第六十二話
「急げ急げ急げ!!」
森は木々を焼き払われて土が露出し、建て直していた家は全て真っ黒に焼き焦げていた。
焼死体を布で巻いて生き残っている町民が運んでいく。
運んだ先は既に布で包まれた焼死体がたくさん並んでいる。
空にはまだ火が飛び交い、町や森を燃やし帝国兵士達が大群の狼を相手に交戦。
「ゾフィーはどこに行ったんだ!」
町民の一人がゾフィーを探しているが、周りは知らないと答えた。
「まさか、森へ行ったのか!?」
「もうゾフィーのことはいい、今は生き残っている奴らで避難しよう!」
顔も服も煤だらけの町民は安全な場所へと荷物を抱えて逃げていく。
「騎士団……裏切りやがって」
誰もが思ったその言葉を、町民の誰かが口に出した。
生まれ育った町を残していく町民達と、町中で戦う数少ない帝国兵士達。
焼かれた森で短弓に矢を番えていたのは冷徹な目をしたゾフィーだった。
「予想していた通り帝国を裏切ったな、バス」
金髪碧眼の騎士団長バスを鏃で捉えるゾフィーの頬や鼻は煤で黒く汚れている。
銀の剣を構えたバスは何も言わずにゾフィーを睨む。
バスの足元には矢を射られた女性帝国兵士が横たわり、痛みに耐えるかのように唸っていた。
「アーリィを躊躇いもなく盾にするなんて、その卑怯なやり方はゴルバードと何も変わらない」
「ええ、なんとでも言って下さい。この状況でもまだ帝国軍にいるつもりですか? ゾフィーさん。リーダーである貴女がそんなのでは仲間達がついていけないんですよ」
溜息も混ぜて話すバスにゾフィーは湾曲型の短弓に番えた矢をそのままに狙いをつける。
「だけどこの内戦を望んだ仲間はいない、魔力暴走を起こしてまで人と戦わせる理由はなんだ?」
バスは肩をすくめて笑っていた。
「戦うのに答えはいらない、兵はドラゴンと皇帝に命を捧げろ」
その言葉にゾフィーは舌打ちし、躊躇いなくバスの胸に目がけて矢を放つが銀の剣で弾かれてしまう。
もう矢がなくなり矢筒は空の状態。
短弓も矢筒も捨ててゾフィーは身軽になると溜息をついて拳をつくる。
戦う意志を見せるとバスは銀の剣を鞘に収めてゾフィーに向かって走り出した。
「貴女の父のセリフですよ!」
女性であるゾフィーの顔へ右拳が力加減もなくぶつかってくる。
鼻から血液を噴出させてよろけるゾフィーだが、すぐに態勢を立て直してバスの顎へ肘打ち。
仰け反るバスの顎は赤くなり顔を正面に戻そうとしたところでゾフィーはバスの首に腕を押し付けて木に背中を密着させた。
「町を燃やす必要は!?」
ゾフィーは叫んだ。
「な、仲間を殺された報復に決まっているでしょう!」
腕を掴まれて今度はゾフィーが土へと押し倒されてしまう。
バスの両手が窒息させようと細い首を絞める。
抵抗してバスの顔を叩くが、すぐに殴り返され顔中の皮膚から汗と一緒に血が滲む。
脳に酸素が行き届かない、苦しさが勝ち始めて抵抗する力も奪われていく。
「死ね、死ね死ね!」
爽やかな顔からは浮かび上がってこない物騒な単語がバスの口から出てきた。
「同胞の苦しみを味わえばいい!!」
バスの怒声に気付いたのか、二人分の足音が山を走っている。
息が止まりそうな寸前で解放されるがゾフィーは動けない。
「アンはお前を殺す」
ボロボロのローブを身に纏う小柄なアンが細長いナイフを手に焼き焦げた木から飛び降りてきた。
細長いナイフの切っ先でバスの首を斬りつけようとしたが避けられてしまい、ナイフはバスの頬を掠める。
「あの時の暗殺者!?」
慌てて下がるバスの背後からもう一人同じようなローブを着た男が現れた。
後ろに誰かがいることに気付いたバスが振り返ったと同時に男は鎧を貫通させる鋭利な短剣で胸元を斬りつける。
「くっどうせここはもう終わりだ」
バスはしゃがみ込み、胸を抱えながら首に身に着けていた深緑の宝石が埋め込まれたアクセサリーを外すと、漆黒の毛をもつ狼へと姿を変えて逃げてしまう。
「アンは殺す」
「待て」
仲間に止められたアンはナイフをローブの内側に収めた。
「バスの事は放っておいていい、今は彼女とアーリィを助けてここから逃げるのが先決だ」
「アンは、そうする」
素直に頷いたアンは意識が戻っていないゾフィーを背負い、燻っている森の木々に背を向ける。
「どうやら獣達は帝都に行ったようだ。家族を優先にさせるなんて総隊長はやはり甘いな」
アーリィを抱き上げた男は一言呟き、アンを連れて山や町から逃走。
目指す場所は総隊長がいる平地へ。




