さよなら?
お嬢様生活から一転、使用人生活にもすっかり慣れてきたこのひと月。
物語のように悲惨な生活じゃないですからねぇ。このままでもいいんじゃないかと思ったりするけど、やっぱりずっと使用人生活っていうのもアレだしなぁ。
前世ではできなかった結婚っつーのもしてみたい。結婚したら堂々とこの家出て行けますもんね! 分相応のいい人見つけて幸せになって……そう、普通の幸せでいいんです。王子様? イケメン・エリートの代表格じゃないですかそんなの却下です。
でもこのまま私が運命に逆らって生きていったら、この先どうなるんでしょ? ストーリーが変わる、とかかな? だといいけど。
そんなある日、お義母様に居間へ呼び出されました。
使用人になってからというもの、私がお義母様たちに呼ばれるのって『ドレスの後ろを留めて』だの『コルセット締めるの手伝え』だの、しょーもないことばかり。でも今日はパーティーの予定入ってなかったと思うんです。いったい何の用でしょう?
「どういたしました?」
居間のソファーで寝そべるお義母様の前に立ち、私が先に口を開きました。
「明後日お城でパーティーがあるのよ。リヨンも連れて行くから準備しておきなさい」
どっこいしょーと起き上がったお義母様が気だるく答えました。お義母様、パーティ三昧の日々で、さらに肥えたんじゃないでしょうか。夜遅くの飲食はデブの元! ……まあそれはいいとして。
「え?」
「ドレスはこれまでに作ったのがあるでしょう? どれでもいいわ、適当に着なさい」
「あ、はい」
いきなりパーティーですか。しかも私に参加しろと。
どういう風の吹き回しでしょうか? 物語ではそんなエピソードなかったと思うんだけど?
サンドリヨンは使用人だから当然行けず、継母たちが舞踏会に出かけていくのを羨ましがるんじゃなかったっけ?
そもそも私はあまり社交が好きじゃないから、お義母様たちがパーティー三昧してようが遊び倒してようが全っ然羨ましくもなんともないんですけどね。むしろ使用人になってこのひと月、気楽に過ごしてきました。
なのにまた社交か〜。しかもお城か〜。
王子様との接触はできるだけ控えたい今日この頃。お義母様、ストーリーは守って下さいよぉ……って、私が言っちゃダメか!
行くことが決まってしまってるようなので、仕方ありません。準備しますか。
「わかりました」
「あんまりおかしな格好はしないでちょうだいね」
了解して部屋を出て行こうとする私の背に向かってお義母様が言いました。いや、うん、あなたたちよりセンスはいいと思いますが……口にはしませんが。
私はお義母様の言葉をスルーして、屋根裏部屋へと戻りました。
部屋に戻ると、持ち込んでいた衣装ケースの中から適当なドレスを選びます。
使用人になる時に、ドレスや小物類をリールとニームに取り上げられそうになったんですが、リールはぽっちゃり体型だしニームは中肉中背だしで、私のドレスだとサイズが合わなかったのです。私は亡き母に似てスラッとスレンダー体型なもので……。
二人とも無理やり着ようとしたのですが、どうしても入らなくて挙句に『こんなのいらないわっ!』と捨て台詞を吐いて私に返してきたのです。幅はダイエットでなんとかなるけど、身長はどうにもならないですからね。
小物類も、チョーカーが多いのですが、それをニームがつけるとサイズが合わなくて絞首刑みたいになってました。そんな体張ったボケはいらないんですけど。
というわけで手元にドレスや小物類が残ってるんですよ。
「どれにしようかなぁ。そうだ、綺麗にクリーニングしてもらったアメジスト色のドレスでいいか。さすがに王女様からお借りしたドレスというわけにもいかないしな〜」
ブツブツと独りごちながらさっさとドレスを選びました。
私はお義母様やお義姉様たちと違ってパーティーに力が入ってませんからね、適当に選んでおしまいです。どちらかというと面倒くさいから行きたくないんですけど。
そしてパーティー当日。
今日はまたいつもの『王子様と親交を深めよう! そしてお后候補も選んじゃおう』の集いでした。
一番来たらダメなやつじゃんとか思いながら、そそくさといつもの定位置・壁際を確保した私です。
遠目に見る王子様は今日も安定の無愛想。それでも綺麗なお嬢様方に囲まれてハーレム作っています。王子様はどのお嬢様にも興味なさそうですが、容姿・家柄・頭脳、どう考えてもあの中からお妃を選ぶとしか思えない。でもその中には性悪もいるから気をつけてね〜、ヴィルールヴァンヌ侯爵令嬢とか。と、心の中で忠告だけしておきます。
久しぶりのお城だなぁ、もう来ないと思ってたのになぁなんておかしな感慨に耽っていると、
「リヨン! もう体は大丈夫なの? 元気になった?」
目ざとく私を見つけたショーレが飛んできました。
ん? 誰か病気でもしたの? ……って私!?
「え?」
ショーレの言葉に、私ははてなマークの乱舞です。
「父上のことは大変だったね。あれから何も連絡来てない? 僕の方からも各方面に粘り強く探すように言っておくから、リヨンは何も心配しないで。気に病みすぎて体を壊したんでしょう?」
ショーレは私のそばに来ると一気にまくし立てました。
キョトンとする私。
私、お父様のことを気に病みすぎて病気になってたの??
確かにお父様のことはショックだったけど、その後すぐに使用人生活が始まっちゃったから気にする暇なく、むしろ元気にやってましたけど?? あれあれぇ??
「え?」
「え?」
反応の鈍い私にショーレもキョトンとなります。
「ここひと月、リヨンは体調を崩しているからお城でのパーティーに参加できないって断りが入ってたんだよ? だからフォルカリキエ家は夫人とリヨンのお姉さんたちだけの参加だった……」
ショーレが訝しそうな顔をしながら、ここひと月のことを教えてくれました。
なんと。私は病気にされてたのですか!
きっとお城からの招待状には私の名前も書かれてありますので、私を社交界に連れて行きたくないお義母が不参加の理由にそんなことを言ったのでしょう。
お義母様的にはいっそ『そんな子うちにはいません』と言いたいところでしょうが、フォルカリキエ子爵家にリヨンという娘がいるということはお城にバレてますからね。だからたまに参加させるってか。考えましたねお義母様!
まあでもこれは考えてみれば渡りに船かも。
お義母様の嘘に乗っかって病弱を装えば、お城に来る回数がぐっと減ります。むしろなくてもオッケーです。そうすると王子様との接触が回避され、王子様の記憶から『私』というのも薄れていくでしょう。そうすると『王子様と結婚』という物語の運命から逃れられるんじゃないでしょうか!?
そこまでささっと考えた私。
「あ……うん、そうなの。今日はちょっと体調が良かったから、お義母様が気晴らしにパーティーでも参加してみたら? と誘ってくださったから来てみただけなの。だから次はいつ来れるかわからない。むしろ来れないかもしれないし……」
曖昧に微笑んでおきました。あわよくばフェードアウトを狙ってます。
「え!? そんなに具合悪いの?」
ショーレが焦った声を出しました。
「あ、うん、たいしたことないのよ? きっと精神的なものだと思うの」
儚げに笑ってみせるけど、ごめん、真っ赤な嘘です。
完全に健康体ですからね! 市場で買い物がてらにつまみ食いとかしちゃってますからね!
病名を明らかにすれば『医者に診てもらえ』って言われて嘘がバレちゃうけど、精神的なものならごまかしやすいでしょ? ほら、病は気からっていうしね!
「そっか……。とにかく僕はリヨンのお父様を見つけられるように最大限の努力をするから、リヨンはなるべく気にしないでいるんだよ?」
ショーレが私の手を取り元気付けてくれました。……なんか騙してるみたいで気が引けるなぁ。
「うん、ありがとう。これからはあんまりショーレにも会えないと思うけど、元気でね」
「そんな、もう二度と会えないみたいなこと言わないでよ。大丈夫だから、ね?」
ショーレが眉を下げ、私の手をさらにぎゅっと握りしめてきました。
まあ確かに何かのフラグっぽい言葉ですよね。
でも大丈夫、私のステータスが貴族から庶民になるだけですから!
「ずっと都の家にいるの? 領地の家で養生したりしてる?」
「ずっと都よ。最近は領地の方には行ってないわ。お義母様たちがあちこちお付き合いで忙しそうだし」
ショーレに言われるまで忘れてましたが、領地の家で養生するっていうことも考えられたんですね。
領地に行ってるって言えば完全にフェードアウトできたのに! 毎日都の庶民街を満喫しているからって、バカ正直に『都にいる』って答えてしまいました。
「まあ都にいればいいお医者もいるから安心だしね」
ショーレがホッとしたように言います。ごめん、ショーレ! 私本当に健康体なんだ。
「うん、そうだね……」
私は歯切れ悪くしか答えられなくなってきました。
ショーレは本気で私のことを心配してるようなのに、だって嘘なんだもん! 元気なんだもん!
だんだんショーレを騙しているという罪悪感で胸が痛んできた頃、パーティーからお暇することになりました。
ショーレには申し訳なかったですが、これで〝フォルカリキエ子爵家のリヨンは病気療養中で、当分社交界には出てこれない〟という話が王子様とかパーティーの運営に伝わることでしょう。
これで王子様との接点はかなり減りますよね。
脱・運命の第一段階をクリアした気分です。




