リヨン、考える
「せっかくなんだし『サンドリヨン』って改名したら? 朝から晩まで灰をかぶって掃除するの」
そんなお義母様の一言にハッとなった私。
なんと。この世界は『サンドリヨン』の世界だったのか……! 今まで全然気づかなかったわ……っ!
どど〜っとまた、前世の記憶が脳内になだれ込んできます。
前世で綺麗な絵本を読む私。
綺麗なお姫様に素敵な王子様。夢のような舞踏会で刹那の逢瀬。
魔法使いのおばあさん。
かぼちゃの馬車にガラスの靴。
それが現実って? 考えられない!!
私が読んだのは某ネズミが有名なあの方の絵本で、それはすでにお母さんは亡くなっていて、お父さんが再婚して継母と二人の義姉ができて、お父さんが亡くなるとサンドリヨンに意地悪しはじめた……ってとこから始まってたんです。
それまでの細かな設定……げふげふ、サンドリヨンの日常生活なんて読んだことなかったから、まさか自分がその世界の人間だなんて思いもしませんでした。そしてまさかの主人公!
ただ、前世の記憶持って生まれ変わってきたんだなぁとしか思ってなかったですよ……。
それがいきなり物語の中に生まれ変わりとか? なにこれファンタジー? そんなことあっていいの?
……ちょっと私、現実(と言っていいのかどうかわかりませんが)が受け入れられなくてパニクってます。
私が一人静かに混乱している目の前では、
「ねえお母様、明日から早速使用人クビにしちゃいましょうよ!」
「そして浮いたお金はドレスや飾りに使って、パーティー行きまくるのよ! イイ男ゲーーット! ね、お母様?」
「リールもニームも、本命はあくまでも王子様よ。いいわ、パーティーのリサーチはお母さんに任せておきなさい。お父様やお義父様のコネを使って招待状をもぎ取ってくるわ」
「「さっすが、お母様〜!」」
リールとニーム、そしてお義母様がキャッキャと盛り上がっています。
ええ……、使用人クビにして私が家事するって、本決まりな感じ?
「…………」
「なあに? サンドリヨン」
「さっさと部屋に戻ったら? サンドリヨン」
「明日から忙しいわよ〜、サンドリヨン!」
私が三人をぼーっと見ていたら、そんな声が飛んできました。サンドリヨンサンドリヨンって、いちいちうるさいわ!
しかしここは退散のチャンス。
「……お先に失礼します」
萎れてるふりをして、私はさっさと自分の部屋に引き上げることにしました。
これからのこと、ちょっと冷静に考えさせてください!
お義母様たちが騒ぐリビングから静かな自分の部屋に戻って、よ〜く前世の記憶を思い出します。
サンドリヨン——シンデレラのあらすじって、『継母たちにいじめられていたかわいそうな娘が、(1)魔法使いによって美しく変身して舞踏会に出て、(2)優しくて素敵な王子様に見初められて結婚してめでたしめでたし』って感じでよかったでしょうか。
書いた人によっていろいろバージョンがあるみたいですが、大筋ではこれでよかった気がします。
というか、たったこれだけのあらすじの時点でツッコミどころが二つもありますね。
そもそもこの国に魔法使い、ってか魔法は存在するのか。
そんなの聞いたことないですよ。少なくとも私の周りに魔法使いはいませんし、誰かが魔法を使ってるのも見たことありません!
そして、この国に素敵な王子様は存在するのか。
確かに、顔だけは素敵な王子様がいますね。ワタシ的には無愛想でどうしても好きになれませんが。
そう言えばシャルトル王子って、『シャルマン』って愛称で呼ばれてましたよね。ショーレの反応からするに、本人は呼ばれたくないっぽいですけど。『シャルマン』って『チャーミング』って意味でしょ? シンデレラ(サンドリヨンじゃなくてね!)に出てくる王子様って、確か『プリンス・チャーミング』でしたよね。あのシャルトル王子にチャーミングて! まあ、前から私の中では『シャルマン(笑)』って、『(笑)』がついてましたけど!
……。そろそろ現実逃避はこの辺りでやめておきましょう。
私の人生は、大筋で物語通り進んでいるようです。
実の母が亡くなり、父親も亡くなり……おっとこれはペンディングでしたね。しかし今のところは退場しているので、いないものとして考えます。父親がいなくなった。イマココ。
お義母様たちにはまだいじめられていませんが、これからいじめてくるのでしょう。つか、使用人の代わりに働けって時点でいじめは始まってますよね。いじめ、いくない。
これから先、私は継母たちにいじめられる(仮)、そして、このまま黙って日々を過ごしていると、お城でお妃選びの舞踏会があって、王子様に見初められてお妃様になってめでたしめでたしってなるのでしょうか?
……でもあの王子様と結婚して幸せになれると思えないんだけど……?
私はシャルトル王子の外面しか知らないけど、ニコッともしない無愛想な人だし、人がせっかくあげたプレゼントを機械的に受け取ってそのままポイってお付きの人に渡しちゃうくらい冷たい人ですよ! 決して根に持ってないけどね! 人の名前(顔?)を覚える気ないし。
そんな人とうまくやってける自信ないですよ。そもそも私、あの王子様好きじゃないし!
そもそも、あの冷血王子が一目惚れとかする気がしない。舞踏会当日に、風邪でもひいて熱に浮かされた状態だったらわからいでもないけど。
しかもあの王子様と結婚したら、否が応でもコワイ貴族社会で生きていかないといけないってことでしょ? 今だってすぐにお妃候補が決められらないのは、政治的に微妙だから(ショーレ談)っていうようなこの国の貴族社会。いわゆる派閥がどうのとかいうやつですか? そして、王子様狙いのコワイコワイお嬢様方の嫉妬の視線にさらされて生きて行かなくちゃならないということでしょ?
やっぱ、ないわぁ……。
……どうしてかしら。王子と結婚してハッピーエンドって未来が描けませんよ。
それより、シャルトル王子にはもうすでにお妃候補がいるじゃないですか。どちらもやんごとなき高貴なお生れの美少女(若干性格に難有りそうだけどね☆)、いずれ王子はあの二人のどちらかとくっつくんだから、たかが子爵の娘のサンドリヨンの入る余地なんてこれっぽちもなし!
あれ。サンドリヨンの世界に王子様にお妃候補とか、そんな設定あったかしら?
他にもいろいろ、登場人物多い気もするし。えらく話が複雑になってる気がする。
私の知ってる物語は、もっと単純明快、それこそ幼児でもわかるような話だったはず。え? それは私が幼児向けの絵本でしか読んでないからだって?
ダメだ。考えれば考えるほど混乱してきます。
落ち着いて整理してみましょう。
とりあえず今の時点でわかってることは、大筋で物語通りに話が進んでいること、しかし物語にはなかった設定がかなりあるということ。
ワタシ的には、物語通りに進むのはちょっと……な感じです。
シャルトル王子とは結婚したくないし、かといってこのまま家にいてお義母様たちにいじめられるのも嫌だし……。
ん?
物語にない設定があるということは、頑張れば運命は変えられるってことですよね?
お妃様にもならず、継母たちから逃れられる術を見つければいいってことですよね?
……私の進む道はわかりましたよ。私は独り立ちして一人で生きていくのです! 自由のためならフォルカリキエ子爵家の名前くらい、お義母様たちにくれてやらぁ!!
あ、その前に生きて行く術を見つけることが先決か!
次の日、
「さっそく使用人たちには暇を出したから。リヨン……じゃなかった、サンドリヨン、今日から張り切って働くのよ!」
朝起きてリビングに行くと、ものっそい笑顔でお義母様が言ってきました。
鬼や。この人鬼やでぇ……。
ほんとに使用人解雇とかしちゃったんですね。本気で私を使用人にする気ですね! これは……物語通り。
「え…………?」
呆然と立っている私に、
「とにかくお腹が減ったわ〜。早く朝ごはん作ってよ〜」
「私のは野菜は少なめにしてベーコンたっぷりにしてちょうだい」
リールとニームがわがままを言ってきました。
ちょっと料理人! 朝ごはん作ってから出て行ってくださいよ!! ……って、違うか。
「ほら、早くなさいサンドリヨン。私もお腹が減っちゃったわ」
「……本当に私が使用人になるんですか?」
お義母様に確認すると、
「昨日ちゃんと言ったじゃない。もう忘れちゃったの? やあねぇ」
さも私の物忘れがひどいかのように言われてしまいました。マジか……。
仕方なく私は踵を返し、台所に向かいました。
料理人が用意してくれていた材料で朝食の準備に取り掛かります。
卵を焼き、ベーコンを焼き、サラダを盛り付け。もちろんニームのお皿には野菜てんこ盛りにしてやりましたよ! お残しは許しまへんでぇ〜!
あ〜しかし、いじめ(られ?)生活突入のようですね。このままじゃ物語通りじゃないですか。
やっぱりここは自由を求めて、独り立ちする術を探さないといけませんね!
ペローヤグリムなどなど、作者でヒロインの名前が違いますが、ここではなるべく『サンドリヨン』で統一しています。




