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リヨンの使用人生活

 お義母様から言われ、やむなく使用人になった私。運命ストーリーには逆らえないってか。

 そんな使用人生活がひと月経ちました。


 それまでのお嬢様生活から一変、朝から晩まで働き詰めの毎日です。

 部屋も、お約束通り屋根裏部屋へと移動させられました。ええ、大丈夫、知ってましたから。だから、着々と元の自分の部屋からお気に入りのものは移動させて、屋根裏部屋のカスタマイズも完璧です。どうせお義母様たちが屋根裏に来ることなんてないんです、バレるわけない。




 朝早く起きて義母義姉たちに朝ごはんを作ったら、怒涛の家事タイムが始まります。

 使った食器などを洗ったらお次は広い屋敷を掃除道具抱えて掃除してまわり、ついでに回収した洗濯物を洗って干して……ってしていたらあっという間にお昼になっています。

 そしてまた三人にお昼ご飯を作って、一緒に自分の分も作って食べて。

 使用人のような生活をしていますが炊事するのは私ですからね、三人と同じものを食べていますよ。


 台所でぼっちご飯を食べていると、ポロポロと前世の記憶が蘇ってきます。

 前世の梨世わたしは一人暮らしだったから、だいたいいつもひとりでご飯を食べていました。だから記憶がシンクロするのでしょうか。


 就職と同時に実家から出た梨世は、基本自炊ですが疲れ果てた時なんかは手を抜いてコンビニご飯というのもありました。たまに友達と飲みに行ったり、彼氏とご飯を食べに行ったりもしましたが……。ん?


 ……彼氏……? 今なんか、ものすご〜く嫌なものを思い出したような気が……? あっ!!


『彼氏』というキーワードとともに、私は幼い頃思い出せなかったこと——前世、私がどうして死んでしまったのか——を思い出しました。


 彼氏の浮気現場を見て、逃げ帰る途中で事故ったんだったわ! 梨世わたしが死んだのって、彼氏のせいじゃないか! 


 千夜ちやっ! あんたのせいだっ!


 思い出しムカつき、わなわなと拳を震わせます。

 千夜かれしのせいでりよは死んでしまったし、おまけに転生したらサンドリヨンて!! もう、どうしてくれるのよ〜!!

 って、今更喚いたところでどうにもならないのはわかってますが、とりあえず文句だけは言わせてもらいますね。

 ……まあそもそも、とりたてて美人でもない私にイケメン・エリートの彼氏っていうところから間違ってたんだわ。十人並みにはそれ相応の相手でいいのです。

「今度は分相応の相手見つけよ……」

 サンドリヨンに転生したからって、王子様とくっつくのはダメ絶対。ノーモア前世!




 決意を新たにしたところで、お昼の片付けを始めます。お義母様たちのと自分のと。

 海綿と食器洗い用の石鹸を使ってじゃぶじゃぶと手洗いしていくのですが。

「あ〜、食洗機欲しい。あれを発明したひとマジ天才。この世界でも誰か発明してくれないかなぁ。あ、あと洗濯機も。洗濯板で手洗いするの大変なのよねぇ。洗濯機のない時代の人って大変だったんだなぁ……って、リアルに今だけど」

 そもそもこの世界、電気すらありませんからね。こういう時は前世の文明の利器を知ってると辛いなぁ。

「グダグダ言ってないで、さっさと片付けちゃお〜っと」

 私は愚痴もそこそこに、片付けを急ぎます。なぜ急ぐんだって? そりゃあ、このあと町に買い物に行くからですよ!

 ただの(・・・)サンドリヨンなら、使用人にされたところで色々苦労したでしょうけど、私には『前世の記憶』という心強い味方(?)があります。

 日々の糧はスーパー……もとい、市場いちばで調達する。これ当たり前!

 家によっては食材なんかも『配達』という素晴らしいシステムでもたらされているところもありますが、これはちょっと商品のお値段が高めに設定されているようなのでパスです。うちも、もともとは配達してもらっていたのですが、生活費を切り詰めないといけなくなった今となっては『少しでも経費は安く』がモットーです。配達なんてしてもらわない! 自力で買い出しに行きますよ!

 ただ、お酒だけは瓶が重たいので配達をお願いしています。お義母様たち、飲む量減らしてくれないかな。


 そう言えば使用人生活初日、お酒を配達しに来てくれた人のいいおじさんから、市場の場所を聞き出したんですよね。

『ご苦労様です』

『おや、いつもの人と違うね。新しい使用人さんかい?』

『ええ、まあ、そうです』

『そうかい。ずいぶん若いね。まあ、頑張りなよ』

 そう言ってニコッと笑いかけてくれたおじさん。いい人だなぁ。いい人ついでに聞いてみよう。

『ありがとう。あの……都ではどこの市場が一番安くて新鮮な肉や野菜、果物を売ってますか? やっぱり都は物価が高いでしょ? あんまり無駄遣いしたら奥様に叱られちゃうんです』

 私は思い切っておじさんに尋ねました。

 買い物する術は知ってても、その場所を知らなければ意味ないですからね。

 私の質問に、おじさんはキランと眼を輝かせると、

『そりゃあ、うちが店を出している市場が都で一番大きなところで、新鮮かつ良心的値段で商売しているところだ。なんでも揃うしお値段も手頃。なんだったらそこに案内しようか』

 胸を張って自慢げに教えてくれました。

『わぁ! ありがとうございます! お願いします』

『今から出られるかい? よかったら帰りがてら案内するよ』

『出ます!』

 せっかくおじさんが誘ってくれたので、私は急いで外出する支度をしたのでした。

 お義母様たちは夜のパーティーに向けてお昼寝中です。ちょっと私がいなくったって大丈夫。


 早速連れられて行った市場は、おじさんが自慢するだけあって規模が大きく、肉も魚も野菜も、その他雑貨もなんでも揃う立派なところでした。




 あれから毎日、私は市場で買い物するのを日課にしています。

 今夜の献立と明日の朝ご飯を考えながら店先を冷やかして歩くのは、気分転換にちょうどいいですからね。

 前世と違って『エコバッグ』ではなく『カゴバッグ』なところにテンションが上がったりしてます。もちろん籐製ですよ。


「今日の晩ご飯はチキンの香草焼きと付け合せのサラダと、コンソメスープとパンかな〜」


 この世界、ほとんど前世と食材が一緒なので助かってます。なんかわけのわからない肉とか出されても困りますしね! ただやっぱり、日本食材は見当たりません。でも基本的にリヨンは洋食(と言っていいのか?)で育ってきていますので、味噌汁恋しい・白米食いてえにはなりません。 

 お目当ての店をめがけてマルシェバッグ片手に、私が市場の中を歩いていると、


「おう、リヨン! 今日はいいステーキ肉が入ってるぜ!」


「リヨ〜ン! リヨンが前に好きだって言ってたイチゴ、すごい立派なのが入荷したよ」


「おい、リヨン。お前がこの間『しなびてる』って怒ってたから、レタスの新鮮なのを取り寄せたぞ! もちろん値段はそのまんまだ!」


 肉屋に果物屋に八百屋。その他いろんな店から声が飛んできます。うふふ! 私もすっかりこの市場に馴染みましたね。


「ええ〜? 今日の献立はチキンの香草焼きなのよ。だからステーキはパス。じゃあね!」

 肉屋のスダンに冷たい一言を返して鶏肉専門店に行こうとすれば、

「おっ、おお!? じゃあ鶏肉! いい鶏肉も入ってるから安くするよ! 卵はサービスにつけるし」

「あら、いいの? ありがとう!」

 鶏肉を八割引にしてくれ、卵も押し付けられました。ラッキー! 明日の朝ごはんは目玉焼きに決定。

 ん? でもいつの間にスダンの店は鶏肉と卵を扱うようになったのかしら。……ま、いっか。


「イチゴねぇ。立派なのは美味しいけど、お値段が高いもの。そんなの買えないわ」

 前世でも見たことあります。高級イチゴ、ひとパックでン千円とか。そんなの買えませんし、要りません。ひとパックいちきゅっぱーくらいのジャム用イチゴで十分!

 果物屋のジヴェにも手をひらひらさせるだけで素っ気なく通り過ぎようとすると、

「じゃあ、ここで味見してってよ!」

 そう言って洗いたての雫もみずみずしい、大粒の真っ赤なイチゴをひと盛りカゴに載せてくれます。

「さすがにこれだけたくさんは……」

「おやつだと思って。どうぞ」

 その量の多さに頭の中でぱぱっと計算して尻込みしたのですが、ジヴェが笑顔で勧めるのでありがたくいただくことにします。ちょうどおやつどきだしね、好意は無にしちゃいけません。

「あま〜い! おいし〜い!!」

「でしょう? 気に入ってもらえてよかったよ」

 最初こそ尻込みしましたが、開き直って全部平らげました。ごちそうさまです。

 そしてまた買い物に戻ろうとしたら、「はい、これおまけ!」と言ってジヴェがリンゴをくれました。おまけも何も買ってないんだけど。よ〜し、これで晩ご飯のデザートに焼きリンゴでも作りましょうか! あ、じゃないですね。

「じゃあ今度、これでアップルパイを焼いてきますね」

「それはうれしいね。待ってるよ」

 物々交換成立です。


「新鮮なレタスが入荷したの? うれしいけど、今日欲しいのはキャベツなのよごめんなさい」

 そう言って八百屋のヴージエがレタスを差し出すのをスルーして、レタスの横に並べられていたずっしり重いキャベツを手に取る私。色といい重さといい、これはなかなかいいキャベツですよ。

「そうか、今日はキャベツか。じゃあこのレタスはおまけしてやるよ! 晩飯のサラダにでもしな!」

「いいの? ありがとう!」

 キャベツも立派だけど、ヴージエが言う通り、レタスもみずみずしくて美味しそうです。

 両方持って帰るのは重くて大変ですが、せっかくもらったんです、リヨン、頑張りますよ!

 どっこいせー! と、これまで買い込んだ(いや、ほとんどもらいものか!)食材ですっかり重たくなったマルシェバッグを持ち上げようとすると、ヴージエが飛んできて、

「そんな重いもん、後で俺が配達してやるよ!」

 と言って取り上げられてしまいました。

「いやいや、これ重たいし、ヴージエのところで買ったもの以外も入ってるんですよ? それに配達代も払えない」

「いいってことよ! どうせフォルカリキエのお屋敷の近くにも配達行くんだから、ついでだよ」

「ほんとに? ありがとう! 助かるわ」

「いいってことよ」

 ニコッと笑って快く荷物を預かってくれたヴージエです。


 今日はヴージエでしたが、スダンやジヴェが配達してくれる日もあります。


 ここの市場の人は陽気で優しい人がたくさんいていいですね!

「じゃあ今度、アップルパイを焼いてきますね」

「おう、それで十分だ!」

 ジヴェに焼くと言ったアップルパイ、小さいのを三つ作ればいいか。スダンにもあげなきゃ拗ねちゃいます。

 スダンもジヴェもヴージエも、とってもイケメンで優しくて頼りになるお兄さんなのに彼女募集中だそうです。モテモテそうなのに。この辺りの女子は見る目ないなぁ。


 そうしてお財布の中身もほぼ減ることなく、なおかつ手ぶらで屋敷に帰ってくる日々です。

 食材は夕飯前にはきっちり届けられます。いい仕事してくれてます。


 物語では使用人生活は辛くて厳しいみたいな感じで書かれてましたが、ワタシ的にはむしろ楽しい感じです。お嬢様生活より性にあってるかも。


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