思い出す
ピチュ、チチチ……チュンチュン。
「わぁ、かわいい小鳥さん!」
「リヨン、小鳥は後にして」
「はあい」
見たことのないかわいい小鳥がいたからちょっと立ち止まって見ようとしたのに、私の手を引いていたお父様に咎められました。
今、私とお父様、お母様はこの国のお城に来ています。
今日はお城の王子様のお誕生日だそうで、国中の貴族を招待した盛大なパーティーが開かれているのです。
お父様は子爵なので、招待されました。
いつもならこういう催し物にはお父様とお母様だけで出かけていくのに、なぜか今日は子供の私も参加させられています。不思議に思った私がお父様に尋ねると、「王子様のお友達を見つけるんだよ」という答えが返ってきました。王子様は私よりも二つ年上の九歳だから、お勉強よりも遊びのほうが楽しいですよね、わかります。お城だとあまりお友達ができないのかしら。だとしたら可哀想ですね。
「ねえお父様。王子様ってどんな人?」
今日初めてお城に来た私ですから、王子様も初めましてです。
「賢くて、運動もおできになるとっても素敵な方だよ」
「物語に出てくる王子様のような?」
私は絵本で見る王子様の姿を思い浮かべました。白い馬に乗って颯爽とお姫様を助けに行く王子様。お姫様に向かって優しく微笑む王子様。どれも素敵な方ばかりでした。
「そうだね……」
お父様はやや歯切れの悪い答え方をしましたが、想像の王子様の姿に夢中になっていた私は気付きませんでした。
広い広いお庭に案内されると、すでにたくさんの人が来ていました。
綺麗に着飾った人たちが大勢いて、私は珍しさの余りキョロキョロしてばかりです。
「まずは王様にご挨拶しようね。それから王子様にご挨拶して、プレゼントを渡すんだよ」
「はい」
「緊張しなくても大丈夫、普通にしていればいいのよ」
「はい、お母様」
初めてのお城でドキドキ、大勢の人たちの中に来るのも初めてでドキドキしていると、お母様が優しく抱きしめてくれました。
ちょっと緊張のほぐれた私は、両親と一緒になんとか王様に挨拶を済ませました。次は今日の主役の王子様に挨拶なのですが。
「王子様のところには一人で行ってくるんだよ」
と言って、お父様もお母様もついてきてくれません。
「ええっ!?」
「大丈夫、他の人たちもほら、みんな一人で行ってるわ」
たしかにお母様の言う通り、誰も親と一緒になんていません。
仕方なしに一人で王子様のもとに向かったのですが、なんということでしょう。
王子様が女の子たちに囲まれてしまって見えません! というか、「お友達」は女の子限定なんですか!?
「お父様、お母様、あそこに王子様がいらっしゃるの? 私には見えないんですけど」
一生懸命背伸びをしてもぴょんぴょん跳ねて見ても、王子様の(多分)頭の先くらいしか見えません。
「う〜ん、王子様は大人気だからね。でもせっかくプレゼントを持ってきたんだから渡しておいで」
そう言ってお父様は私を王子様のいるほうに押しやります。お父様、ひどいです! あのたくさんの女の子たちをかき分けてプレゼントを渡してこいなんて……!
涙目になって振り向いても、お父様とお母様は『頑張って!』と口パクするばかり、行かなくてもいいよとは言ってくれません。
めそめそしていても終わらないので仕方なく集団に近づいたのですが、
「ちょっと! 順番守りなさい!」
「一番後ろ? そんなのご自分で探しなさいな」
綺麗なドレスを着たかわいい女の子ばかりなのに、キツイ言葉ですごい睨まれてしまいました。こ、怖いです!!
すっかり怖気付いてしまった私は、しばらくプレゼントを手に集団の周りをウロウロして、ようやく最後尾らしきところを探し出し、並び、途中何度も横入りされながらもなんとか王子様のもとにたどり着きました。すごく長い時間かかりました。
近づくにつれて見えてきた王子様はお父様の言う通り、本当に絵本から抜け出してきたかのような素敵な方でした。
そしてとうとう王子様にプレゼントを渡す順番が来ました。
間近で見る王子様は、青い瞳が印象的な方でした。綺麗なのにニコリともしないので、まるでお人形のようです。たくさんの人に囲まれて疲れちゃったのでしょうか?
あまりに綺麗な男の子だったので見とれてぼーっとしていると、その青い瞳にじろっと睨まれてしまいました。怖い方なのでしょうか? いやいや、不躾に見てしまった私が悪いのですね。
慌ててドレスをつまんでお辞儀をし、
「お誕生日おめでとうございます」
ちょっと震えてしまいましたがちゃんと言えてホッとしました。そしてプレゼントを手渡すと、
「ありがとう」
王子様はそう言って私のプレゼントをいったんは受け取ったものの、そのまま隣のお付きの方にポイッと渡してしまいましたよポイって! それに、ありがとうと言ったわりには嬉しそうにしていませんし。せっかく渡したプレゼントなのに、ぞんざいに扱われてしまってショックです。
笑ったらもっと素敵な人なのでしょうけど、表情が動かないので冷たい感じです。それにさっきの態度。
私の中の王子様の印象−−強くて優しい−−は、音を立てて崩れ去ってしまいました。
後ろに並んでいた女の子に突き飛ばされるように王子様の前を辞退すると、あれよあれよという間に私は集団からはじき出されていました。中心にたどり着くのはすごく時間がかかったのに、出るのは一瞬ってすごいですねぇ。王子様も怖かったですが、女の子たちはもっと怖かったです。
プレゼントを渡すというお仕事が終わりましたから、あとはお父様たちと一緒にいていいはずです。王子様のお友達は、あの集団の中から選べばいいと思います。仲良くなれる気が、というか、お友達になれる気がしませんでしたから。
ということで、私は両親を探し始めました。
初めての場所、初めての人たちの中で両親を探すのは難しく、なかなか見つけられないで一人ウロウロしていると、
「小さなお嬢様、誰かお探しですか?」
と、若い男の人に声をかけられました。
「お父様とお母様を探しているのです」
「そうですか。でもここは広いし大人が多くて、あなたのような小さなレディが歩いていたら見えなくてぶつかってしまうかもしれない。危ないから僕が一緒に探してあげましょう」
ニッコリ微笑みながらお兄さんが言いました。微笑んだ目がたれ目がちな、優しそうなお兄さんです。
知り合いが誰もいなくて心細かったので、とっても嬉しいです。みんな知らんふりするんですもん。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、はぐれないように」
そう言うとお兄さんは私の手をぎゅっと握ってきました。痛いくらい握られていますが、きっとこれくらいしないとはぐれちゃうんですね!
おかしいなぁと思い出したのは、探し出してしばらく経ってから。
お兄さんに手をひかれて庭園内を歩きだしたんですけど、どうもお兄さんは人のたくさんいる場所ではなく、むしろ人気のない方へと歩いていっているような気がしたんです。
さすがの私もこれはおかしいんじゃない? と思って、
「こっちはあまり人がいませんよ?」
とお兄さんを見上げると、
「こっちでいいんですよ」
にっこりとほほ笑み返され、おまけに手を、さらにぎゅっと握りしめられてしまいました。
本能的に何かがおかしいと感じた私。その微笑みに何だか背筋がぞくっとした私は、
「やっぱり一人で探します!」
握り締められた手を振りほどこうとしましたが、そこは大人と子供。子供の手の力では到底及ばず、全くほどけません。
もう片方の手も使って手をほどこうとしてもかなわなくて。私がやけになって解こうとしているのに、お兄さんは、そんな私を楽しそうに見おろしています。
ナニコレコワイ!
お兄さんの微笑みがさっきまでの優しいものではなく、どこか粘着質なものに見えた時。
うっわ、こいつ変態だよ。
突然私の脳内に声が響きました。−−イマノハダレノコエ?
「え? ロリコン?」
「は?」
『ロリコン』というよくわからない単語に私が思わず口にすると、お兄さんもキョトンとしています。え?え? 『ロリコン』て何?!
聞いたこともない言葉がすらっと出てきて混乱していると、ゴスッという鈍い音が聞こえ、
「ギャッ!!」
おかしな声を上げたお兄さんが、頭を抱えてその場に倒れ込みました。その拍子に、私をつかんで離さなかった手が緩んだのですかさず振り解きます。
よかった、これで逃げられる! そう思った時です。
『ロリコン』って、幼女や少女にのみ性欲を感じる人のことを言う言葉じゃない。ほら、ちょうどこいつみたいな。
また、頭に声が入ってきました。え? どういうこと? この声はどこから聞こえてくるもの?
自分の中に別の自分がいてしゃべっているみたいな不思議な感覚。
とにかく突然起こったことが理解できず呆然としていると、次の瞬間、頭の中にざざーっと水が流れ込んでくるように『記憶』が入り込んできました。
私は前世、日本という国で梨世という女性だったこと。死んで、生まれ変わってこの世界にいること。梨世に関する記憶−−学校に行って習ったこと、社会に出て働いていたこと。
……そして、リヨンとしての今までの記憶が混じり合う。
ああ、この世界って、世界史で習った西洋の中世とかそんな感じよね。そういえば梨世って、いくつまで生きてたんだろう? 美容部員として百貨店のコスメコーナーで働いていた記憶はあるけど、結婚した記憶がない。 ……結婚てゆーか、すごく嫌な感じで人生終わった気がするけど、ちょっと思い出せないなぁ。
いろいろな記憶が、頭の中で交錯・混乱しています。私が考えてるのか、梨世が考えているのかもわからない、もはやカオス。−−カオスってなによ!!
ああもう、どうなってるの!?
あまりの急激な変化に耐えきれず、とうとう私は気を失ってしまいました。
「誰か倒れたぞ!」
私がその場に崩れ落ちる瞬間に聞こえた声は、いったい誰のものだったのでしょう――?