私が!?
私の魔法——つまりはメイク——をかけてほしいというアルルちゃんのお友達。なんかちょっといい流れが見えてきた、かも?
とりあえずお友達にも魔法をかけてあげなくちゃね!
「明日の……そうね、私はお屋敷のお仕事が終わってからしかこっちに来れないから、お昼を食べたらおばあちゃんの薬屋にきて」
「わかったわ!」
アルルちゃんと明日の約束をします。
私の自由になる時間はお昼から夕方までです。いつも買い物にあててる時間内でパパッとすませなくちゃいけません。それに勝手に薬屋さんを待ち合わせ場所にしちゃったし。
「家に帰る前におばあちゃんに許可とっとこ」
私はくるりと踵を返して薬局に向かいました。
さっきの話をおばあちゃんにすると、快くオッケーしてくれました。『そのまま商品お買い上げ、ってことにつながるからね』と言って朗らかに笑うおばあちゃんはなかなかに商売人だと思います。確かにそうですよね。気に入った化粧品はその場でお買い上げになります。ええ、そうですよ。そのための美容部員じゃないですか!
アルルちゃんのお友達ってどんな子かしら。私全力で頑張らせていただきます!
次の日、私はいつもよりテキパキと家事を済ませ、いつも通り市場に買い物に行く態で家を出ました。アルルちゃんとの約束の時間には十分間に合います。
「お〜い、リヨン! いい肉入ってるぞ〜」
「ちょっと用事があるから後で寄るわ!」
「リヨン、急いでどこ行くの?」
「ちょっとね〜」
いつも通りスダンやジヴェたちから声がかかりましたがまた後でね! 私はひらひらと手を振るだけでお店をスルーします。お買い物はあとあと。
「こんにちは〜」
「あっ、リヨンちゃん! 来てくれてありがとう」
薬屋さんの扉を開けると、もうそこにはアルルちゃんとそのお友達が待ち構えていました。
元気にニコニコしているアルルちゃんと違って、初対面だからか少し緊張した面持ちで私を見ているお友達。アルルちゃんよりもお化粧に興味があるのか、流行りのコテコテメイクをしています。
フワンとした柔らかい雰囲気の子なのに、お化粧が全然合ってません。
普通、かな。とびきり可愛いとかそういうんじゃなくて、愛嬌あるタイプかも。目を大きく見せたいのか、目の周りに濃ゆいアイラインを塗ってるせいでパンダ目になってるのが残念だなぁ。ぷっくりとした唇がチャームポイントです。
私は不躾にならない程度にさっと観察しました。
オッケー全然大丈夫。ちゃんと似合ったお化粧すればかわいく変身できるから任せて!
「初めまして! リヨンっていいます」
「初めまして。アミアンっていいます」
ぺこり。とりあえず初対面のご挨拶。
「アミーもね、ずっと片思いしてる彼がいるの。私の話を聞いて、ぜひリヨンちゃんに魔法をかけてもらいたいって」
モジモジしているアミアンにかわってアルルちゃんが説明してくれます。
「ふふふふふ、リヨンにお任せあれ〜! 私の魔法でアミーちゃんを素敵な女の子に変身させてあげるわ!」
得意の事ですからどどんと胸を叩きます。
と言っても私は少し勇気を出すお手伝いをするだけなんだけど。
『可愛くなれた』と思う気持ちが自信につながるものだから。それが私にかけられる『魔法』。
今回もまずはこのこってりメイクを落とす事から始めましょうか。できればすっぴんで来てほしかったなぁ。自分で良かれと思ってしてきたメイクでしょ? それを『そのお化粧似合ってないから落とすわね』なんて言われたら誰だって凹んじゃいます。
「じゃあまずお化粧水でしっとりお肌にしましょうね」
上手くごまかしてクレンジングです。
メイクを落とせば、やっぱりお目々は小さめでした。つぶらな瞳? 可愛いじゃないですか!
「目をパッチリさせるマッサージをしましょうね。こうすると目の周りがほぐれていつもより目が大きくなるのよ」
しっとりさせるクリームを手に取り、アミーちゃんの目頭から眉毛を絶妙な力加減でマッサージします。目の下は優しくリズミカルにタップ。これを何度か繰り返し、クリームがしっかり馴染んだところで、
「目を開けてみて?」
アミーちゃんに目を開けてもらいます。
「わぁ! いつもよりパッチリ開く!」
渡した手鏡を食い入るように見て叫ぶアミーちゃん。
「でしょう?」
「アミーの目、大きくなった気がする!」
アミーちゃんの変化にアルルちゃんも驚いています。目の周りの血行が良くなったから視界も明るくなるしね。
も一度クリームを手に取り温めてから、今度は顔全体のマッサージ。若いからリフトアップなんて必要ないけど、引き締め小顔効果狙いです。
適宜ツボなんかを押しつつクリームを塗れば、健康的な薔薇色の頬完成です。
マットにならない程度に白粉をはたいてベースを作ってから、軽くチークを乗せます。多分本人が一番気にしているであろう目元は、濃い色を差し色にしてさらにパッチリを強調。チャームポイントのぷっくり唇にはアミーちゃんのホワッとしたイメージに合う優しいピンク色を塗って出来上がりです。
素朴な優しい感じの女の子になりました!
「本当にこれ私?」
鏡で自分の顔をまじまじと見ながらアミーちゃんがつぶやいています。どぎついお化粧の時とはすっかり雰囲気が変わりましたからね。
「そうだよ。アミーちゃんの可愛いところをちょっと強調するだけでこんなに変わるんだよ〜」
私は『ちょっと』というところに力を込めました。私の魔法ではなく素材がいいんだという気持ちを込めて。
派手なお化粧が似合う人もいるけど、アミーちゃんのような優しい感じの子にはこっちのナチュラルメイクの方が似合ってます。若いから厚塗り化粧でごまかさなくてもいいしね。
「アルルが言ってたけど、ほんとにリヨンちゃんのお化粧は魔法みたい。すっかり変身しちゃったわ」
「魔法なんて大げさな」
私が苦笑いしていると、
「いいえ、魔法よ! 私は魔法にかけてもらったから告白が上手くいったんだし」
アルルちゃんが力強く言い張りました。
「それは私は関係ないわ。アルルちゃんが勇気を出しただけ。私は少しお手伝いしただけだもの」
「そのお手伝いが大事なの!」
「そう……かなぁ? そう言ってもらえると嬉しいわ」
アルルちゃんがものすごく褒めてくれるので、素直に受け取っておきましょう。
「だからアミーも絶対に上手くいくって」
アルルちゃんがアミーちゃんを励ましています。
「うん、なんだか上手くいく気になってきたわ」
それまでどことなく不安げだったアミーちゃんですが、可愛く変身したと思う自信とアルルちゃんの励ましのおかげで、目に力が入ってきました。
自信過剰なのではなく、勇気を持った瞳というか。
「当たって砕ける勇気が湧いてきた。これだけ可愛くしてもらったのに振られちゃったなら、すっかり諦めもつくし」
クスッと笑うアミーちゃん。急に強くなりましたね!
好きな人を想って可愛くなりたいって、健気だなぁ。
ふと二人を見て思いました。
そーいや私って、そんなことしたことあったっけ……?
確かに前世彼氏はいたけど、いつも相手から告られて付き合ってっていうパターンばっかりでした。
付き合っていくうちに好きにはなったけど、自分から好きで振り向いてもらうための努力ってしたことない気がする。わぁ……梨世ったら平凡女だったのに、何それ贅沢な。
付き合ってる時は、そりゃちゃんと綺麗になる努力とかはしたけど、すごく好きで、どうしても繋ぎ止めておきたいっていう気持ちが足りなかったのかな。いやいや、思ってたよ? でもちゃんと千夜に伝わってなかったのかな。だから浮気されたのかな……って、やなこと思い出しちゃったわ。
好きって、ちゃんと伝えてたかしら……? 伝えてた……よね、うん、多分。
え? じゃあ私ってば片想いのドキドキ未経験!? まさかの!?
なんてこったい前世の私。
彼氏いたくせに恋愛経験値低すぎるわ。仕方ない、これから頑張るか〜。
「で、どこに呼び出したの?」
「いつもの公園よ」
「ああ、あそこね……」
アルルちゃんとアミーちゃんがこれからのことを話していますが、二人の会話は私の耳をスルーしていきます。
幼馴染に気持ちを伝えたくて必死にお化粧していたアルルちゃん。
片想いの彼のことを考えて、さっきよりもさらに可愛さを増したアミーちゃん。
どっちもキラキラ輝いて、私には眩しいほど。
恋する乙女って、可愛いなぁ。
それからしばらく、お義母様たちが連チャンでお茶会だのパーティーだのに呼ばれていたせいでめちゃめちゃ忙しい日が続きました。忙しすぎてゆっくり市場で買い物する余裕すらありませんでした。お義母様たちの食事がいらない時は、私のお一人様ご飯なんてストック食材で十分ですからね。無駄遣いしない。
アミーちゃんのことは気になりつつも忙しさに忙殺されていました。
「サンドリヨン! ドレスを着せて!」
「はい、ただいま!」
「サンドリヨン! ウエストがきついわ、なんとかして!」
「じゃあ腰回りのボタンを幾つか外して、その上からリボンを巻いてごまかしましょう!」
ニーム痩せろよまた太ったのかよとは口が裂けても言えません。手直ししている時間もありませんから、応急処置で対応です。食べ過ぎた時にウエストのボタンを外す、あの要領です。よく前世でやらかしてたことが役に立ちました。
出て行く時も大騒ぎ、帰ってきても大騒ぎ。三人のお世話にてんてこ舞いな日々が続きました。
「やっと怒涛の十連チャン終わった……」
よくもそんなに遊びの予定を入れてきますよ、それに感心します。
毎日遊び呆けていたお義母様たち、さすがに疲れたのか今日はお屋敷でおとなしくしています。その隙に買い物買い物。すっかりストック食材使い果たしていましたので、今日の買い物は大量になるだろうなぁ。
「お夕飯用のステーキ肉でしょ、ストック用の薫製肉でしょ、生野菜に干し野菜……」
今日の買い物を反芻しながら市場に向かいました。結構な量になりそうだけど、このバッグで足りるかしら?
籠バッグのキャパを心配しながら市場に行くと、
「リヨンちゃん! 久しぶりじゃない。忙しかったの?」
花屋さんでアルルちゃんに声をかけられました。今日も看板娘は元気ですね。
「しばらく忙しいのが続いたのよ」
「そっかぁ、使用人さんってお給料とか待遇はいいけど、お仕事は大変なんだね」
同い年なのに……と、そう言って私のために顔を曇らせるアルルちゃんに。
私タダ働きですからね〜! 本当はあの家のお嬢様だけど使用人扱いされてるから、待遇もへったくれもないんですからね〜!
……とは言えません。
「まあね〜」
適当に笑ってごまかします。
「そうそう。アミーね、あの日リヨンちゃんにお化粧してもらって、その後すぐに告白に行ったんだよ」
「ああ、そうだったわね。それで、どうなったの?」
忙しい中でも気になってたアミーちゃんの告白の行方。やっと聞けます。
「やっぱりリヨンちゃんは魔法使いよ! 告白はバッチリ上手くいったわ!」
ぱあっと花がほころぶように微笑んだアルルちゃんから聞けたのは、いい知らせでした。
「わぁ! アミーちゃん、よかったね! 私は何もしてないわ、アミーちゃんが勇気を出しただけ」
「リヨンちゃんが可愛くしてくれたから勇気が出たんだよ! アミーも感謝してた」
「感謝なんてそんな」
私はちょっと背中を押しただけ。でも上手くいってよかったです。
ここのところの忙しさの疲れも吹っ飛ぶ朗報に、私もホクホクしていたら、
「だからリヨンちゃん、私の友達の間ではすっかり『恋の魔法使い』って有名になっちゃったのよ」
そう言って嬉しそうに笑うアルルちゃん。え? ちょっと待って、何そのニックネーム、てゆーかあだ名!!
「何それ!?」
「ん? だから〜、リヨンちゃんのことだよ〜。リヨンちゃんにメイクしてもらったら恋が叶うって」
「……誰がそんな名前つけたの?」
「わ・た・し!」
「アルルちゃ〜ん!!」
そりゃこの世界、魔法が存在しますけど……。
私が『魔法使い』になってど〜すんだ!!




