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きっかけ

「あ! リヨンちゃん」

「あら、アルルちゃん」


 トロワと一緒に魔女のおばあちゃんの薬屋さんに行くと、先客——花屋のアルルちゃんがいました。

 アルルちゃんも何か薬を買いに来てるのかなと思ったのですが、よく見ると、こちらを見ているアルルちゃんの手にはお化粧用のパフ。もう片方には白粉の入った缶。

「何してるの?」

「見ての通り、お化粧よ!」

 アルルちゃんは店内に置かれてある椅子(待合用だけど、ほとんどおばあちゃんと世間話をするためにある)に座り、また熱心に鏡を覗きみました。

 この薬屋さんではお化粧品も売っています。お金持ちやお貴族様は高級化粧品を取り扱う専門のブティックを愛用してますが、一般庶民はお化粧品を薬屋さんで買うのです。まあ前世でいうドラッグストアみたいなもんですね。高級化粧品のブティックは、先日私がお義姉様に言われてお使いに行ったお化粧品屋さんがそうですね。

 話が逸れましたが、アルルちゃんはテーブルの上にお化粧品をたくさん並べてメイクに奮闘しています。

「おばあちゃん、アルルちゃん、どうしたの?」

 アルルちゃんは私と同い年で十五歳。いつもはお化粧なんて全然していない、すっぴんかわい子ちゃんなのに。急にどうしたんでしょうか。

 なんか色々塗りたくっているアルルちゃんを横目に、おばあちゃんに事情を聞くと、

「詳しくは私も聞いちゃいないんだけどね、さっき急にやってきて『化粧品一式ちょうだい』なんて言うもんだからさぁ、とりあえず店にあるお試し用のを使ってごらんと言ったところなんだよ」

 おばあちゃんも腑に落ちないといった顔でアルルちゃんを見ています。

 ますますどういうことでしょうか。まあ、お化粧に憧れるお年頃っちゃぁお年頃なんだけど、そんな急に目覚めるもの?

 私も首を傾げていたら、

「女の子がお化粧したいって、どういう時?」

 トロワが私に聞いてきました。


 お化粧したい時かぁ。


 どんな時だろう、と考えます。

「……お茶会やパーティーとか、社交に呼ばれた時かなぁ?」

 私の場合〝したい時〟ではなくほぼ強制的に〝しないといけない時〟ですけどね。

 あまり考えず思いついたことをそのまま答えちゃったけど。私、今、なんかまずいこと言った気がする。

「社交?」

 私の答えに小首を傾げるトロワ。


 やっぱりまずいこと言ってた〜! たかが使用人が社交になんて行くわけないじゃない、リヨンのばかたれ!


 トロワのツッコミで自分の失言に気付くとは! ここは上手くフォローしなきゃ。

「う、うちのお嬢様はってことね! あはは!!」

「そっかぁ。じゃあリヨンのところのお嬢様たちは、普段はあまり化粧してないんだね?」

「え、う……、ま、まあ」

 私もそうだけど、リールもニームも普段はすっぴんで屋敷内をウロウロしてますからね。間違いじゃないけど、よその人にあまり言わない方がいいわよね……。ごめん、お義姉様たち!

「ええっと、だから、お化粧したいなぁって時は、ほら、お出かけする時とか、デートの約束があるとかかな?」

 無難なところで返せたと思います。まあ普通は外出する時でしょ。

「そっかぁ。基本は出かける時なんだね。じゃあアルルはこれからどこかに出かける予定でもあるのかな?」

「かなぁ?」

 トロワと二人、一生懸命メイクをするアルルちゃんを見ました。

 しかし鏡とにらめっこする真剣なまなざしは、どこかにお出かけするといった浮かれた雰囲気ではありません。むしろなんだか切羽詰まったような……?

 周りで見てるだけじゃわからないので、直接本人に聞いてみますか。

 私はアルルちゃんの横に座って話を聞くことにしました。

「アルルちゃん、急にお化粧したいなんて、何かあったの?」

 流行りのごってり塗りたくりメイクをしているアルルちゃんに声をかけたら。


「私は可愛くなりたいの! だからお化粧して可愛くなるの!」

「えっ!?」


 お出かけとかじゃなくて、可愛くなりたいって?

 

 アルルちゃんの答えに、私たちはきょとんとなりました。

 ま、まあ、お化粧は綺麗になるためにあるものだけどね。間違ってないけど。

 目元がクリクリっとして愛嬌のある、可愛らしい顔をしたアルルちゃん。すっぴんでも十分可愛いし、いつも元気にニコニコ笑ってるからさらに好感度高し。実際アルルちゃんを狙ってる男の子の話も聞いたことあります。

 なのになんでゴテゴテメイクでその可愛さを台無しにするかなぁ……。

「アルルちゃん、お化粧しなくても十分かわいいじゃない。ねえ、トロワ?」

「うん、僕もそう思うよ」

「全然なの!! 私なんてちっとも可愛くないの!」

 本当のことを言ったのにアルルちゃんは勢いよく否定しました。

 自信過剰じゃないのがまた好感度高いんですけどね、どうしてそんな頑なに否定するのかしら?

「なんでもっと可愛くなりたいって思ったの?」

「…………あのね」

 化粧する手を止めて、アルルちゃんがポツポツと語り始めました。


 アルルちゃんは近所の同い年の幼馴染のことが好きだけど、告白する勇気がなくてずっと片思いのままでした。

 付かず離れずの距離感で仲も良かったのでなおさら告白のタイミングを逃していたところ、先日その彼が綺麗な女の人と一緒に歩いているのを目撃してしまったそうなのです。


「彼女ができたなんて聞いてなかったから、ショックで」

「うんうん」

「でもこのまま諦めるのもなんだか悔しくて」

「うんうん」

「うんと可愛くなって、ずっと温めていた気持ちだけでも伝えたいなって思ったの。別に想いが届かなくたっていいし、彼女から奪おうってわけでもないの。ただずっと想ってたっていう気持ちを整理したいだけなんだ……」

「アルルちゃん、可愛すぎる!!!」


 なんて健気!! もう私、萌え死ぬ!!


 思わずぎゅっと抱きしめてしまいました。

 玉砕がわかってて告りに行くとか、ものすごい勇気だと思う。

 切ない顔をするアルルちゃんはお世辞なく可愛いんだけど、本人が納得してませんからね。

 

 ここは前世美容部員! お手伝いさせていただきます!!


「そっかそっか〜! じゃあうんと可愛くなろうね」

「うん!」

「でもそのメイクは私たちにはまだ早いわ。もっとアルルちゃんの可愛さを引き立てるメイクをしなくちゃ」

「どういうこと?」

 きょとんとこちらを見るアルルちゃん。

 アルルちゃんは今までお化粧することがなかったから、どういう風にしていいのかわかってません。町行くお姉さんたちがこぞってやっているゴテゴテメイクを参考に、見よう見まねで塗りたくっていたからもう……ね。

 せっかく可愛い顔してるんだから、素材は活かさなくちゃ!

 でも孤軍奮闘頑張ってきたアルルちゃんの努力を否定してはいけませんから、

「ほら、まずはお肌をしっとりさせましょうね〜」

 ひたひたにお化粧水を含ませた綿で、保湿と言いつつデタラメメイクを落としていきます。綺麗に拭き取ったら今度こそ保湿。リズムよくパッティングして化粧水をなじませます。さすが若い肌、弾く弾く!

 そのあとはクリームでマッサージ。しっかりほぐして血行アップ。これで濃ゆいチークいらずです。

 モチモチと柔らかい綺麗な肌を活かすためにも、白粉はうっすらとあくまでもテカリ防止程度に。

 クリクリとよく動く可愛い目元には、濃くなりすぎないよう気をつけながらラインを引いてさらにぱっちり見せて。ついでに眉毛の形も整えておきますか。

「仕上げはリップよ。これでアルルちゃんは魔法にかかるの。とびきり可愛く変身する魔法よ」

 そう言って私は仕上げにかかります。

 ぷっくりと柔らかい唇はもともと血色がいいので、さらに瑞々しく見えるようにグロスを乗せて。


 前世の知識を活用して、ナチュラルメイクの完成です。


 もともとの素材を完璧に活かしつつ、良いところは嫌味にならない程度に強調。我ながら上手くいったと思います。

 流行りのメイクではないけど、アルルちゃんらしさを前面に出せていると思います。すっぴんよりもちょっと色ものってるので、お化粧した感もありますし。

「こんな感じでどう?」

 自信はあるけど受け入れてもらえるかどうかドキドキしながら手鏡を渡しました。

「……………………」


 えっ?! 無言!?


 手鏡の中の自分を見たままアルルちゃんが固まっています。

 やっぱ流行りのメイクをした方がよかったのかぁ? でもあのメイク、ゴテゴテ塗りたくってるだけだから、逆に私にはできないんですよね。

 ああ、余計なことしちゃったかなぁ……。

 アルルちゃんの無反応に凹みかけた時でした。


「すごい……! これ、本当に私……?」


 目を見開きまじまじと自分を見つめるアルルちゃんがつぶやきました。

 ん? これはいい反応ですか?

「そうだよ〜。アルルちゃんにはこういうナチュラルメイクの方が似合うと思って」

「私じゃないみたい」

「アルルちゃんだよ。気に入ってくれた?」

「うん、うん! リヨンちゃんありがとう! リヨンちゃんは魔法使いだね」

「可愛くなる魔法が使えるのよ!」

 目を潤ませ、私の手を握ってくるアルルちゃん。

 よかった〜! 濃厚メイク全盛の世界でナチュラルメイクを受け入れてもらえました!

「アルル、すごい可愛い。もともと可愛いけど、もっと可愛くなったよ。これなら本当に彼女から奪えちゃうかもね」

 今まで黙って見ていたトロワも驚いています。

 可愛い可愛いとすっかり大絶賛してるんですが。


 そんなに他の子を褒めちぎられると……なんかモヤっとする。

 

 あれ? 私何思ってんだろう……? い、いや、アルルちゃんは可愛いですよ。それは事実。トロワも、こっちがドキドキさせられるようなことをさらっと言っちゃう人だし。でもでも……!


 アルルちゃんとトロワがきゃっきゃと仲良くしているのを見てテンションが下がった私。

 でもアルルちゃんが嬉しそうにしてるからいいか……。うん。


 ボーッとしていたら、

「じゃあ私、これから幼馴染のところに行ってくる!」

 そう言ってアルルちゃんは元気にお店を出て行きました。

 さっきここで出会った時の悲壮感は霧散して、晴れ晴れした表情です。

 これなら本当に彼女から奪えちゃうかもしれません。


 あ、どうしよう。それはそれで罪悪感が……。


 ふと、前世の記憶が蘇っちゃいました。ま、私の場合は奪われた方ですけどね!




「いやぁ、しかしリヨンにあんな特技があったなんて。すごいよびっくりした」

「うん……」

「僕も今世間で流行りのお化粧は濃すぎるから、ああいうのは逆に新鮮だね」

「そう……」

「アルルの可愛さをすごくよく引き出していたよ」

「よかったわ」


 家への帰り道、トロワが上機嫌でおしゃべりしているのに生返事で答える私。あれからぐるぐるモヤモヤしたままだったので、自然と上の空になっていました。


「リヨン、なんか機嫌悪い?」


 とうとうトロワがそっと聞いてきました。

 あっ、ごめんごめん。ちょっと自分の世界に入ってただけです。

「ええ、と、そんなこと、ないよ?」

「でも?」

 なんとなく言い淀んだ私の顔を覗き込んでくるトロワ。

 モヤモヤの一端はトロワなんだけどね! 

「……トロワがアルルちゃんをめっちゃ褒めるから!!」

「えっ!?」

 思わず本音を口走ってしまいました。って、これじゃあただのやきもちじゃない!!

 い〜や〜!! 穴があったら入りたいわ!

「ち、ちがうのよ! アルルちゃんは本当可愛かったのよ! 褒めるのは当然よね、そう、当然なの!」

 慌ててさっきの発言をなかったことにしようと言い募りましたが。


「……それって、やきもち?」


 トロワさん、もっさりポヤポヤした見た目に反して鋭いね!

 でもなんで、いきなりトロワにやきもちとか? え? なんで?

 トロワとは最近知り合ったばっかだし、ちょっと仲良くなっただけだし。


「……やきもち、なのかなぁ??」

「何それリヨン、可愛すぎる!!」


 なんとなく自分の感情に釈然としなくて首を傾げていたら、嬉しそうに笑ったトロワに抱きしめられていました。


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