第四十一話
空気が済んだ山に囲まれた町は手作業で建物を直している途中で、辺りに木材や灰色の接着剤を入れた箱が放置されていた。
山の日陰に覆われているせいか朝でも薄暗い。
寒い午前の時間にアクセルは山に登っていた。
普段は腰に巻いている茶色のコートを羽織り、ナイフ一本を腰ベルトの鞘に収めて緩やかな山道を進む。
眠たそうな蒼い目と青みがかった黒髪、人相の悪い顔つきで身長は人が首を痛めるほど高い。
柔らかな土質の地を見下ろすと昨日までの大きな足跡は消えていて、正方形に切り取られた穴もない。
アクセルは肩をすくめて髪を掻くと町に戻る為に振り返った。
湾曲型の短弓を手に持ち、矢筒を背負ったゾフィーが真下にいることに気付いたのは数秒後。
障害物は無かったはずとアクセルは下腹部に当たった感触に疑問を浮かべて見下ろす。
「ゾフィー、さんか。こんな朝からどうした?」
「狩人としての仕事をする為だ」
感情は薄く、冷たい印象を受ける変化のない表情と緑色の瞳。
漆黒の短い髪で横だけが長く伸びている。
相変わらずの反応にアクセルは呆れてしまう。
「イリスのことは心配じゃないのか?」
「心配なんかしていない」
即答だった。
アクセルは唇を軽く噛んで眉をひそめる。
「あんたは母親なんだろ、だったら町より」
「結局夫の復讐を継いだだけのこと、なら私は何も干渉しないし関係ない」
ばっさりと切り捨てられたアクセルは口を紡いでへの字にして、髪を掻いた。
「イリスに限って復讐なんてしないさ」
ゾフィーは首を横に振ってアクセルの横を通り過ぎて行く。
「あの子はまだあの指輪をしているのでしょ? 夫が交わした血の誓約はまだ終わっていないのだとしたら、あの子がやるしかない。それが、意志と反してでも」
消え入りそうな静かな口調で言葉を残し、ゾフィーは山奥へ向かった。
ゆっくりと息を吐き出した途端、アクセルはコートの胸元を握り締める。
「あぁ?」
険しい表情で胸に突き刺さる不快な痛みに疑問を浮かべてしまう。
気のせいだと思い込んで足早に町に戻ったアクセルは町長の家で立ち止まった。
玄関の前で腰に手を当ててアクセルを青いつり目で睨んでいるシンシアが不機嫌を丸出しにしている。
「昨日は大変な目にあったというのに、一人で山へ行きましたのね」
「あ、ああぁ悪い」
目を細めたアクセルは息苦しいのか胸元を握りしめたまま。
シンシアはその様子に特別驚くような反応も見せず、耳元で囁かれる声に頷いた。
「アクセルさん……これ以上狼になるのは控えた方がいいですわ」
どこかで聞いたことのある注意。
「いや、大丈夫だ」
「それでいいんですの? 人間に戻れなくなりますわよ」
「あーそうだっけか」
アクセルは壁際に置いてあった木箱に腰掛けた。
脱力感に襲われたアクセルは壁に背中を凭れさせる。
「もう知りませんわ」
呆れたシンシアに袖を引っ張られ、無理にでも立ち上がることになってしまったアクセルだったが、すぐに両膝をついてしまう。
「もぉ、狼になったらいいですわ。それなら多少はマシになると思いますの!」
「おぅ」
素直に応じたアクセルは四つん這いになると身長を縮ませてあっという間に狼の姿に変身する。
すぐに尻尾を垂らして弱々しく伏せてしまう。
終始不機嫌なシンシアに体を無理矢理起こされ、お尻を押されながら歩いていく。
「これではただのお荷物ですわ……」
シンシアは足取りが悪い灰色の狼を見下ろし、深く息を吐き出した。




