第五十一話
よろしくお願いします。
朝から慌ただしく馬車に武器や食料を乗せている兵士達。
「どうしたんだ?」
アクセルは隣にいるシンシアを見下ろして質問をする。
「兵は帝都へ集まれという伝令が届いたそうですわ」
「そうか、俺達も乗せてもらうか。昨日の活躍を見たんだから断れないだろ」
その提案にシンシアは青いつり目を丸くさせた。
「珍しいですわね、貴方がそんなことを言うなんて」
苦笑いを浮かべてアクセルは腕を前で組む。
アクセルが早速兵士に声を掛けると、快く提案を受け入れてくれた。
「一番後ろの馬車なら空いてるってさ」
「良かったですわ、これで予定より早く帝都に着きますわね」
一安心したシンシアは残された住民に目を向ける。
「これからどうしますの? ここにいては危険ですからどこか大きい町へ避難した方がいいですわ」
しかし、住民は首を横に振って否定。
「ここで俺達は生まれ育ったから死ぬときもここだ。だから逃げないよ」
老若男女の住民達は穏やかな笑顔を浮かべていた。
そんな笑顔にシンシアは呆れ顔で溜息をついて頷く。
「それなら、仕方ありませんわ」
立ち止まっているアクセルの腰を押しながら、シンシアは最後尾の馬車へ乗り込んだ。
「よろしく……って」
馬車の手綱を咥えている白銀の狼が視界に映り、アクセルは蒼い目を大きく開けた。
「おぅ!?」
アクセルの反応にシンシアは怪訝な表情を浮かべている。
「どうしましたの? アクセルさんの体で前が見えませんわ」
『グゥ!』
白銀の狼が吠えた事でシンシアは異変に気付く。
アクセルの体を押し退けて前を覗くと、見覚えのある狼に眉が下がる。
「あの時の、帝国兵に何故平然と混じっていますの!?」
「いや俺が知りたい」
『なら説明しようじゃないの』
アクセルとシンシアは体と顔の動きを止めた。
二人以外の聞き慣れた声は足元から。
同じタイミングで下を覗くと、そこには小柄な体に傷が刻み込まれた狼がお座りをしていた。
「じいさん、てめぇ」
『そんな睨まないで怒らんで、ちょっと今回ばかりはややこしくなっているのよ』
「何がですの?」
二人に睨まれている小柄な狼は体を伏せる。
『まぁ静かに、帝国兵に見つかると厄介だからね。彼は放っておいてもいい、そのうち本当の御者が来るさ』
狭い馬車の中で二人と一匹が向かい合う。
「まず、昨日の化け物は?」
アクセルは尋問でもするかのように強めの口調で小柄な狼に質問をする。
『魔力暴走だね。フェンリルが過剰な魔力を一匹の狼に与えたのさ、たちまち体は大きくなり、自我を失った彼は暴走を始めた。もとはお前さんと同様フェンリルの呪いを受けた人間だったさ』
「フェンリルが魔力を? ドラゴンが人間に与えた力を何故フェンリルが使えますの?」
今度はシンシアが詰め寄った。
『それについては、ワシも知らないね。リザードドラゴンの飽くなき執念深さに驚いたんだろう、これからたくさん魔力暴走を起こした狼達が増えるさな。まぁそれが嫌だから逃げてきたのさ』
小柄な狼は答え終えると伏せたまま口を閉ざす。
帝国兵の話し声が近くなり、白銀の狼の隣に御者が乗り込んでいた。
「さ、行くぞ」
白銀の狼から手綱を取り、軽く頭を撫でた御者は手綱を動かして一斉に馬が歩き出した途端、馬車は軋みながら動き出す。
場所を失った白銀の狼は馬車の中へと引っ込んでいき、シンシアの隣に伏せると顎先を太腿に乗せた。
目を細めたシンシアの手が白銀の毛を撫でている。
「あり得ませんわ……」
「そう、だな」
そんな二人を視界に映してすぐに目を閉ざした小柄な狼は沈黙を守り続ける。




