのですが。

「って、この花の葉、ほっそいしトゲトゲしてるし!」

 おばあちゃんが『トゲに注意!』って書いてたでしょ。よく見ると、葉っぱの表面にもびっしりとトゲが……。

 これに薬の液を乗せるのも至難の技だし、仮に乗せられたとしてもトゲが危ないから飲ませるのに苦労しそうだし。


 どうしよう……。


 私が悪戦苦闘しているその横で、スヤスヤと寝息を立てているトロワは平和そのものだけど、放置はできない、油断もできない。

 私の用事にわざわざ付き合ってくれたトロワが、このまま目を覚まさないなんて……ダメ、絶対!

 それに、トロワがこのままだと、私も辛い。せっかく仲良くなったんだし。

 子爵令嬢の私じゃなくて、ただの使用人の私と仲良くしてくれる大事な人。

 そりゃショーレだって私と仲良くしてくれてるけど、ショーレの場合身分(公爵子息だとか、王子様の側近だとか)とか見た目(美形(イケメン))とかが違いすぎて〝ちょっと気を張る友達〟としか思えないんですよね。友達っていうのも恐れ多すぎるんだけど。

 その点トロワは庶民だし、見た目も普通だから(若干モサイけど)、私にとっては気後れせずにお付き合いできる大事な友達なんです。見た目より中身が大事なんです!

 それに、さっき、ちょっとときめいたりしたわけだし。


 こうなったら私も頑張らなきゃ。


 最後の手段……やるしかないでしょ、口移し!




 トロワの眼鏡をとり、もっさりとした前髪をかきあげると、トロワの顔の全貌が見えました。素顔、初めてだわ。

 こうして見ると結構整った顔立ちしてるんだけどなあ。いかんせんこの前髪が邪魔というか、鬱陶しいというか、とにかくモサイ印象を与えてしまっています。

 目を閉じているからまつ毛の長さが強調されてるし。ふうん、トロワってばこんなにまつ毛長かったんだ。マスカラつけてるみたい。

 ……というのはおいといて。

 急げ急げ。

「…………よしっ!」

 自分に気合いを入れると、私はさっき作った薬の汁を口に含みました。

「ま……まじゅっ……!」

 苦いし! まずいし!

 その味の強烈さに吹き出しそうになりました。つか、すっごいしかめっ面になってると思う。これくらい強烈な味なら目も覚めるわ。

 でもさぁ、ここって、『サンドリヨン』の世界のはずよね。眠れるお姫様に口付けるのは『眠れる森の美女』だよね? まあトロワは『美女』じゃないけど。

 いつの間に話変わったの? ってか、なんで違う話をぶっこんできたの? 混ぜないでよややこしい!

 どこかにいる〝神〟にむかって文句を言っても始まらないから、私はもう一度覚悟を決めます。

 女は度胸! ファーストキスだけど、これは治療、ノーカンよ!

 カウントゼロのキス、いきます!

 ごめん、トロワ! トロワ的にも意識がないからこれはノーカンだよね?


 今日何度目かわからないトロワへの謝罪を胸に、ほんのりと開いた口に私のそれを重ねます。


 ドキドキドキドキ……うるさいな私の心臓! 薬と一緒に心臓が出てしまいそうですが、それは我慢しなくちゃ。

 そして少しずつ薬を流し込んだらすぐに離れ、様子を窺います。

 じっと見ていると、コクン、とわずかに動いた喉仏。

 飲み込めたかな?

 指を組み、祈るような気持ちで見守っていると、フルリ、とまぶたが動きました。これは……目覚めかけてる?

「トロワ? トロワ!」

 私が声をかけながら体を揺さぶると、まぶたがゆっくりと開き、黒い瞳が見えました。

「…………リヨン?」

 寝起きの掠れた声がセクスィーだなおい! って、違うか。

 

 よかったです。トロワが目覚めました!!


「トロワぁぁぁ〜! 一時はどうなるかと思ったぁぁぁ〜!」

 トロワが目を開け、声も出し、はっきりと目覚めたことがわかった私はようやく心の底から安堵しました。安堵ついでに、また涙が堰を切ったようにドバーッと出てきました。

 その体にすがりついてオイオイ泣いていたら、

「どうしたのリヨン? あれ? 僕、いつの間にか寝ちゃってたね。ごめんね、すっかり花摘みをさぼっちゃって」

 私の頭を優しく撫でながら謝るトロワ。もう、どこまで優しいのよ〜。

 そんな、花摘みどころの騒ぎじゃなかったんだってばぁ。

「ぜんぜん……っ、そんなの、どうでもいいのっ!」

 しゃくりあげていると、

「う〜ん、よくわかんないけど、じゃあさっさと摘んで帰ろうか」

 キュッと抱きしめてくれました。


 今はこの温度が、素直に嬉しいです。


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